第63話  魔物素材

 ドラゴンの解体が終わった。

 当初は騎士団の面々を宮廷魔導士が手伝ったりしていた。

 しかし、どうしても切れない部位もあり、結局三人娘も手伝うことになった。

「今度、ドラゴンでもバリバリ切れるプラズマカッターの魔道具でも作ろうか」

 そんな軽口を叩きながら手伝い、ついでに魔力経路の確認などを行なった結果、色々と得難い成果を上げることができたのだ。


 まず、魔石。

「何これこの大きさ……」

 取り出された魔石のあまりの大きさに、全メンバーが面食らった。

 それまで、Aクラスの魔物の中で最大級の魔石が、およそ直径20cmと言われていた。


 ドラゴンの魔石、直径およそ80cm。重さ、なんと1トン!

 桁違いも良いとこである。

 こんなもん、胸の中に入れてたのかよ……と思ってしまう。

 更に、もう一箇所。ドラゴンの肝臓と生殖器らしき物の間にバイパスされた臓器があり、これが明らかに魔力に溢れていたのだ。

 しかも、解体時にはまだ働いており、完全に取り外しても魔力が下がる気配がない。

 ただいまコトが、スクロール魔法さんを使って全力解析中である。


 角は、とにかく硬い。プラズマカッターでなんとか切断できたものの、その他の工具では傷一つつかなかった。

 鱗も硬く、プラズマの出番になりがちである。中身まで焼かないように注意するのが難しい。


 骨も硬く、利用のしがいがあると言っていた。

 お肉も取れたので、まず動物に…と思ってたら、騎士団の人がすぐに焼き肉を始めたので、なし崩しにみんなで食べた。


 すごく美味しかった。

 コトは牛系の魔物肉の方が好きらしいが、カナはこっちの方が好みかもしれない。

 しおりんに聞いたら

「どっちも最高です。富士の樹海の幼虫とかに比べればもうね!」

 聞いちゃダメだった。


         ♦︎


「じゃーん、あの臓器の調査結果でーっす」

 コトがなんかはしゃぎながら報告会を開き始めた。

「スクロール魔法さんで色々調べたんだけどね、あれが昔、人間が体に埋め込んだマイクロマシン製造器官らしいわ」

「おお、前にスクロール魔法さんの昔語りで出てきたあれかぁ!」

「はいはい、ありましたありました!」


 昔々、地球の人々が宇宙に進出しようとした時のこと。過酷な宇宙環境に適応するためにマイクロマシンを体内で生産できるよう、自らの体を改造した。

 この時に、遺伝子レベルで子々孫々まで残るマイクロマシン製造器官が造られた。

 後に、そのマイクロマシンそのものにより人類の遺伝子は先祖返りし、人類の体からは無くなった。

 しかし、それ以前に人類の遺伝子を流用して造られた新生生物にはその臓器が残り、今も大量にマイクロマシンを作り続けている……


「と言うわけで、魔力不足解消の目処がたちました!」

「「?」」

「この器官を培養する目処がたちました」

「マジでっ⁉︎」

「これがねえ、生物に繋いでなくても、適当にエネルギー与えてれば動くって言うのよ。でまぁ、ペルチェ繋いで魔石繋いで、その魔石と生産されたマイクロマシンが出てくる穴を繋いだら、あら不思議。無限にマイクロマシンができてくる装置ができました。まぁ、材料の供給は必要だけど、ロマーノで余ってる残渣を放り込めば大丈夫っぽい」

「でも、ドラゴンなんてそうそう倒せないよね?」

「これがねぇ、魔法使う魔物なら、大抵この器官持ってるらしいの」

「「!」」

「この間いたやつだと、ローパーね。他にもメジャーどころだとグリフォンとかマンティコアとかコカトリスとかスキュラとか?」

「B級かA級かってところかしら」

「でまぁ、そいつらを狩ってきて、臓器を生かしておければ……」

「動力船問題が解決する!」

「はい、ご名答!」

 動力船に魔導エンジンを積んでも、魔力を供給する女性を乗せたくない問題。これを一発で解決してしまった。やはりコトはすごい。

 カナが脳内でコトを撫でくりまわす。実際にやるとうざがられるので悲しい。

「と言うわけで、狩りに行こう!」

 多分、狩りに行きたいだけだろ。と言うか、ローパーに会いに行きたいんだろ。多分。

 グリフォンとかコカトリスとかも似たような魔法使ってないかなぁ?とか思っているに違いない。

「いや、今行ったら流石に怒られね?」

「あとは、ハンターギルドに買い取り打診するのはいかがでしょう? 魔石と違って、魔法使う子にはたいてい付いてる器官なのですよね?」

「あー、魔石ほど高くはならないか……それも検討してみよう」


 今日はハンター協会ギルドにへ行ってみることになった。

 三人娘は初めてハンターギルドに行く。誰か経験者を……ということでケイ一行も呼ばれた。

 ケイと、保護者のリンダ、ポーリーである。


「いや、お前ら三人とサンドラさんと護衛七人に俺たち三人って、多くね?」

 ぞろぞろぞろぞろ。

 馬車二台、騎馬七騎で中央区の商業街へと向かった。

 王宮の北側が官庁街、隣接する北側から東側が貴族街、そしてすぐ南側が中央区であり、様々なギルドや大きな商業施設が集まっている。

 ロマーノの家は更に南側なので馬車では頻繁に通過するのだが、馬車を止めたことはほとんどなかった。 

 しばらく進むと、二階建ての割に、ちょっと幅広い建物の前に止まる。

「ここ……ですの?」

 ワクワク顔だったしおりんが、馬車を降りながら微妙な顔で聞く。

「はい、こちらがハンターギルド本部です。他に、王都の北の端と南の端に支部があります」

 ポーリーが教えてくれた。

 もともとポーリーの所属している工業ギルドは、ここから徒歩一分である。

「あー、たまにはサンディさんのとこにも顔出すかぁ……」

 ケイがお世話になってる工業ギルド長の名前を出した。

「サンディさん、お兄ちゃんのこと大好きだもんねぇ」

 コトにもバレバレなサンディ・ベルクマン工業ギルド長のお気持ちだが、お兄ちゃんファンは皆信者として扱うコトに死角はなかった。

「ちゃんと甘えてあげないとダメだよ、お兄ちゃん」

 ちなみに、サンディさんは御歳七十八歳。

 最近、だんだん若返ってきたと評判である。ケイの若さを吸い取ってるという噂も、一部で信じられていたり……

 (まぁ、マイクロマシンの活性化でしょうねぇ)

 三人娘は正しく事態を判断している。


 今はまずハンターギルドだ。三段の階段を登り、ポーリーが扉を開ける。

『からんからーん』

「おおおお!」

 しおりんが一人盛り上がっていた。

「これが伝説の、ギルドのドアベル!」

「いや、これは知り合いの鍛冶屋の新製品だぞ」

 ケイに冷静に突っ込まれた。


 ポーリーはそのままスタスタと受け付けに向かう。受付に座っていたのは初老の男性であった。

「ポーリーちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、ファクティスさん。今日は王宮からの使いで参りました。王宮の姫君達がギルドに依頼したいことがあるようです」

「お、お待ちを……」

 ファクティスと呼ばれた男性が奥の扉から退出する。おそらくギルド長を呼びに行ったのであろう。


 しおりんは室内を見まわし、受付嬢が皆無であること、酒場が隣接されていないことをぼやいている。

 カナは奥の掲示板を眺め、別に依頼は貼ってないのかぁ……とか思っていた。

 コトはお兄ちゃんとリンダさんかっこいいしか見てない。


「お待たせいたしました。わたくし、ハンターギルドで副長をさせていただいておりますトルーマンと申します。」

 アンジェリーナ・トルーマン副ギルド長。四十半ばの女性であり、元はハンターだったそうだ。結婚して引退したものの、子を授かることができずその後離婚。頼れる家もなかったアンジェリーナはハンターギルドに就職し、バリバリ仕事をしているうちにこうなったらしい。


「姫様方につきましては本日もご機嫌麗しゅう……」

「あー、挨拶はその辺で。あんまり畏まらないで欲しいですわ。特に、対等な取引の時はね」

 カナが申し出る。

 いや、こいつ多分面倒なだけだろ。

「わたくしどもは今、魔法を使える魔物の死体を探しています。欲しいのは臓器のうちの一つ、魔臓です」

 あ、勝手に名前つけましたねっ!とかコトが微妙にプンスコしてる気もするが、話を進める。


「この魔臓、割と丈夫な臓器なので、もし臓器の機能が生きていたら相場の倍で。機能停止していても相場程度で買い取りたいのです。数は今の所定めていませんが、とりあえず三ヶ月は無制限で、半年は損傷が少ないものならやはり無制限で買い取ります」


 魔臓……アンジェリーナの聞いたことのない臓器だった。

「申し訳ございません。わたくしの勉強不足で、その魔臓がどんなものかわかりかねまして。もしよろしければ解体所までご足労お願いできますでしょうか?」

「はい、ご案内お願いしてよろしいかしら?」


 カナのにっこり……これで堕ちない人はあまりいない。アンジェリーナも御多分に洩れず、うっとりと笑顔を眺めー……眺…はっ!

 危ない危ない。危うくお客様に惚れちゃうとこだった……セーフセーフ。

「は、はい、かしこまりました、こちらでございます。お足元にお気をつけくださいませ」


 ぞろぞろぞろぞろ。


「なぁ、これ、俺とリンダ来る必要あった? ポーリーだけで良かったんじゃね?」

「お兄ちゃんの飛行機の改良にも役立つはず」

「良し、俺は次は何すりゃいいんだ? なんでもするぞ!」

「じゃ、リンダさんとイチャイチャしてて。愛でるから」

 コトは放っておこう。


「こちらが魔物解体所でございます。ただいま解体担当者を呼んでまいりますので今しばらくお待ちくださいませ」

 アンジェリーナが奥の小部屋へと入っていく。

 解体所は建物正面から向かって左側に、かなりの広さで用意してあった。

「広いねぇ。でも、がらーんとしてる」

 カナの感想である。

 しおりんはあちこちキョロキョロ観察中。時々ポーリーに何か聞いているようだ。

「お待たせいたしました」

 アンジェリーナがドワーフ男性を連れて出てきた。

「オズマ・ティガロです。姫さん方は魔臓? をお探しで?」

「はい。魔法を使う魔物に特有の臓器です。ドラゴンの場合は肝臓と精巣の間にありましたが、他の魔物の場合はどこにあるかまだ把握していません」

「いや、ちょっと待った! ドラゴン? ドラゴンの中なんて誰が見たんだ?」

「あ……」

 まだ、ドラゴンが討伐されたことは公表していない。

「カナのおばか……これは……うーん、内密にしていただけますか?」

 ブラックしおりん登場。このモードのしおりんの破壊力はカナをも超える。最大の被害者は国王である。

「実は今、王城にドラゴンが搬入されておりますの。もしよろしかったら、ご覧になります? 副ギルド長もお時間ございましたらぜひ……」


 ドラゴン。伝説の最強生物。あらゆる生物の頂点。

 それが……王城にいる? しかし、あんな巨大なものが運び込まれれば、いくらなんでも人目につくはず。真偽がわからん。しかし……

 ハンターギルド本部の解体所長。

 元ハンターで現ハンターギルド副ギルド長。

 見たい……めちゃくちゃ見たい。仕事? 明日できる仕事は今日やらない。ギルド長? 今、出張中でいないんだから考慮しない。あとは受付のアザク・ファクティスに任せて行こう! 超速で考えをまとめる。


「「ぜひともっ!」」


 食い気味即答であった。


         ♦︎


「こ、これが……」

「ドラゴンだわ……確かに伝承の通りの姿……なんて大きい……」

 即座に王城まで足を運んだ二人は、身元確認と身体検査を済ませ、練兵場へと足を運んだ。

 そこには低温処理されたドラゴンを安置してある。

「見学したい部分がありましたらどんどん言ってくださいね。ただし、守秘だけはお願いします」

 カナが解説していく。

「その、魔臓とやらを見せていただけるか?」

「はい、もちろんです。お待ちを……コト、お願い」

 魔臓は今の所コトのマジックボックスに入っている。

「はーい、よっと」

「え? え? え?」

「あ……マジックボックスも未公開だったわ……」


「今のはただいま鋭意開発中の魔法です。うーん……まだ公表前なのでこれもご内密に……」

 即座にしおりんがフォローに入る。

「ざ、残念です……」

 アンジェリーナが少しだけしょんぼり。

 今のは、伝承にだけ残る空間魔法なのか? お腹にポケットを貼り付けると、どんな荷物でも持ち運べるというあの伝説の……

 

「まぁ、これからからハンターギルドさんにはお世話になりますし、アンジェリーナお姉さまとも仲良くさせていただきたいですし」

 (ちらっ)っと上目遣い。

「今度また、色々お話しさせてくださいね、お姉さま。あの、お茶会しましょうね」


 アンジェリーナは平民である。ど平民もいいところである。普段は荒くれハンターをどつき回ってるおばさんなのだ。普段はあまり『可憐』とか『清楚』とかと縁がない。

 離婚してからは色恋沙汰とも縁を切った。

 色々と誘ってくる男は多かった。割と童顔なのに出るところはしっかり出て、着いちゃいけないお肉はそれなりに控えめの体系。当然男性人気は出る。

 しかし、大半は遊びにしか見えなかったし、前夫より良い男もそうそういなかった。

 だから仕事に邁進した。平民であるというハンデをバイタリティで押し切り、無理な誘いも乗り越えてきた。

 そんなところに、まずカナのニッコリで転びかけた。意識が可愛い女の子、良い……になりかけた。

 そして、しおりんの全力攻撃。

「ね、アンジェリーナお姉さま♡」


 ……わたし、この子のお嫁さんになるっ!


 アウトだった。この人もダメだった。いや、一番ダメなのはしおりん。あなたです。誰彼構わず堕とすのやめなさい。

「誰彼構わずじゃないです。アンジェリーナさんはわたしの冒険者ギルド計画の要になってもらう予定ですから」

 計算ずくだよこの人、何これ怖い。


 解体所のオズマは、これがどこから出てきたか、なんて気にしない。ただその形質に目を向けた。

「やたらでかいが、これか! この臓器なら判るぞ。確かにA級B級の魔物に多い奴だ。王都に持ち込まれることはまずないが、北部辺境付近ではそこそこ手に入るんじゃないか? 今までは使い道が見つからずに、処分されてた部位のはずだ」


 王都にはほとんど入ってこない……近くに魔物が見当たらないのだから当然である。ワイバーンぐらいしかいないのだから。

「ワイバーンが野良犬並みの扱いってのも、どうなんだ?って気がするけどな」

 あとは馬車で五日も先まで行ってダンジョンに潜るか、もう一箇所の草原で牛の魔物かオークかゴブリンでも狩るか……こいつらはほぼ魔法使わないから無理か。人型はこの臓器がないらしいし。


「よし、わしの名前ですぐに全国のギルドに通達を出す。姫さんたちが何に使うのか、興味津々だしな」

「はい、よろしくお願いしますね、おじさま」


 こうして、ハンターギルドとの繋ぎもできた。


「お姉さま、おじさま、今度また来ていただけますか?」

「はい、いつでもお呼びくださいませ、しおりん姫さま」

「ははは、いつでも参上いたしますぞ」


 しかし、結局、魔臓は自分達で取りに行くか、北部山脈のギルドまでいかないと手に入らなそうである。

 そうそううまくは、運ばないものだな……そんな感想を持ちながら、次の計画を算段していく三人であった。

 

 

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