第62話 ドラゴン
集められた大人たち、全員が言葉を失っていた。
三人娘がピクニックから帰ってきた。それは良い。なんの問題もない。ちゃんと帰ってきたのだから。
ただ、行き先が第一の問題だった。
「あのね、さっきね、三人でピクニック行ってきたの。えっとねー、ミスリルラッシュ鉱山ってとこに」
子供っぽく可愛く言ってもダメだ。だいたい、ミスリルラッシュ鉱山ってあれだ、とうに廃鉱になってダンジョン化したミスリルラッシュダンジョンのことだろ。
「そこでねー、ちょっとドラゴンにあって」
ドラゴン。世界中に数頭しかいないと言う伝説クラスの魔物。
未だかつてドラゴンと敵対して勝てた国はないと言う。一頭が、国を軽く凌駕する力を持つ巨大モンスター。人はドラゴンに逆らう事はできず、敵対したらただ、己の運命を呪うしかない。
「攻撃されそうになったから、倒しちゃったんだけど」
いやいやいやいやいや、今逆らう事はできないって言ったじゃん。災害よりタチ悪いのよ?火山の噴火に飛び込んでいくのは勇気じゃなくてバカよ?
「持ち帰ってきた死体、練兵場あたりに出して解体して良いかな? ダメならハンターギルドに持っていくけど」
待て待て待て待て待て待て。そんな物ギルドに持っていくな!
と言うか持ってきた? ドラゴン幼体? 幼体なら人間でも勝てるの?
(とか思っていた先ほどまでの自分を殴りたい……)
目の前に横たわっている巨大なドラゴンの死体を前に、国王が泣きそうな顔で隣に立つ王妃を見る。いつもビシッと美しい王妃殿下も、今にも倒れそうな気配を醸し出している。
パトリシア第一王太子妃、エレクトラ第三王太子妃も言葉を失っていた。
宮廷魔導士長のアンガスさんも動かなくなってる。
ドラゴン。世界中に数頭しかいないと言う伝説クラスの魔物。
未だかつてドラゴンと敵対して――
「陛下、現実逃避はその辺までにしてくださいませ……」
パトリシアさまが最初に再起動を果たしたらしい。さすがカナの実の母。
「さて、カナ、ぱっと見このドラゴンには外傷が見られないようだけどどんな方法で倒したの?」
「はい、お母さま。わたし達三人にしか使えない魔法で倒しましたの。通称で『アサシン魔法』と呼んでいる魔法です」
「あれか!」
アンガス魔導士長が思い出したように叫んだ。
「あの魔法、やっぱりドラゴンにも防げんかったか……」
まだ幼かったカナ姫、キャナリィ姫さまが二番目に開発した恐怖の魔法。狙われたら逃れる術のない魔法。
「えーと、どんな魔法なのか聞いても良いかしら?」
「んー、難しい魔法ではないのです。魔力もたいしていらないし。離れた任意の場所の一点を焼くだけの簡単な魔法」
「ちょっと理解が及ばないんだけど、もう少し説明してもらえる?」
「じゃ、あそこにあるしまい忘れの『あたるくん』を見てくださいね」
全員が練兵場の隅にある射的場の方を見た。
「行きますね」
『ボンっ』
あたるくんの頭が爆ぜた。なんの前触れもなく頭部だけが綺麗になくなっている。
カナが呪文を唱えたとか、発動ワードを唱えたとか、印を結んだとか、魔法陣が出現したとか、何もなかった。
「今はあたるくんの頭の中の藁を、数ミリ四方吹き飛ばしただけです。同じことをドラゴン相手に行いました」
「呪文は?」
「唱えた方がいいですか? この魔法を使う決心をするような時には、大体呪文唱える暇なんてないですけど」
「発動ワードは?」
「実は、魔法には発動ワードって必須じゃないんです。熟練すれば誰でもどんな魔法でも省略できます。まぁ、目立たない様に普段は発動ワードを言ってますけど、急いでる時は言う余裕がなくて……」
発動ワードは人を驚かせないためのもの。または安全装置として設定したトリガー。三人にとってはその程度のものである。
『魔法の発動には発動ワードは必須である。呪文を省略する事は実力次第で可能であるが、発動ワードを省略することができる魔導士は存在しない』
世界の常識は、三人にとっては非常識なのだ。
「発動ワードなんて、ただの心理障壁を乗り越えるための鍵でしかないんです。ただの鍵だから、開けておくことも可能だし、なんなら鍵なしの魔法を作るのも難しくないです」
魔法を作る。
『魔法は明確な文法の中で形作られます 範囲指定、状態指示、現象明示、これが魔法の呪文です。これに発動ワードを乗せると発動します』
学院生の時の魔法の授業で教わった内容である。
子供達はしばらく前に『ステータスオープン魔法』と言う魔法を発表した。
まだ騎士団の人間の間でテストしている最中だが、教えられた全員がその魔法を一発で使える様になった。
男性も含めて全員である。
つい数ヶ月前まで、男性で魔法の素養があるものは二十人に一人と言われていた。それが、全員、その場で覚えた。しかも、他の魔法も使える様になったと言う。
その魔法の構成を見せてもらった時にこう思った
(ああ、魔法を作るって、こう言うことなんだ。学院で習ってたのは、魔法をアレンジするってことだったんだ)
見せてもらったのは魔法の『そーす』と言うものらしい。そこには記号と数字と、意味のわからない単語がたくさん並んでいた。
『全体だと、その紙に書いてある様な内容が、あと二千枚分ぐらいになります』
一枚見せられただけで絶望した『そーす』
それがあと二千枚。
そう、彼女たちの作る魔法は、最初から詠唱することを前提にしていないのだ。
となれば、発動ワードについてもそうなのか。最初から発動ワードなんて必要としない魔法。
彼女達が立っているステージは、最初から私たちとは違っていた。
そして、このドラゴンは、私たちと同じステージに君臨していたんだ。
「はい、詠唱についてはまぁ、あとにしましょう。まずはこの……ドラゴンです」
ドラゴン。ドラゴンだよ……史上最強の魔法生物。人類の叡智の及ばない、空飛ぶ災害。
『討伐する』
とか考えることすらありえない。
もし、ドラゴンに家族を殺された人間がドラゴンに報復しようとするなら、国は全力をあげてそれを妨害しようとするだろう。
なぜならば、報復は必ず失敗し、ドラゴンをいたずらに刺激して国が滅ぶからである。
そのドラゴンを……倒した?
しかも、見たところこの娘たちは無傷のようだ。多少の汚れはあるが疲弊した気配もない。
「もう一度、最初から話してもらえるかしら」
パトリシアが脳内整理のためにカナに話をふる。
「最初から……まずは、第一回の魔物討伐が失敗したとこからかしら」
そして、足手まとい無しでまずはダンジョンの調査をしようとしたこと。ダンジョンの出口でドラゴンが待ち構えていたこと。ちょっと警告したら攻撃しようとしてきたので倒したこと。包み隠さず全て話した。
「つまり、腕利きハンターやうちの騎士団ですら入れないダンジョンに、三人だけで潜ってたの?」
「ダンジョン内部はそれほど危険なかったし……なんなら、コトが片っ端から倒しちゃうから、ちょっとつまらないぐらい?」
「カナ酷いー。わたしが倒したのって、せいぜい百匹かそこらだよね? カナだってしおりんだって倒してたのにー」
いや、知ってた。ドラゴンに比べたらダンジョン内部の敵とか、子供みたいなもんかもしれないって。
だけどさ、前に騎士団に聞いたら、四人一組で戦っていても二匹出てきたら怪我覚悟、三匹同時に出てきたら死人を出さない自信はないって言ってたよ?
「ダンジョン内の敵は相当強いと聞いていますが……」
「あー、多分相性かな? ものによってはウインドショット一発で倒せたりするし、ストーンバレットとかウォーターボール使える人ならそこそこ戦えそうかな」
「閉鎖空間なので、ファイヤーボールとの相性が悪いのが問題ですね。あとは、槍と鎧の騎士はほぼ無力です。剣士も長剣だと引っかかるかも」
「と言うか、男性は今の所難しいと思います。ステータスオープン魔法使いの女性なら、ソロでもそこそこ行けちゃう人がいるんじゃないかしら。魔道士団の人なら多分誰でも大丈夫でしょうね」
「アリスタちゃんとかコリンちゃんとか、余裕でソロ攻略すると思う」
「アリスタちゃんとコリンちゃんって、あの、最近出入りしてるめちゃくちゃ可愛い子達かっ⁉︎」
しおりんに攻略された国王陛下、最近ロリコン化が激しい。
「万が一手を出したら、もぐよ?」
と言ってあるので実害は無いと思うが……
「シャルロットだって、二、三匹に囲まれたぐらいじゃ顔色も変えずに倒すよね。多分」
「あー、少なくとも顔色は変えないねぇ。そんでもって、一瞬で全滅させるよねぇ」
一体この娘たちは何を言っているの?騎士団の精鋭たちは四人がかりよ? 毎日の厳しい訓練に耐え、国王を守る最後の盾となる騎士たちよ? 子供の遊びじゃ無いのよ?シャルロットって、確か幼年学校一年生よね?
「多分言葉だけじゃ納得できないと思うんで、今度アリスタちゃんとコリンちゃんの訓練、見てあげてくださいな。あ、あの二人はわたし達のお友達ですからね。自分の護衛にしようとか考えないでくださいね」
なんか見るのが恐ろしくなってくる。でも、まだ話がスタート地点を出たばかりだ。
「で、一時間ぐらい歩き回ってから入口に戻りましたから……二時間ぐらいかしら? ダンジョンの中におりましたのは」
「そだねぇ、あの目玉の飛行魔法が解析できれば、もっと楽に進めるんだろうけどねぇ」
「目玉の魔物……まさかローパーかっ?」
今から四十年ほど前、ダンジョンから出てきた空飛ぶ目玉によって、地元のハンターギルドがほぼ壊滅、王都から応援に出た軍と魔道士団によって討伐されるまでに、戦闘職だけでも百人を超える死者を出した。
たった一匹のローパーが、それほどの脅威なのだ。当然、魔物の脅威度を表すランクはAランクである。
「しかし、ローパーは猛毒を噴き出すとの記述も残っているが、大丈夫だったの?」
「あー、あれは毒出すのかぁ。その対策はしてなかったねぇ。後で毒対策もかんがえようね」
「最初から最後まで、一度も攻撃受けませんでしたしね……」
「だって、攻撃受けたら危ないでしょ。普通は受けないように立ち回るよね?」
いや、まず普通はそんなにポンポン魔法を撃てないから……と思っていたのだが
「王女近衛のみんなでも、ファイヤーボールを十秒間に二十発ぐらいなら、余裕で撃ち出しますよ?」
ふたたび絶句である。
騎士団の戦力が格段に上がったとの報告は来ている。ただ、それは王女近衛に限ったことではなく、第一騎士団も大幅戦力アップだと言っていたが……
「第一のお姉さん達も頑張ってるよね。風&イグナイト縛りの模擬戦で、一対三ぐらいの戦力差はものともしないしね」
ちなみに縛りなしだと死傷者が出かねないからやらない。
「もしかしてステータスオープン魔法は危ないから禁止にした方が良いのか?
国王陛下が疲弊し切った顔で言う。
「でも、そしたら男性にも教えませんよ? ちなみに、ステータスオープン魔法を使える男性と使えない男性だと、やはり勝負にならないぐらいに使えた方が有利です」
生活魔法であろうと、戦闘中に自由に使えるならば大きな戦力になる。
剣での戦いの最中に、突然顔に水をかけられたら? 風に足払いをされたら? 剣に電気を流されたら?
勝負になるわけがない。
となると、男性の戦闘職には必須の技能となるだろう。
そして、この娘達は男だけに教えるなんてことをしてくれる訳がない。男女分け隔てなく教えることだろう。
……………はっ!いかんっ!あまりの衝撃で、まだドラゴンまで辿り着いていないぞっ!
パトリシアが気がついたらしい。そう、まだ説明の途中である。
「そ、それからどうしたの?」
「帰りの途中で、地上にドラゴンが待ち構えていることが判りまして。
「ど、どうやって判ったの?」
「魔力探知で。ダンジョンの魔力が強すぎて、残り三階層ぐらいまで近づかないと気がつけませんでしたけどね」
まぁね。この子達なら見えてもいない敵の居場所とか、わかるのかもしれないわね。きっとそうね。驚いてちゃいけないの。
「で、きっと待ってるだろうなってことで、顔を見せに行きました」
だからなんでよっ! ドラゴンだって判ってたんでしょ? 厄災生物よ? 出会うだけで身の破滅と言われてるのよ? 未だかつて倒したという記録は一切無いのよ? なんで近づいていくの?
「そうしたら、威嚇してくるわ問いには答えてくれないわ、挙げ句の果てにブレス撃とうとしてきたので倒しました」
何あっさり倒してるのよっ! 相手、ドラゴンよドラゴン。何それ、最初から倒せると踏んでたの?
「ど、ドラゴンに正対して、生きて帰れると思ってたの?」
「じゃなかったらノコノコ目の前になんて出ません。おばかじゃないんですから」
いや、大馬鹿野郎だろっ!
ドラゴンに魔法が効くって自信はどこにあるのよっ。未だかつて倒されたこと無い生物よ?
「わたし達、前世で、ドラゴンは倒せると言うことを知ってきていますから……」
あ……そうだ……この子達はドラゴンを倒したあとの世界からやってきたんだ。ドラゴンは倒せる生物だって、最初から知ってるんだ。
いや、でもそれを生身の人間がっておかしいだろっ!
「ちなみに、わたし達三人は、三人ともドラゴンを一撃で倒す手段を三種類持ってます」
は?
三種類?
何言っちゃってんの? うちの娘、壊れた?
「一つは今回使ったアサシン魔法ですね」
ああ、確かに今回はそれで倒してるね。
「もう一つはファイヤーボールです。以前、コトが王都に浮かべたファイヤーボールを覚えてますか? あれのエネルギーを小さな小さなボールに凝縮して撃ち出せば、周囲にそれほど大きな被害を出さずに大ダメージを与えることができます」
ああ、あの魔法か。馬車で何日も先から見えたというあの……あれを一点に集める? 出来るの?
「最後の一つはレールガンと呼ばれる魔法です。これもわたし達三人しか使えませんね。危なくて」
いや、危なくてってなに? わからない方が余程怖いんだけど……
「あー、じゃ、デモンストレーションしますね。まずはリフレクトマジックを張ります」
カナがリフレクトマジックを張り始める。一重二重三重四重五重……十重二十重、縦一列にずらりと並んだリフレクトマジック。壮観である。
「じゃ、しおりん、やってみて」
「全部抜いちゃって良いですか?」
「おけ、最速で」
「はい、では行きますね。判りやすいように合図しますから、良く見ててくださいね」
しおりんが的に正対する。
「三、二、一、えいっ」
ヴヴォーーーーー
発射サイクルが早すぎて一つの音に聞こえる。
そして、一瞬で二十枚のリフレクトマジックが消滅した。
物のついでに射的場の壁にも穴が空いたが、気にしないことにする。
「とまぁ、威力最小の弾を飛ばしましたが、こんな感じです」
あー、これで最小なのかぁ。そっかぁ。それは危ないわぁ。
「と言うわけで、自衛として倒させていただいたと言うわけで」
お、おう……全員疲れ切った顔をしている。
「このドラゴン、どこから来たのかは誰かわかるかね?」
「おそらく、北の山脈のドラゴンのどちらかでしょう。この国に近い場所にいるドラゴンは、北の山脈にいる二頭だけだと思います」
アンガスさんは物知りである。伊達に歳食ってない。可愛いけど。
「え? 北の山脈のドラゴンって、一匹じゃないの?」
カナが思いもよらなかったと言うような顔でアンガスを見つめる。
「北の山脈には二頭いるの……ううん、過去形なのかしら。二頭いたのよ」
「うわ、知らなかった。じゃ、もう一匹が報復に来たりするのかな」
「縄張り争いとかしていたみたいだし、大丈夫じゃないかしら? 憶測でしか無いけどね」
「まぁ、来たら退治しちゃえばいっか。連絡きたら飛行機で飛んで行けばすぐだし。むしろ、今すぐ飛んでって倒しちゃっても良いけど」
「頼むからやめてくれ」
国王が涙目で懇願する。
「はぁ……このドラゴンもどうするべきか……下手なことしたら、また帝国が絡んできそうだわい」
「素直に『襲われたから返り討ちにした』で良く無いです?」
「しかし、ドラゴン討伐なんて信用する訳がなかろう」
「この子の研究が終わったら、丸ごと展示しちゃえば良いんじゃない? 誰でも見学できるようにしておけば、帝国の間諜も見ていくでしょ」
「それしかないか……気が重いのぅ」
「話が決まったところで、解剖していいです?」
コトがワクワクしながら指先にプラズマの光を灯した。
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