第49話  初等練習機

 ついに四機の小型タービンが完成した。

 四発のエンジンそれぞれが止まっても駆動を続けられる様に四組の断続機クラッチを介し、減速機につながる。

 飛行速度が格段に高くなることが予想されるので、風防は割としっかりした作りの強化ガラスを用意した。

 ただ、不意のバードストライク対策として、リフレクトマジックの簡易版を仕込んだ魔石も準備してある。飛行時には、常時風防直前に展開しておくことになる。

 リフレクトマジックは、何故か裏からは存在を知覚できないという、不思議な性質がある。表からは全ての光を反射して見えるのに何故裏からは見えるのか。光が届かないんだから暗黒になるはずなのに、何故か見える。未だにコトたちが解明してない謎の一つである。

 

 翼は、ついに布張りを卒業してカーボン製を導入。ただし、まだ複葉機のままである。

 翼桁は極力薄く小さく仕上げたので、空気抵抗の増大は最小限で済むであろう。

 今回の機体は、ケイ以外のパイロットを育てるためにも使うので、操縦系統は二系統、前席、後席共に同じことができる様にする。

 ただ、これからのパイロットがコンソール魔法を使えるとは限らないので、最低限の計器は開発しなければならなかった。

 速度計、高度計、昇降率計、膨張室圧力計の開発は手間取った。主要部品である真空アネロイドの製造上のばらつきが大きく、不良品が多過ぎた。

 必死に改良を続け、やっと、良品率が二桁パーセントに乗ったところだ。

 水平儀ジャイロの開発も大変であった。

 結局、発電ペルチェを搭載し、小型電動モーター式の回転式ジャイロを作成。ちゃんと動くまで何日も夜中までかかって調整をした。

 推進水残量計、流量計、膨張室温度計は割とスムーズに完成した。

 これらは全部、同じ特性を持ったものを前席と後席の両方に用意しないとならない。


 今回の飛行機は重力カタパルトを使わずに、飛行場から自力で離陸しなければならない。主脚と車輪、カウルまでは開発済みだが、尾輪をつけるか、ソリにするかでまだ仕様が固まっていない。

 草原飛行場ならソリでも良いのだが、固めた地面なのでやはり車輪式か……


 主脚はまだ畳める構造には至っていない。

 オイルシールの開発が遅れていて、油圧装置の信頼性が低すぎるのだ。

 電動式にするにしても、モーターが重くなってしまっては本末転倒なので、今回は固定脚である。


         ♦︎


 主要構成部品が揃った。先ほど検品が終わり、明日からは組み立てに入る予定だ。組み立てにはひと月半を見込んでいる。とりあえず、まずは機体全体の剛性を担保する竜骨キールを置き、そこに亀甲トラス状にパイプを配置しながらケージを作っていく。接合は、とうとう実現した電気溶接だ。

 重量を軽くするために、パイプはかなり細く感じる。

 ところどころ、部品が収まる部分には大きめの開口部が開き、その部分の強度を担保するのが難しい。整備時に取り外せる形でサブフレームを組み付けるが、やはり重そうだ……

 主翼は上下二枚。上の翼の方が、翼一枚分前に装備される。高速時に上下の翼の気流が干渉しづらくなる様にとの配慮である。

 もっとも、この子ぐらいの速度ではあまり効果はないかもしれない。

 尾翼部の骨格も取り付けた。続いて外板の取り付けを行う。

 もしも量産機であるなら、この時点で配管配線を取り回してしまうのだが、これは試作機。

『あとで整備する時に交換できるのか?』

 を確認するために、あとから艤装することを選んだ。正直、作るのは数段面倒になるが、あとで

『交換するためにはフレームまでバラさないとならない』を避けるためだ、仕方ない。


「でも、面倒なんじゃぁ……」

 泣くのは許してほしい……


 続いて外装取り付け。外側のパネル類を取り付けていく。一気に飛行機っぽい姿になり始めた。見た目だけなら、あとはエンジンと脚と動翼をつければ完成?ぐらいにはなってきた。

 まだ、中身はからっぽなんだけどね。


 さぁ、配管配線の取り回しだ。整備の時、苦労しやすい部位なので慎重に組み付けてゆく。

 水を通すための銅パイプの作製とか割と苦労の連続だったが、金物屋のドワーフの協力で、満足いくものが出来上がった。いや、マジ凄いわあの種族。

 機内では電気も使うので、配線も通す。

 実は魔石も、銅配線で操縦席と結ばれて制御していたりする。


 いよいよ動力装置の取り付けだ。

「後ろちょい下げ、おけ。オーライオーライオーライストップ。今度は前が残った、後ろ止めて前だけ……ぇはいっ!」

 減速機兼プロペラシャフトを前から差し込み、四方向からエンジンを取り付ける。そこそこ重いのでチェーンブロックで吊りながらの作業だ。

 こんな重いもの、ケイには持ち上げたりできるわけもなく、職人に指示をしてやってもらう形になる。

「はい、オッケー、位置出た。そっちのエンジンサポート、ボルト止めて貰える? そこ基準にして前合わせるから」

 エンジンが一つずつ組み付けられ、とうとう四機のエンジンが搭載された。さぁ、また配管と配線だ。

 駆動系のクラッチを断続するためのロッドやワイヤ、推進水を供給する銅配管、カットオブバルブの配線、魔力回路の銅線。どれがなんだかわからなくなるので、それぞれにマークをつけて管理する。

 ボルトは一本一本、締め付けた人間が管理台帳にチェックを付け、別の人が確認してワイヤで固定、もう一つチェックをつける。

 ただ、このチェックリストだってまだまだきっと穴だらけだ。漏れもたくさんあるだろう。早く作り上げたいが、焦りは禁物。

 地上でも空でも、無事故を目指す。

 特に、飛行機の速度が上がってきているので、事故になった時には無惨な結果が待っているだろう。

 (鏡にぶつかった俺、粉も残らなかったって言ってたもんなぁ)


 さぁ、だんだん仕上がってまいりました!水タンクを積み込み、主脚、尾輪を取り付け、動翼を組み付ける。

 操縦感覚に直結するので、慎重に慎重に。


 さぁ、間も無く完成だ、頑張ります。

 操縦装置の取り付け。ここは狭い。狭い場所の整備に最適の人材がいますね、ここに。

「うお、頭に血が昇る……ペダルブラケット取って、ほい、さんきゅ……ぐぅおっ、M8ボルトを、あと12のソケットも……」

 まだシートのついていない操縦席の足元に、頭から潜り込んで部品の取り付けを行う。

 ペダル類、スティック、レバー類。それぞれが動翼やエンジン、動力伝達系にリンクやワイヤを通して繋がっている。

 もし飛行中にブラケットが割れれば、リンクのボールが外れれば、ワイヤが切れれば、どれも墜落事故に直結するのだ。当然取り付けにも慎重になる。

 続いて計器版の取り付け。良く似た配管、配線が色々集まっているので、間違えない様に確認しながら一つずつつけていく。カナの作ってくれた無機ガラスのカバーが、とてもいい感じだ。

 最後にシートとシートベルト。上空で何かあった時の脱出方法はパラシュートを想定している。その時、ベルトを取り外し、シートから抜け出し、機外へ身を投げられる構造にしなければならない。風速何十メートルもの風の中でだ。

 火工品を使っての射出座席も考えたが、前席の人間が上翼にぶつかるので却下になった。将来、単翼機を作ったら、改めて考えよう。

 (せめて、高性能のヘルメットを作ってからの話だよなぁ)


 全ての部品がついてから、最後にとっておいたプロペラを取り付けた。ピッチ違いで三種類、大きさで二種類、合計六種類作ったうちの、一番小さくて負荷の少ないタイプを選んだ。

 

 組み立て作業は順調に続き、今日は試験前検査である。

 機体のアライメントがきちんと取れてるか。動翼のジオメトリーが設計通りになっているのか。ネジの締め忘れは?配線の繋ぎ間違いは?嵌合部はちゃんとハマってる?油脂類は?

 今日はこのあと、ケイの妹たちがやってくる。シミュレータ試験のためのデータ取りである。

 ここまでの間にも、ポーリーとリンダの魔法で測定したデータを、ステータス魔法経由で逐一送信してもらっていた。仮想空間内には、フレームから組み上げられた兄の飛行機がカタログ化されている。


 工場の外が騒がしくなる。王女さま御一行が到着した様である。


 三人娘が移動するとなると、護衛や付き人含めて十人以上になるのが普通である。

 馬車には三人とサンドラの四名。御者二名、更に四隅を騎馬が随行し、先行としんがりにも一騎ずつ。今日は十二人であった。

 これだけの人と馬がやってくると、あたりは騒然となる。さらにその中心がかしまし娘ともなれば……

「こんにちはっ! お兄ちゃん、今日はよろしくお願いします!」

「はぁい、兄、元気にしてる?」

「あはは、二日ぶりです、ケイさん」

 二日前に、今後の方針の相談で宮殿に寄ったのだ。

 計画は概ね順調ということで、基本方針は維持。順調なことで余剰になった人員には、新飛行場の草むしりに出てもらっている。

「そのうち、草むしり魔法考えるか……」

 カナさん、地面は平らなまま残る様にお願いしますね。クレーターとか却下ですからね。


「じゃ、早速始めますね。リンダさんポーリーさん、準備お願いします。サンドラ、全体記録立ち上げて。しおりん、コト、計測器取り付けるよ。おじさま、お手伝い、お願いしますわね」

 ああ、職人がデレデレに溶けまくっている。プラチナ美少女リアルお姫様にあんなこと言われて、気合いが入らないわけがない。次々と機体に力が加えられ、静バランスが記録されていく。


「うぁー、エレベーターに力かかると、スティック引ききれないかも……」

 この段階で問題点が出てきた。機体が高速になった分、翼にかかる力は何倍にも増えてきている。それに合わせたテストをしたところ、一番負荷の大きくなるエレベーターが動かしきれなくなりそうである。

「抗力によってレバー比を変えていくか、エレベーターをシーソー型にして中和するか……パワーアシストはまだ無理かなぁ……電動ならいけるかしら」

 すぐにカナが対策を考え、出てきたイメージを元にコトが計算をしていく。

 あ、ケイのステータスオープン魔法にも、無事に関数電卓が装備されました。

 ちなみにケイは高専時代からカシオしか使えないという。カナはシャープこそ至高とか言い出す。そしてコトは兄と同じの選ぶのかと思ったら「このシンプルさが思考を邪魔しないのよ」

 と、ヒューレットパッカードのRPN電卓を使い込んでいた。

 と言うわけで、関数電卓機能も三種類のインターフェイスを作らなくてはならなくなり、インターフェイス担当のしおりんが泣いていた。

 しおりんは

「紙に書き写すわけじゃないんだから、表計算で、よくね?」

 派閥である。この問題も、突っ込んでいくと『きのこ、たけのこ』並に面倒くさくなる。


「レバー比変えると、高速域で操舵量が厳しくなるかも。全遊動シーソー型は材質の問題で剛性が厳しいのと、尾翼周りの設計からやり直しなのが難点かしら。電動はちょっと未知数かな。試してみる価値は有ると思うけど。設計はほぼそのままでサーボをリンクの途中に入れるだけで済むし」

 コトの計算結果から、追加設計を開始する。ケイが応力に余裕がある場所を指示して、カナが線を引く。モーターはすぐに出来そうだが、ポテンショメーターの特性を安定させるのに苦労しそうだ。

 あとは減速用のギヤ。なんせ全部職人の削り出しで有る。手間が半端じゃなくかかる。


「今日はこんなところかなぁ。みんな手伝ってくれてありがとうな」

 コトが神を手伝えて、とても幸せそうにしている。

「いやまぁ、問題山積みだけどねー」

 カナがチャチャを入れるが、その通りなので何も言えない。

 とりあえずいくつかの新設計部品の開発を頑張ろう。


          ♦︎


 次の次の休日、再び全員で集まった。新設計した部品は、単体テストが終わり次第組み込んでいったので、組み立てはほぼ完了している。

 今日は前回不具合が出た場所の確認と、新設計部分の確認。それが終わったら、一度外に出してエンジン試験と荷重変化の確認をする予定だ。

 今までと違って今回は車輪がついているので、押せば割と簡単に移動することができる。

 工場から資材置き場経由で旧試験場の丘の下まで押してきた。

 今日はべつに飛ばすわけではないので、ここに機体を固定して脚の下に重量計を設置する。

 前回同様全体をバネばかりに結びつけられ、動力のテストを行っていく。


「魔石起動。一番から四番、チャンバ内加熱開始」

 エンジンを四機同時に動かしていくのは初めてだ。ケイの顔が少々緊張している。

「一番エンジン、バルブ開けます。エンジン始動」

 どーんと言う水蒸気爆発の音の後、タービン特有のヒューンという音が高まってくる。機体の側面を通り、コクピットの後ろで大気に解放されている蒸気管から、勢いよく水蒸気が噴き出す音がしている。

 ゆっくり回り出したプロペラが、それなりの風を送り始めた。

「二番、開けます」

『どーん』ときて、エンジンが始動したことがわかる。

「三番…………四番…………」

 次々と始動したエンジンが、命を吹き込まれた様に回転を上げてゆく。

 タービン回転数1,800r.p.m.付近でアイドルしている。思ったよりもプロペラが仕事をしているので、機体が前に出て行こうとする。これはクラッチ切り離した状態でアイドルさせることも考えないとダメかもしれない。

 ポーリーの指示で計測員が配置につき、姿勢を下げる。全力運転の飛行機の周りなど、危なくて近寄れたものではない。

 回転を上げる指示が出る、ゆっくりとスロットルを開け、エンジンの回転数を上げていく。

 タービンの音が鳴り響き、プロペラが風を切る音が響き渡る。エンジン回転数は8,000r.p.m.を超え、9,000r.p.m.が近づいてきた。プロペラ回転数は2,200r.p.m.程度か。十分以上の性能が出ていると判断する。

 ポーリーから、ラダーを動かせのハンドサインが出た。そっと右ペダルを踏み込んでいく。プロペラ後流でお尻が動こうとしているのが感じられる。続いて左、更にエレベーター、エルロンとテストし、エンジン回転数を徐々に下げていく。


 今日のテストは順調に終わった。でも、今日からはテストテストと、毎日が地上テストで有る。

『ただひたすら一日中ペダルを交互に踏み続けるテスト』

『ただひたすら一日中エンジンかけて、クラッチ繋いで離してを繰り返すテスト』

『ただひたすら一日中……』

 辛い日々が何日も続き、それに比例して徐々に自信をつけていった。そして、ついにその日を迎える。

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