第48話  ステータスとステータスオープン

 ステータスオープン魔法が使える人間は、現在八名である。

 リンダ、ポーリー、サンドラ、アリスタ、コリン、シャルロット。そしてケイとルイージ。

 ケイとルイージは男性向けバージョンだ。


 このうち、女性陣にはステータスオープン魔法をステータス魔法へとアップグレードしてもらおうかと、計画を進めている。

 ステータス魔法とステータスオープン魔法。誰だよこんな紛らわしい名前にしたの。コトだよ。

 スクロール魔法さんのバージョンが上がったことにより、三人娘の処理能力が上がりまくった。おかげで新魔法を作成するにあたっても、コードを書く時間もデバッグする時間も半減している。


「さぁ、ではこの『魔法編集機能』はこのへんでまとめちゃって良いかな。不足があったら後で追加すれば良いけど、過分な場合は下方修正はあまりしたくないし」

カナがまとめに入る。いつもの子供部屋で、いつもの会議。

「サンドラの意見も聞いて良いかしら? サンドラはこの辺の魔法編集機能とかどう思うかしら。かなり色々盛り込んだつもりではあるのですが」

「はい、正直申しまして……わたくしが使うことは無さそうな機能でございます」

「あうぅ、使い込めばなかなか色々なこと出来そうなんですが……魔法を使うルーチン作業なんて簡単に自動化できますし」


 ステータス魔法にはステータスオープン魔法に無い機能として、魔法編集機能を搭載した。と言っても大したことができるわけではない。

『表計算のマクロをスクラッチで記述する』ぐらいのイメージだろうか。

 今現在自分で覚えている魔法は、要素に分解した上で関数として記述できるし、その他の要素もきちんと設計できれば関数として利用することが出来る。完成した魔法は詠唱省略可能だし、この部分もきちんと作り込めば発動ワード省略魔法だって出来る。

 とにかく制限したのは時間空間に影響を与える魔法とNon-Mass系魔法。

 世界を終わらせる可能性のあるものは、さすがに使えないようにしてある。


 アイテムボックスはステータス魔法に機能として搭載。と言っても、スクロール魔法さんからコピペしてきただけだが。

 最初に導入予定の皆にはリミッターなしバージョンを使ってもらう予定なので、取り込める物体の最大サイズは術者の身長の百倍を半径とした球体。最大容量は術者の身長の一万倍を半径とした球体で確定している。

 ちょっと大きすぎたかなぁ?とか思ったりもしたが、自分たちが使ってるスクロール魔法さんがほぼ無制限なので感覚がおかしくなっている。


 これと同時にステータスオープンにも搭載するが、基本的には機能をロックしておくことになるであろう。


 他にも、ステータスオープンでは五つしかないショートカットの数を無制限にしたり、時計機能やカレンダー機能、スケジューラーを標準表示したりと便利機能満載となっている。


「これ、インストールはいつからにしよう。もうリリース版と言っても良いできなんだけどさ」

「じゃ、まずはここでサンドラに試してもらお。サンドラ、ちょっとこちらに座って」

「ひ、姫様、その……」

「はい、良いから座る。んでもってこの魔法陣をしっかり眺めて」

「は、はい」

「じゃ、いつもの合言葉、さんはいっ」

「インストール」

 ざざっと、サンドラの視界の中をテキストがスクロールしていく。

「もうほぼ正式版だからねぇ、ヘルプやティップスも満載してるし、色々試してみてもらえるかな? 問題点出てきたら教えて欲しいの」

 ヘルプとTipsはコトがノリノリで書いた。実はここもしおりんに任せようとしたのだが、どうにもこうにも公文書っぽさが抜けなかったので交代してもらったのだ。

「じゃ、しばらくサンドラには勤務中に魔法訓練してもらうんで、よろしく」

「く、訓練ですか?」

「そ、訓練。そこで運用上のバグ出し手伝ってもらうわ。この三人には入れられないから、実務上の問題がシミュレータ上だけでしかわからないのよね」


 サンドラは、こうして毎日練兵場に連れて行かれて戦闘訓練をされられ、子供部屋にてカナの魔法講座やコトのマクロ講座でしごかれて半月が過ぎた。


         ♦︎


「今日こちらに集まっていただいたみなさんは、全員ステータスオープン魔法を使ってるみなさんです」

 子供部屋にごっそり集まるのはステータスオープンをインストールされている女子連である。

 案内しているのはしおりん。コトとカナは実体スクリーンを浮かべてアシスタントを務める。

「今日はそのステータスオープン魔法を、ステータス魔法へと切り替える作業を行います。みなさん、こちらの石版を手に取ってください。全員分ありますので」

 リードアットワンス魔法のテストも兼ねる。

「はい、行き渡りましたね。では、表の魔法陣を読み込んでください。読み込み終わったらダイアログが出ますので、指示に従って操作してください」

 いつもの

『魔法陣を読み込みますか はい/いいえ』

 で『はい』を選択、インストーラが動作してテキストが流れた後、今度は

『魔法陣を完成させます。ステータス魔法、またはステータスオープン魔法の個体番号をコピーして、魔法陣を完成させますか はい/いいえ』

 ここで『はい』を押すと、石版表面の魔法陣がすぅっと描きかわり、その人にだけインストールできる形で最初の魔法陣の暗号化が解かれる。


 タイムスタンプ参照したり、血液を垂らさせてみたり、色々試した結果、ステータスオープン魔法そのものを全数管理する方向で調整することに決まった。

 どうせマイクロマシン経由でしか魔法は使えないのだ。なら、スクロール魔法さんを含めて全数を管理するサーバを作り、そこで一括処理しちゃったほうが楽チンだし……というわけでこのような仕様になった。

 ステータスオープン魔法そのもののインストールの時はタイムスタンプ式を採用するが、セキュリティ面がイマイチなので将来はまた変わるかもしれない。

 

 ちなみに、鯖落ちとかは気にしないでも大丈夫。今の所は番号と個人を結びつけてるだけの簡単なシステムである。

 念の為、管理番号は64bitでやっているので、人数が溢れる心配もしなくて良いだろう。

 

「お姉さま、出来ましたわ」

 最初にインストール完了したのはシャルロットだった。

 その後皆次々と完成し、全員無事にインストールに成功した様である。

「では、今日からはステータスオープン魔法ではなくてステータス魔法になります。今までのステータスオープン魔法と違って、この魔法は常時起動しています。いちいち呼び出さなくても、視界内で勉強やお仕事、戦闘のサポートをしてくれます。また、ショートカットの数の制限がなくなりますので、全ての魔法が発動ワードだけで発動できます」

「おお〜」

「更に、頑張れば発動ワード省略も可能です。ヘルプ機能も充実してますので、各自色々試してみてください」

 みんな、一斉にヘルプを開けたようだ。そして、アリスタちゃんの悲鳴が上がった。

「あ、あのっ、このアイテムボックスって、あの例の?」

「はい、あのアイテムボックスですよ。使い方はヘルプに載ってますから参照してくださいね。自分で使える残り容積なんかは、アイテムボックスを使う時に自動的にわかる様になってます。頑張って使いこなしてください」

 ちなみに、この世界にアイテムボックスが使える人間は、現在九人しかいない。

 そう、この部屋に今いる人間で全てである。

「ただ、しばらくは人に知られないほうが良いかもしれませんね。良いように使われる可能性もありますから。そのうち一般にも広める予定なので、そうなれば自由に使えると思います」

 そのうち、ステータスオープンを誰にでも使える魔法にする予定である。ただ、アイテムボックス機能のアンロック条件はまだ決めていない。


「では、みなさん、頑張ってくださいね」


         ♦︎


「魔法なんてよぅ、あんなあらかじめ長ぇまじない唱えてからじゃねぇと使えねぇモン、戦争ぐらいでしか使い道ねぇだろ」

「だよな。魔物と戦うハンターはなぁ、そんな悠長なことやってらんねぇんだよ」

「いつ背後から襲われるかわかんねぇダンジョンの中、魔法使い守りながら戦うなんざゴメンだぜ」


「とまぁ、世間の戦闘系魔法使いの評判なんてのは散々だった訳だ」

 今日は宮廷魔導士長のアンガスさんとバイオレッタ先生が子供部屋へ来ていた。

「それでだ……とうとう教えてくれたこの魔法なんだがな……極端から極端に走ってどうするつもりなんだ? こんなおっそろしい性能、魔法使い以外は戦闘に出るなってぐらいの勢いだぞ。ノータイムでリフレクトマジック張れるとか、剣士殺しもいいところだわ、その上でファイヤーボールも連発できるとかなんだよそれもう」


 アンガスさんがブチ切れている。いや、便利になるし良いじゃん。出来ることが変わったわけでもないんだし……


「出来ることが変わり過ぎたんですってば」

 今度はバイオレッタ先生がキレかかっている。

「今までは詠唱終わるまでは守られるだけの存在だったんですよ? で、一発撃ち終わったら守られながら下がる。これが魔法使いの戦い方。それがなんですの? 開幕早々ファイヤーボール連発? 攻撃されそうになってから的確な場所にリフレクトマジック? これ、軍部に知れたら本気で戦争をふっかけに行きますわよ。冗談抜きで。だって、絶対勝てる戦になりますもの」

 

 あー、戦争で使いたいかぁ、そっかぁ…わたしら、これ、世界中に広める気まんまんなんだよねぇ……女は戦場に出さないかなぁ? とか、甘い考えだったかぁ……

 って、騎士団には知れ渡ってるし大丈夫じゃない?


「ここの騎士団の方々は、みんな知ってますよ。わたし達三人だけじゃ無い、何人も同じことできる子供を」

「まだ子供だからじゃ無い?」

「あ、あとサンドラ」

 サンドラがそっと頭を下げた。


「はぁ、もう広まっちゃってるのかぁ。えーと、これって魔法覚えてる人なら使えそうなのかしら?」

「魔法使えない女性でも大丈夫な気がします。すでに男性でも二人実績がありますし」

「はぁ⁉︎」

「流石にファイヤーボールとかリフレクトマジックとかは無理ですよ。でも、フラッシュバンや相手に触れてのイグナイトぐらいならやってますね」

「そんなん戦いで使ったら絶対有利に決まってんじゃないですかっ!」


(相変わらずとんでもないことしでかす子たちだわ。っていうか何この便利な魔法。基本全部詠唱省略って何よそれ。生活魔法ならともかく、リフレクトマジックもファイヤーボールも詠唱省略できる人なんて聞いたことないわよ!)

 そう、詠唱省略そのものはできる魔導士がいる。アンガスもバイオレッタも生活魔法ならどれも詠唱省略出来る。アンガスなら風魔法の発展系のウインドショットも詠唱省略出来たりする。

 しかし、ファイヤーボールは無理だった。リフレクトマジックも無理だった。

 それが、このステータスオープン魔法一つで全部可能とか、何そのインチキチート


「これが普及したら、女性ハンターも増えそうですねぇ」

「増えるだろうね。それも爆発的に。だって、明らかに男より稼げるだろ。しかも安全に」

「あと、わたしら宮廷魔導士は役立たず呼ばわりされそうで」

「そうならないために、これを広めるのは宮廷魔道士団がやらねばならぬのだ」

 ついでに、宮廷魔導士団に防波堤になってもらうつもりだ。手柄は全て宮廷魔道士団にプレゼントする代わりに、宮廷魔導士に前面に立ってもらって全国に広めてもらわねばならない。

 あ、ちゃんと男性にも勧めてくださいね。

「はぁ、わたしもバイオレッタも、男の扱いはからっきしだからなぁ」

 その辺は得意な方を探してください。宮廷魔導士七十名の中には、男性を苦手としない人もそれなりにいるでしょうし。


「さて、ちょっとこのまま練兵場まで付き合ってくれんかな。色々試したい」


 というわけで、六人でゾロゾロと練兵場へ。

「じゃあ、バイオレッタ先生、リフレクトマジックを張っていただけますか? ターゲットが五つ出てるので、それぞれの前に一枚ずつ」

 カナがまずリフレクトマジックの展開でなじみを確認する様だ。

「リフレクトマジック!」

 バンっとリフレクトマジックが出現する。

「一瞬で出るのね……リフレクトマジックリフレクトマジックリフレクトマジックリフレクトマジック!」

 あっという間に全てのターゲットにリフレクトマジックが張られた。

 張った本人が驚いている。

「解ってはいたけど、この速さは恐ろしいわね……」

「では、アンガスさん、ファイヤーボールで撃ってみてください」

「ああ、ファイヤーボール!」

 ズドン。唱え終わった時には着弾してるんじゃないか?ぐらいの速度で飛んでいく。絵になる『タメ』とかまるでない。

「なぁ、これ『ファイヤーボール』という名前である必要は?」

 やはり気が付かれてしまった。これだから宮廷魔道士は気が抜けない。

「ええ、無いですね……」

「なるほど、その部分の書き換え機能は提供してないのか。ああ、フールプルーフか」

 フールプルーフでは無い。アンガスプルーフだ。アンガスーバイオレッタ対策でカスタマイズ性は落としまくっている。

「で、これを解放してもらうことはできるのかな?」

「今はまだ時期尚早だと考えています。アンガスさんもバイオレッタ先生も、時間はまだまだあと何百年もあるでしょう。焦らないでくださいませ」

「はぁ、相変わらずつれない姫君だことで」

 しかし、待望のステータスオープン魔法だ。これだけで何年分もの研究テーマが出来上がるだろう。宮廷魔導士団七十名、全員に供与してもらう約束も取り付けた。今日のところは、この辺で退散するとしようか。


 この日の晩、アンガスとバイオレッタは、初めてタブレットを与えられた子供の様に、一晩中ステータスオープン魔法をいじくっていた。

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