第47話 ターボプロップエンジン
カナの設計したターボプロップエンジンの試作が出来上がってきた。
最初は今飛ばしている複座機に搭載予定なので、小さな四つのエンジンをクロス状にフロントに搭載、中心に減速機を置いてプロペラを駆動する計画である。まだエンジンの信頼性も得られていないので、冗長性を高めるためでもある。
流石に四機も有れば帰って来られるだろう。帰って来られると信じたい……がんばろう。
熱源となる魔石は、風魔法の魔石を書き換えて作成した。術式はとても単純。一定空間内の温度を維持するだけである。
そう、維持されるのである。そこに液体の水が吹き込まれる。単純に温度が維持される。水全体の温度が低かろうが、マイクロ秒単位の時間で設定温度まで昇温される。魔法すごい。すごくてすごいっ。
気化冷却とか一切考えなくて良いのだ。冷却された分、即座に加熱されるのだから。
今回は初期実験ということで、圧力室内の温度は低めの500℃に設定してある。
水が液体から気体になるとき、体積は千六百倍になる。ただし、これは温度が100℃のままの時の話である。
シャルルの法則で計算すると500℃になると更に倍、トータル三千倍もの体積になる。まるで筋肉超人のパワーの様に増大していく。
この、莫大な量の水蒸気でタービンブレードを回し、回転運動を取り出すエンジンである。
将来的には、体積効率を高めるために外気を圧縮吸入する多段コンプレッサファンを目指すが、今回はまず閉鎖チャンバ内での体積膨張を利用する。
多段コンプレッサが使える様になれば、おそらく燃費が恐ろしく良くなると思われる。
推進剤そのものはただの水だが、搭載する場所と重さに限りがあるため、燃費が良いに越したことはない。
テストする場所はいつもの試験ベンチ。要するに丘の上のレールの端である。風の魔石の試験もこの場所で行った。あの日のことも決して忘れない。
レールに試験台が固定され、その上のエンジン本体も試験台に固定された。
「では、始めます。推進水加圧」
「推進水、加圧します」
今日はただの試験なので、パイプで作った
「魔石起動」
「魔石、起動します」
「加圧室温度、500℃へ」
「加圧室温度、確認しました」
ケイが振り返りながら皆に伝える。
「じゃ、始動します。スロットルはアイドルレンジ確認、バルブ開きます」
どーんと音がしてエンジン後部から覗く後部ファンがゆっくりと回り始めた。
最初の爆音は、加圧チャンバの中で水蒸気爆発を起こした音であろう。
そこから、十秒ほどかけて回転を上げていき安定する。
どこからとなく、ウミーみたいな響きが聞こえてくる。
(あー、やな音してるなぁ……)
とか思うが試験を続ける。
「回転あげます」
そっとスロットルレバーを動かす。ウミーと響いていた音がウミャーに変わってきた。
更に少し開けていくと、ミャーウンミャーウンミャーウンと唸るばかりで回転が上がらなくなる。
「停止します。カットオルバルブ、クローズ。スロットルアイドルへ」
ミョーと鳴っていた音が、ふっと止まる。
そのまま回転が下がっていき、エンジンは無事に停止した。
「タービンのダイナミックバランスか、シャフトの振れかなぁ」
ケイが微妙に肩を落としながら言う。
「音はそんな感じだねぇ。ブレードがチャンバに当たらなくて良かったわ」
カナが答えた。
音を聞いていた限りでは、ギャリンっとかガキんっとかの
シャフトの振れは、かなり神経質になって確認したはずだ。ダイナミックバランスは取れるだけは取ったつもりだが、まだ足りてないか……
シャフト全体のバランスが取れていても、部分部分のバランスが狂っていると向心力のバランスが崩れて暴れ出す。いわゆるミソスリ運動を起こしてシステム全体にダメージを与えかねない。
工場に運び込んだエンジンを分解しながら、技術者みんなで相談していく。外した部品は、そのまま全数検査に回していく。
「あー、メタルはアウトだねぇ。シャフト側はどうかなぁ」
カナが外した部品を検分しながら、チェックシートにマークをつけて行く。
全ての部品を取り外した後、壊れた部品の壊れ方を見に検査室に向かった。
「やっぱりミソスリしてるねぇ。ダイナミックバランサー、開発しないとダメかなぁ?」
しかしこの世界、バランサのバランスを取るためのバランさが欲しくなるわけで。
「はぁ、地道にキャリブレーション取りながらやるしかないか」
新たな機械を開発することになった。一歩進むたびに必要なものが出てくる。必要は発明の母と言う言葉があるが、本当にその通りだったのだろう。
わたし達は、その先人が発明したアイデアを利用させてもらってるだけだ。
偉大なる彼らに最敬礼を贈りたい。
♦︎
ロマーノで開発された技術は、次々に工業ギルドに下ろされて行く。
その中の一つ、ボール盤や旋盤の製造を受け持ってくれている鍛冶屋を訪問した。
ここは元々は馬車の車軸や車輪の外板を作っていた工房である。旋盤とボール盤はまだまだ高価なのだが、作れば売れてしまう状況が続いている。
ただ、ロマーノからのペルチェ素子の納品が遅れがちなため、生産計画に遅れが出ていた。
「すいません親方、発電機は今月中にはあと三台は入れられると思います。近日、こちらでも一から作れるタイプの発電機も開発しますので、勘弁してください……」
ケイもあまり強く出られない。
「で、お願いが有るんですが、旋盤を一台改造して、こんな機械を作って欲しいんですが」
「んー、
好奇心旺盛で、なんでも試してみるタイプの親方である。
続いて振動センサの開発。しかも、回転に合わせてプロットしなければならない。
「ほんっと地球で一から物作りしてた人、尊敬するわ……わたしらその人たちの足跡辿ってるだけなのにこの有様だもんねぇ」
「しかも、魔法とかいう超絶チート使っててこれ。凄いよね、ほんと」
今日は珍しくケイとカナ……と護衛でのおでけかで有る。コトは来たがっていたのだが、シリコンウエハーの切り出しが立て込んでおり、お手伝いで置いていかれたのだ。
「で、次はどこだっけ?」
「オイルシール頼んでる工房へ。テストエンジンから外したオイルシール、全数持っていって確認してもらうの。まぁ、タービン触れた時にセンターシールは削れちゃってるけどね」
タービン軸そのものはオイルの上に浮いた状態で回っている。そのオイルが周りに吹き出して来ないようにするための部品がオイルシールである。
前世なら、スチールのリングにゴム製のリップが付いたオイルシールが一般的だったのだが、
「ああ、ゴムの木、見つからないかなぁ」
まだゴムの木が見つかっていないので有る。
今使っているのは、リング状に切り抜いたグレートボアの皮に、一回り内径を小さく切り抜いたポイズントードの喉の皮を張り、数組み重ね合わせたもので有る。エンジン分解の度に交換するとはいえ、耐久性もまだまだ未知数の部品だ。
飛行機のシールド等に使う強化ガラスはシリコンウエハーの製造を始めたときに、ついでに量産している。もっとも、まだまだ透明度も平滑性も平面度も満足のいくものは作れていない。
それでも、一つずつ、一歩ずつ進んでいる実感は有る。なにより、こうして色々な人の協力を得て、色々な人に新たな技術、新たな可能性を伝授出来て楽しくないわけがない。
♦︎
タービン用のダイナミックバランサが出来上がった。試験用に精密な丸棒を生産したり、
早速、完成したタービンシャフトを検査し、バランス調整し、検査し、バランス調整し、検査し。よし、今度はきっとうまく行く。
出来上がった部品を、慎重に組み付けていく。大きく重い部品も多々有るので、職人に手伝ってもらいながら徐々にエンジンが組み上がっていく。
最後の部品を組み付け、締め付けたネジをワイヤーで固定して。試作二号タービンエンジンの完成である。
次の休日は始動しての試験になるだろう。今から楽しみだ。
♦︎
楽しみにしていた試験日が来た。
テストベンチに据えつけられたエンジンのチェックに余念がないケイである。
三人娘も到着し、テスト用のセンサ類の接続も完了。準備万端整った。
推進水加圧、温度上昇、インジェクション!
エンジンが回り始める。少しずつ回転を上げながら安定して行く。
「アイドル回転、2,200r.p.m.で安定。スロットル開けていきます」
少しずつテスト用のスロットルレバーを倒してゆく。
「5,000……8,000……10,000……」
無負荷で10,000r.p.m.の目標値はクリア。とりあえずここで一度スロットルを戻し回転を下げた。
「音は綺麗だね。タービンっぽい感じがめちゃくちゃして嬉しい。ほんと。カナ大好きっ」
ケイがはしゃぐ。カナが照れてる。不思議なことにコトも照れてる。
さぁ、本日二回目のチャレンジ。今回は壊すつもりで回すので、どこまで回るのかは正直わからない。
「行くよー、バルブ、リリース」
ぼーん……しゅぅうううううん。綺麗に動き出す。
「10,000……12,000……15,000……20,000……25,000……28……000」
毎分三万回転手前で回転が上がらなくなる。しばらくそのまま回していたが特に変化がないので停止手順に移った。停止する時も、いきなり水の供給を止めると、負圧になった加圧チャンバが圧壊する恐れが有るので注意が必要で有る。
この辺りは多段式タービンエンジンに進化すれば問題なくなるはずだ。
「みんなありがとう。前回の失敗からめちゃくちゃ進化した気がするよ。次の休みは負荷試験やろうと思うので、また協力をお願いします」
さぁ、次の休みは負荷をかけてのエンジンテストだ。まだまだテスト漬けの日々は続く。
負荷試験一回目は、あまり良い結果にはならなかった。
負荷用に用意したフリクションホイールとの初期接続がうまくいかず、試験にならなかった。
クラッチを介して接続するのだが、何度試してもホイールが回る前にエンジンがストールしてしまうのだ。フリクション機構を作動させる前のから回しでも動かせず、この日の試験は断念した。
おそらく、減速機と負荷のバランス計算のミスであろう。物作りしてたらそんなこと、よく有ることだ。切り替えよう。
更に次の休みは、プロペラを使った負荷試験に切り替えた。単純に本番機に使うものと同型の試作が出来上がってきたからだとも言うが。
本番では一つのプロペラを四機のエンジンで動かす変速四発機の予定だ。しかし、今日は単発でどこまで回せるか、試してみる。
始動から回転上昇まではスムーズに進んだ。もともと、低回転時のプロペラとはほとんど負荷がかからない代物なのだ。
そのままエンジンの回転数を上げていくと急激に負荷がかかり、エンジン回転数4,500r.p.m.付近で頭打ちとなってしまった。圧力室の圧ばかり上がり、エンジンの回転が上がってこない。この辺りがこのエンジンの性能限界なのであろう。
このエンジンは、タービンからプロペラシャフトへの減速比が1:3.857。エンジン回転数 4,500r.p.m.の時、プロペラの回転数は毎分1,200回転程度になる。
たった一機のエンジンでも、プロペラの後ろは轟々と風が渦巻いており、風の魔石四連装の時よりも数段すごい迫力なのは間違いない。
この結果は大成功と言っても良いだろう。これと同じエンジンを四機作れば、当初の計画通りの……いや、それ以上の飛行機が作れることになる。
将来的には更なる高出力化や省燃費化も可能なはずだ。
それにしても、本当に妹たちには頭が上がらない。ケイ一人ではとてもじゃないがこんなエンジンを作ることはできなかったであろう。
そして、手伝ってくれている仲間たち。下請けの工場の皆さん。誰一人欠けてもこの結果は出なかったはずだ。
ケイはエンジンの脇に立ち、全員に向かって頭を下げた。
「ありがとう。みんな。本当にありがとう。まだまだ飛ぶまでは時間かかるけど、これからもよろしく頼みます。このエンジンで、僕は……俺たちは世界を変えます!」
妹たちの前でしか使っていなかった『俺』という一人称をあえて使い、皆に挨拶をする。
今日のこの日も絶対に忘れない。
ただ、絶対に忘れない日が増えすぎてきていて困っているのは内緒である。
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