第46話  アリコリ道場

 アリスタとコリンが騎士寮に越してきてしばらく経った。

 今日は三人組も参加しての、騎士たちとの訓練である。

 と言っても、未だ骨格も神経伝達系も出来上がっていない子供達である。大人と同じ訓練など行っては成長に問題が出てしまう。

 この年代で行うのは、とにかく身体を柔らかく保つための柔軟と、内転筋群をその他の筋肉と同等まで鍛えてバランスを取ること。速度を上げるために目と反射神経を鍛えること。刀に慣れ、刃物を怖がらず、しかし充分怖がること。

 あとは、走れ。心肺鍛えろ。以上!


 ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ……

 練兵場の外周を七周したところで休憩になった。

 一周およそ八百メートルぐらいらしい。八歳児に走らせる距離感ではない気がする。

「よーし、五分休んだらまた柔軟やるぞ。アリスタは体が硬めだからな。しっかり手伝うから頑張れっ!」

 バルボーン団長が熱血すぎる!

 このタカラヅカ美人、迫力あるからついつい指示に従ってしまって……


「あおうぐぇぃ……ぐごごご……お、折れます、折れれれれあぁっ」

 アリスタが呻く。

「大丈夫!怪我しないギリギリのところでやってるから!」

 ぎ、ギリギリなんだ……

「抵抗すると怪我しやすいよ! ほら、力抜いて身を任せる!」

「おぅっおぅっおおおううう、き、切れます……切れられれ」

 その隣ではコリンちゃんが同じ動作をサポートなしでやっている。

「おお、コリンちゃんすごいね」

 カナが感心して言った。三人組は普段からこの訓練をしている。なので、キツさも良くわかっている。

 ちなみに、三人組で一番柔らかいのはしおりんである。彼女は液体で出来てる、たぶん。


「ぜはー、ぜはー、ぜはー、ぜはー」

「ヨシ、よく頑張ったぞ!褒美で三周ほど走るか!」

 やはり距離観がおかしい。多分、これ、貴族子女の護身術の訓練じゃない気がする。

 動かない足に鞭打って、無理やり立ち上がるアリスタちゃん。基本的に真面目なのだ。だから学校の成績も良いし、人付き合いも悪くない。

 ぷるぷるしながら走り出した。後から三人娘もついていく。


「ぐひぃ、き、きついですわぁ……」

 訓練上がり、みんなでお風呂に入る。大浴場で温まっていると、時々アリスタちゃんが寝そうになり、沈みかける。

 コリンちゃんもうつらうつらしているようだ。二人とも、つい数日前までは普通のご令嬢と変わらない運動量だったのが、今はこの惨状が毎日続いている。

 アリスタちゃんの側付きのメーナさんに確認したところ『それでも頑張るわ、生き残るために』と申されました、わたくし感動してうううう……とか言っていたので、当分は頑張りそうである。


 アリスタちゃんをお部屋に送り届けた後、コリンちゃんのお部屋へ。今にも潰れそうな部屋主をベッドに放り込み、明日の授業の準備ができているのか確認してから寮をお暇した。


「あのペースで大丈夫かなぁ……」

「オーバーペースじゃなければいいんだけどね」

 やはり心配である。

 スクロール魔法さんに確認したところ、基礎体力づくりは地道にやるしかないと言われた。

 筋肉痛も、そこからの回復力が大事なんだから治さないほうが良いと……


「ディートリッド、ちょっといいかしら」

 バルボーン団長を呼び出して訓練の進捗を確認する。

「アリスタちゃんとコリンちゃんの進み具合はどんな感じかしら」

「はっ!とても順調に成長してらっしゃると思います。当初は二周しかできなかった外周を、すでに十周以上回っても倒れなくなってきております。この調子でしたら、半年もあれば団員の訓練にも参加できるようになるかと思われます」

 って、団員の訓練とか! そんなの出来る幼年学校生怖いわっ!

「と、とにかく彼女たちの健康と体調には気を遣ってあげてくださいな」

「はっ!」


 二日後、再び騎士団の訓練を覗きにきた。

 今日も走っている。汗だくになりながら、長い髪を振り乱し走っている。

 陸上部の爽やかさとかではなく、軍人の初等教育にしか見えない。

「まぁ、軍人の初等訓練なんだけどさ」


 グラウンドを回ってきて休憩、そして柔軟。

「おぅごっ……くはっ!」

 そしてまた走る。

 ぜはぁぜはぁぜはぁぜはぁぜはぁ……


 今日は少し訓練が変わり、走り切ったところで息を切らせたままの魔法発動訓練。もっとも、発動自体はステータスオープンがやってくれるので、命中させられるかどうか。

 三人組が来たので、これ幸いと次々にリフレクトマジックを張らされる。距離も位置も高度もバラバラなターゲットに、次々にウインドショットを当てていく。

 実はファイヤーボールと違って、ウインドショットは発射後の修正はほぼ出来ない。なので、これ当てるのは割と難しいのである。

「アリスタちゃん、やるなぁ」

「コリンちゃんも九割は当ててますよ。二人とも凄いですねぇ」


「二人とも、お疲れ様」

 サンドラに作ってもらった蜂蜜レモンドリンクを差し出しながら声をかける。気分は女子マネである。

 ちなみに、琴も奏も女子マネをしたことがないが、実は詩琳は中学生時代に野球部のマネージャーをした経験がある。


「今日はもう上がりだよね。一緒にお風呂行こ」

 カナが誘ったのだが

「あ、あと一本走ってから……」

 アリスタちゃんがだんだん教育されていってる気がする……そして、それに一緒についていくコリンちゃん。

「なんか、二人にはすぐに追いつかれそうな気がしてきたわ。わたしも一本走ってくる」

 カナが走りにいった。そうなると、結局全員で走ることになる。

 こうして、また幼年学校生の一日が終わる。


 幼年学校生の放課後にしちゃ、なんかおかしくね?


 翌月……

「行きます!」

 障害物の間を駆け抜けながら、突然飛び出してくる的を次々に撃ち倒していくアリスタちゃん。塀に駆け上り、ロープで滑り降り、匍匐で床下を潜り抜け、階段を飛び降りる。

 突然出てくる二重丸の的は撃ち倒し、丸の中が四角い的は撃たずにスルー。スタートして四十秒以内にゴールが目標である。


 って、待てぃっ!

「こんなん、騎士団の中じゃアリスタちゃんとコリンちゃんしか出来なくない?」

「そりゃ、二人のために作った特別メニューですから! おかげで、二人とも目に見えて足腰が安定したようですよ。ほら! あの高さの壁から落下しながら魔法撃ち出して、きちんと当てています」

 いや、壁から横向いて落下して、途中で姿勢入れ替えて足から着地とか、わたしでも自信ないんですけど!

 カナがものすごく困った顔をしている。滅多に見られない顔だけに、コトが驚いて凝視していた。

「やっぱりこれ、間違った人に預けちゃったかなぁ?」

「でも、第一騎士団に頼むわけにはいかないでしょ? 未婚女性なんだし」

「そりゃ、そうなんだけど……」

 少なくとも、アリスタちゃんとコリンちゃんの自衛能力だけはものすごい勢いで改善しているようである。


 翌日、いつもお世話になっておりますの御礼の意を込めて、アリスタちゃんがバルボーン団長をお部屋にご招待した。

 メーナさんがお茶とお菓子の用意をする。団長は何故か緊張しているようだ。

「バルボーン団長、いつもわたくしたちを鍛えてくださってありがとうございます。おかげさまで姫さまたちの足を引っ張らずに済みそうですの。もし良かったらと思いまして、御礼の品をわたくしと……」

 後ろを振り返りながら続ける。

「メーナから贈りたいと思いまして」

「め、メーナさんから……」

 メーナが紙袋をテーブルに置き、アリスタちゃんがディートリッドに差し出す。

「あ、開けても?」

「はい」

 ピンクと白の紙袋を破かないように、丁寧に開いていくと、中からファンシー極まりない便箋が出てきた。

「こ、これをわたくしに?」

「ええ。実は、バルボーン団長にはこの感じのものがお似合いになるんじゃないかと思いまして……お嫌いでした?」

「いえ……いいえ……好き……です。ありがとうございます……アリスタさま、メーナさま……」

「わたくしのことはメーナで良いですわ。バルボーン団長」

「で、では、メーナお姉さま。わたしのことはディートリッドと、ディートリッドとお呼びください……」


 ちょっと危険な香りがする。メーナは優秀な側付きである。大事な大事なアリスタさまに妙な虫がついては敵わない。

 ならば、わたしは防波堤になろう。変態の魔の手から、お嬢様をお救いするのだ。


「はい。では、今日からあなたのことをディートリッドとお呼びしますが、よろしいですか?」

「はい、お願いします、お姉さま」

 危険人物確定。わたしは必ずお嬢様をお守りする。


「明日からの訓練も、よろしくお願いしますね、バルボーン団長」

 アリスタちゃんがディートリッドに明日以降も厳しく訓練してほしいと頼み込む。そして、メーナもお嬢様の御心のままにとか言い出すので、明日以降も厳しい訓練になるであろう。


 翌日から、訓練終了後には必ず、アリスタちゃんの進捗具合を報告するために、アリスタちゃんのお部屋に向かうディートリッドの姿が見られるようになった。


 更に二ヶ月が過ぎた。

 もう、息が苦しくてハァハァ言うような軟弱なことはなくなった。どんなに姿勢を崩されても、そこから立て直して最速で次の一手を撃ってくる。そんな厄介な戦闘マシンが二台出来上がっていた。

 最近はカナに剣の心得も教わり始めた。真剣を振り、巻藁を切る。

 近接戦闘でも中距離戦闘でも、弱点をなくしつつあるアリスタちゃん。

 ふんわりとした雰囲気と絵画のような美貌を持ち、でも幼年学校生らしい幼さも忘れていない美少女なのにめちゃくちゃ強くなったコリンちゃん。元々はただ自衛手段が貧弱なのを改善しようとしただけだったのに、気がついたら市街戦のエキスパートみたいになっていた。

 なんか、思ってたのと随分違う育ち方をしている気がする。


 護られるだけなら誰でも出来る。しかし、護られるために守る人たちを丸ごと守るとか、普通の人には出来ないことが出来てしまうのも、一つの到達点なのかな?

 ちょっとばかり逃避思考入ってるかもしれない。


         ♦︎


「で、スクロール魔法さん、アリコリの二人のことなんだけど、何か申し開きはないですか?」

『何を言っているのかワカラナイ、我々は何もしていない』

「いや、いくら騎士団の教え方がうまくてもね、あの育ち方は、ないわ」

「うん、ないね」

「あれは、確実になにかやらかされてますね」

『…………ほんの少しだけ、負荷のかかり方のサポートを行い、筋繊維の材質を置き換え、神経伝達系のシナプスを導体に変更しただけで、ナニモシテオリマセン』

「何勝手に人の身体改造してんのよ! おばかなのっ!」

「えーと……元には戻せます?」

『戻せなくもないですが、あまりお勧めはしません。体調の悪化を感じるかと思われます。皆様も含めて』

「ちょっと待ったーーーーー! わたしらって、何? 何やらかしてくれたん?」

『メニュー内容は似ているが、三人には内臓機能や骨格も補強が入っている』

「スクロール魔法さん、わたくしたちが生まれてからで、身体改造までしたのは何名ですか?」

『スクロール魔法、ステータスオープン魔法をインストールした人員だけです』

「んー、十一人か……この先、ステータスオープン魔法はそれなりに普及させるつもりです。これからは基本的には能動的な人体改造は控えてくださいね。どうしても命を守る処置が必要だとか、そんな時は臨機応変で構いませんから。ね」

『かしこまりました、しおりんさま』

 とうとう服従始めたよ? なんで? しおりんに何か秘密あるの? あとで三人組がこの謎にもチャレンジしてくれることを祈ろう。


「さて、どうしましょうか」

「どうしようねぇ」

「うーん……これは、わたしらだけじゃなくて、他のみんなもバイオレッタ先生並みには寿命伸びてるだろうね……そう、お兄ちゃんの寿命も……スクロール魔法さん、素晴らしいわっ! でも神に手を加えたのは許せないっ!」

 どっちなんだよ!


「まぁ、軽く不可逆な感じの改造だと思っていいのかな。となると、この体とどう折り合いをつけて生きていくかかなぁ」

「あ、スクロール魔法さん。この身体の成長ってどうなりますか? 大人にはなれるかしら?」

『皆様のおっしゃる『バッファ』や『バス』の成長が終わるまでは成長しますが、そこからはゆっくりと進み始めます』

「とすると十六、七歳かな……」

 コトがあと十年弱かぁ……とか思いながら言う。

「もしかして……それまで、まだまだ通常魔法の威力があがるってこと?」

 通常魔法。三人が開発したエネルギーの質量変換を伴わない魔法、Non-Mass系ではなく、従来から存在する魔法のことだ。

『その分、制御する能力も向上するので不便はないと思われる』

「良かった……」

 カナが、心底ホッとした顔を見せた。

 ちなみに、Non-Mass系魔法は威力上限がほぼないので、成長しても変わらない。制御能力が上がれば、また使い道が出てくるかもしれない。通常魔法と威力がシームレスで繋がるようになれば、また違った使い方ができそうである。


 あとは……

「アリスタちゃんとコリンちゃんに、どうやって土下座しようか……」

 この辺は、もうちょっと考えてからにしよう……

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