第45話  魔導エンジン始動

 ケイからの新型エンジン開発の依頼。ケイからの依頼。ケイからの。ケイ


 当然コトが張り切る。張り切って張り切って空回りする。

 

「風の魔石なんて軽いんだもの。四百個ぐらいつけちゃえば百倍のパワーにっ!」

「シャラーップ」

「あ、硫黄と木炭ならいくらでもあるし、硝石探せば固体燃料ロケットが……」

「それ、爆弾! 兄吹き飛ぶっ!」

「お兄ちゃんは神だから吹き飛ばないよ」

 ダメだこいつ、早くなんとかしないと。

 

 とりあえず基礎研究をということで、バイオレッタ先生とアンガス魔導士長に来てもらい、魔道具の基礎を教えてもらう。

「と言うわけで、魔導具に書き込まれる魔導回路には、この石板に銅を溶かした薬を塗布した後に、この薬を掛けまして……」

「あー、これ、銅基板をエッチングして電気回路作ってるわ。すごいすごい!」

 

 講義を聞きながら念話回線を開き、三人プラススクロール魔法さんで技術解析も進めていく。

『スクロール魔法さん、回路は導体である必要はあるの?』

 カナが聞く。

『解るように線があれば良い場合と、導体が必要な場合があるが、現在使われている魔導具ではどれも導体は不要』

『必要なのはどんな回路?』

『電気回路が必要な時』

『お、おぅ……』


「このように、魔力を供給する術者、または魔石を実際に動作対象へと……」


『スクロール魔法さん、今更なんですけど……魔石って人が作ることできないのかしら?』

 しおりんが聞いてみた。

『はい、可能です。魔石の原料そのものは特に珍しくないアルミナです。これのコランダムを成長させる時に、不純物として大量のマイクロマシンを混入させたものが魔石と呼ばれる結晶体になります。一度マイクロマシンを混入させると、次からも同じ位置にマイクロマシンを配置することが可能になり、魔力のチャージという現象を発生させられます』

 しおりん相手だと、めっちゃ饒舌なのはなぜ!

 

『コランダム! 魔石って、ルビーとかサファイアとかの仲間だったの⁉︎』

『鉱物としては同種の鉱物結晶』

 カナ相手だとコレ。

 

『すごい!魔石って宝石なんですねっ!』

『はい、宝石と呼ばれる輝石の一群に属しております』

『ねぇ、わたしちょっと、拗ねて良いよね?』


「バイオレッタ先生、この点火の魔導具、分解してみても良いですか?あ、かかった費用はお支払いしますので」

 コトがワクワク顔で聞いてみる。

「構いませんよ。あなた方ならいくらでも試していただいて結構です。あとで絶対に元が取れますから」

 バイオレッタ先生、ちょっと本音が漏れてます。アンガスさんが怖い顔してますよ。

「では失礼して……」

 

 やはりボルトナットは一切使われていないようだ。お兄ちゃんもボルトナットの再現には苦労していた。最近、やっと安定して作れるようになったと言ってたな。

 

 板金の折り曲げとカシメピン、スライド爪などで組み立てられた小箱を開けると、中には小さな魔石と、そこから伸びる二本の導線。

 押しボタン式のスイッチを介して魔法の発動回路かな? この部分は。コイル状に描かれた線と、その向かいに点線。点線から矢印が出て炎の様な図柄?そこから矢印がまた点線に戻る。

 

「この点線部分をよく見ると、一つ一つが全て点火のための手順を描いた図になってます。その後、点火したら終了、点かなかったら元に戻る工程が入ってますね」

 

『まんま呪文のプログラムだね、これ』

 と、カナ

『だね。同じだわ』

 コト

『実は、魔法使いよりも魔導具師さんの方が、魔法の深淵に近いんじゃないかしら?』

 し、しおりん……

『しっ! それ言っちゃダメなヤツ!』


 二時間ほどの授業の間、アンガスさんはひたすらニコニコと三人の顔を眺めていた。

 そして、終わる間際に一言。

 

「うむ。そんなわけでだ。なんかわかったらよろしく頼む。私の七百年は、君たちの七年に敵わなかったんだ。これから、たくさんのことを教えてくれるかな。代わりに、私も、このバイオレッタも、君たちに臣下の忠誠を誓おう」

「い、いやいやいやいやいやいや、教えるのは全然構いませんから、そんな臣下だなんだってのはなしにしてください!」

 

『ビビったビビった、何言ってんだよこのエルフっ! 可愛く見せたって騙されないぞこの七百歳!』

 カナが心底焦りまくった顔をしている。そりゃ、こんな国内の最重鎮にそんなこと言わせたと知られたら、誰に何を言われるかわからない。

 

「今研究してる内容も順に公開していきますから、勘弁してください……」

「ふむ……しかし何もなしと言うのは……まぁ、おいおい考えるか。では本当によろしく頼むよ」

「はい。今日はありがとうございました。バイオレッタ先生もありがとうございました。大変参考になりました」

「良いのよ。気にしないで。だから今度その、ステータスオープンとか言うの、よ♡ろ♡し♡く」


 ゾワゾワゾワっと背中を悪寒が通り過ぎた。美女に言われたはずなのに、九尾の狐に狙われた感をひしひしと感じる。


 さぁ、魔導具の基礎を教わったわけだが……

「はいはい、はーい。カナ先生はーい」

 コトがはしゃぎ出した。

「はい、コトさん」

「この魔導具で……リードアットワンス魔法、作れるよね」

「あ……!」

 リードアットワンス魔法。インストーラーで一度読み込んだら、二度と使えなくなる魔導書。


  一枚の魔法陣で何人にでもインストールできる今の状況は、悪人に魔法が渡ることを考えるとあまりよろしくない。

 なので、教えたい人にだけピンポイントに教えられる魔法技術。これができればバイオレッタ先生やアンガスさんにも、いや、もっとたくさんの人々にいろんな魔法を教えても良いかもしれない。

 

 そうと決まれば開発するだけだ。なぁに、こちらにはスクロール魔法さんが付いている。きっとすぐに出来上がる!


 そんな風に思っていた時期もありました。


 これが、なかなかに難産だったのだ。

 暫定的な仕様は以下の通り。

 

 まず、読み込む魔法本体部。これは良い。今まで通りだ。

 これを暗号に従って情報欠損させたものを魔法陣にして魔導具に仕込む。

 魔法陣を術者が読み込んだら、その魔法陣を破壊するスイッチを入れると下から暗号キーが出てきて、データ復元の準備ができる。

 五分以内に暗号キーを読み込むと、製造からの時間経過でパリティを作って、整合性が取れれば暗号解除。

 

 たとえ動作前に元の魔法陣のコピーと暗号キーのコピーを作っていても、暗号キーを出した時の時間が変わればパリティチェックではねられるので読み込み不可となる。

 

 まぁ、この時代に数百個ものQRコードをコピーする技術なんて存在しないので、ほぼ気にしなくて良いレベルのセキュリティではあるのだが。

 

 印刷は無理なのでレーザー刻印魔法を開発してある。スクロール魔法様様なのだ。

 

「これで宮廷魔導士やお母さまたちにもステータスオープン入れられるかしら」

「もう少し検証してからだねぇ。特に宮廷魔導士側には失敗は許されんし」

「ああっ、お兄ちゃんの依頼が遅れていくっ!」


 兄の依頼の方は、魔石に直接風魔法ではなく、魔石を使って機械に何かさせようと言う方向で試してみることになった。

 魔導エンジン開発の、第一陣である。

 

 さぁ、『エンジンって何?』から始めようか……

 これだから物理バカはめんどくさいの。


「なにがしかの仕事をしてもらう部分かな」

「機械的エンジンも、情報的エンジンも、まぁなんかさせようってシステムか」

「今回はその、機械的エンジンに限る感じかな。さて、スクロール魔法さーん出番お願いします〜」

 コト、最近気軽に呼びすぎてない?

 

「マイクロマシンさんの機械的駆動系ってどんな原理で動いてるの?エネルギーはまぁ、あっちからもらってるとして、運動エネルギーへの変換はどの様に?」

『空間では電気遊動が多い。稀に周辺物質を使っての反作用を利用することもある。体内では蠕動、回転、蛇行が多いが、血流に乗るのが一番楽である』

「周辺物質を噴出ってどうやって?」

『地球上ならば大抵の場所で大気が使える。周辺にある大気の分子を捕まえ……投げる』

「子供向けのロケットの解説かよっ!」


 「じ、じゃあ、身体を動かす部分はどうやってるの?」

『電磁力』

「いや、大抵の物質はそれで動いてるけどさ!」


 スクロール魔法さんが微妙に役に立たない。珍しい。

「やはりお兄ちゃんのことだもの。自分たちで考えなければ意味がないわっ!」

 コトが諦めたみたいだ。

 さて、大抵のエンジンは熱を作り出して、その熱で何かを成し遂げている。

 

 熱は……作るの簡単じゃね?それこそ、いくらでも量産できるんじゃ?

「えーと、石炭使わない蒸気機関とか、すごく簡単に出来そうじゃないです?」

「で、できるね、これ」

「使った後の蒸気を冷却だけできれば、それこそ無限の動力機関も可能な気がしてきました」

「お水使い捨てでも、少なくとも、風を噴き出す魔石よりはマシな気がする……」


 方向性が見えたら検討を始める。

「熱は有り余ってるんだから、プラズマまで持っていけばもっと効率が……」

「材質が保たんわ!」


「冷却魔法使えば液相に戻すの、難しくない気がしてきたわ」

「やっぱり回転部が難点ねぇ。良質のボールベアリング」

「タービン回すなら、これのダイナミックバランスも取らないと」

「いっそプラズマ化してフローティングさせれば」

「プラズマはもういいっちゅうねん」


「だいたい方針は固まったかな?」

 やり切った感のしおりんが言う。

 コトが方針と問題になりそうな部分を提示する。

「蒸気式のターボプロップ、熱効率は無視できるから、単純に機械的な耐熱性と耐圧性と熱伝導率。それと、回転部分の開発」

「蒸気タービンの方が蒸気レシプロよりはやりやすいと思うのよね。航空機とか船舶は特に」

 微妙に雑学じみた部分が絡むと、カナの独壇場になる。

 

「あとは製造機械かなぁ。今は旋盤もボール盤も人力でやってるんだっけ?」

「そうみたいです。せめてモーターが欲しいですってケイさんが嘆いてました」

 モーターなんて磁石と導線と軸受けがあればすぐにできる。

 

 空飛ぶわけじゃないから、軸受けはメタル式でもなんとでもなるか。あとは電気があれば。

「電気、電気、電気ねぇ。蒸気タービンあればすぐに」

「それを作るためにモーターが欲しいんです」

 また缶詰に缶切り仕込みやがった。よし、コト、頑張れ。

 

「回転部分……機械動作……摩擦無くす……いっそ、動かなくしちゃう?」

「動かない発電……熱電素子か!」

 熱電素子。またの名をペルチェ素子。電圧を印加すると片面が発熱し、片面が冷却される半導体である。逆に、片面を冷やして片面を温めると、温度差から直流電流を生み出すことができる。

 

「え? え? ペルチェ素子って、作れるんですか? この時代に?」

「作れる、今のロマーノなら作れるわ」

「電気使わなくても平気なんですか?」

「必要なのはね、熱なのよ。電気は熱を得るための手段として使われるの」

 

 ペルチェに限らず半導体の大半はシリコンウエハーという材料から作り出されていることが多い。シリコンウエハーは、そこらに有る石ころから取り出されていたと言っても過言ではない。

 主に珪石と言う石を加熱還元して金属シリコンを作る。

 これを今度は融解してから、種結晶と触れさせ、少しずつ成長させながら引き抜いていく。

 出来上がった結晶を薄くスライスすれば出来上がり。

 

 純度さえ考えなければ、ロマーノ工房に有る施設だけでも十分足りる。熱が足りなければ魔法で補えば良い。出来た。これで電気が出来たっ。あとは実際に手を動かすだけである。

 

「電動モータの設計は兄に任せちゃうで良いよね。発電機は、まず材料を作りにロマーノ工房行って直接やろう。これでボール盤と旋盤の性能一気に上げられるよ」

「工作機械が仕上がれば、あとはタービンエンジンの製造ですね。基礎原理はコトさんが書きますか?」

「はい、わたしがやるわ。機械設計はカナかお兄ちゃんか。カナかな。流石に」

 

 ちなみにカナの前職は、タービンも作っていたコングロマリットである。カナのことだから事業内容調べる時に、一緒にその辺の構造もバッチリ学習してきている。


 こうして、次期主力エンジンの基本方針が決まった。

 翌日からロマーノ工房に通い込む。ケイとポーリーに設計方針から基礎原理まで叩き込み、リンダにはアシスタントとして付いてもらう。

 

 職人の力を借りながらも第一号のシリコンウエハーが出来上がったのが十日後。初めての発電が十四日後。モーターが完成して、電気を通して回ることが確認できるまでで二十日の超特急開発であった。

 

 この発電システムが恒久的に動くように、湖水を引き込んだ工場の水回りを拝借、ペルチェの片側を水冷するシステムも開発した。

 

 副作用として大量のお湯が出来上がってしまったのだが、お風呂場を隣接して掛け流しにしたら、恐ろしく評判が良かった。


「電動旋盤も電動ボール盤もめっちゃ使えるっ。うちの妹たちは世界一だなっ」

 あ、コトが昇天した。

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