第44話  王立高等学院

 ケイはまもなく王立高等学院に入学する。魔法特待生枠でリンダも同時入学になる。

 

 今日は三人娘がケイとリンダの制服姿を見に、ロマーノの家に遊びに来ていた。

 

「はぁ……尊い」

 まぁ、いつもの反応だ。誰も気にもしない。

「兄、よく似合ってるよ。リンダさんもとても綺麗です。兄、ちゃんとリンダさんのこと見ておいてね。じゃないとこんな綺麗なお姉さん、すぐ誰かに狙われちゃうよ?」

「カナさま、そんなことありませんよぅ。うう、恥ずかしい……」


 そんなこんなでお披露目も終わり、制服を汚してはいけないのでお着替えを済ませる。


「と言うわけで相談なんだけど……もう少し出力に余裕持たせる方法ないかなぁ。風の魔石四つでも充分飛べるんだけど、やっぱりパワーの余裕は操作の余裕に繋がるんだよね。設計の幅も広がるし」

 ケイの話は結局飛行機に行き着く。まぁ、全員それはよくよく判っているので気にもしていないが。


「うーん、どうしよ。化石燃料は結局無さそうだし、電気か魔力か。ボールベアリングはまだ無理そうなのかな?」

「もう少しレースの形状を安定させられればねぇ。特にアウターレースが難しくてさ」

「ボールは良いとこいったんだ?」

「全部手磨きだけどね。だから手間はめちゃくちゃかかってる」

 

 ボールベアリング一個に使うボールの数は結構多い。それを全部手で磨くとなると……

「その辺も機械化したいけど、機械を作るための部品を作るための機械だからなぁ」

 鶏が先か卵が先かみたいな言い方で言われても困る。

 

「となると、まずは魔法方向からかなぁ。魔導具で何か出来ないかな。ちょっと検討してみるね。実は魔導具方面はあんまり調査が進んでなくてさ」

 魔導具無しで、魔法だけで強引になんとかしてしまう方針だったから仕方がない。

 これからは男性にも積極的に魔導具を使ってもらおうと思っているので、そちら方向も研究する必要があるだろう。

 

「じゃ、学院生活、頑張ってね。ほら、コト、いつまでも感動を反芻してないで、帰るよっ」

「お、お兄ちゃん、頑張ってね」

「ああ、コト、カナ、ありがと」


 と言うわけで、やってまいりました王立高等学院。敷地が広大なので王都の郊外にあるのだが、ロマーノ家からはさ程遠くないために通学は楽々だった。むしろ幼年学校よりも近くなったぐらいだ。

 

 と言っても、馬車通学には違いがない。ボールベアリングが作れれば自家用車も作れるだろうに。そんなことを思いつつ馬車に揺られることほんの二十分。まぁ、ロマーノの馬車は進化しまくった挙句本当に揺れが少ないのだが。

 コイルバネとオイル式ダンパーを組み合わせ、更にジェルタイヤとジェルブッシュで微振動までキャンセルしている。

 ほとんど全部、飛行機からのスピンアウト技術である。

 

 正門前で馬車を降り、入学式会場となる講堂へ向かう。

 先日の襲撃を反省したために、今日は国王の列席はない。代わりに王太子と第一王太子妃がやってきた。

 

 ケイは王太子妃のパトリシアが微妙に怖かった。美しく、いつもにこやかでとても良くしてもらっているのだが、どうにも心休まらない。心の奥底まで常に見透かされているような、そんな居心地の悪さを感じている。

 

 (王太子妃と言ったら、やっぱり第二王太子妃のレベッカさまだよなぁ。良いよなぁ)

 とか思ってると、パトリシアとリンダにじーーーーっと見られた。正直恐怖だった。


 パトリシアの列席で恐怖を感じているのはケイだけではなかった。

「お、おい……パトリシアさまがお見えになってるぞ」

「マジかよ……もうおしまいだ。今日の入学式は大混乱になるに違いない……」

「うぉ、お、俺は何も悪いことしてないぞ。ここ十年品行方正の教師をしてるぞっ」


 パトリシア在学当時からいた教師たちは震え上がっていた。パトリシアとエレクトラによる恐怖政治。いや、当人たちは正義の行使だとしか思ってなかったが。


「それでは続いて、学院長挨拶」

 そんな状態でも無難に式次第は進んでいく。学院長、来賓、在校生代表、そして入学生代表。

 当初、学園側では入学生代表をケイ、またはリンダを候補にしていた。しかし先の襲撃によりこの一派を目立たせない方が良いのではないか? との論調が生まれ、入学試験で第三位の少年が選ばれた。

 ランドルフ・イオッタ、侯爵令息である。幼年学校時代からケイのライバル視をされていたが、筆記試験ではケイは一度も負けたことはなかった。

 

 今回、新入生代表を任されたことから

「とうとうケイオニクスに勝った!」

 と思ったのに、クラス分け順位表では結局いつも通りに三位だったので、不貞腐れながらの挨拶となり失笑をかってしまった。

 何もかもいけすかないあいつのせいだ。しかし、ヤツに手を出すのだけはヤバい。逆らってはいけない存在だ。王立幼年学校の卒業生なら誰でも知ってる不文律である。

 

 その後、入学式はなんの問題もなく終わった。そうそう毎回毎回とんでもイベントが起きるわけがない。というか、起きてもらっては困る。特に今日は三人娘もいないのだ。だからこのまま平穏な一日で終わってほしい。


 入学式が終わると父兄は解散。新入学生はオリエンテーリングとなる。

 新入学生のクラスは入試の成績順となり、男子一位、女子一位のケイとリンダは無事に同じクラスとなった。

 

 幼年学校までとは違い、高等学院は全国の貴族子弟が入学してくる。今まで地元の学校に通っていた子も、この六年間は王都に集まり、共に学び貴族同士の絆なを深めていく。と言うのが建前である。

 もっとも、近くに住んでいれば寮に入る必要もなく、その気になれば孤独な学院生活を送ることも不可能ではない。


 オリエンテーリングでは教科書の配布、年間イベントスケジュールの通達、日常の心構え、来年以降にある専門課程選択のための基礎と心構えなど、十二歳の子供達には伝わってるのか伝わってないのか微妙なぐらいの情報量があった。

 その後、校内案内、部活動案内、委員会活動案内などをされたあとに解散。今日貰ったばかりの教科書をカバンに詰め込み、リンダの分も持とうとする。

「ケイくんいいよ。自分で持つよぅ」

「良いから良いから、任せなさい」

 いきなりのイチャイチャぶりに、クラスメイトが唖然としている。

 もっとも、クラスの半数は 王立幼年学校卒なのでこの二人のイチャイチャは今に始まったことではないのであるが。


「んだよ。彼氏持ちかよ。平民女で可愛いのがいるっていうから、遊ぶにはもってこいだと思ってたのによ」

 レーティング全年齢なんだから自重して欲しいです。

「はぁ、さらっちまう?」

「おし、人集めろ。十人もいらねぇとは思うがな」

 彼らは王国北部にある大きな私立幼年学校を出てきた者たちである。王立幼年学校出身の生徒なら、絶対に手を出さない二人に手を出そうとしていた。


 大至急集められた私立幼年学校出身の学園デビュー組が、校門手前の路地でケイとリンダを取り囲んだのはそれから三十分後である。

 

 なんでそんなにかかったか? ケイが揚水用の魔導ポンプの構造に惹かれて、ひたすらスケッチを始めたせいであった。

 彼らは律儀にそれを待っていたのだ。さすが学園デビュー組。

 しかし、そのおかげで王女近衛の護衛の穴にすっぽりと入れたことも確かである。


「ようよう、良い女連れてるじゃん。その女、置いてけや」

「ん? 君たちは?」

「良いから女置いてどっかいけよ、痛い目見グボぅっ」

 

 最初に声をかけてきた少年が後ろに倒れ込んだ。

「お、おい、どうした? おいっ」

「なんだぁ? 何しやゴブゥっ」

 突然人が後ろに吹き飛ぶとか、普通は何が起こったのか理解出来ない。

 

「な、なんだこのおボフッ」

 三人目が後ろに転がる。

 なんだ? 何が起きている? 見たところ二人が何かしている気配は……女が手を前に出している。あれは攻撃魔法使う時のポーズ? でも呪文詠唱なんてしてないぞ?

 

「リンダ、ちょっとは手加減してあげて。まだこの人達、言い終わってないみたいだし」

「だって、ケイくんに手を出そうとか許せないじゃない」

「いや、手を出されそうになったのは僕じゃなくてリンダだから」

「わたしがこの程度の人たちに手を出されるとかありえないでしょ。この人たち、ウインドショットすら避けられないのよ?」

「それ、僕でも避けるの無理なやつ……」

 

「な、なんなんだよお前ら……」

 絡んできた中の一人が怯えたように聞いてくる。

「あー、これ聞かれたら言わなきゃいけないんだよね、面倒だけど……」

 ケイが心底めんどくさそうに言った。

 

「王室預かり、ケイオニクス・ロマーノです。以後よろしく」

「魔法特待生、リンダ・ニノリッチだよ。得意なのはウインドショットとファイヤーボール!」

 何となく特撮っぽいなぁ……とか思うケイ。

「と言うわけで、大変申し訳ないんだけど、全員拘束させてもらいますね。アイスバインド!」

 そんなこと気にもせず、容赦なく拘束魔法を発動させるリンダ。

 そこに、おっとり刀で王女近衛が走ってくる。

 

「け、ケイさま、大変申し訳ございませんでした! た、ただいま参上いたしました!」

「お疲れさま。全員リンダが拘束しちゃったから大丈夫だよ。とりあえず全員ここの生徒みたいだから、あんまりひどいことはしないであげてね」

「か、かしこまりました。一度王城へは搬送しますが、一両日中には帰れるようにいたします」

「うん、よろしく」

 ケイが軽く手を振りながら言った。

 

「さ、貴様ら立てっ!」

「なんだよっ、俺は辺境伯家の人間だぞ! こんなことして無事で済むと思うなよ!」

「あー、辺境伯かぁ、多分、君の親も王都呼び出しの上叱責になるよ、そのパターンは……」

「なんなんだよ、なんなんだよお前」

 ケイを指差しながら少年が怯えた声で言った。

「王室預かりの意味、よく調べておいで。多分それで理解できるからさ。じゃ、また教室でね」

 ケイは今度こそ後ろを振り向いて、リンダと共に校門に向かって歩き始めた。

 

 入学初日のイベントはこれで終わった。ちょっと予定よりイベントが多くなったが二人は無事に家に帰り、その日は入学おめでとうパーティーを開いた。三人娘も王城からやってきた。またいつもの料理長を引き連れて。

 この日の料理もめちゃくちゃ美味しかった。


         ♦︎


「で、貴様はリンダ嬢を拐かそうとして仲間を集めたんだな」

「拐かすとかそんな物騒なことは考えてないよ、あんなやつより俺たちのほうが喜ばせてやれるんだ」

「あー、あんなヤツ……とか言い出した段階で拘留期間が伸びていくんだが良いのか?」

「なんなんだよ、王室預かりって、そんなの知らねーよ」

「そこからか。王室預かりってのはな、簡単に言えばこの国で三番目に偉い人ってことだよ」

「はぁ? 俺は辺境伯の息子だぞ!」

「いや、辺境伯の上にはまだ公爵がいらっしゃるだろ?で、その上に王族だ。王族の中にも順位があるが、上から順に国王陛下、王妃殿下、その次が王室預かりだ。王太子殿下より上だぞ」

「お、王太子殿下より……うえ?」

「ああ、上だ。お前らが逆らったのはそんなお方だ」

「なんで、なんでそんなのが普通にクラスにいるんだよ……」

「ほら、また不敬発言」

「…………」

 

 もしかして、本当にまずい人間に手を出したのか? と思い始めた男子生徒に、トドメを刺しにいく王女近衛

「ケイさまは剣の腕もなかなかだぞ。第一近衛師団の中堅どころと、勝ったり負けたりぐらいの成績だからな」

 ちなみに、カナなら負け知らず。コトは剣だけならケイには少し届かない。

「あと、お前らが狙ったお嬢さんな、ただの平民なんだが……」

「なんだが?」

「模擬戦やると、第一師団の団長でも瞬殺される」

「は?」

「師団員十五人で囲んでやった時も、五秒で負けたわ。いやぁ、良い負けっぷりしたぞ。はははははは」

 

 そりゃ、ウインドショットの連射とかできるヤツ相手に、距離とったら勝てるわけない。しかも、その時は始めの挨拶前に予備詠唱済ませてたというチートだった。

 

「もう、あの二人相手に張り合ったりしないことをお勧めする。それと、辺境伯本人には上京してもらうことになる。王室預かりに手を出したとなると、教育不行き届きで陛下からの叱責があると思われる」

 

 流石にこの後に及ぶと、男子生徒の顔色が変わってくる。

「あ、あの……僕、よく知らなくて……」

「うんうん、君が知らなかったから父上が呼び出されるんだよ」

「じ、実は知っていて手を出し……」

「それ以上言わないほうがいいよ。知ってて手を出したとなると反逆罪で命がなくなるから」

 少年は、もう何も言わなくなった。


 

 

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