第33話 謀反の代償
王城からの近衛部隊はすぐに来た。いつもの王女近衛団の面々ではなく、国王直属の近衛隊、カッシーニ王国第一騎士団近衛部隊本隊がやって来た。
と言っても、ガルバーグ中将は真っ青な顔をして何か呟いている状態だし、兵のほとんどは未だ意識が戻らず、意識のあるものに反抗の意思が無い。すでに制圧されたような状態であったのだ。
「えーと……今日はどなたが?」
騎士団長が問いかけると、皆が一斉にコトを見る。
「コト様でらっしゃいましたか……あとで陛下にはあまり責めないようにとお伝えは致しますが……」
コトが両手を合わせて騎士団長に頭を下げながらウインクしてる。かわいい。
「で、今日はどんな魔法を使われたのですか?」
「あの、心臓に直接、
何それ素敵。私にも是非! とか思っていてもおくびにも出さない。騎士団長には威厳が大切なのです。護るべき王族に踏みつけにされたいとか、ダメなドM騎士団長なんていてはいけないのです。
「そ、それはかなり効きそうですな……あ、安全かどうか、わたくしめにかけていただけませんか?」
あ、ダメな人だった。なんでこの三人の周りってダメな人しかいないんだろう。
ダメじゃない人はダメじゃない人で、軒並みヤバい人だし心の逃げ場が行方不明です。
「あんまり安全じゃ、ありませんよイグナイト!」
ノータイムで発動するコトもコトだが。
騎士団長がべべべべべべっと体を揺らし、崩れ落ちた。どこか表情が抜け落ちたような恍惚感が醸し出される。
「ああ、だから言いましたのに。えっと……心臓、動いてますね。セフセフ」
騎士団長に、一生の思い出が刻まれた。
騎士団長が復活するまでは副団長が指揮を取る。全員を捕縛した上で気付をする。
「よし、全員このまま騎士団本部の牢獄まで歩いてもらう。万が一逃走しようとしたら……」
ニコッ、パタパタ
コトが笑顔で手を振った。
「今回の件は謀反となっている。追って沙汰があるが、軽く済むとは思わないことだな。ひったてぃ!」
「伯爵であるワシにこんなことをしてタダで済むと思っとるのか!」
ガルバーグ中将が負け惜しみを言っている。
「ここにいるの、元王女とか公爵家令嬢なんだけどね、それで今現在は王室預かり。王妃殿下に次ぐ立場なの、わかってるのかな?」
「というか、ガルバーグ伯爵家はお取り潰しでしょ、流石に……」
「ではカナ様、コト様、しおりん様、ケイ様、我々は撤収致しますが、陛下へのご報告はご自分でもしてください。我々もできるだけ穏便になるよう動きますが、王家の威信にも関わる問題です。何名かはおそらく……」
ガルバーグ中将はもちろん、ここに来た兵士の中の士官クラスは極刑もあるだろう。ゴルドベイカー大将にも飛び火する可能性だってある。しかし、彼らがやらかしたことはそういうことなのだ。王国で王に反旗を翻したのだから。
しかし、彼らは王に楯突いたつもりはないのかもしれない。王国の軍備をより強固にするために、この飛行機を欲したのかもしれない。
ならば、なぜ正規の手段で交渉をしなかったのか。ちょっと手柄が欲しかったとか、そんな気持ちは一切なかったのか?
それを許していたら国は持たなくなる。厳しい判断が下されるのは仕方がないだろう。
「コト、ありがとうな」
ケイがコトに頭を下げた。
「はうー」
コトが真っ赤に煮えてる。かわいい。
♦︎
「さて、此度の騒乱を抑えた手腕。さすがである。大義であった」
ところ変わって謁見の間。先の謀叛の裁決が出、関わった王族として結果を知る義務があるということで呼び出された。
参列者は三人娘とケイ、当日共にいたリンダとポーリー、王女近衛の団長副団長、警備で入っていた近衛が四名である。
「首謀者たるロバート・ガルバーグ中将は死罪の上、ガルバーグ伯爵家は取り潰される」
やはり……である。あれだけのことをやらかして、家に影響が出ないわけがない。ここは封建社会なのだ。
「ロランツォ・ゴルドベイカー大将は、未確認のまま指示を出し、王家に多大な損害を与えたとして、罷免の上で家督を息子に譲り隠居。後任はルクサイド・ブライト少将を中将代行として充てる」
やはり総司令官にも影響はあったか。しかし命も家も残ったのだ。まだ温情ある結果とも言えるであろう。
「当日、王室直轄施設に押し込んだ北部国境方面軍の人員については、一般兵士は任を解く。士官については、爵位あるものは無爵に、爵位なきものは強制労働二年とし、全員任を解く。これをもって裁定とする」
ガルバーグ中将以外に極刑がいなかったのが幸いではあるが、これはガルバーグ家に恨まれるかもしれない。これから王室預かりの面々には、更なる護衛がつくことになるだろう。
「それとな、カテリーナ・マルデノ」
「は、はい」
ここ数年、国王にフルネームで呼ばれた記憶はない。基本的に誰が相手でもコトで済ませていた。
「其方が今回使った魔法なんだが、公開することはできるか?」
割とガッツリスクロール魔法さんの機能を使っているので全ての公開は難しい。というか、公開しても構わない部分はただの
「構いませんけど……ただの
「ただの?」
「ただの」
「あの、侍女とかが暖炉に火をつける?」
「暖炉に火をつけたり、竈門に火を入れたり、女性は日常的に使いますね」
大半の男性は魔法が使えない。国王であってもそれは変わらなかった。当然、魔法への理解も低くなる。
「そ、それは例えば侍女にも使えちゃったりするのか?」
「わたし達三人以外だと……バイオレッタ先生ならもしかしたら使えるかな。アンガスさんなら確実にできると思いますが、生きるか死ぬかは制御できないと思います。ましてや、一度止めた心臓をまた動かすのは、まず無理かと」
国王が、ホッとしたような残念なような、なんとも複雑な表情をした。
もしもそんな魔法が誰にでも簡単に使えるなら、男性は絶対に女性に敵わなくなる。それは国の体制を丸ごとひっくり返すような、大きな変化だ。
ただ、一部の人間にだけ使えるのなら、それは尋問などに大きく貢献するだろう。
ここはやはり安全策が無難か……と国王が考えるのも当然であろう。
「できればその魔法は隠匿して置いてくれると助かる。もっとも、身を守るために使うなどと言った場合には、躊躇なく使ってかまわん。其方らの良心に期待する」
「かしこまりました、陛下」
「では、これにて一件落着」
国王が立ち上がり、謁見室奥の扉から下がる。三人娘とケイプラス二名は謁見室の正式な扉から退出し、ぐるっと回って国王のいる待機室へと向かった。
「あれ、おじいちゃんかなり怯えてた気がする」
カナ、おじいちゃん呼びは良いのか?六人以外誰も見てないとは思うが。
「わたし、脅してないもん。事実言っただけだもん」
コトがちょっと膨れた。かわいい。
「まぁ、あれをやられるのは、相当辛いと思いますよ?……その、騎士団長は除きますが……」
騎士団長、すでに危険人物扱いになっていた。実は彼、女性にはかなり人気があったりする。年こそ三十半ばでは有るが独身。伯爵家次男にして本人も男爵であるため家柄も問題ない。何よりちょっとイケオジ風のイケメンであり女性へのあたりも柔らかいのだ。これでモテない訳がない。
事実、しおりんとか『ちょっと良いな……』なんて思ったりもしたのだ。だが……だが……
「……変態却下!」
「あー、あれはないわー。あれはダメだわー」
「なんで、なんでわたしのファンってあんなのばっかりなのよ……」
コトの心が折れかかっている。これに関しては本当に謎である。コトは泣いてもいい。けど、泣いても現実は変わらない。
カナのファンとコトのファンでは、完全にファン層が違う。なぜかはわからないが、転生前の人生の時からこの傾向は変わっていない。世界に名だたる沢井琴博士のファン層は、確実にヤバげなファン層であったのだ。
王の待つ部屋に着いた。部屋の前には近衛が二人ついている。
「カナ入ります」
「コト入ります」
「しおりん入ります」
「ケイ入ります」
王の居室に入るには、この四人でも自ら名乗らなければならない。
「あの……わたし達も入るんですか?」
リンダとポーリーが泣きそうな顔をして立っている。さっきは謁見の間でのお話しだ。国王陛下と会うにしても、謁見の間での謁見なのか、小部屋でのプライベートなものなのかで恐ろしさが全然違う。当然後者の方がより恐ろしい。だって国王だよ。この国で一番偉い人だよ。それがたとえ友人のおじいちゃんだとしてもだ。
「ほら、リンダさんもポーリーさんも行くよ。大丈夫、喰われたりしないから」
「り、リンダ・ニノリッチは、入ります」
「ポーリー・ローリー入ります」
扉が開けられ、侍女に招き入れられる。奥のソファに国王陛下と王妃殿下が並んで腰掛けていた。
「皆さん、ご無事で本当に良かった。危険な目に遭わせてしまってごめんなさいね。これは統率を取れなかった王家の責任です。あなた方にはなんの瑕疵もありませんから安心してくださいね」
まず、王妃に頭を下げられた。これは割と衝撃的な出来事で有る。四人の王室預かりの上位に位置する王妃殿下が頭をさげる。それは王家の、国の責任を全面的に認めたことになる。
「さて、先ほどの裁定については何か言いたいことはあるか? 人の命がかかっておる裁定じゃからの。かわいいお主らに嫌われたくはないが、王家の立場としてはあのあたりが最低限の落とし所じゃったのだが」
「そうですねぇ。想定よりもかなり甘めだった印象ですね」
「うん、あれだと主犯のガルバーグ中将も服毒による死罪だよね。斬首は免れないと思ってたから、思ってたほど重くなかったと言うか」
「お兄ちゃんに仇なす敵はデストロイ」
一人やばいのいるけどいつも通りだから問題なしです。
「国家への叛乱、王家への謀反となると、一族郎党打首獄門の上晒し首にされるんじゃないかと思ってましたからね」
「いや、そこまではなかなかせんぞ。王国をどんな野蛮な国だと思っとるんだ」
(日本なんて、つい二百年前まではそんな感じだったんだよなぁ)
ケイはそんなことを思っていたが、リンダとポーリーがいるので過去のことを話すわけにはいかない。仕方がないので軽く笑って誤魔化した。
「では、彼らへの裁定はあの通りで進めて良いな?」
「はい、おじいさまお願いいたします」
『おじいさま』呼びは、ここぞと言うときに使うと、とても都合よく話が進むことをカナは知っていた。
ちなみに、この技はコトも使うことかある。当然コトが使っても猛烈な威力を発揮した。
しおりんが使ったら……泣かれたので使うのをやめた。よく考えたらわたし、この人の婚約者だった。普段はすっかり忘れているしおりんであった。
「あと気になることといえば、ガルバーグ家からの逆恨みとかでしょうか」
「一族郎党皆殺しは、その逆恨みの憂いをなくすために考えられたんだが、知人友人まで含めたらキリがないので行われなくなったといわれておる。あとはお家お取り潰し以後の生活保護等で温情を与え、恨みを散らすなんてことも考えている」
「お取り潰しの家に、子供や保護が必要な女性はいたりするのでしょうか?」
コトが気にしているのはその辺りだ。ちなみに保護が必要ない女性とは、きちんと配偶者に守られていたり、魔法や特技等で十分に自力で生きていける女性を指す。
「調査させよう。報告は必要か?」
「はい、できれば」
あとは、職をなくした兵士はすぐに荒くれ者へとジョブチェンジをしてしまうので、その対策も考えなければならない。
更にその家族も……と考えるとキリがない。しかし放置もできないのだ。この辺りは治安の悪化に直結するため、救済策もセットで必要になる。
「飛行機工場がもう少し動き始めたら、うちで欲しいけどね。人手が足りなくてさ……」
それだっ!
量産化はまだ先になるが、飛行機の生産はこれからも増えていくのは間違いがないのだ。ならば今から人を押さえておくのもありかもしれない。実動が始まるまでに研修も必要になるし、なんなら航空力学の初歩あたりも教え込んでも良いかもしれない。
なんなら適性検査の上でパイロット候補生を募っても良いだろう。ケイ一人しか操縦できる人がいないのでは、飛行機の普及なんて夢のまた夢でしかないのだから。
こうして、カッシーニ王国では珍しい軍部による叛乱事件は幕を閉じた。
しかし、事件のことはあちこちで噂になり、ついには隣国にまでも届くことになる。
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