第32話 飛行機の価値
今日も良い天候に恵まれた。朝から照りつける太陽は、順調に地面の温度を上げて上昇気流を生み出していく。
上昇気流が多くなると、それはワイバーンを呼び寄せる。しかし、今日は彼女たちがいるのだ。
コト、カナ、しおりん。ケイの頼れる妹達。あ、しおりんはとっくに妹枠に収まってます。
ワイバーンが近づいてくると、妹達の誰かの発射するファイヤーボールが飛んでいって撃墜される。
実はファイヤーボールを撃たなくても撃墜はできるが、面倒ごとを減らすために撃っていると言っていた。
ただ、もう詠唱省略とか発動ワード省略とか、隠す気もないらしい。にこやかに笑いながら火の玉が飛んでいく。しかも、出現と同時に超高速で飛んでいくので、視認できていない人もいるようだ。
視認できないんじゃ、アサシン魔法と変わらなくね?とか思っても口には出さない。だって、みんな協力をしてくれているんだから。
今日はついにケイの作った飛行機による、初めての動力飛行機による試験飛行である。
あんなに練習したワイバーン対策は、妹たちがほぼ無力化してくれるおかげで出番がなさそうだ。
風はレールに向けて吹いてくる。理想的な湖風だ。機体はすでにレールにセットされており、今か今かと離陸を待っている。
ケイは振り向いて、拡声魔法に声を乗せた。
「お集まりの皆様、本日もお忙しいところをありがとうございます。本日の飛行は初の動力飛行となります。レールから離陸した後、湖を一周して戻ってくる予定です。飛行時間はおよそ十五分ほどを予想しております。では、飛行機が飛ぶということがどういうことなのか、皆様の目でしっかりとご確認くださいませ」
演説が終わり、飛行機へと振り返る。ここまで、本当に長かった。
初めて板切れを背負って屋根から飛び降りて以来、もうすぐ七年になる。妹達と再会しなければ、もっとかかっていただろう。あの三人には感謝しても仕切れないほどの恩ができた。
いつか必ず返済するぞと心に誓い、ステップに足をかける。未だに羽は布張りなので、足を乗せると壊れてしまうのだ。
一歩ずつあがり、右足をコクピットに降ろす。深呼吸して左足も押し込み、シートに腰を下ろしていく。
まだ汎用機ではないので、離陸はいつものカートに乗って丘を滑り降りる形をとる。ライトフライヤー号と同じ形式だ。そのうち、飛行場を作ってやると心に決め、コンソール魔法を立ち上げた。
計器に表示される数字と針をチェックしていく。
「風向風速ヨシ、魔石魔力量ヨシ」
スティックをグルグルと回し、ラダーペダルをパタパタと踏み替える。外から動きを確認していたポーリーが右拳を肩まで挙げる。
「エルロン、エレベーター、ラダーヨシ」
ポーリーが両腕を体に沿わせ、両拳を広げていく
ケイは四つの魔石へ通じる魔力回路のカバーを開け、指先で一つ一つ触れながら起動していく。コンソールに表示される魔石の出力が揃っているのを見て微笑む。
「魔石出力ヨシ」
ポーリーは最後に機体周りを見回すと、右腕を挙げて、機体前から退避した。
「オールクリア、行きます」
スロットルレバーを押し込み魔力の流れを増やす。シューシューと言っていた風の音が轟々と聞こえる頃、人が歩くよりちょっと早い程度の速度で機体が浮き上がる。シミュレータよりも微妙に浮き上がりが早いが、風の魔石からの後流を主翼が拾って揚力が上がってる気配か?
そのままスロットルを維持していると、速度が少しずつ上がりながら上昇してしまう。
少しスティックを前に出し機首を抑え込んで、揚力を速度に変換していく。
風の音でよく聞こえないが、激しい拍手がされているようだ。そのまま湖に抜け、高度を60ftほどに抑えながら速度を上げていく。コンソール魔法を確認すると、対気速度40ノットと表示されている。そのまま左にロール、バランス旋回のために左にラダーをあて、減った揚力を補うためにスティックを僅かに引く。
旋回傾斜計のボールが綺麗に真ん中に収まっており、思わずにっこり。そして、ここで急激に感動に襲われた。
「あ、俺、飛んでる……今度こそ本当に、自由に飛んでる……まだ
涙が溢れてきて外が見えない。しかしコンソール魔法で投影されている計器は滲みもなく綺麗に見える違和感。姿勢と高度を確認して水平飛行に戻す。
(風情はないけど便利だなこれ)
風情と安全を天秤にかければ、当然安全に傾く。ケイはエンスージストではなく飛行機野郎なのだ。
左袖で涙を拭い、再び前後左右上下を見渡した。下には湖面が光っている。右手遠くにはいくつかの山が薄青く浮かび上がっている。左手側には海があるはずだが、もう少し高度を取らないと見えないかもしれない。空は晴れ渡り、雲は高空に薄く筋状にかかっているだけだ。
そろそろ機首を回して、戻りながら運動テストをしてみよう。先ほどは左旋回だったので、今度は右に。右側にロールする時、左よりちょっと遊びが大きく感じる。エルロンの張り調整が微妙にズレてるのか、アームの剛性不足なのか、これは後で調査しよう。
周囲にワイバーンは見えない。少し高度をとっても大丈夫か?
スティックを少し引き戻し、機首を水平にしただけで高度が上がり始める。主翼の取り付けが迎え角つけすぎな気がしてきた。
速度30ノットで高度を上げてゆく。割とすぐに300フィートを超えてしまった。
正面に山脈が見えているので、真後ろが海のはずだ。ぐるっと回りながら海を見よう。
再びゆるく右旋回しながら180度回頭する。
海だ。島が浮いているのも見える。島の数はかなり多い。
(これは、飛行艇にも需要あるかな?)
さて、初飛行なのにのんびりしてしまった。こんなにゆったりと飛べるとは思ってなかった。これはこれで、とても楽しい飛行機だ。
機首を館方面へと向け直し、スロットルを絞りながら高度を落としてゆく。しばらく進むと湖岸と人らしきゴマ粒が見えてくる。さらに高度を落とす。あ、手を振ってるのがわかる。みんなで手を振ってくれている。スロットルはほぼ閉じ、高度はあと100ft。速度は15ノットまで下げてきた。まもなく地面だ。最後まで気を抜かないようにしなければ。この試験場で、すでに二回墜落しているのだから。
予定のランディングポイントまであと少し。高度ヨシ、速度ヨシ、降下率ヨシ。翼の風が地面を掴んで高度が下がらなくなる。スティックを引き寄せ機首を上げ、フレア。三点のソリが同時に接地して、わずか十数メートルで速度を殺しきり停止した。
ポーリーとリンダが駆け寄ってくる。その後ろからは三人娘に両親、職人、ベルクマンギルド長、町の人たちも駆け寄ってきた。
「ケイ様、おめでとうございます」
「ケイくん、飛んだよ! おめでとう! すっごい飛んでたよ」
「ありがとう、本当にありがとう。みんなのおかげでここまで来られたんだ、本当に、本当にありがとう」
あとは言葉にならなかった。ただひたすらに泣いていた。
「今日はお赤飯ね!」
とか言っている。餅米、小豆などがあるあたり、極東出身の男爵家ならではのメニューだ。
♦︎
「はぁ、飛行機ってのは、すごいな。あんな高いところを飛ばれたら、地上の兵士では手も足も出んな」
当然、こんなことを考える軍関係者が出てくる。
以前のケイならば進んで声をかけていたかもしれない。しかし王室の全面協力を受けている現在、余計な利権の発生する可能性があるものには手を出せない。
そして、王家としても軍に手を出させるわけにはいかない。
王室では、三人娘の要はコトだと正しく判断していた。そして、そのコトをコントロールするためのキーがケイであることも正しく認識していた。
何があってもケイには手を出させない。軍関係者がケイに接触しようとした時には、王女近衛がぐるりとケイを取り囲んで撃退を果たした。
しかし、そんなことで諦める軍ではないであろう。国王からの勅諭を無視して来ているのだ。下手をすると反逆罪すら成立しかねないのにちょっかいをかけてくるのだから。
♦︎
王国は海に突き出した大きな半島国家である。北端で大陸に接続し、その先に大きな大きな山脈が有る。
山脈を挟んで帝国領と接し、僅かな回廊を伝って陸上貿易も行われている。
あとは周囲全てが海に囲まれ、王都は南端付近。一番帝国から離れた地域に置かれている。
ただ、海を越えればそこも他国。海の上の警戒も怠るわけにはいかなかった。
王国には三つの軍と魔道士団がある。
ジュリオ・グランバリィ元帥率いる王国軍。国の中全域にいつでも出動するため、国の中央付近の海岸線沿いに東西に分けて軍を置き、いつでもどこでも出動できる体制を整えている。
クシラハ・コーダンテ元帥率いる王国海軍。王国軍の海上輸送や南方、東方からの海上戦力に対抗するための軍で有る。
主力は帆船であるが、多人数でひたすら漕ぐガレー船も存在する。
ロランツォ・ゴルドベイカー大将の率いる北部国境方面軍。帝国に睨みを効かせる要になるはずの軍で有る。
この、北部国境方面軍が難物であった。
北部国境地帯には二つの辺境伯領地があり、どちらも強力な騎士団を持ち、国境の警備は万全なり! と公言して憚らない。
面白くないのは北部国境方面軍の面々で有る。
国を守るのは我々だとばかりに存在感を示そうとするが、実際に辺境伯軍が強いのだ。それはもう、猛烈に強いのだ。
北の山脈には沢山の魔物が住み着いている。
最高峰に住んでいるというドラゴンは別格としても、空の王者グリフォンを筆頭に、A級B級がゴロゴロ出る。
辺境伯軍はこれらの魔物を、日常的に討伐しているのだ。B級のグレートレッドボアなら、一般兵士三人で狩れる! と豪語する。
正直、北部国境方面軍なら一小隊八名で取り囲んでやっと……なのだ。
しかし国軍のプライドが邪魔をして、素直に任せることもできない。ならば何か大きな戦力になるものを配備したい。そんなところに聞こえて来たのが『人を乗せて空を飛ぶ機械』の噂である。
北部国境方面軍の王都駐留組トップ、ロバート・ガルバーグ中将はこの飛行機械の報告をする時、発明、製造したのがアンタッチャブルな王室預かりであることを隠蔽した。
報告を受けたロランツォ・ゴルドベイカー大将はその機械の接収と技術者の確保を命じた。
そして、北部国境方面軍王都駐留部隊四十名がロマーノ男爵家に踏み入った。
その日は動力機一号機のメンテナンスのため、三人娘も飛行機工場に詰めていた。
護衛は王女近衛が四名。工場内に配置されていたが多勢に無勢、あっけなく侵入され工場に兵士がなだれ込んでくる。
「その機械だ、壊さないように接収しろ」
偉そうなヒゲに、胸元のマークに星がたくさん付いたおっさんが指示を出している。
「何事ですか! ここが王室直轄施設と知っての狼藉か!」
カナが拡声魔法で叫ぶ。王室直轄の言葉で手を止めた兵士が数名いた。
「ええぃ、国防は全てに優先する、掛か……」
ビクンっと偉そうなおじさんの体が跳ねた。そのまま胸を押さえようとしたところで、再びビクンっと跳ねる。
「な、何がっ」
「うふふ、効くでしょう。あなたの心臓に直接
そこには鬼……コトが不穏な気配を背負いながら仁王立ちしてい。
「な、何を……」
「これ、死なないようにやるの結構難しいわね」
ビクンビクンと跳ね、倒れ込んだ。再びビクンっと動き、激しい呼吸音が聞こえた。
「お、王軍に対する叛逆である! 小娘をひっとらえよ!」
動きを見せようとした兵士、およそ三十名がその場に崩れ落ちる。
動かなかったものだけが立っていた。
「もしかして、これっぽっちの軍隊でわたしら三人に勝てると思ってる? なんなら、全軍まとめて来てくれても良いのよ。その方が手間が省けるし。あ、そうそう、あなたの心臓にはもうマーキングしてあるから、たとえどこに逃げてもいつでも心臓止められるからね。一体、何に牙を向いたのか、心の底から理解させてあげるわ」
コトが全力で怒っている。お兄ちゃんに牙剥くものは、全てデストロイだ。
まぁ、兵士たちはほんの十五秒ほど血流を止めて意識を失っているだけだが。
「ねぇ、あなた達。あなた達が今やったことはね、王室預かりに対する謀反なのよ。これ、極刑もあるんじゃないかなぁ……」
カナが恐ろしいことを言い出した。
「まぁ、問答無用ってわけじゃないでしょうけど、調査はきっちり公正に行いますので覚悟してね。あ、王宮へはもう伝令出してあるから、おっつけ近衛騎士団がまとめてやってくるわよ」
慌てて逃げようと振り向いた兵士が昏倒した。
「もう、全員の心臓にマーカー埋めたからね。たとえ帝国まで逃げても発動するから、そのつもりでね」
コトがにっこりと、にっこりと笑った。
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