第31話  遠い遠い昔話

 今からおよそ七千万年前に、この星の人類の祖先が大きな大陸の温暖な地域で生まれた。

 そこから二百万年かけて、人類は道具を駆使し、炎の取り扱いを覚え、言語を獲得して進化を続け、この星の覇者となった。

 科学は際限なく進歩し、人々はより快適に、より自由に生きるために更なる進化を求めた。


 活動の場を宇宙にも求めた人類であったが、距離の壁は遠く、長く、厳しかった。僅かな人数が隣の惑星へと移り住んだだけで、結局その人々も定着することができずに再びこの惑星に戻ってきた。


 この時、長期の宇宙旅行に耐えるために作られた医療用マイクロマシン。それが現在この星の魔法を支えているマイクロマシンの原型である。

 外惑星に移り住む人々は、体内にマイクロマシンを生産するための臓器を埋め込んでいた。そしてそれから数十年。その人々が地球に戻り地球で生活をする様になり、医療用マイクロマシンの特性が一部富裕層に知られることとなる。


 医療用マイクロマシンは、他惑星という劣悪な環境下でも人々を生きながらえさせるために『とにかく健康を保とうとする』のである。

 これが、ヌルいこの星の上ではどうなるのか。寿命が、それも健康寿命が著しく伸びたのである。

 それまで、人生百五十年と言われていた。しかし最後の数十年は病との戦いである。健康な老人であっても、百二十を越えれば大抵は大きな持病の二つや三つはあるものなのだ。

 しかし、医療用マイクロマシンを体内に注入するとこれが一気に改善される事が知られてきた。

 そして、この星で過ごすだけなのに臓器移植までするものが出始めた。

 そうなると一気に人類全体の平均寿命が伸び始める。世界は再び人口爆発期を迎えた。

 その中で生存競争に勝とうと、マイクロマシンの更なる開発を進める国が出現する。更にはマイクロマシン同士をネットワークで繋いで、それ自体に処理能力を持たせる試みも開始された。

 人々はどこにいてもマイクロマシンの恩恵に預かれるように、マイクロマシンの大気中への散布まで始まる。

 マシンの小型化も進み、原子間での量子のやり取りまで情報として取り扱うようになった。超小型の医療用ロボットである。

「これ、医療用とかいう必要ある?」

 との意見が出始め、汎用化されたのがおよそ百年後。遺伝子操作により生まれた時からマイクロマシン製造工場を持つ子供まで産まれ始めた。


 そんな時、一つの遊星が発見された。この星の主恒星の系外から寄ってくる、直径五百km近い星。この惑星のすぐそばを通り抜け、再び宇宙の彼方に消えていくと思われていた遊星。

 そんな遊星が、月に衝突するのではないか? との説が出た。

 ただし、その時期はおよそ千年後。まだまだ先の話と、人々は繁栄を謳歌していた。

 伸びた寿命をフルに使い新たな研究を進めていた科学者が、素粒子であるボソンの相互ジャンプ現象を大規模化することに成功した。

 この時、三次元空間内に隣接他次元との次元断層が観測され、これ以降盛んに研究されることになる。


 更に三百年が過ぎた。

 次元断層の研究は飛躍的に進み、ついにはそこからエネルギーを取り出して利用することが可能になった。

 化石燃料はほぼ取り尽くし、巨大ガス惑星行きの輸送船が運ぶヘリウム3頼りだったエネルギー問題が一気に解決した。人類は更なる栄華を誇る様になる。


 また二百年が過ぎた。

 人類の中には自らを改造し、より上位の存在になろうとするものも現れ始めた。

「ならば憧れのエルフになろう!」

 と考えるものも出てきた。そのうち、その流れは商業化され、いわゆるファンタジーな種族の人々が生み出された。


 更に二百年。例の天体が星に近づくまで、三百年を切った。

 そろそろ自らの寿命よりも天体ショーの方が先に来るという人々が現れ始めた。今のところその他の大きな天体近傍を通るわけでもなく、比較的高精度に軌道を計算できている。おそらくこの惑星から百万キロ以内を通過するものの、月軌道より内側には来ないだろうと予想されていた。

 しかし、いつの時代にも陰謀論者と悲観主義者は現れるものである。

「おそらく地球には何の影響もないだろう」という発表を陰謀だと決めつけ、能動的にその天体の軌道を変更しようという計画を立てた一群がいた。

 何もしなければ良かったのだ。何もしなければ。


 そこからの百年をかけて、遊星破壊ミサイルを作った彼ら過激派は、見事にそのミサイルを撃ちだし、三十年後の命中を待ったのだ。

 三十年後、ミサイルは遊星に命中し、遊星は大きく二つに分かれながら、一つはより地球近傍へ、もう一つは月軌道付近へとコースを変えた。

 残り百七十年。人類は存亡をかけた挑戦を始める。

 ひとつ、ノアの方舟計画。良くあるアレである。新天地を求めて七つの船団が旅立っていった。

 

 ひとつ、再度の外惑星移住計画。以前失敗した隣の惑星への移住計画が再び持ち上がった。今度は大規模なテラフォーミングも行い、将来的には屋外でのスーツ無しでの活動すら視野に入れていた。

 

 ひとつ、人体強化計画。地球に残る人類を全てナノマシン製造臓器付きの新人類へと進化させる計画である。ナノマシンの性能も引き上げられ、次元断層からエネルギーを得ながら生物の体内で自己増殖し、排出されたら環境中に散らばり、世界中どこにいても恩恵に預かれるシステムが出来上がりつつあった。


 ひとつ、地下居住区の設置。もしかしたら地下なら生き残れるかもしれない。微かな望みを持った一群は地下に潜った。


 そして、運命の日。


 その日、惑星近傍まで迫った天体のかけらは、ロシュの限界を超えられずに崩壊。その後大きな破片を撒き散らしながら大半はそのまま飛び去った。

 しかし、それでもかなりの数の大きな隕石が世界各地に降り注ぎ、各都市は大きな大きな被害を受けた。

 しかし、これはまだ序の口の出来事であった。

 月へと向かったもう半分は、月の重力が弱かったために充分な崩壊をせず、そのまま月へと激突した。月は、まず二つに割れ、猛烈な勢いで自転を始めた片側が更に二つに割れた。

 飛び散った小片が惑星に降り注ぐ。10kmを超える大きさの隕石がいくつも地表に落下し、大地は煮えたぎり、海水は蒸発して雲になり、空を覆い尽くした。残された僅かな地表も、その後の氷河期、全球凍結を経て、世界中の生物の98%が死滅した。

 ごく僅かに生き残ったのは宇宙に逃れた人々と、局地付近に隠れ住んでいた数千名のみ。しかし、その人々も絶滅の危機に瀕していた。

 外宇宙を目指した船団とは次々に通信が途絶え、隣の惑星のテラフォーミングはうまくいかずにドーム生活を余儀なくされている。衛星軌道上や月面で生活していたものは惑星と運命を共にしたものが大半であった。


 運命の日から千年。まだとても人が住める環境ではない。


 運命の日から五千年。何百年も続く雪のおかげで、ようやく空が見える日が出てきた。しかし全球凍結は変わらず。


 運命の日から七千年。ついに赤道付近から海水が液体として存在できるような温度になりつつあった。

 地殻津波で燃え上がった地域の地殻活動もおさまりつつあり、大気中の二酸化炭素量こそ莫大ではあるものの、生物が地上に出ていくことが可能になってきた。


 運命の日から一万年。グリーンランドや南極の地下へと逃げ延びていた人々も、わずかでは有るが地上へと戻ってきた。

 しかし、惑星の環境はいまだに厳しく、マイクロマシンのサポートなしで生きていくことはできない。人々はよりマイクロマシンに依存し、更に改良を進めていく計画が立てられた。


 運命の日から一万ニ千年。外惑星開拓基地との連絡が途絶えた。原因はわからないが、現在はデブリが多すぎるため宇宙旅行はあまりにも危険であり、原因究明もままならない。

 これだけ時間が経ってもまだまだ宇宙からの落下物は多く、直径一キロ程度の隕石なら、年に数個は観測されている。

 この頃、マイクロマシンに人類の遺伝子を保護するプログラムが導入された。以後、人の進化は止まり永遠の袋小路へと入り始める。


 運命の日から一万三千年。やはり人口が減り過ぎたのだ。文明は衰退し、人々は機械文明から切り離され、科学者は表舞台から去っていった。数少ない研究施設は封印処理され、地下奥深くへと隠された。


 そんな中、マイクロマシンは自己進化を進めていく。人間の進化を止め、自らは進化を続ける。いつしか、この星の覇者はマイクロマシンへと置き換わっていった。


 運命の日から三十万年。世界各地で見つかる過去の生物の痕跡から遺伝子情報を抽出され、様々な生物が復活していった。ただ、マイクロマシンが参照する過去の資料の中には創作物も多く、誤った復活を遂げた生物も多かった。

 中には完全な想像の産物までもが、新しい生命として生み出され始める。

 

 そして、一千万年の月日が流れた。かつてあった巨大文明の跡は、隕石落下、地殻津波、風化、海没等でほぼ地表から姿を消している。

 ごくわずかに残ったかけらも原型を留めぬほどにボロボロになり、その場所を人に知られたならば鉱山として採掘され、人々にそれと知られずに利用されていった。

 奇跡の復活とされる野生生物の繁殖や、誤った認識により生み出され、魔物とされた生物達の増殖もあり、世界は生命に溢れる惑星へと変貌を遂げた。

 地軸のズレや大きな熱により消失していたヴァン・アレン帯も復活し、大気の擾乱によりこれまた無くなっていたオゾン層も復活、人が住み、亜人が住み、魔物が住む。そんな世界が構築されていく。


 しかし、人は脆弱だった。魔物に追われ、生存域は減り、そのままでは絶滅の可能性も出てきた。

 そんな時、進化したマイクロマシンは人々の健康を護るため、新たな施策を編み出した。

 魔法、それは脆弱な人間を脅威から護り、再びこの地上の覇者として君臨させることができるほどの力である。


 しかし、ここでマイクロマシンは二つのミスを犯した。


 ひとつめは、人間の遺伝子を保とうと努力した結果、マイクロマシン製造臓器の退化を招いたこと。

 これは結局、代替臓器として生殖器官を流用することで世界全体のマイクロマシンの数を確保することには成功した。しかし魔法行使能力の著しい男女差が発生することになった。


 二つめは、人間以外の生命体による魔法の行使。人間の遺伝子を流用した魔物達は、そのまま魔法適性が生まれてしまった。マイクロマシンは基礎手順が合っていれば誰が命令しても動作する。したがって高位の魔物達は魔法を使うことができるようになってしまった。しかも魔物はマイクロマシン製造臓器が退化することなく、そのまま強力な魔法を使うことができてしまったのである。

 

 こうして、人類はその生存域を広げつつも、高位の魔物に怯え過ごすことになってしまった。

 世界最強の生物、ドラゴン。

 天空の覇者、グリフォン。

 森の王者、フェンリル。

 世界中、どこにいっても脅威はあった。


 そんな中、人々は街に集い、辺境を開拓し、ダンジョンへ潜る。

 たとえ文明が崩壊していこうとも人々のバイタリティは変わらなかった。

 ただ生きるためから、生きて何かを成すため。そして、生きて楽しむため。

 そうして、今の世界が形づいていった。

 ただ、長く長く、とてもつもなく長い年月が流れていった。


 運命の日から六千八百万年。魔法使いがもてはやされ、男性の地位が極端に下がった時期。

 男性が生まれづらくなった。両親が娘を授かることを望み、マイクロマシンが忖度して女性の受精卵を選別するようになり、極端に男女比が偏った。

 そんな時期がほんの数百年続いた。

 数少なくなった男性は保護され、優先的な人生を歩むようになる。こうなると女の子を望む意味が薄くなり、いつしか男女比は元に戻った。

 しかし、この時に培われた男尊女卑の傾向は、その後も続き、二万年以上経つ現在まで続いている。

 それでも人は子を産み、育て、少しでも版図を広げるために、今日も武器を持ち、魔法を詠唱し、魔物の領域に挑んでいく。


          ♦︎


 スクロール魔法さんによる、長い長い昔話が終わった。この惑星で人類が生まれてからの七千万年にも及ぶ壮大なストーリーである。

 そして……

「パラレルの可能性はあるけど、これって、地球だよね……」

「地球だよねぇ」

「地球っぽいですね」

「パラレルじゃなくてわたし達がいた地球の未来だとしたら、タイムスリップの一種になるわけか」

「でも、タイムスリップだとすると、ドラゴンが過去に飛んだのが納得できないのよ」

 コトに火がついたらしい。

「過去から未来に飛ぶ。これはわかる。でも逆行を許すと、超弦理論の一部……というか、大統一理論の説明が出来なくなるの」

「うーん……その辺も聞いてみる? スクロール魔法さんに」

「うあう……あう……ライフワークが……でも真実を知りたい……うぅ」


 コトが陥落して遥か未来の理論物理の勉強を始めるまで、あと五分であった。

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