第34話 第二王太子妃
カッシーニ王国の王太子には三人の妃がいる。
第一王太子妃 パトリシア
第二王太子妃 レベッカ
第三王太子妃 エレクトラ
第一王太子妃と第三王太子妃はとても仲が良かった。学生時代から何かとつるんでは悪だくみを……様々なイベントを手掛けてきた。
ある意味とてもよく似た二人であり、共に王太子を尻に敷いていた。
第二王太子妃レベッカは、随分とタイプの違う女性であった。
大人しく、たおやかで可憐な雰囲気を持ち、あまり主張をすることなく、いつも王太子の後ろから三歩下がって溝にハマる。
『もしかしてワザとじゃね?』とか言われるほどのドジっ娘。
『あざとさもここまで来れば立派』とか言われてるが本気で天然。
そんな、あとの二人とは一線を画す、しかしやはり王家に相応しいダメな女性である。
流石にパトリシアやエレクトラとは話が合わずあまり交流は無いが、決して不仲な訳ではない。
レベッカには二人の息子がいる。五歳になったルイージと、三歳のワインである。
三人の王太子妃の中で男の子を産んだのはレベッカだけであり、現在の王位継承権五位と六位を持っている。
男尊女卑のこの世界、基本的に女性の王位継承権は低いので、カナの継承権は十位である。
今年はルイージがお披露目を済ませ、来年には幼年学校に入ることが決まっている。また、まだ仮ではあるが婚約者も決まっている。
シャルロット・マリーア・スフォルツァ。スフォルツァ侯爵家の長女である。
順調にいけば次次世代の王妃である。スフォルツァ家の期待も大きく、シャルロットの教育には恐ろしく力が入っていた。
更に、シャルはとても優秀な娘であった。教師からの指導をぐんぐんと吸収し、皆を驚かせた。
更に五歳にして謙遜を覚え、決して誇らずただ未来の王妃として恥ずかしくないよう、研鑽に努める五歳児だった。
こんな子供ばっかりだな、この世界。
ただ、王子であるルイージは普通の子供だ。ごくごく普通の五歳児を、王子として甘やかし、王子として厳しく躾け、王子として、王子として、王子として。
ひねくれて当たり前である。レベッカは悩んだ。夫である王太子にも相談した。しかし良い解決方法は見つからなかった。
同じ妃仲間のパトリシアやエレクトラにも相談したかったのだが、引っ込み思案が過ぎて声もかけられない。本当はとても仲良くしたかったのに今まで声をかけられなかったのだ。今さら相談できるぐらいなら、もうとっくに友人になっていただろう。
一人で悩んで良いことはない。レベッカの対策は迷走し、ルイージは徐々に面倒な王子のレッテルを貼られることになってきてしまった。
「ルイージ、今日も礼儀作法の授業を途中で抜けてしまったの?」
「だって、あのせんせ、かなが、ことがばっかりいうんだもん。おうじのほうがえらいのに」
「ルイージ、今日は読み書き算数の先生から苦情が来ましたわ」
「だって、あのせんせ、かなが、ことがばっかりいうんだもん。おうじのほうがえらいのに」
なんか、カナとコトが原因な気がしないでもない。ちょっとルイージ王子に同情してしまうわ。
ならば、優秀なシャルロットと一緒に授業を受けさせようと手配してみれば、今度は教師の興味がシャルに集中してしまって更に悪化することになる。
そんなある日、東宮へと立ち寄っていた三人娘とルイージ王子、シャルロット嬢が出会った。
カナはルイージと会ったことが二度しかない。生まれたばかりの時に一度、そして先日のお披露目パーティの後に一度。コトとしおりんに至っては初めて会った子である。当然三人ともシャルロットとは初対面であった。
「初めまして、ルイージ殿下。コトですわ」
「しおりんです、よろしくね」
ルイージは面白くない。教師の言う『カナが、コトが』の二人がここにいるのだ。たかが王女のくせに王子より目立とうとしている国民の敵が。
「シャルロット、初めまして。カナだよ。こっちの二人は今聞いてたね。コトとしおりん。まぁ、わたしの姉妹みたいなもんかな? これからよろしくね」
「よろしくお願いいたしますですわ。カナさま。ふつつかな嫁候補ですがよろしくお願いいたしますですわ」
ふぉぉおおおお! なにこの子かわいい。金髪くるくる縦ロールに青いお目々。フランス人形? やだお持ち帰りしたいわ。とか思っても口には出せない。三人が三人ともふぉぉぉおおお!とかなっているが表情はいつも通りだ。ちょっとよだれ垂れてるけど。
「しゃるろっといくぞ。ぱとりしあぐうのにおいがうつる」
「そ、それでは失礼致しますね、お姉様方。今度はたくさんお話ししてくださいませ」
(ふぉぉぉおおおお!)
「ええ、シャルロット。その時はまた。ルイージ王子、その強引さではモテませんよ。シャルロットに迷惑かけないでね」
ルイージは更に面白くない。なんでこんなカナとかコトとか言う女に色々言われなきゃなんないんだ。僕は王子だぞ。国で一番偉くなるんだぞ。
ルイージはシャルロットの手を引いてレベッカ宮へと歩いていった。シャルロットが綺麗なカーテシーを途中まで決めたが、引きずられて崩れていく。その仕草がまた可愛らしくて、三人が悶え狂う。
「えーと……ツッコミどころ満載なんだけど、どこから突っ込めばいい?」
コトがカナに聞く。
「あー、うん……あー……まず、かわいい方から突っ込もうか」
「なにあのフランス人形! お部屋連れ帰っていい? ずっと部屋で飼ってていい?」
おい、しおりん、おい。ダメそれ。犯罪。三人の中での一番の良識人、三人娘の良心がそんな状況ですか……
「いやぁ、可愛かったねぇ。しかも立ち居振る舞い完璧なの。なんなのあれ。あれが貴族令嬢ってやつなの? 貴族ってあんなに素晴らしい人材が揃ってるの?」
コトがお兄ちゃん以外でエキサイトしてる。珍しい。
「わたしも初めて会ったんだけどさ、噂以上だったわ、あの娘は。噂には聞いてたのよ。ルイージの婚約者はパーフェクト美少女だって。でも、それにしたって限度ってものがあるでしょうよ」
そう話をしている三人も、世間的な評価は大差ない。ただ、中身がひたすら残念なだけだ。
もっとも、三人の周りには残念じゃない人が皆無なので目立たない……と三人は思っている。
「じゃ、もう片方も突っ込んで良いかな?」
「あー……このまま忘れるとかじゃダメ?」
「ダメです。あの子、あのままだとダメになりますよ。対策は早い方が良いに決まってます。と言うわけで、近日中にレベッカ様のとこ、行きますから。サンドラ、レベッカ宮にアポ入れといてくださいな」
しおりんが強硬である。
もっとも、この三人の中で一番人生経験が豊富なのがしおりんである。国王陛下ですら、前世のしおりんの年齢に達していないのだ。年長者の言うことは聞いておいた方が良い。
こうして、第二王太子妃レベッカの元への訪問が急遽決まった。
訪問は二日後ならばと連絡があった。どうせならと、ルイージとシャルロットにも同席してもらい二人の教育の進捗も確認してしまうことにする。
教育のための道具を一式用意。準備万端整えていざ出陣である。
「たのもぅ!」
「カナ、違うそうじゃない……」
レベッカの小宮も他の小宮と造りは同じである。東宮からの扉の意匠が微妙に違う程度しか差が認められない。
ここは王室預かりの権力外なので王女近衛は二人がついてきているだけである。
入口の女性守衛に来訪を伝え繋いでもらう。しばらく待っていると、なんとレベッカ本人が迎えにきた。
「お待たせしてしまってごめんなさいね」
「こちらこそ急な訪問要請で驚かれたことと思われます。ただ、事が事でしたので早急にと思い」
「ううん、ありがとう。あのね、わたし、ずっと悩んでたの。ルイージのこと」
独特のペースで話す方である。不快ではないが間合いが取りづらい。
「それで本日はルイージ王子の教育方針と、現在の進捗度をシャルロット嬢と一緒に見せていただこうかと思いまして」
「はい、聞いています。じゃ、こっちに。今は子供部屋で読み書き算術の授業中なのよ」
それは好都合。まずは覗かせてもらおう。
♦︎
「あー、うん。あれは教師も悪いわ」
「いや、一番悪いの、わたしらじゃない?」
「姉よ、それは言わないのがお約束ってものでしょう?」
「こんな時ばかり姉呼ばわりか……」
二言目にはカナさまコトさま。これはグレるわ。
「あと、シャルロット嬢がまた異常に高性能でびびった」
「シャルロット、優秀だったねぇ。もしあれが一回目の人生なら、カナ並みの天才児よ、あれ」
「一回目なら?」
「そ、あまりの優秀さに転生を疑ってるの。まだ五歳よ? わたし、五歳の時って『なんで? なんで?』って言ってる記憶しかないもの」
「なんでなんでって言いながら、全部解いていた人がなにを言ってるのやら」
「でも、お兄ちゃんがいなかったらなに一つ解らないままだったよ?」
「はいはい」
「では、シャルロット嬢には近日中に接近して、転生者かどうかの確認をする方向でよろしいですか?」
「そだね。シャルロットはそれで良いと思う。ただ、あの状態のシャルロットとルイージを並べとくのはあまりよろしくないかなぁ」
「はい、わたしもそう思います。おそらく今のルイージ王子には承認欲求を満たす存在が必要かと。それも、ただ煽てるだけじゃない人に承認されることが」
両親……は除外だろう。今までずっと一緒にいて、なに一つ改善させられなかったのだから。
侍女たち……も除外か。彼女たちは王子を否定できない。たまに保身を考えずに諌めてくれる侍女もいるのだが、あの王子はそんな侍女には近づかないだろう。
教師……ダメだ。元凶だ。
カナ……コト……あかん。これ以上ないくらいにネガティブな印象を植え付けられてる。
しおりん……しおりん……しお……
「しーおーりん」
「はぁ、そうなりますかぁ。やるだけやってみますけど、正直自信ないですよ?」
♦︎
「と言うわけで、しばらく王子の勉強を、このしおりんに担当させようと思うのですが、いかがでしょう」
カナがレベッカに意図を伝えていく。
「わたしとコトですと王子の反発の方が大きくなるかと思いますし、しおりんの優秀さは折り紙つきです。魔法、読み書き算数、剣術ならば教師よりも優秀ですが、ちゃんと指導もできる人材です。ダンスの男性パートも踊れますし、マナーも一流。どれも国内トップクラスのはずです」
「剣術はねぇ、カナと良い勝負になる段階で十分異常だと思うわ。ちなみに、この国の騎士団で剣術でカナに勝てる人はいません」
「はい?」
「魔法もね、バイオレッタ先生に魔法理論教えてるの、ほとんどしおりんだし」
「はい?」
まあ、それに関してはコトとカナがエキセントリック過ぎてバイオレッタ先生が理解できるように説明できないのが理由だが。
(な、なんなのこの娘たち……ローランドから話は聞いていたけど、ここまで凄まじいとか聞いてないわ……)
これについてはローランドに罪はない。パトリシアとエレクトラで話が止まっているのだ。ハブられている王太子。泣いて良いよ。
「と言うわけで、わたし達にお任せいただけませんか?」
「でも、なら何で今まで先生方のお話に出てこなかったのかしら」
「あー、それはですね……あの……」
「私たち二人が印象的すぎると言うか……」
「カナとコトがついついやり過ぎちゃうからですね」
しおりんが笑いながら暴露する。コトとカナの目が泳いでいく。あらかた本当のことなので文句も言えない。
ついでに言えば、基本的にしおりんはコトの影になるように動いているからでもある。いついかなる時でもコトを守れるように。
「と言うわけで、いかがでしょうか? お任せくださいませんか?」
しばし逡巡する。本当にこんな人外に任せて良いものだろうか……しかし、現在八方塞がりなのも確かなのだ。ここは思い切って任せてみよう……
「わかりました。どうか、どうかルイージのことをよろしくお願い。あの子がちゃんと王子としてやっていけるように……」
「それと……レベッカさまにお願いがあるのですが」
カナが上目遣いでレベッカの目を見つめながら語り出す。
「レベッカさまのことも、お母さまって呼んでも良いですか?」
ちょっとハニカミつつ、わずかな笑顔と染まった頬。これは計算づくだっ! ってわかるほどのあざとさだが、カナにこれをやられて落ちなかった人はいない。
「はい、喜んで!」
居酒屋かっ! むしろレベッカに転生疑惑生えるわっ!
こうして、今日、母が一人増えた。
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