第29話 動力飛行の準備
三舵を持つグライダーは順調にテストをこなしていた。
次はついに、動力飛行に挑戦だ。と言っても動力になるのはカナから貰った魔石である。この魔石に風の魔法を詰めて空を飛ぶ計画だ。
実用的なエンジンやモーターの類は、今のところ全く見通しが立っていない。やはり高精度に切削できる道具を作らねば……
風の魔法を詰めた魔法石は妹たちの協力でそれなりにあるのだが、やはりコレジャナイのである。妹たちには申し訳ないが、違うのだ……人はこれをノルスタジーと呼ぶのかもしれない。
まぁ、テストに使うにはめちゃくちゃ便利なことは否定しない。航空機の動力源として考えたら、想像もできないほど軽量なので設計に自由度がありすぎるところが難点? なんて贅沢な。
初の動力飛行を行う予定の飛行機は、原型はもう出来上がっている。中型の複葉機だ。
今は出来上がった機体をベースにして、妹達が飛行シミュレートを行ってる。
「何その魔法、俺も覚えたい……そのためだったら性転換も辞さないぞ……」
とリンダに言ったら、めちゃくちゃ泣かれた。理由を聞きにきたポーリーに知られたら、そこではめちゃくちゃ怒られた。
翌週、三人娘が湖のほとりの航空機工場へとやってきた。
「はいはーい、基本的なシミュレートはほぼ終わってるんだけどね、ちょっと実機で確認したいことがあったの。設計図だけじゃわからない部分も結構あってさぁ」
そう言って、機体の周りを三人がぐるぐる見て回っている。リンダとポーリーもぐるぐるしてる。ケイは一人ポツンと立っていた。
「ポーリーさん、その左側のアクセスドア開けて中覗いてくださいね。そこでビデオ魔法の録画ってボタンと転送ってボタン押して……はい、ちゃんと来てます、綺麗にデータ取れてます、ありがとう」
超絶美少女リアル姫さまにお礼言われて照れてるポーリー、かわいい。
「リンダさん、左のソリ持ち上げますから、この板をソリの下に挟んでもらえます?」
コトとサンドラがせーのっと左翼側を持ち上げる。リンダが板を置いて微調整をした。
「はい、ありがとうございます。反対側もお願いします」
しおりんは三方向から機体を眺めながら、エアキーボードをダカダカと叩いている気配だ。あ、工場のキャットウォークによじ登って上からも眺めている。
「お兄ちゃん、ちょっとコクピットに座ってもらえるかな?」
「う、うん」
ことに言われてコクピットへ。コクピット内部には計器類はなかった。今の所満足な精度の計器が作れないのだ。
「じゃ、開発できるまでの繋ぎで、ステータスオープンにバーチャルコンソール機能付けるね」
とカナが言って、翌日には出来上がっていたのが今回使う予定のバーチャルコンソール。どうもカナの理解度が低かったらしく、F-35戦闘機のヘルメットマウントディスプレイ並みのデータ表示をしやがる。速度計、対地高度計、気圧高度計、水平儀、上昇率、Gセンサ、風向風力、外気温、更には機体こそ透けないものの、登録した地上施設や目標、周囲を飛んでる脅威生物の表示まで。
これ、しおりんが作ってたら、ちゃんと複葉機っぽくまとめてくれたんだろうな……と思った。
(さぁ、こんな便利なものに慣らされる前に、頑張って開発するぞ!)
と強く決意する。
「はい、じゃ、兄、次は操縦系統のデータ取ります。エレベーターダウンいっぱい。次アップ」
エルロン、ラダーと続く。
「だいたい取れたかなぁ。多分二、三日で結果出せると思うから、期待して待っててね、お兄ちゃん」
コトが全力で張り切っている。神に仕えるのが嬉しくて仕方がない。あ、お兄ちゃんがリンダさんと目を合わせて、なんか頷いてる。尊い。
二日後、学校帰りに王城へ寄った時に、ブックレットにまとめられたシミュレータの結果を渡された。
「いや、ここまでガッチリ作らなくとも……」
「仕方ないでしょ、コトが主体でやってたんだから」
と言うわけで、動力飛行試験機一号機の準備は着々と進んでいた。
♦︎
今日は推力試験を行う。
機体はいくつものバネ秤に結ばれ、レールの上に据え付けられた。装備されている風の魔石は四つ。四つの出力バランスの調整は三人組が行った。こればっかりはエキスパートに頼むしかない。
魔石は、機首から四枚羽のプロペラの様な形でマストを伸ばした場所にエックス状に配置した。
胴体側面上部左右、胴体側面下部左右の四箇所を風が流れる様に設計し、機体後部では水平垂直尾翼にも絡みつくとシミュレートされている。
ごく低速でも飛べる設計なので、とにかく風を舵に当てないと操縦不能に陥るのである。
「ぼっちゃん、機体設置完了しました」
「ぼっちゃんはやめて……ありがとう、じゃ、作業員は退避、計測は準備を進めてください。僕は搭乗します」
ケイが宣言してコクピットに潜り込む。ステータスオープンしてメニューを開き、コンソール魔法を起動する。
……昨日までなかった無駄に凝ったスプラッシュ画面は、なんだこれは。っていうか遠隔アップデートとかできんのかよ、恐ろしいなおい。
完全起動したところで上下左右を見回して、コンソール魔法のキャリブレーションを済ませ、続いて
「試験準備完了!魔石に魔力流します。地上要員は離れてください」
周囲から人がいなくなったことを確認したポーリーが、機体クリアの合図を送ってきた。ハンドサインで出力を上げることを伝え、ケイはスロットルレバーを押し出していく。
最初は『シュー』と言う風の流れる音だったものがだんだん大きくなり、気がつくと『ごうごう』と音を立てて風が流れ、機体が震える。
そっと左ラダーペダルを踏み込むと、お尻が右にズレ、バネ秤に引かれて止まる。右ラダーも試してみる。きちんと動く。
続いてスティックを手前へ。これは挙動には出ないが、後部ソリが地面に押し付けられているのか振動が減った。スティックを奥へ。ふわっと後部ソリが浮き上がり、バネに引かれて止まる。
スティックを左に倒していく。揺れながらじんわりと右側が上がろうとする。右も試すと、ちゃんと左が上がろうとする。エルロンを内側まで刻んだ効果はありそうだ。その分、効果の割に抗力も大きくなってしまうが、ごく低速で飛ばすことを優先した。
全ての舵をニュートラルに戻してスロットルも引き戻す。風の流れが落ち着いたところで魔石までの魔力回路をカット。動力を止めた。
ここまでの流れは完璧である。一つの問題も出なかった。
続いて故障再現テスト。舵が脱落した場合、操縦系のコントロールケーブル切れの場合、魔石が一つ止まった場合の三種類を試す。
今日は一日中テストで終わりそうだ。手伝ってくれているみんなを労うために、今日の夕飯は、ちょっと贅沢なのを用意してもらってる。
(何が出てくるか楽しみだな)
ケイも内容を知らない。母とリーノ任せだけど、大丈夫だろう。多分。
♦︎
昨日の夕飯は凄まじかった……誰だよ、宮廷から材料と料理長運び込んできたやつは。母だよ!
今日は学校帰りに王宮に寄り、昨日のデータ受け渡しと消耗した風魔法の魔石の点検補充を頼むことになっている。あと、料理長にお礼もしに行かないと。
「お兄ちゃん、お疲れ様でした。じゃ、データお預かりしますね。魔石はしおりんに。完璧に調整してくれます」
「兄、ちょっとステータスオープンのチェックいいかな。強制アップデートじゃできないメンテ、やっちゃうから」
「リンダさん、魔石持ってこちらにお願いします。今基礎データ解析しますので、魔石のセット作業お願いしていいですか?」
幼年学校生らしく、仲良く談笑なんてしている暇はない。サンドラが淹れてくれたお茶も、寂しく冷めて行く。
「あー、リンダさん、魔石終わったらリンダさんのステータスオープンも見せてくださいね。サンドラのもそのあとで見るから」
「魔石の燃費、想定よりも若干良い気がする。原因わからないのがモヤる……」
「おお、ワイヤー切れの後の安定性は、これは素晴らしい。さすが神の設計! エルロン切れても、ラダー切れても、エレベーター切れても、一系統だけなら帰ってこられる!」
何この修羅場感。納期直前の鍛冶場がこんな感じだな……とかケイが思っていたところで視界内のテキストスクロールが止まり赤文字が点滅した。
「んー、エラーE-04 メモリースタックエラーって出てるよ 」
「あれ?ちょっと見せてね」
カナがスクリーン共有をかけて内容を確認していく。左手だけでガシャガシャとエアキーボードを叩き、右手はいくつものスクリーンを切り替えたりスクロールしたりで忙しそうだ。
ただ、横から見てるとふしぎな踊りにしか見えないのが残念である。眺めてるとMPが吸われそうだ。
「あー、見つけた……これかぁ……どーしよ」
カナがエア頬杖をつきながら考え込む。
「カナ、どしたん?バグでもあった?」
コトが気がついて声をかける。
「んー、これが魔法適性の性差なんだなぁと」
「ん、見せて」
カナがスクリーンを実体投影に変更してみんなに見せる。しおりんやリンダも寄ってきた。
「あー、なるほど。ここのバスが狭くてレジスタへの出し入れが引っかかってるのか」
「そのレジスタも少ないのよ。ちょっとあちこちに散っててわかりづらいんだけど……ほら」
「うーん……お兄ちゃん、リンダさん、ちょっとここに並んで壁側向いて立ってもらえます? カナ、拡張投影で魔力の流れ表示して。しおりん記録お願い」
全員で、あー始まったなぁ……とか思いつつも言われた通りに動き出す。
「じゃ、二人のステータスオープン、一緒にアップデートするね。用意、スタート」
左側にケイ、右側にリンダ。背格好は大差ないので差がよくわかる。
リンダと比べてケイの魔力は通る速度が圧倒的に遅い。また、一時的にスタックされている量も桁違いに少ない。
「あー、うん、なるほど……」
コトが納得している。
「そっかー、そこだよねぇ。やっぱりそこしかないよねぇ」
カナも何やら納得顔。
「あ、またエラーで止まったよ」
ケイのアップデートが止まってしまったらしい。魔力の流れも動きがほとんど見られなくなった。
リンダの魔力は軽快に流れ続け、程なくコンプリートの文字が出る。
「子宮だね」
「うん、子宮。男の子は前立腺小室かな。ここに一次バッファがあるんだ。で、この大きさが全然違うと」
魔法適性の性差は、身体の構造上の差が大きな問題の様である。
魔法の授業の初期に、バイオレッタ先生の言っていた「子を産み、育てる機能が魔法に関係している」と言うのは間違いじゃなかったことが証明された形である。
「バッファとレジスタの間のバスは、これも物理的に細いのかぁ。これはどう対策しよう……」
誰にでも入れられるようにコンパクトな魔法を作ってるつもりだったのだが、それでも男性には大きすぎるらしい。何か抜本対策を考えないとならないだろう。
「了解、兄、リンダさん、ご協力ありがとう。色々捗ったわ」
「リンダさん、お兄ちゃん、お二人のおかげで魔法の真髄にまた一歩近づけました! ああ、なんて素敵な日なんでしょう!」
この日はこうして一日が終わり、翌日から、三人娘側では男性魔法使い対策が急ピッチで進められた。
また翌々日、帰りに王宮へ寄る様にと、コトが休み時間に六年教室にやってきた。
六年生の中にもコトに踏まれたいとか言う危険人物が数名いるので、慌てて廊下に出て話をする。リンダはその後ろで寄ってきそうな危険人物を威嚇していた。とてもよくできた妻である。
「というわけで、もしかしたら今日は王宮から帰れなくなるかもしれないので、ロマーノ家にも連絡入れておきますね。ポーリーさんは来てくれるかしら?」
「あ、じゃポーリーにも来てくれる様伝言頼めるかな?」
こんな時は王女近衛が伝令で走ることになる。馬を使えばほんの二十分の距離だ、すぐに済む。
さて、今日はアリスタ、コリンにも来てもらって全員のアップデートを済ませてしまいましょう。これでほぼベータ版から正式版になる感じかなぁ……
夕方、いつもの子供部屋に集合したメンバーは九名。三人娘、ケイとリンダとポーリー、アリコリ、そしてサンドラ。
「ポーリーさん、アリスタちゃん、コリンちゃん、サンドラ、こちらに」
しおりんが女性陣を集めて、ステータスオープンのアップデート作業を始めた。女性陣には何の問題もなく入るだろう。こちらは心配していない。
「さて、お兄ちゃん」
「お、おう」
「お兄ちゃんのだけ特別バージョンになります。基本的な挙動は変わらないけど、ハードウエアの性能差で、処理速度が女性並みとはいかないと思いますので、ご承知おきくださいな。」
コトが説明を始めた。隣でカナがアップデートの準備をしている。
「いいよ、準備オッケー。じゃ、兄はソファに寝転がってリラックスしててね。いくよ」
まず、コトがお兄ちゃんの意識レベルを下げていく魔法を使う。人の魔力回路を直接触れる状況なら難しい魔法ではない。
続いてカナが兄のステータスオープンを一度消去し、新バージョンを流し込む。アルゴリズムからして別物なので、開発は割と手間取った。とにかくバッファとレジスタを温存する。解析した魔力回路を整理した結果、余った数本のバスでシリアル通信をさせ、ステータスオープン絡みの処理はそちらで、その他魔法の処理は整理された魔法回路で整然と流す。
処理手順が多い場合は、処理のサイズによって順番を変え、常にバス幅目一杯を使える様にする。放出した魔力の拡散を抑えて、次に来る予定の魔力をともに引き出していける様にする。
徹底的にソフトチューニングされた魔法回路は、使えば使うほどハードウエアの性能も引きあげてくれるに違いない。
「よーし、入ったかな……コト、兄起こしてもらえる?」
「うん、すーぅ、はぁ」
深呼吸。そして
「お兄ちゃん、起きて。あさですよー」
……ちょっとやらかした感漂うが、本人はいたって真面目だ。少々恍惚としているが。
「ん、あ、あぁ。おはよ」
割とそっけなく起きるケイであった。
「じゃ、確認してみて、まずはステータスオープンして、一番下のバージョン情報が1.00Mになってる?」
「なってる」
「じゃ、次に魔法ページ開いて、今まであった魔法が揃ってるか確認して」
「えーと、ちゃんとあると思う」
「おけ。じゃ、あとはきちんと動くかどうか。あ、まだ空き領域ありそうだねぃ」
カナの目が怪しく光る。これはあとで何か入れられちゃう気配まんまんですね。
これで準備は万端、いつでも動力飛行のテストができる!ケイのワクワクが有頂天!さぁ、次の休日が楽しみだ!
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