第27話  兄のお願い、妹の暴走

 兄が来た、城に来た、コトが突き抜け星になる。

「お兄ちゃん、リンダさん、ようこそ! ささ、お席をご用意いたしました。こちらへ。サンドラ、お茶とお菓子をお願い」

 ケイがめんどくさそうな顔をしながら話を切り出す。

「さっきさ、アリスタさんとコリンさんだっけ?相談を受けたんだけどさ……」

「アリスタちゃんとコリンちゃん? 何か悩んでそうでしたっけ?」

 コトが振り向いてカナとしおりんを見る。二人も気が付かなかった様で「さぁ?」とか「んー?」とか言っていた。

「二人にさ、ステータスオープン教えたでしょ? あれがどうも強烈すぎて思い悩んでるみたいだった」

「強烈? でも、機能のほとんどを削り落としたバージョンだし、特に問題無いと思ったんだけど」

 普段、スクロール魔法さんを使いまくってる三人は、感覚がおかしくなっていた。そして、スクロール魔法さんは毎日改良され続け、更におかしくなりつつある。

「あと、宮廷魔導士並みの魔法とか入れちゃったの?」

「宮廷魔導士並み?あ、リフレクト・マジックかな?」

「あー、あれ教えたんだ……そりゃビビるか。確かあれ、使えるのって国内に十人いないって言ってたよ。バイオレッタ先生が」

「え?そうなの?先生、何にも言わなかったよね?カナとか、目の前で使いまくってるのに」

「使いまくってる人相手に、言えなかったんじゃないかな?今、宮廷魔導士って何人いるんだっけ?」

 ケイが後ろを振り向きながらサンドラに問いかける。

「現在活動してるのは七十名ほどだったと思います」

 的確な答えが返ってきた。

「というわけで、宮廷魔導士ですら二割以下の人しか使えない魔法みたいよ、あれ」

 あちゃー……そんな顔をしたコトとカナ。どうしよ……いや、もうやっちゃったからには……うーんうーん。

「と、いうわけでだ。もうガッツリこちらの手のものにしちゃうしか無いんじゃないかな?アリスタさんとコリンさん、あ、それと」

 後ろを振り返り

「サンドラさんもね」

「わたくしなど、恐れ多くございます」

「いや、この会話しっかり聞かせてるあたりでもう、逃げられないから。サンドラさんはこのグループの一員よ、もう」

 サンドラがそっと礼をする。心の中ではもやもやしたものを抱えていても、臣下の礼はきちんとする。優秀な侍女なのだ。もやもやしていても!

「あー、リンダさんととポーリーさんもそろそろ良いかな? 確かずっと『初代スクロール魔法』のままだよね? 音声コントロールの。ステータスオープンに切り替えると、すごく楽になるよ」

「そうね。リンダさんにもご協力お願いしたいです。お兄ちゃんの隣はリンダさんに任せますからっ!」

 あ、リンダの顔が真っ赤になってる。かわいい。

「じゃ、リンダさんには、今日早速覚えてもらっちゃいましょう。カナ、リンダさんにステータスオープンとリフレクト・マジック、ウインドショット……あとファイヤーボールあたりまで行っちゃう?お兄ちゃんの護衛もしてもらってるし」

「え? え? え?」

 リンダが混乱している。そりゃ混乱もするだろう。ファイヤーボールって、ファイヤーボール? あの戦いに使う奴?

「じゃ、リンダさん、サンドラ、こちらにー。はい、じゃ、最初にこの魔法陣と呪文覚えてくださいねー」

 カナがやる気満々で誘導を始めた。リンダとサンドラが並んで奥側のテーブルへと移動する。しおりんがファイルケースを出してきてそのほかの魔法陣を用意し始める。

 

「それで、あとはアリスタちゃんとコリンちゃんとポーリーさんを、こちら側に完全に引き込んじゃって良いの?正直言って、一生を左右する問題になると思う。王室預かりの子飼いとか、悪い人に狙われまくるだろうし」

「もう、今でも十分危険だよ。それにポーリーはほら、そろそろ報いてあげないと、人としてどうかな? とは思うし」

 あ、気づいてたんだ。

「わたしたちの生い立ちについてはどうしよう?」

「それはおいおい……」

 まだ明かせるほどの度胸はなかった。


「はい、これで準備が整いました。じゃ、魔法陣を思い浮かべて、そこに魔力流しながら発動ワードを言ってみて」

「「マジックインストーラー」」

 リンダとサンドラの声が揃った。

「おー、なんか出た」

「点滅する記号が出てまいりました」

「はい、二人とも成功ね。じゃあ、今度はこっちの魔法陣を見ながら『インストール』って唱えてみて」

 二人にそれぞれステータスオープンの実行パックとインストーラの詰め合わせ魔法陣を手渡した。

「インストール……うわわわわ、沢山なんか流れてくる。何これ凄い、かっこいい!」

「インストール……おお、皆様のお話しを聞いてはいましたが、想像とは随分違いますね。これは凄い」

 インストーラは無事に起動したらしい。数分で全行程が済むはずである。

 それが終わったら、まずリフレクト・マジックでしょう、ウインドショットでしょう,ファイヤーボールでしょう、夢が広がりまくる。

 身を守るためならフラッシュバンも忘れちゃいけない、あ、アリコリに教えるの忘れたそれも次やらねばそしたらサンドブラストで視界奪うのも良いなアイスバインドで動きを制限して……ゼェハァゼェハァ。

 全力で妄想膨らませていたところでインストールが終わったようだ。

「はい、インストールコンプリートって出たらオーケー押して、ここまで終了ね。次はこの魔法陣見てインストールしてね」

 六つの魔法陣をテーブルに並べた。

「二人とも生活魔法とかで覚えてないのはないよね? あったら言ってくれればそれも用意するよ」

 そんなことを言いながら、二人に一つずつ読ませていく。

 魔法陣も進化しまくった挙句、QRコードを並べに並べた様なものになっている。

 将来的にはリードアットワンス版を作って、一度インストールされたら消失するものを作らないとならない。まだまだ開発は止められない。


「はい、全部読めたねー。じゃ、一緒に言ってみて。ステータスオープン!」

「うわーっ」

「はぁー」

「じゃ、最初に出てくる名前と生年月日はあってますかー?」

「はい、大丈夫です」

「うん、あってる」

「では、魔法というボタンに触れてみてください。出てきたリストの魔法が、現在使える魔法です。魔法名に触れて、名前が反転したら発動ワードを唱えるだけで魔法が発動します」

「それだけで……」

「また、この中から最大五つをショートカットってところに登録できます。ショートカットに登録した魔法は、意識して発動ワードを唱えるだけでいつでも発動できます」

「って、ほんとにファイヤーボールが有るんですけどっ!」

「そりゃ、今覚えたからねぇ。じゃ、練兵場いくよ」


 今日は練兵場にほかの人の気配はない。今は訓練をしていない様で有る。

「よーし、今日は思いっきり行けるよー」

 射的場の奥、ターゲットエリアにリフレクト・マジックを何枚も張り、準備を整えた。

「じゃ、リンダさん、右手を伸ばして飛ばしたい方向に向けて手のひら向けてくださいな」

「こ、こう?」

「そそ。たいていの狙いを定める魔法は、それで狙えますから。それでは、撃つつもりでファイヤーボール!って言ってみて」

「ファイヤーボール!」

 普通の詠唱版ファイヤーボールと違い、炎の球が出現と同時にすっ飛んでいき、リフレクト・マジックに当たって四散した。

「これ、古来のファイヤーボールだとこんな感じになります」

 カナが右手をターゲットに向けて詠唱を始める。

「火よ、全てを焼き尽くす火よ、我が前に顕現なりて彼方の敵を焼きつくさん、ファイヤーボール!」

 まず、炎がカナの前方空間に発生し、徐々に大きくなり、発動ワードとともに射出された。

「はい、まず普通のファイヤーボールの場合、撃ち出すまでに詠唱開始から、早くて五秒、下手すると七秒ぐらいかかります」

 確かに今、カナの詠唱はそのぐらいかかっていた。

「更に、詠唱中に炎の球が生成されるために、撃ち出す前に敵に何が飛んでくるのか、バレてしまいますね。魔法はバレちゃうとレジストされる可能性が高くなります」

 カナが再び手のひらをターゲットに向ける。

「ファイヤーボール」

 小声で喋った瞬間には射出されたファイヤーボールがリフレクト・マジックに当たって四散していた。

「これを避けるのは、至難の業でしょう」

 ニコッと笑い、今度はサンドラに指示する。

「じゃ、サンドラもやってみて」

「はい、ファイヤーボール」

 ズドン。リフレクト・マジックで四散する。

「ただ、これは本気の攻撃魔法なので、緊急時専用だと思ってね。今はリフレクト・マジックで威力殺してるけど、ちょっと待ってね」

 しおりんとコトに合図すると、二人が走っていき、少し大きめの大八車を引いてきた。上には鎧かぶとを着た『あたるくんマンターゲット』が積んである。

「じゃ、今度はこのターゲットを撃ってみてね。では、リンダさん、やってください」

「は、はい。ファイヤーボール」

 バァンという音と共に大八車が弾け飛んだ。直撃したあたるくんマンターゲットも爆裂四散し、着ていたスチール製の鎧かぶとは融解して流れていたり、完全に潰れている部分があったり、千切れ飛んでいたりと、見るも無惨な結果となっている。

 撃ったリンダは真っ青に、何事にも動じないと思われたサンドラが狼狽うろたえている。

「とまぁ、こんな威力なわけです。人に向けて撃っちゃダメな奴ですね、これは。だから、馬車に追われてるとか、城門破壊したいとか、そのぐらいの勢いの時に使ってね」

 普通、そんな状況は来ない。

「続いて非殺傷攻撃魔法のウインドショット。風の塊をぶつけるだけの魔法ですから安全ですよ」


 このあとも魔法講座が続いた。ウインドショットで厚みが半分になったフルプレートメイル。サンドブラストで削られてピカピカになったフルプレートメイル。

 フラッシュバンでみんなで驚き、目がぁ目がぁと叫びを上げ、リフレクト・マジックを張ってほかの人の攻撃魔法を受け、あたるくんに氷の蔦を絡めてと、三人娘の全力でリンダとサンドラを鍛えていった。

「本当は近接戦闘も出来た方が良いんだけどねぇ」

 これはやはり、騎士団の訓練に参加するか、王女近衛の誰かに教わるか。

 刀ならケイの家に行けばいくらでも作ってもらえるし、模擬刀も取り揃えられる。体のサイズに合わせたオーダーメイドで模擬刀作るとか、訳わからない贅沢なことだって可能なのだ。

 教え方は剣道寄りになってしまうが、カナも教えることはできる。

「あとはサバイバルの技術と、化学と物理の基礎?」

「あ、なら明日以降にアリスタちゃんとコリンちゃんも呼んで徹底的にシゴこう!」

 夕方過ぎ、ケイとリンダが家に帰る頃には、ボロボロにシゴかれて半分眠りかけたリンダを、ケイが必死に介抱している図が展開された。それを見たコトは尊死しかかっている。

 カナとしおりんは明日以降の計画を立てるため、いつも通り仮想スクリーンに目を走らせ、仮想キーボードはダカダカと音を立てている。音を立てているのはただの机だが。

「あとは……宮廷魔導士側はどうしようか。バイオレッタ先生とアンガス魔導士長あたりにはインスコしても良いかな?とは思うんだけど」

「いや、あの二人こそダメじゃない?絶対解析しようとするよ?」

「あー、じゃあ、リードアットワンスつけてからにしよっか」

「じゃ、宮廷魔導士は保留で」

「あとは、ステータス魔法の開発も進めないとね。スクロール魔法さんとステータスオープン魔法の間といっても、どこまで盛り込もうかしら」

「ある程度の開発能力も残したいけど、次元回廊までのアクセスは制限しないとだしねぇ。将来的には、今ステータスオープン使ってる人には全員使ってもらうんだよね。なら、それなりの数にはなるだろうし、それ以後の世代でも特別な人には使える様にしといてあげたいし」

「ビジュアル型機能性限言語でも作るか。対話機能も最低限に制限。禁則事項はこれから詰めていくかんじかな」

 まだまだやることが多すぎて手が回らない。しかし、事が事だけに人を使うわけにもいかない。


「リンダさんとポーリーさんは、兄が来た時しかここに来ないよね。となると育成の最重要課題はアリスタちゃんとコリンちゃんかぁ」

「お兄ちゃんが毎日来れば解決だけど、それだと飛行機が遅れちゃうし……」

「もうみんな、いっそロマーノ男爵家に住み込んじゃえば良くありません?」

「それだわっ!」

「いや、流石にダメだろ」


「住み込みさせるなら、寮生のアリスタちゃんとコリンちゃんをこっちに住ませちゃうならどうかな?」

「あー、今すぐは無理でも、徐々に手を回していけばそれなら可能かも」

「ちょっと計画立ててみませんか? 住むお部屋ならいくらでも有る気がしますし。エレクトラさまにお願いしたり?」

「エレクトラお母さまの小宮かぁ。でも、もし御懐妊とかになったらご迷惑かな?」

「そっか、そうですね。……あとは王女近衛の女子寮?」

「それだ!」


 王女近衛。当初はカナのわがままで結成された王女専用の近衛集団だったのだが、現在は王家預かり全員の警護を請け負っている。

 小宮に出入りするのだから、団員は全員女性。家庭を持っている団員もいるが、独身の団員は王宮隣接の専用女子寮で生活するものが多い。大半が『貴族の娘』だった女性なので、寮の設備も貴族に準ずるしっかりとした華麗なものだったりする。下女も十分配置されているので不便はないだろう。

 警備面も万全で有る。わざわざ警備詰め所に盗みに入る盗人は稀だ。


「では、お二人がいつ来ても良い様に、良いお部屋を二つ準備しときましょう」

 サンドラが、ゾクりとするような妖艶な笑顔で口を開く。

「早く来ていただかないと、わたくし一人で皆様の特訓を引き受けることになってしまいます……」

 割と切実な理由であった。 

 

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