第26話 同級生に魔法を教わったら
アリスタ・ウチは、ウチ伯爵家の次女である。兄一人、姉一人、弟一人の四人兄弟。ウチ伯爵は愛妻家で妻は一人だけだったので、全員同腹である。
ウチ伯爵の治める領地は王国北部の穀倉地帯、すぐ西隣はコリンちゃんの家のボルドリー伯爵が治めるボルドリー領だ。
ボルドリー領が海に面しているため、ボルドリーの海産加工品との取り引きや穀物の海運などで、ウチ領とボルドリー領は普段から交流が深く、子供達も小さい頃からの顔馴染みであった。
特にアリスタとコリンは歳も同じであり、小さい頃から何かと顔を合わせて一緒に遊ぶ友人であった。
そんな二人が幼年学校に入り、そこで出会った三人の少女。彼女たちとの出会いが、アリスタとコリンの、平和だけど平凡な人生計画を一変させたのである。
入学直後、二人は家族から
『今年は王女殿下が同学年になる。特に懇意にしなくても構わない。ただ、ご機嫌損ねる様なことだけするな』
と言われて入学した。それがまさか、こんなにガッツリと身内扱いされる様になるとは、誰が想像したであろうか。
幼年学校三年生になって間も無く
「魔法のお勉強教えてあげるから、うちにおいで」
と招待されたのが運の尽き。まさか王室預かり三人のお誘いを断れるわけもなく、王宮にお邪魔して、そこでとんでもないものを仕込まれてしまった。
「はぁ、コリンさんや。どうしましょうねぇ、これ」
「ええ、アリスタさんや。どうしましょう、これ」
色々おかしかった。まず、生活魔法をすでに覚えていたアリスタはともかく、コリンは初めての魔法挑戦である。
アリスタは母親に教えられて初めての魔法を使える様になるまで、五日かかった。
今日初めてチャレンジしたコリンは、三十分かからず魔法の発動までできた。
この時点で、すでに教え方がおかしい。
続いて、魔法を覚えるための魔法を覚えさせられた。そんな魔法の事、一度も聞いたことがない。おかしい。
続いて、めちゃくちゃ便利なメニューを教えられた。何これ、何が見えてるの? 自分のことや自分の魔法をリスト形式で表示できて、そこから選べば無詠唱で魔法使えるとか、何その
更にリフレクト・マジック? 物理攻撃と魔法攻撃を両方防ぐ、最上級の防御魔法だよね? 宮廷魔導士の人たちが戦争で使う様なレベルの魔法の筈。
ウインドショット? 非殺傷攻撃魔法とか言ってたけど、試しに練兵場にある
で、それを無詠唱で、メニューを選ぶ必要もなく発動ワードだけで発動できるとか、宮廷魔導士だって無理じゃないかしら?
もう、色々おかしすぎてどこから突っ込んでいいのかわからない。仕方ないから相談できる人の場所へと相談に出かけた。
六年生のA教室。三人の兄だという噂のケイオニクスさまがいらっしゃる教室。そこに押しかけた二人は、昼休みに無事に相談することができた。
ケイオニクス様…ケイさまの隣には未来の奥方とされているリンダさまがおかけになっています。大体いつ見てもケイさまから半径三メートル以内にはいらっしゃるので間違いないでしょう。
「ケイさま、リンダさま、こんにちは。あの、少しお時間よろしいでしょうか」
「こんにちは。えっと、コトたちのクラスの子だよね?」
「はい、カナさま、コトさま、しおりんさまと同じクラスにおりますアリスタと申します」
「同じくコリンと申します」
「あ、こないだお城に来たのって君たちだね。いつも三人と仲良くしてくれてありがとう。あの子らはほら、友達少ない……というか、あの三人には君たちしかいないみたいだし……」
「いえいえ、勿体のうございます」
「それで、今日は?」
「先日王城に伺った際に、皆様に魔法を教えていただきまして……」
「あの、その魔法についてご相談したく……」
「えっと、ここではちょっと……あの、ステータスオープンの件なのです」
「わかった、それはここじゃまずいね。今日は放課後は何か予定あるかな?」
「いえ、何もございません」
「じゃ、うちの工場の応接室でいいかな?二人は馬車通学?」
「いえ、寮生です」
「じゃ、送り迎えはこちらでしよう。帰りはリンダかポーリーに頼めるかな。男が送るのはまずいよね。行きは一緒の馬車で申し訳ないけど」
「ありがとうございます。授業終わったらこちらに寄らせていただきます」
こうして、今日はロマーノ男爵家の工場へと向かうことになった。
「ふわわわわわ……」
コリンが工場の中を見て固まっている。中には全幅が軽く10mを超える複葉機が収まっていた。
「あー、驚くよねー。これがケイちゃんの作ってる飛行機だよ。このおっきいのが空を飛ぶの。この新型はまだ、仮組みだけどね」
リンダ先輩が説明してくれた。
辺りを見回すと、天井には初号機のワイバーン素材グライダーが、壁際には二号機のカーボンパイプ製グライダーが飾られている。それぞれがどんな飛行機械なのかも、リンダ先輩が一つ一つ説明してくれる。
話を聞くと、色々な部門からの視察団の対応を、ほぼ一手に背負っているのがリンダ先輩らしい……普通、幼年学校の学童にそんなことさせる?なんか、だんだんと、ロマーノ一家に相談に来たのが間違いだったんじゃないか? なんて気になってきた。
外の格納庫には現在テスト中の三舵式グライダーも駐機されているそうだ。三舵式って何? とかコリンがケイさまに聞いてしまってさぁ大変!
「さて、で、ステータスオーブンって、あれだよね」
「その、アレであってると思います。魔法のリストとかメニューとか出てくる」
「便利だよねぇ。僕は男だから魔力足りなくてあんまり魔法の種類ないけどさ」
「便利だとか、そんなもので済まされますか? 聞いたこともない様な凄まじい魔法教えていただいて、どうすれば良いのか。しかも、宮廷魔導士の方が使う様な魔法まで二つも!」
「おお、それはすごいねぇ。女の子は羨ましいなぁ。僕じゃ魔力足りなくて無理だろうしなぁ」
これは相談する相手を間違えたかなぁ? と思いつつも会話を進めていく。切実なのだ。八歳の女の子が二人で抱えてられる様な代物じゃない。
「それで、これからどうしようかと思いまして……」
ケイはちょっとだけ考えてから答えた。
「まず、授業中はフリだけでも、呪文唱えたほうが良いかもね。流石に詠唱省略が先生や他の生徒に知られると騒ぎになる気がするし」
「はい、気をつけます。呪文覚えます」
「あとは、僕からも言っておくから、あの三人ともっとベッタリになるか、もしくは極端に距離を置くか……」
「みんなすごく素敵だから、離れるなんて考えられません。しおりんさまから離れるとか、そんなの無理っ!」
「あははははは、アリスタさんはしおりん好きなんだね」
「しおりんさまがコトさまと仲良くしてるのを見るのが至福なのです!」
「アリスタちゃん、それケイさまにぶっちゃけて良いの?」
「……あ……わ、忘れてください〜」
やってしまったやってしまったやってしまったやってしまった……と焦りまくるアリスタ。微笑ましく眺めているコリン、ケイ、リンダ。
「まぁ、気にしないで良いよ。誰にだって好みはあるしさ。コトだってカナだってちょっと変な趣味してるしね」
リンダがじとーっとした目でケイを見ながらそれに答える。
「飛行機にしか興味を持てない人のセリフじゃないでしょうに。ポーリーさんの努力とか、コトさまカナさまの気持ちとか、丸っと無視して空飛んでるひどい人間が……」
そういうリンダも、ケイへの想いは溢れまくってるが、とりあえずあれだ
『心に棚を作れ!』
というわけで、心の中に五段メタルラックみたいなやつをいくつも飼っているから気にしない。
いつかみんなで幸せになれたらいいな……とは思うが、この男相手だと無理な相談だなぁ……とも考えてしまう。
「そうすると、アリスタさんは三人組にベッタリ方向かなぁ。コリンさんはどうする?」
「わたしもそちらで。アリスタちゃんを放流したら酷いことになるでしょうから、皆様にご迷惑がかかってしまいます」
「コリンちゃん、ひどい……」
しくしくと泣き真似するアリスタを放置して会話を続ける。
「それに、カナさまにまだまだ続きを教えていただかないと……」
ポッと頬を染めるコリンちゃん。何を教えてもらうつもり?全年齢だからね。
「じゃ、決まりだ。僕はこれから王宮に相談に行ってくるね。君たちの帰りはポーリーにお願いしよう。ポーリーっていうのはドワーフ族の可愛い人だよ。ギルドとうちとの交渉は全部任せられる凄いかっこよくて可愛くて、素敵な人だよ」
(こ、このセリフ、ポーリーさんに聞かせてあげたい。普段の献身が報われる筈なのに、なんで本人の前で言ってあげないの、この唐変木がっ!)
リンダ、目が怖い目が怖い!ケイは気づいてないけど怖いってば。
すぐさまポーリーが呼ばれた。
「ギルドの書類仕事ですか?そんなのケイさまからの依頼と比べたら瑣末なことですから。夜やりゃ良いんですよ書類なんて」
ポーリー、言い切る。
「では寮までお送りしますね。馬車をご用意しましたのでお乗りくださいませ」
玄関を出たところに中型の馬車が用意されていた。三段のステップを上ったところで扉をくぐり、前向きの椅子に座るとポーリーが御者に合図する。
ガタガタと動き出す……ガタガ……すーっと走り出した。
先日乗せてもらった超絶乗り心地の王宮の馬車でも、こんなにスムーズには走っていなかったのに、乗っていて不快な突き上げ感がまるでない。
「な、何この馬車。止まったまま動いてる?」
「わかんない、わかんないけど、これ凄い」
「凄いでしょ。これもケイさまが作った馬車なのよ。ケイさまが通学に使ってる奴や王宮が使ってるのは一世代前の仕様ね。最新はまだ極秘だから、これに乗せてもらえたってことは万全の信頼を得た証です」
そんな凄いものに乗せてもらって良かったのかな?とか思いつつ、やっぱり相談相手間違えたかも……と頭を抱える二人である。
「じゃ、これからはわたしとも沢山お話ししてくださいね。これでもケイさまの第一秘書として最前線に立つ身ですので」
「あの、つかぬことをお伺いしたいのですが……ポーリーさんって、おいくつなんですか?」
「えー、聞いちゃうんですか?それ、聞いちゃうんですか?」
見た目はケイと並ぶと完全に同級生、リンダとは違う方向性の美少女ながら、どうも幼年学校どころか学園生でもないっぽい。というかギルドの仕事とか言ってるし。
「ロマーノ男爵夫人より年上……とだけ、言っておきましょうか」
ケイのお母さんより年上っ! これは衝撃であった。いや、その見た目でそれは反則だろ。まったく、この世界はエルフといいドワーフといい、なんかこう、オカシイのが沢山いて困る。
こうして、寮に着くまでにポーリーさんとも色々なお話をした。
そして理解する。ポーリーさん、ケイさまのこと好きすぎ! リンダさんが言ってたアレ、本心なんだろうな……あまりに健気でこれは応援したくなるわ。
寮に到着すると、夕飯まではまだ少し時間がありそう。アリスタはコリンの部屋を訪ねて今日の相談の成果を話し合った。
コリンの部屋はシンプルにまとめられている。余計な装飾をされずに、ただひたすら必要なものが必要な位置に配置されていて、貴族っぽさがあまりない。別に貧乏なわけではなく、コリンがシンプルイズベスト! を心の中心に置いているからだ。だから、できれば人間関係もシンプルに生きたいが……
(そうも言ってられないわねぇ)
アリスタちゃんが最高の友人であることは間違いがない。綺麗で正義感が強くて公正で人当たりが良く成績優秀、立ち居振る舞いも完璧にこなした上で話していても肩が凝らずに馬鹿話もできる。
やたら人の目を見て話をするので勘違いする男子が後をたたなかったり、むしろわたしまで惚れちゃいそうになったりするがそんなのは些細な欠点である。
アリスタちゃんは趣味趣向がちょっとだけ人と違うだけで、本当に素敵な最高の友人だ。
そして王宮の三人組。とても素晴らしい人たちだと思う。あれだけの権力と地位を持つのに全くそれを感じさせない。
その地位に目が眩んだ貴族に絡まれても、とてもスムーズに受け流す。
学業はアリスタちゃんですら「何をどうしたら追いつけるのか想像もできない」レベルにあって、運動能力もぶっちぎりのトップ。更に魔法は人外レベル。それが、三人が三人ともなのだ。
王室預かりになるという、その一点が全ての異常性を説明している。
そして、これまた異次元の美しさ、愛らしさ。異国風の激しくならない美しさなのだが、とにかく目を惹かれる。そんな美少女にお腹を弄られたら、そりゃ気になって夜も寝られなくなるってもので……
(カナさま、素敵だなぁ……)
まぁ、まだ幼年学校だ。これから良い男も沢山出てくる。
(ケイさまも、かっこよかったな……)
あらら、ケイも元兄妹なだけあってよく似てるんだった。
「コリンちゃん、コリンちゃん聞いてる?」
コリンが『はっ!』とした顔でアリスタに視線を向ける。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「疲れちゃったかな? 今日は休みますか? あ、でもお食事がまだですね。どうしましょう」
キラキラした目でじっと見つめられたまま心配される
(これこれ、この目が人を狂わせるのよ。アリスタちゃんもある意味魔性の女よね……なんでこんな女の子ばっかり集まってるのよ。わたしの周り)
「ううん、大丈夫」
「そうなのです?なら良いのですが……ケイさまにお願いしちゃったの、良かったのかしら」
「まぁ、ケイさまの相談を無碍にする姫さまたちではないですから大丈夫じゃないかな」
この判断が、将来この娘たちの人生を、大きく狂わ……変えていくことになる。
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