第25話 同級生に魔法を教えよう
三人娘は幼年学校三年生になっていた。三年生になると、男子は剣術が、女子は魔法の授業が始まる。
魔法の授業、ワクワクしながら受け始めたが……まぁ、そうなるよなぁ……
「うーん、今更
「その前にまず、魔力を感じるとこからだよ」
宮廷魔導士に魔法を教える立場の三人、どちらかというと教壇に立つ方に近いというか、教壇に立つ人の研修先の講師を、更に教育する人になりつつある。
「ちょっと剣術も勉強したいですけど、授業変えさせてはもらえませんよね……」
しおりん、割とわがまま言ってます。
「まぁ、アリスタちゃんとコリンちゃんを育てて無双させる計画でも立てようか」
アリスタとコリンは、入学当初から仲良くしてもらっている友人である。
もしかしたら、三人娘の友人ってこの二人しかいないんじゃなかろうか?そのぐらい孤立している三人である。
「どうされましたの? カナさま、コトさま」
噂をすればアリスタ登場である。アリスタ嬢はかなり目端の効く優秀な子である。おそらく、三人がいなければ普通に学年主席ぐらいにはなれたであろう。
しかし本人的には
「学年主席?そんなチンケな物は、あの方々から得られる成分と比べたらゴミよゴミ」
ぐらいの勢いで三人娘から色々吸収するのが嬉しいらしい。
本当に色々吸収しているのだ。読み書き算術の個人レッスン、護身防衛術から「しおりんさまの匂いも……ハァハァ」
解き放ってはだめな人だった。しかも『しおXコト』カプ厨とか、なかなかいい感じに腐敗していたりする人だった。
実はしおりんにもかなりのファンがついている。
『王女かつプラチナ美少女成績最強ウルトラ愛嬌』のカナが誰にでも好かれるのと対照的に『一歩下がってコトカナに仇なすものは滅する系超優秀黒髪ボブ美少女』にはクセあるファンが多い。中でもアリスタは過激派の一人である。
ちなみにもう一名の『公爵令嬢豪奢金髪クール美少女』のファンはドMとおばさまばかりなので比較は難しいが、しおりんファンの方が安全性は高い。カプ厨以外はだが。
そんなアリスタが暴走しないで済んでいるのは、
「アリスタちゃん、そんなこと言ってるとしおりんさまに嫌われちゃうよ?ほら、いい顔いい顔。可愛くしてれば可愛いんだから、ね」
クラスの癒し系、コリンちゃん。アリスタとはお披露目前からの友人であり、アリスタの取り扱いも手慣れたものである。
というわけで参りました。王宮でございます。王宮に来たのとか、三年前の大失敗に終わったカナの誕生パーティー以来なので二人ともめちゃくちゃ緊張しております。
あ、アリスタの右手と右足が同時に上がってる。
「ほほほ、本日はお日柄もよく……」
「いやいやいやいや、コリンちゃん、挨拶おかしいから。二人とも緊張しすぎ!ただのクラスメイトの家だよー。大丈夫だよー」
カナ、一国の姫君が言うとますます緊張しないか?
「いや、緊張の原因、わたしじゃなくて『これ』だよね」
カナが指差した先には、孫娘が友人を連れてきたと聞いてワクワクしながら同席している国王陛下の姿ががが……
「ささ、ワシのことはいないもんだと思って友人同士の会話を……」
「できるかー!」
あ、カナがキレた。コトとしおりんは生暖かい目で眺めている。二人とも、十分王家に染まっていた。
無事に国王陛下を追い出した後、侍女のサンドラにお茶を淹れてもらいながらお話を始める。
「いやぁ、もう生きた心地がしませんでした……」
コリンちゃん、気持ちはわかるよ。
「でも、あの緊張感は、それはそれで痺れますね。王宮、すごいですわ」
相変わらずちょっと吹っ飛んでるアリスタちゃん。頬を染めてるが、国王陛下に惚れたわけでは決して無い。
「で、今日来てもらったことのメインディッシュなんだけど、二人にちょっとだけ魔法を教えたいなぁって思ってね」
コトがニヤニヤしながら話しかけてきた。コトのその表情、コトの人気が出ない原因かもしれない。
三人娘の魔法の噂は聞いている。ただ、まだ魔法の授業は始まったばかりで魔法の発動方法や心構えの話しか出ておらず、実際に目にした同級生はいない。
三人娘は、まずこの二人にステータスオープンを教えてバグフィックスしようと考えた。機能制限版のステータス魔法の、更にライト版なステータスオープンならば危険はないはずだし、アリコリ二人の魔法への理解もきっと深まるだろうと考えたのだ。
このための準備は色々としてきた。まず最初の『覚える』の部分。従来はこれがネックだったのだ。実際、ケイはステータスオープンをアルファ版から使っているが、バージョンアップの度に覚え直しで苦労している。
「まず、二人は何か魔法使えたりする?」
コトが聞く。
「わたしは点火魔法と水洗魔法なら」
アリスタちゃんが答えた。
「わたしはまだ何も覚えてないんです。だから魔法が使えるかどうかもわからないのです」
コリンちゃんも答えた。実際、女性でも三割強の人が魔法を使えないとされている。
「じゃ、コリンちゃんはこっちでカナと練習してみよう。アリスタちゃんはわたしとしおりんで預かるね」
(ふぉぉぉおおお!)
アリスタのテンションが上がった。やる気が二割上がった。記憶力が五割上がった。この景色を忘れてなるものか! と、神に誓いつつ顔には……出てるな。色々漏れてる。
でも、ケイに向かうコトとか、コトに向かうカナとか、そんなの見慣れてるしおりんからしたら可愛いものだ。
「じゃ、まずね、この記号の意味と魔法陣の描き方から。この魔法は簡単だから安心していいよ。これ覚えたら、後が本当に楽になるから、がんばろ」
ニコッと笑ったしおりんの笑顔にコクコクと返事を返し、紙を覗き込む。簡単と言われはしたがそれなりに複雑な魔法陣と文言、記号とが並んでる。
二人がアリスタに教えようとしている魔法、しおりん作の『マジックインストーラー』。脳内の余ってる領域を探し出し、他の魔法を自由に書き込める様にする魔法である。
難しく見えても所詮インストーラー。情報量はとても小さいので小学生の記憶力なら二十分もあれば大丈夫。
「な、何とか覚えた気がします」
「じゃ、紙を見ながらでいいから魔法陣を思い浮かべて? できたら、魔力を頭の中の思い浮かべた魔法陣に流しながら発動ワードを唱えてみて」
しおりんが指示を出す。
「マジックインストーラー……あ、目の前に何か浮かんでます。ウニみたいなのの隣に横棒?」
アスタリスクにアンダーバーである。入力待ちのプロンプト、インターフェイス開発を手抜きしたしおりんのせいだ。
「ちゃんと起動したわね。じゃ、続けますね。こっちの、この紙を見ながら、インストールって言ってみて」
「これですか?インストール……な、なんかステータスオープン魔法をインストールしますか? はい/いいえ って出てきたんですけどっ!」
「おっけー、完璧。じゃ、はいの方を見ながら頭の中で返事してみて」
「はい……とぅぉうわっ! びっくりしたっ!なんか沢山文字列が流れていきます、どんどん上に、何これ!」
「おっけー、二、三分で終わるからちょっと待ってね。これで新しい魔法覚えたことになるから安心してね」
「一つも安心できないんですけど……どんな魔法なんですか?」
「うーん、魔法を覚えたり使ったりが楽になる魔法?」
「聞いたことないです」
そりゃ聞いたことないだろう。前代未聞、門外不出だった魔法である。同じ魔法を覚えてるのは世界中でただ一人、ケイだけなのだ。
「あ、インストールコンプリートって出て、オーケーってボタンが点滅してます」
「じゃ、その見えてるオーケーのボタン、手で押してみて」
「手で……ですか?」
言いながら右手を前に出し、人差し指で触れてみる。
「あ、消えました」
「はい、これにて完了。ちょっとステータスオープンって言ってみて」
「はい、ステータスオープンって、うぁほっ!」
突然目の前にウインドウが出てきたら、そりゃ誰だって驚く。ただ、驚き方が可愛らしいとか、上品な……とかから外れているだけなのだが、アリスタも美人系美少女なだけに残念感が果てしない。
コリンちゃんは小動物系な愛らしさで、これはこれで人気が高かった。
もっとも、クラス中美少女ばっかりって言うのは異世界系あるあるだよなぁなどと思いつつ次の指示を出す。
「はい、上手く動いたみたいですね。じゃあ一緒に使ってみましょうか。一緒に見せてもらっても良いかしら?」
「は、はい、どうぞ」
「ステータスハック」
仮想スクリーンの共有をする。もっとも、これができるのはスクロール魔法さんだけなので三人にしかできない技である。
「ちゃんと動いてますね。左上の名前、隣の生年月日と年齢は間違いないですか?」
「はい、間違いないです」
「その下のいくつかのボタンについて説明しますね。魔法はそのまんま、魔法のリストです。リストを出していただいて、使いたい魔法のボタンを押してから発動ワードを唱えると、発動します」
「え?」
魔法は、体内で魔力を巡らせてから正確な呪文を唱えた上で発動ワードを発する……筈である。
呪文詠唱省略出来る魔法使いも存在するが、そんなのは宮廷魔導士の中でも上位数名のみ……の筈だ。
「じゃ、やってみましょうか」
あらかじめ用意しておいた鉄皿と紙片を取り出す。
「じゃ、ウインドウの魔法ボタン、点火魔法のボタンと触ってみて」
「魔法、点火魔法、はい、できました」
「点火魔法の文字の色が変わったのを確認したら、いつもみたいに手を近づけて発動ワード唱えてみて」
「イグナイト」
チッチッチッチッチッチッボッ!
「できました!」
「おめでとう、アリスタちゃん。じゃ、続いて他の魔法が簡単に覚えられるかやってみましょうか」
一方、コリンちゃんは……
「はーい、じゃ、コリンちゃんは魔法ってどうやって使うか知ってるかな?」
「魔力を感じながら呪文を唱える?」
「まぁ、そんなもんでオッケー。あんまりこの世界の魔法に馴染みすぎると、わたしらの魔法使いづらいらしいからね」
そう言いながらコリンちゃんのお腹に手を伸ばし、ブラウスの下に指を這わせていく。
「ちちち、ちょっとカナさまっお戯れを……姫さま、おやめください、まだ日が高いですから……」
違う、そうじゃない。この娘もだめな子だった。
「あ、魔力の流れを覚えてもらうだけ。お臍の下に触らせてね」
「せ、せめて先に一言お声がけくださいませ……」
「あははー、ごめんねぇ。んしょっと。ここ、ここの下に何があるかわかる?」
「えーと…お腹?」
「その奥。そこにね、赤ちゃんのためのお部屋があるのよ」
「は、はい」
「そこと、尾てい骨の間の部分を意識してて。ちょっと魔力流すね」
「うひゃうっ」
お尻の上からお腹の中にかけて、何かモヤモヤとしたものが渦巻いている気がしてきた。
「なんかこう、変な感じあるでしょ。それが魔力。コリンちゃんの魔力だよ」
「これが……魔力?」
「そう、魔力。じゃ、誘導してみるからそれに合わせて意識を動かして。そのうち魔力もついてきて動き始める筈」
じわーっと指先の魔力を意識しながらコリンのお腹から右肺を通って首の上まで、ゆっくりおりながら肺心臓と通ってから再び丹田へ。三周回してから手を離す。
「そのまま自分で動かしてみて、うん、いいよいいよ。回ってるよ。その感じ、覚えておいてね」
初めて魔力を感じ、いきなりそれを動かされてもきちんと着いてくる。この子は大丈夫、魔法使える……と確信する。
「じゃ、最初の魔法、やってみようか。わたしが覚えた一番最初の魔法。 風の壁、風の壁、風の手となりて、風の手となりて、打ち付けよ、クラップ」
『パンっ!』
手と手が打ち付けられた音がした。
「風魔法の一種でね、音がするだけの魔法なの。とても発動条件が甘くて、扱いやすいから最初の魔法に向いてるのよ」
「えっと、魔力はどうすれば良いのでしょう」
「じゃ、両手のひらに集めてみましょう」
「はい、風の壁、風の壁、風の手となりて、風の手となりて、打ち付けよ、クラップ」
…………音はしない。
「はい、では、いま、魔力が動いた感とかはあったかな?なかったかな?」
「多分なかったと思います」
「とすると、起動まで行ってない感じだね。じゃあ、起動キーだけの呪文やってみよか。真似してみてね……ヌルポインタ!」
「これは魔力は?」
「消費する意識だけして、ヌルポインタ!」
「はい、ヌルポインタ!」
「どう?何か変わった?」
「お腹の辺りが、しゅわっとしました」
「おけ、起動してる。大丈夫、今のも魔法だから、ちゃんと魔法使えたよ。おめでとう!」
コリンちゃんの顔が、ぱぁあっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます!カナさまっ!」
「よし、じゃ次行こうか。魔法を覚えやすくする魔法!」
スパルタである。
「わわわ、透明な黒板みたいなの出てきました!」
「はい、大成功ね。これはステータスオープンという魔法。今の自分の状況の確認や魔法の管理が出来る魔法よ。じゃ、この魔法陣とこの魔法陣とこの魔法陣とこの魔法陣とこの魔法陣、眺めてるとインストールしますか?って出てくるから、イエスを押して」
ステータスオープン魔法専用のインストーラ付き魔法を読み込ませる。パリティを暗号化した上で二次元バーコードで仕込んであるので、まぁ解析されることはないだろう。
「これでコリンちゃんも着火魔法、水洗魔法、水魔法、風魔法、リフレクト・マジック、ウインドショットと、五つの魔法を覚えました」
「いや、最後のふたつっ、それ魔導士級の人たちが使うやつ!」
「リフレクト・マジックは宮廷魔導士のファイヤーボールぐらいなら何発でも軽く弾きますから安心してね」
「いやいやいやいや」
「ウインドショットは直撃すれば、うちの騎士でも倒せますし」
「いやいやいやいや」
「ファイヤーボールは、また今度。もう少し魔法に慣れたらね。練習はうちの練兵場でできるから」
「いやいやいやいや」
色々おかしい。おかしすぎる。
魔法を教えてくれると聞いてきたので、生活魔法の上手な使い方とか、活用法とか教えてもらえるのかと思ったのに、何だろうこの凄いんだけどコレジャナイ感は。
「二人とも可愛いからねぇ、悪い大人に連れて行かれない様に、最低限の自衛魔法として活用してね」
最低限とは?
「いつでも使える様に、その二つはショートカットに入れといてね。ショートカットには五つまで登録できて、メニュー開けなくても発動ワードだけでいつでも発動できるから」
いつでも?発動ワードだけで?
いくら何でもおかしすぎる。一応の口止めはされたので、相談するにもアリスタとコリンの二人で悩むか、あの三人に相談するか…あ!
「コリンちゃんコリンちゃん、ケイさまにご相談すれば良いと思いません?」
「なるほど!ケイさまならこの魔法を先に覚えてらっしゃるんでしたっけ?ならば今度学校で会いに行ってみましょう」
二人の少女の限りなく困難な甘やかされ人生は、こうして始まった。
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