第23話  エナジーイコール……

 最初に気がついたのはしおりんだった。スクロール魔法を改めて検証をしていたときのことだ。

「このスイッチ付けると、ファイヤーボールの威力がおかしくなるんですけど、なんだと思います?」

 スクロール魔法との対話形式での魔法開発環境という、超技術すぎる代物を扱っている時のことだった。

 完成した魔法をウインドウ上でシミュレートしていたしおりんが、コトとカナに声をかける。

 この時シミュレータ上では使われる魔力量と発動する魔法の現象を分けて表示していたが、明らかに使われる魔力量に対して威力が高すぎる現象が起きているのだ。

 点火魔法イグナイトに使われる程度の魔力で、カナのフルパワーファイヤーボールを超える破壊力の数字が出ている。

「これは…おかしすぎますね。バグ? パラメータ何か間違ってるかな?」

「ちょっと検証してみるわ。ファイル送ってくれる?」

 スクロール魔法、もうなんでもありだ。今の所使えるのは三人だけ。まだケイにも教えていない。そして他の人には危なすぎて教えられない魔法になりつつある。

「はいです。うーん、数字は間違えてないと思うんですが……」

 カナとコトが、ダカダカダカダカ……と机の上を指先で叩いていく。そこに仮想キーボードが表示されているのだが、側から見たらただの落ち着きない奴である。

「怪しいのはこのスイッチだけど、スクロール魔法はなんだって言ってるの?」

「魔法の再現度のオンかオフだって」

「再現度って何よ……本当に魔法は謎だらけ。いいわ、試しましょ。このぐらいの威力なら騎士団の練兵場借りれば大丈夫でしょ」

 すぐにサンドラに頼んで練兵場の使用許可を取ってもらう。

「騎士団の訓練中だそうですが、北側の射的場なら使っても良いそうです」

 「おけ、行こっか」

 カナの号令で部屋を出る。練兵場までは徒歩十五分ほど。ちなみに、時間の単位も魔法で求めたセシウム原子の振動数から割り出したもので一秒を決めた。

「半刻とか四半刻とか、大雑把すぎるわっ!」

 というわけで二十四時間制に移行したいところなのだが

「一日が四分ほど多い」

 ので、毎日閏時間が出来てしまっている。

「かと言って、一秒を変えたくないしね。いろんな法則の基準になってるしさ」

 とはコトの談。

 ちなみに一年は三百六十四日らしい。計算すると公転周期は地球と変わらず、自転だけ遅い惑星の様である。


 練兵場に着くと訓練中の騎士団が整列して着剣での臣下の礼を取っている。

「あー、楽にして。訓練続けて良いわよ」

 カナが声をかけると『ハッ!』と声をあげて再び訓練を開始する。

「わたしたちも行きましょう。的は用意してくれているはず」

 射的場は、弓や弩、攻撃魔法などの遠隔攻撃に使われる施設である。時々三人娘も借りて実験をしていたりする。

「じゃ、発動はしおりんに任せるわね。わたしとコトは測定と観察を。まずは普通のファイヤーボールからお願い」

 カナがターゲットの前にリフレクト・マジックを張る。

「行きます!」

『ずどっ』

 しおりんの魔法も常識外の出力である。カナには劣るが、宮廷魔導士長のアンガスのフルパワーより数段強力なのだ。

 ただターゲットに当てるだけだと、ターゲットごと背後の壁にも損害が出てしまう。なのでリフレクト・マジックが必要になる。

「まぁ、いつものファイヤーボールだねぇ。じゃ、オプションつけてやってみて。出力は発動する最低で」

「では、行きます……」

『ズバァァァァアアアン!』

 …………なんか色々おかしい。

「いや、何今の……」

「今ので、最低なの?」

「ですねぇ。着火魔法イグナイトと変わりませんよ。今使った魔力」

 先ほど張ったアンチ・マジックが崩壊しかかっている。こんなのカナのファイヤーボールでも無理だ。

「ちょっと普通のファイヤーボールとの差をもう少し調べよう。アンチ・マジック張り直すから、もう一発良い?」

「何発でも出来ますよ、冗談抜きで。全然魔力使ってませんもん」

 しおりんがそう言いながらターゲットに手のひらを向け

「行きます」

『ズバァァァァアアアン!』

 一発でリフレクト・マジックが崩壊する。

「これ、魔力込めたらヤバい?」

「うん、少なくともここじゃ実験できないね」

 あまりの音に、訓練中の騎士団が集まってきてしまっている。さすがにまだ見せるわけにはいかないので、そのまま撤収することになった。


「さて、今の、スクロールで記録してたんだけどね」

 コトが切り出す。

「質量がほぼ無いの、今の新魔法。従来型のファイヤーボールはね、ちょっと重さがあるのよ。この差が再現度の差って事?」

「質量を再現するかどうか? でも、質量ってこれ、魔法で再現してたの?」

 「魔力で質量の再現……エネルギーから質量作り出してたってことなのかな? だとすると、めちゃくちゃエネルギー使うんじゃ無いの?」

「エナジーイコール、マスアンドセレリティスクエア……」

 E=MC^2。物理を目指すものは誰もが惚れ惚れする美しい式。

「待って待って、あの……あの……さっきの魔法ってその質量分をエネルギーのまま放出してるってこと?」

「さっきのデータ使って計算してみる……ちょっと待って」

 発動した本人がビビりまくってプルプルしてるの、かわいい。

 コトとカナが手分けして計算していく。この手の分担作業はさすが元一卵性双生児。会話がなくても完璧に息が合う。


「さて、あらかた結果が出揃ったわけだけど……」

「わけだけど……」

「これはダメだわ。絶対に公表できない。というかわたしらが使うのも限定しないとダメね」

 この検証を行なっているときに、新たな知見が色々と得られた。

 まず、あらゆる魔法は起動させるための最低起動魔力量が存在する。これはどうも定数らしく、個人差や魔法による差がほぼ認められなかった。発動するかどうかは別問題として、どんな魔法でも同じ魔力量で起動まではする。

 この量が想定よりもかなり高かった。着火魔法に使われる魔力の、ほぼ全てがこの最低起動魔力になるぐらいである。

 続いてファイヤーボール。普通に撃ち出すと、およそ2gほどの質量を持った火の玉が発射される。たった2gとはいえ質量だ。

 そして、強力な魔法使いならば一撃で馬車を全壊させるぐらいの威力が出る。

 さて、問題の新魔法……しおりんが撃ったものから最低起動魔力を引くと、本当に僅かな魔力しか使ってないことがわかる。

 普通のファイヤーボールとの差は、質量の有り無し。じゃ、その2gはどこから生まれた?

 無から有は生まれない。なら無からじゃない。エネルギーから生まれたんだ。


 2gの質量をエネルギーから生み出そうとすると、180TJ(テラジュール)もの膨大なエネルギーが必要となる。TNT爆薬換算でおよそ44キロトン相当である。


 つまり、新ファイヤーボールを従来型と同じ魔力量で撃ち出すと、街が一つ無くなることになる。射程距離がキロ単位でない場合は術者ごと吹き飛んでしまう。

 最低出力であっても、従来型最強レベルの魔法使いの全力の、軽く四倍は威力がある。

 正直、威力ありすぎて使い勝手があまりよろしくない。しかも制御をミスったら街がなくなる。


「あー、今ふと思ったんだけど、これ、カナのアサシン魔法みたいに任意の一点に発動できる様になったら恐ろしい様な……」

 アサシン魔法。カナが最も初期に作り出した『任意の点に熱を与える』だけの魔法である。

 同じことを『エネルギーを与える』とやったら……

「射程伸ばしたら、ドラゴン確殺できる様な……」

 「最初に試した時は、わたしの魔法の発動限界距離って、当時のわたしの歩幅で二十六歩だったのよね」

「めちゃくちゃ成長してるわよね?この間のエアクッションとか、数百メートル近かったんじゃない?測ってみる?」

 数百メートル以上となると、おいそれとは測れない。さてどうしよう。シミュレータで試してみるか。

 今まで術者との距離パラメータはシミュレーションしていなかったので、そこから開発することになる。と言っても、スクロール魔法さんがサポートしてくれるので方向性は割とすぐに決まり、翌日には動作するレベルまで書き上がった。

 シミュレータ内部でカナが動き回る。もう、ほぼ完全没入型バーチャルリアリティである。

 コトとしおりんはモニタのために空間に溶け込んでいるが、入ろうと思えば同じ空間で動き回ることもできた。

「じゃ、始めるよ」

 脳内で溶け合う様に声が聞こえてくる。ヤバい、この空間、パーソナルの壁がなくなるわ。きちんと自己を区切っておかないと、みんなひとつになっていく。あとで個人の隔壁もプログラムしておかないと。

 まぁ、とりあえずシミュレートだ。まずカナから100mごとに1,000mまで、的としてワイバーンモデルを置いていく。三人が実物を見たことのある魔物はこれしかないので仕方ない。映像ではドラゴンを見てはいるのだが。

「じゃ、最初に100mね」

『ボンっ』と音を立ててワイバーンが弾け飛んだ。

「一気に1,000m、行っちゃう?」

『ボンっ』

 200mから900mのワイバーンが寂しそうだ。再利用してあげよう。

 2,000mから9,000mまで、一気に並べる。

「さすがに9,000mは無理かな?」

『ボンッ』

「………………」

「………………」

「………………」

「カナ、一度戻って。対策考えよう。新型アサシン魔法、ちょっと本気でヤバすぎるわ」

「りょ」

 ふっと、三人の意識が体に戻る。

 

「はぁ、今まで使ってきた魔法の中で、前世でも使いたかった魔法ナンバーワンはスクロール魔法ね」

「禿げちゃうほどに同意いたします……」

 コトとしおりんが口を揃えて絶賛してくれて、カナの小鼻がプフープフーとドヤり始めた。

「この件に関してはドヤっても良いよ、カナ。あとは機能制限版、作れると良いねぇ」

 スクロール魔法が本当にもうなんでもありなので、機能制限版を作らないと人に教えられない。それこそ世界が滅びかねない。

 ただ、機能制限するにしても、もう少し何ができるのかを見極めてからじゃないと開発に着手もできないので困っている。

「なんかもうスクロール魔法こ の 子使ってると、スパコンを時間制限なしで使わせてもらってる気がしてくるわ」

 コトがスクリーンの表示されてるだろう辺りを、さわさわと撫でる様な動きをしている。だから怪しいって。めっちゃ怪しい人だって。その動き。

「ベースを作った私が言うのもなんなんだけど、なんなんだろうね。スクロール魔法の動作原理って」

 最初はただの、記憶の肩代わりをさせられないか? がスタート地点だった。紙のメモの拡張版。

 続いて、そのメモを管理出来る機能を搭載し、自由に読み書き出来る機能を搭載し、書いた魔法手順を人の代わりに行使できる機能がつき始め……この辺りでスクロール魔法と双方向でやり取りして、開発をサポートしてくれる機能を搭載したのがターニングポイントだった気がする。あれよあれよと言うまに、電子手帳からパーソナルデータアシスタントになり、スマホみたいだねーとか言っているうちに視界内ならどこでも好きな情報を仮想表示できるウェアラブルコンピュータの様になり、今では視界を阻害しない『脳内表示』聴覚を阻害しない『脳内音声再生』まで可能になり、ついにバーチャルリアリティも完成の域に達した。

「使い勝手としてはコンピュータそのものなんだけどねぇ。いかんせん自由度が高すぎて……」

「あらゆるインターフェイスを兼ね備えたAIと対話してる様な……AI? 知性体?」

「うわ、神様とか出てこないよね?そう言えば異世界転生なのに女神様とか出てきてないよ?」

 異世界といえば女神様。最初の神様が出てくるシーンでおじいちゃん神様とか出てきたら、ガッカリ感祭り待ったなし。いや、神様に性別とかないんでしょうけどね。

 でも、日本の神話もギリシャ神話もバリバリ男神女神出てくるなぁ……とか何となく心に浮かんだり。

「スクロール魔法のことはまた今度考えよう。とりあえず直近の問題は……まず、この膨大なエネルギーってどこからきてるの? こんなの人間が旦保できるわけないでしょ」

「理想的な変換としたら対消滅で質量をエネルギーに? ならその反物質はどこから?」

「あとは核融合とか核分裂?」

「核分裂だと、不安定な放射性物質が必要よね。となると核融合だけど、融合させるのに必要なエネルギーが、これまた莫大でしょう。重水素とヘリウム3にしろ、三重水素にしろ……」

「ターゲットまでの距離だって問題よね。何よ9,000mって。こんなん戦争に使われたら、本当に世界が滅びるわよ」

「……うーん……」

 コトがちょっと上を向いて目をつぶった。周りの空気が変わる。

「あ、わたしこれ知ってます。コトさんが何か思索し始めたんですよね?」

「あ、しおりん知ってるんだ。こうなった時のコトは……凄いのよ」

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