第22話  新型機の初飛行

  ケイは幼年学校五年生になった。三人娘は二年生である。


 昨年から続けていたグライダー二号機の作成だが、着々と進んでいた。

 カナ発案の合成繊維から作ったカーボンプリプレグを樹脂で固め、抜気、加圧、加熱の三点セットで焼き上げ、長いフレームパイプを何本も作り出すことに成功している。

 三又みつまたも綺麗にできたが、コントロールバーはどう知恵の輪しても縦横のどちらも一メートルを超えるために一発形成は無理であった。

 とにかく軽くて丈夫な素材として、ジャイアントスパイダーの糸を紡いだ布も仕上がってきた。

 丈夫ではあるけど、熱には弱いので注意する。お湯で切れるらしいので八十度以下を死守しろとの意見もいただいた。

 良い点もある。半透明で、翼の裏側に敵対勢力が隠れていても目視できるというあたり、安全性に寄与するはずである。

 離陸に関しては斜面に設置した木製のレールと、離陸時には外れるホイールも装備している。これで、真ん中で重さを支える人を、一人減らせる。この機構は将来もっと大型の機体を飛ばす時にも使える様に、割としっかり作ってもらった。

 その時には、ちゃんとしたエンジンを作ってあげたいものである。


 組み立て作業も、今回は組み立て専用の工場があるので快適に進められた。

 今日も鋭意仮組み中である。

「お、ここの接合、昨日の部品よりきっちりピッタリきたなぁ。やっぱりバラツキが抑えきれないかぁ」

 ものづくりは大変なのである。

「これでここはオッケーと。あとは帆布セイルを張ってやって、微調整で飛べるかな」

 カナに魔石をもらったものの、今の所はまだグライダーで試験を続けないとならない時期だ。まだ、実際に人が乗る飛行機への知見が少なすぎる。前回は生き残ったが、次に落ちたら死ぬかもしれない。というか、死んで当たり前なのが航空機事故なのだ。

「はぁ、緊張するねぇ、ケイちゃん」

 リンダが胸に手を当てながら話しかけてくる。本当にドキドキが止まらなくなってるらしい。

 (リンダも飛行機の楽しさに目覚めたのか!ヨシっ)

 いや、ヨシっじゃねぇ。リンダは前回の墜落を見てるのだ。正直怖い。この幼馴染がいなくなってしまうかもしれないと思うと怖くて仕方がない。

 しかし、ケイから飛行機を取り上げたら、そこには何が残るだろう。もしかしたら無くなっちゃうんじゃないだろうか。

 もしかしたらカナさま、コトさまがちょびっと残るかもしれないが、それでも九割五分は消えていなくなってしまうに違いない。だからわたしはがんばろう。決してケイが落ちないように、絶対の航空機が作れるようにがんばろう。

 なんてことを、考えてるわけでもなく心に浮かべつつ、にっこりと笑う。

 この笑顔が、学校ではずいぶん人気になってるらしいが、いかんせん『アンタッチャブル』な王室預かりのお気に入りと思われる少女。声をかける勇気のある十二歳なんて、いるわけなかった。


 幼年学校でのケイは、割と普通であった。成績は上の上。単純な学力なら高専からパイロットになったような人間が、小学生レベルの勉強についていけない訳がない。

 ただ、授業中に内職で設計とかやってる分、教師からの評価は微妙ではあった。

 ろくすっぽ授業も聞いてないのに、何を当てても完璧に答える児童とか、ただの嫌味なやつである。

 三年生から始まった剣術の授業には、剣道がとても役立った。覚えさせられる基本の構えや足運びが違っていても、いざ模擬戦となれば剣道っぽくなってしまうのはご愛嬌だが「刀のロマーノ」の技だと言い張ればまかり通った。

 王国第二騎士団長の長男が同学年にいたが、いいライバルだった。変に突っかかられることもなく、手合わせのたびに勝ったり負けたり楽しく授業ができた。

 音楽、詩歌、礼節の授業は比較的苦手だが、あくまで比較的であって決して悪くはない。パイロットはバカには出来ない職業だ。物覚えも最速で覚えていかないと、命がかかっていたのだから。

 とにかく、学校では『比較的』目立たない優等生として過ごしていた。

『何と比較して』目立たないか?あの三人に決まっている。


 試作二号機の組み立てが終わり、最後の調整を始めた。

 と言っても、まだ動力飛行するわけではないので機体のバランス取り直しに尽力する。

 今回は強度と重量に余裕ができたので、かなり安定して風に乗ることができるだろう。

 ワイバーン対策としてあまり高度を取れないので、軽く安定させられるのはとても助かる。

 また、緊急着水のために、救命胴衣ライフジャケットも用意した。バルサ状の軽い木材を積層して、身につけやすいようにベストに固定してある。万が一落下の衝撃で気を失っても、必ず顔を上にして浮いてくるように工夫した。

「ケーイっさま、ご相談があるのですが…」

 工業ギルドから派遣されてきているドワっ娘、ポーリー・ローリーが工場に入ってきた。

 ポーリーはケイへの思いを募らせすぎ、教祖コトの尽力もあって、ついにロマーノ家に居候するレベルまで食い込んできている。実はケイの母親のセレナもポーリーのことを気に入りすぎ、実の娘かそれ以上の扱いになりつつあった。

 ただし、セレナよりポーリーの方が八つほど年上である。

「ギルド長がテスト飛行の時の様子を各部門長と一緒に見にきたいと言ってるんですが、許可いただけます?」

 軽く上目遣いで頼み込んでくる。あざとい。

 何があざといって、まだポーリーの方が微妙に背が高いのである。それで上目遣いはあざとすぎる。

「構わないよ。ただ、王宮側からもいろいろ人が来るから、それだけは伝えといてね。国王陛下とか、普通に来ちゃうから」

 ポーリーの脳内に『来ちゃった(照れっ)』みたいな国王陛下が一瞬再生されかかり、慌てて頭を振って吹き飛ばす。

「はい、かしこまりました。では早速伝えてきます。今日の戻りは夕食後になっちゃうと思いますので、待たないで食べててくださいませね」

 完全にこの家の子になっていた……


         ♦︎

 

 いよいよ、テスト飛行前日。今日はテスト場の点検と明日の搬出準備、緊急時の救命手順の確認、観客の動線の確認、招待客のおもてなしの確認。まだまだやることはいくらでも出てくる。

 丘の上の滑走レールの出来は完璧。このレールは湖から吹き寄せる風専用ではあるが、安定した天候時の日中はたいていその向きだから問題ないであろう。

 明日もきっと晴れる……といいな。


 明けて翌日。天候は概ね晴れ。西方の大気も澄んでいる。ここから急激に崩れることはなさそうである。

 観客が集まる前の準備をしてしまおう。ロマーノ家の従業員総出で準備を開始した。

 両親は接待客への対応を。リンダやリンダの母、リーノも屋敷の準備だ。

 ポーリーは観客の誘導や安全確保、機密場所への侵入対策など、すごく頑張っている。

 ケイは深呼吸のあと気合を入れ直す。今日、また空へ帰れるのだ。浮かれそうになる気持ちを抑え、準備に取り掛かる。

 機体の搬出は楽なものである。レール最高!工場からつながる木製レールは、そのまま丘の上まで続いている。機体重量はわずか二十五キロ、台車を合わせても六十キロまではない。一人でも動かせるが、風対策で三人がかりで押していく。丘の頂上で両翼をホルダに引っ掛けて固定すると、もう準備完了だ。

 コントロールアームを握りしめ、機体に体重をかけながらイメージトレーニングを開始する。

 次回はコントロールアームじゃなくて、操縦桿を握れるようにしたいものだ。

 懐かしのF-15Jを思い浮かべながら、頭の中でグライダー二号機を浮かべていく。大丈夫。すこぶる安定してる。怖いのはワイバーンだけだ。


 ああ、丘の下に人が集まり始めたみたいだ、さぁ、ビッグフライト、見せてやろう。


 今日の招待客の中には三人娘も入っている。国王夫妻、王太子夫妻、第三王太子妃、リットリー子爵夫妻などの『異世界転移対策委員会』の面々がそろって丘を上がってくる。

 その後ろに見えるは工業ギルド長のサンディさん、宮廷魔導士長でエルフのアンガスさん、バイオレッタ先生もいる。これは恥ずかしいところは見せられない。


 丘の頂上に演台が仕付けられている。学校の朝礼台の様な簡単なものではあるが、皆より背の低いケイが周りから見える様にするためだけなら充分である。

 国王陛下を見下ろす形になるが、これはあらかじめ許可をいただいた。さすがに国王陛下に向かって不敬はまずい。資金止められたら開発が詰んでしまうし。

 ケイが演題に立つと、そばに三人娘が近づいた。まだケイが習っていない『拡声魔法』を使うためである。これで、離れていてもケイの言葉がよく聞こえる様になる。

 この魔法の優れたところは、効果範囲内ならどこにいてもほぼ同じ音量で聞き取れることである。魔法凄い。

「皆さま、朝早くからお集まりいただきありがとうございます。皆様のご協力により完成したこちらの……」

 少し振り返りグライダーに視線を集める。

「滑空機『グライダー二号機』の初飛行をこれから行います。今回は本当の初飛行になりますので、一回目はここから飛びあがり、湖手前で着陸いたします。うまくいったら、二回目はもう少し距離を伸ばす予定でございます。それでは、準備をいたします」

 演台から降りて二号機に近づく。

 後ろを振り返るとアンガスさんがカナに詰め寄ってる。

 (あれは多分拡声魔法についての説明を求めてるんだろうなぁ)

 とかチラッと考えたが、いかんいかんと気持ちを切り替える。これから行うのは試作機の初飛行なのだ。限りなく危険な飛行には違いない。


 ホルダーで浮かせてある機体の下に入り、腰にハーネスを取り付ける。

 風はかなり弱いが、試験飛行するならこのぐらい弱い方が落ち着いて降ろすことができるだろう。

 「右翼、ヨシ、左翼、ヨシ、コントロール、ヨシ、ハーネス、チェック」

 声に出して確認していく。

「それでは始めます、ホルダーアウト」

 左右の翼を把持していたホルダを外してもらう。ここからは自分でバランスをとらないとならない。

「カートのロック、アウト」

 台車を止めていたピンが抜かれた。

「行きます!」

 最初のひと押しをするだけで、台車は坂道を転げ落ちてゆく。と、翼がふわっと膨らみ、身体にかかる荷重が増える。綺麗な姿勢で離陸した。綺麗に上がりすぎて高度が思ったよりも高くなる。腕を引き、機種を下げ気味にして高度を下げるが、その分速度が上がってしまった。湖岸はどんどん近づいてくる。さぁ、困りました。

 予定ではすぐに一度降りて機体のチェックをすることになっていたのだが、計画よりも飛びすぎて、予定地点には降りられそうもない。

「うーん……安定してるし回り込んでから湖岸に降りるか……」

 湖に降りると、また準備が面倒だもんなぁ…と考えて計画を変更、機首をあげ、更に少し左によって左旋回。速度を落としながらゆっくり湖の上を旋回していく。

 ぐるりと周り、湖岸線に沿う形にしてから再び高度を落としていく。どんどん下げていき、もう人の身長よりも低くなるあたりでコントロールバーを押し出してフレア。一気に速度を落としつつ、失速落下させる着陸手順なのだが、ここで問題が発生した。

 想定以上に迎え角への耐性が高すぎたらしい。一瞬で二階屋ほどの高さまで上昇したところで速度を使い果たし、お尻側から落下を始めた。

 ケイはまた、あの『丹田が取り残される感覚』を味わっていた。

 この瞬間、頭の中は生き残るために全速力で動く。しかしこの状況のパイロットにできることはあまりにも少ない。落ちないF-15Jであっても、この姿勢になったら迷わず脱出装置のレバーを引く様な状況である。

「エアクッション!」

 と、カナの叫び声が届き、機体は地面に叩きつけられる瞬間、ふわっと降りた。

「ふぅ、こんなこともあろうかと、エアクッション魔法作っといて良かったわ」

「なんじゃそりゃー!」

 周り中からツッコミを喰らっている。あれでも国内では国王夫妻に次ぐ上位者なのだが。

 ケイは助かったことを実感するとともに、想定が甘すぎたと反省をする。しかしデータはとれた。さすがに今日このまま繰り返し飛ぶのは危なすぎるが、次はもっとマシな飛行を見せられるであろう。


「おおおお! 飛んでおるぞ! あの機械は凄いな」

「でも、最初はすぐ降りるって言ってませんでしたかしら? ずいぶん遠くまで行きましたけど……あ、戻ってきましたわね」

 国王も満足気味に見ていたが、最後の瞬間に起こったことはあまり良くわからなかった。

 彼らは航空機の挙動を見たことがないのだ。翼が風を掴まなくなったら、そこで終了だなんて知らない。だって鳥は飛びながら止まるじゃないか。

 しかし三人娘は違う。飛行機ヲタに育てられたり、自衛隊でしごかれたりと、航空機事故の映像も随分見てきている。その前の予定地点に降りなかった段階で魔法はスタンバイしてあった。そして、機首が上がりすぎた時には発動を決め、いつでも受け止められる様にしていた。


「助かった……」

 今のはやばかった。カナの魔法が無ければよくて大怪我、下手したら死亡事故である。やはり途中で予定を変更するのはよろしくない。降りられないなら、機体を濡らしてでも湖に出るべきであった。


 だが……想像以上によく飛ぶグライダーに仕上がった。いやまぁ、そのせいで死にかかったわけだが飛ぶのは良いことだ。

 ただ、あとでコトとカナにもグライダーを見てもらおう。俺では気が付かない問題点を見つけてくれるかもしれないから。

 そして、みんなにきちんとお礼をしよう。だって、命の恩人なんだから。

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