第20話 兄の飛行機
ケイはワイバーン対策を考え続けていた。主な対抗策は五つ。
まず第一に、見つからない
見つかったら、逃げ切る
逃げきれなかったら、撃退する
たとえ攻撃されても、落とされない
万が一落ちても、安全に脱出する
見つからない、興味をひかないために、当面は高度をあまりとらないで試験を進めることにする。高度を取らないと飛行時間があまり長く取れないが安全には代えられない。
高度を下げておけば見つかった時にも降りるまでにかかる時間が短くて済む。
それでも攻撃をかけられたら、撃退手段を持たなければならない。ここで当面は魔法を利用することが提案された。
こちらから直接攻撃する必要はない。撃退できれば良いのだ。相手に戦意を失わせるための魔法の開発を三人娘が行い、ケイは必死にそれを使えるように訓練する。
撃退魔法。クマスプレーの様な噴霧系からガトリング砲並みの物騒なものまで考えられたが、とにかく驚かせて追い返そう! という方針のもと開発されたのが『フラッシュバン』魔法である。ただ単に光って音がするだけの魔法だが、とても強い光と、とても大きな音で苦痛と恐怖心を煽り戦闘力を奪うという代物だ。
アイデアを出したのはコトだったが、開発と調整の主体はしおりんだった。
「訓練で随分、使いましたから」
と、いうことで、作動のためのチャート作成をしてコーディングを行い、理論動作まできたところで威力バランスの微調整。術者がダメージを負わない様に安全回路を組むところまで、しおりんがほぼ一人で作り上げた。その後、完成したものを何度か試して動作確認。見事なフラッシュバンが完成した。
しかし、このままでは長過ぎ複雑すぎで覚えられない。術式としては五十行以上あるのだ。カナの様な特別な人間以外は使うことができない。
この問題はコトとカナが共同で開発した魔法、スクロール魔法で力技で解決した。
言うなれば『魔法を覚えていてくれる魔法』である。この魔法を覚えるためにはそこそこの努力が必要になるが、きっちり覚えれば発動はほぼ無意識にできる様になる。スクロール魔法を発動し、そこにある魔法を使う。その選択方法のインターフェースはただいま試行錯誤中である。今ケイが利用しているのは、スクロール魔法の発動ワードに、発動子と呼んでいる小分類を唱えることで行使されるもの。しかし、この方法だと魔法の種類が増えてくると大変になりそうだ。もっとスマートな方法があるに違いないと、カナもコトも際限なく研究を続けている。
この二人のやりとりが高度すぎるため、バイオレッタ先生への解説はしおりんが担当していた。
ケイはリンダに手伝ってもらいながら頑張って覚える。
リンダは当然、、なんならポーリー・ローリーまでスクロール魔法を使えるようになりつつあった。
もっとも、バイオレッタ先生曰く
「男性がこんな複雑な魔法を使えるなんて、誰に言っても信じてくれるわけがない」
らしいので、ちょっとぐらい時間がかかっても仕方ないと思っている。
肝心のグライダーだが、こちらは材料開発を進めているところだ。
工業ギルドの協力により大型の圧力釜と、真空チャンバーを製造する目処がたったのだ。
また、コトとカナ主体により度量衡改革が進められている。
工業ギルドが全面的に賛同してくれたおかげで、急速にメートル法が定着しつつあった。
「一ミリ、一センチ、一メートル、一キロメートル。何これ計算楽チン」
「十センチ角の体積が一リットル。水を一リットルで一キログラム。何それ便利!」
「水が凍るところがゼロで、沸騰するところが百。あとはそれを積み重ねるだけ。えらい簡単!」
さすがにまだ絶対零度の概念やエネルギーの単位などは時期尚早かと見送られている。
「あとは動力源かぁ…とりあえず食物由来のエタノールなら手に入るんだけど、この世界の食料事情考えると難しいよなぁ」
ケイがどれだけ優秀な男性魔法使いでも、いまだに動力に出来そうなほどの魔法は使えないでいる。フラッシュバンだって、突き詰めれば『光って音が出る』だけの魔法なのだ。生活魔法でも、点火魔法や髪の毛を乾かす程度の風魔法はできるようになったが、水魔法もその派生の洗浄魔法もまだ使えない。
(あとは…電気? 蓄電池かぁ。リチウムイオンなんてむりだよなぁ。ニッスイかニッカド……まだ難しいかなぁ。ロケットモーター……固体燃料ロケットは制御むりだろうし、液体燃料ロケットもなぁ…結局燃料問題に行き着く…むむむむ)
エネルギー問題はどこの世界に行っても頭を悩ませてくれる。
翌週、圧力釜が完成したと鉄工所からの連絡があり、受領しにでかけた。と言っても重過ぎてロマーノ家では移送もできない。輸送用の大型馬車数台に分割して輸送してもらうことになる。
「ぼっちゃん、これはこれはようこそいらっしゃいました」
「ぼっちゃんはやめてください、親方。で、そちらが例の?」
「はい、あれがご依頼の圧力鍋でさ。水を入れての加熱テストも一通り済ませとります。あとは移設してから、また確認しやしょう」
「ありがとう、助かります。分割にはどのぐらいかかるでしょう。分割出来次第に配送の手配をかけますので」
「んー、三日……いや、四日貰えれば」
「では、六日後にこちらに輸送隊を送りますのでよろしく」
じゃ、戻ろうかと、後ろに控えているリンダとポーリーに声をかける。護衛の近衛騎士にも頷いて馬車に戻り始めた。
「はえー、おっきな機械だねー。すごいねー」
リンダが感嘆の声をあげた。
「さ、リンダさん行きましょう。ケイさま、もう行っちゃいますよ?」
ポーリーがリンダを促した。二人揃ってケイを追いかける。必死に追いかけないと彼女たちの想い人はどんどん先にいってしまう。しかも、そのうち飛び始めることも決まっているのだ。
十日後、ロマーノ邸裏手の航空機工場予定地に、巨大な圧力釜が仕付けられた。全長六メートル、直径一メートルのチャンバにさまざまなアタッチメントをセットしていろいろな形を保持できる機能付き。
これを開発するために、一本一本手作業で作られたボルトナットは、また別の工房で作られ、ロマーノ工房で磨き上げられた。
フランジパッキンはなんと魔獣の皮から切り出されている。内径六メートル、外径六メートル二十五センチのシームレスパッキンを取れる魔獣。レッドマッドブルというらしいが、どんな大物なんだろう。
このパッキン一枚で金貨二十枚はすると聞いて、組み付けの時はヒヤヒヤした。ボルト類の精度がバラバラなので、締め付けトルク管理では締結力を担保できないのだ。
締め付けで変形するワッシャ等も検討したが、これも精度が確保できるか微妙となり、結局職人の手ルクレンチでの組み立てになった。
「よし、完成だぁ!」
「おめでとう、ケイくん」
「おめでとうございます、ケイさま」
さぁ、テストだ!と意気込む。まずは単純に水を入れ加熱。圧力センサもついているが、いくつ作っても同じバネが作れないため目安にしかならないだろう。同じ太さのピアノ線を作るのが、こんなに難しいとは…
昇圧試験と気密試験は無事合格。この世界初のオートクレーブの完成である。
カーボンファイバー焼成用の高温炉は隣にすでに完成済みなのだが、不活性ガスとして二酸化炭素と窒素の混合ガスを使うために、どこまで反応を抑えられるかは試してみないとわからない。しかも、熱源は全て木炭である。温度を上げるのに苦労する。
カーボンにする繊維は、笹を繊維状にして編み込んだものや、魔物であるジャイアントスパイダーの糸を編み込んだもの、コダマヤシという異国の果実から取り出した繊維で作った繊維など、いろいろ試している最中である。
あとでこの繊維を固めるのはクリスタルウッドという木の樹液が適していそうだと、カナから連絡があった。これも材料は手配済みだ。
羽根に貼る帆布の用意はポーリーが手配している。ポーリーは工業ギルド長の秘書になる前は、服飾部の出世頭だったのだ。可愛い顔して遣り手なのである。ケイに出会ってからポンコツ化してるけど。
カーボンファイバー製のフレームに軽量丈夫な帆布を張り、翼面積をより大きく取って安定飛行を目指す。次のグライダーの基本方針は決まった。設計図もあらかたできた。あとは素材開発を成功させるだけだ。えいえいおー!
「はぁ、製図版に向かってるケイさま……かっこいい……」
「だよねだよね、ケイちゃんかっこいいよね。ほんと、ポーリーさんはよくわかってる!」
リンダもポーリーも、コトにはすでにケイの嫁扱いされている。なんならバイオレッタ先生やアンガス宮廷魔導士長まで嫁扱いしそうな勢いである。
「しおりん、早く国王陛下との婚約解消しないかな?」
ぐらい不敬なことも考えていたりする。もっとも『神と一国の王、どちらがより上位か?』という命題を、コトなりに解釈した結果ではあるが。
そんなコトから、お兄ちゃんにプレゼントが贈られた。
魔石、魔物から稀に取れる鉱物である。これには魔力を貯めることができ、必要に応じて利用することができた。
更に、あらかじめ呪文を用意しておけば、自然発動させることも可能である。
ここに強風魔法を書き込んでおけば風魔法をうまく使えなくても、誰かに使ってもらったのと同じ効果が得られる。
この魔石、コトとカナの間でものすごい議論が交わされた鉱物である。
「なによ、この内包できる魔力量」
これがコトの第一印象であった。ここから魔力についての知見が新たに得られたのだが、まだまだ研究中。いずれ宮廷魔導部隊経由で発表することになるだろう。
そんな凄い石、当然当面の動力源にするに決まっている。いつかパワーソースを見つけるにしても、今は他に手立てがないのだ。
さぁ、動力飛行をする準備が着々と近づいている。
今回はモーターハンググライダー的な航空機になってしまうが、次回、いや、次次回ぐらいの機種には三舵、
ただ、まだまだ問題は山積みだ。エネルギー源以前の問題で、工作機械の不足……というより皆無なのだ。工作機械が。
フライス盤や旋盤どころか、ボール盤すら存在しない。というか金属に穴あけ加工すること自体がとてもとても難しいのだ。ドリルの刃すら満足に作れないでいる。
ドリルの刃なんてロマーノの工房で作れるかと思ったのに、想像以上の難物であった。
砂型を使った鋳物や角鋼材を捻って作った鍛造物も試作したが、どれもあまり持たずに折れてしまっている。これは今日も父親の頭を悩ませているであろう。
「ケイくん、かーぼんぷりぷれぐ?の試作品ができたって連絡がきたよー」
待望の連絡がきた。いわゆるカーボンファイバーでできたシートのことである。
これを重ね合わせながら樹脂を染み込ませて、オートクレーブで焼いてやればドライカーボンの出来上がりだ。
ケイはリンダとポーリーを連れて、大急ぎで航空機工場へと向かった。
工場長……と言っても、もともとは鍛治工房の職人だったパルボランの元へ駆け寄る。
「プリプレグができたって?」
「できましたよ、ぼっちゃん」
「はいはい、ぼっちゃんぼっちゃん。で、どんな感じ? 見られるかな?」
「奥へどうぞ。これからテストなのでご一緒に」
工場の奥の部屋に入ると、荷札をつけた黒い塊がいくつも並んでいた。
「右から順に、コダマヤシ、ジャイアントスパイダー、笹、笹を裂かなかったやつ、ハイランドコットン。あと、一番右のは姫様の提案で作った合成繊維とかいうやつです」
合成繊維! カナなにやりおった!
「コダマヤシを丸ごとをすりつぶして、ジャイアントアントの蟻酸と混ぜて加熱して、濾過した後に木酢液を蒸留した液の中で引き伸ばしたらできる繊維なんですがね」
なんだかよくわからないが、とにかく試してみる。
「リンダ、ポーリーも手伝ってくれる?」
いつのまにかポーリーも呼び捨てになっている。
「はいはーい、お姉さんにお任せくださいませっ!」
「あ、ポーリーはそっち側抑えてるだけで。リンダはそれぞれの繊維の太さ、測ってもらえるかな。顕微鏡とシートゲージの使い方は覚えてるよね?」
きちんとした工業生産物を作るには、きちんとした測定器具が必須である。レンズは水晶削り出し。当然カナ製。シートは光の干渉縞をハロゲン化銀に感光させたもの。こちらはコト製である。
ポーリーが繊維を支えて固定し、リンダが測定して記録していく。ケイは繊維の先にバスケットを取り付けて分銅を入れていく。
「おっと……ジャイアントスパイダーの糸はだめっぽいね。衝撃に弱すぎる。笹よりはコダマヤシの繊維の方がいいかなぁ」
そして最後の試料の合成繊維の番になる。
「うん、知ってた。どうせ最初からカナの手のひらの上で遊ばれてるんだよ。みんな」
ちょっと病んだみたいである。
いきなり、他の試料の十倍近い引っ張り強度と、折れないしなやかさ、均一性。どれをとってもぶっちぎりの性能を示したのだ。
「これ、生産の手間はどんななの?大変?」
「地味に大変ですが、材料は手に入りやすいものばかりです。コダマヤシだけは輸入に頼ってますが、豊富に入ってきますから大丈夫ですよ。あとは蟻酸はハンターギルドに依頼を出します。レアでは無いのでバンバン買い取れるでしょう。木酢液は木炭作る時に、売るほど取れますから大丈夫です」
「じゃ、これの生産をもう少し本格的にしてもらおうか。それで、これのプリプレグがこっちのシートね。早速パイプ作ってみるんで、焼いてみよう」
と言っても、レジンがわりのクリスタルウッドの樹液は、塗ってから硬化するまで二週間はかかる。とりあえず塗りながらシートを芯金に巻きつけていく。長さ三メートルのシームレスパイプである。
出来上がったら回しながら抜気したいところだが流石に難しいだろう。明日にでも三人娘に見てもらって抜気を済ませたい。この辺りはまだまだ魔法頼みなのだ。
しかし、着々と新型機に近づいてるのは確かだ。再び空へ……ケイの口角がニヤリと上がった。
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