第19話  幼年学校入学

 兄と妹が邂逅して、一年がたった。

 ケイが危惧していた『リンダと妹たちの関係』は、杞憂に終わった。兄の幼馴染であるというだけで、コトがリンダを女神認定してしまったのだ。おかげでリンダは居心地は悪いものの、何となく『あの面子』に囲まれ、染まっていった。

 もう一人、染まっていったのがギルドのポーリー・ローリーである。毎日ケイと顔を合わせているうちに、本当に恋に落ちてしまったらしい。ただ、見た目と中身はともかく、年齢的には『おねショタ』になるので必死に隠そうとしてバレバレの演技を行い、皆に温かい目で見られていた。

 ちなみに、コトにとって兄に想いを寄せる人は皆、同じ信者として同士扱いになる。むしろ積極的に増やしたい所存であった。


 あれから一年、三人娘は幼年学校へと入学する。

 幼年学校そのものは全国にある。六歳から十二歳の少年少女は、身分を問わずに幼年学校に通うことができる。ただ、通うことができるだけの財力があるのは、人口の五分の一程度であった。

 この中でも貴族を中心に集めた学校が、王立幼年学校である。

 王都にしかないので地方在住の貴族子弟では物理的に通うのが難しい子供も多いが、寄宿舎も用意してあるのでそちらに住むことも可能だ。使用人も一人までなら連れてきても良いことになっている。

 ケイは今年から四年生だ。昨年、王家預かりになった時に『男爵家の分際で王家の馬車に乗るなど不敬である!』と言っていじめられそうになったのだが、近衛師団がそのものの屋敷を取り囲む事態が発生して、誰もちょっかいをかけてはこなくなった。

 触らぬ神に祟りなし……


 今日は入学式。間も無く新一年生が登校してくる。今年は王家の人間や公爵家の人間が入学するとあって、そわそわしている上級生も多い。あわよくば取り入って……と考える貴族も少なくないのだ。

 そうこうしているうちに、馬車がきた。それはもう、一目でわかる王家の馬車が来た。三輌来た。近衛騎士団の騎馬が、前後左右に八基も並ぶ空前の警備体制である。こんな事、王家にしかできない。

 馬車が正門前で止まると、まず警備の騎士が降りてくる。左右、馬車の下を確認の上合図を出し、三人の一年生が降りてきた。

 まず最初に出てきたのは、限りなく薄い色のプラチナブロンドの女の子。髪は肩甲骨下で一切のクセがないストレートヘア。とてもとても愛くるしい表情を浮かべている。

 続いて出てきたのは、限りなく豪奢な金髪の女の子。髪は肩甲骨下で、一切のくせがないストレートヘア。とてもとても……賢そうな表情を浮かべている。そして、最初の娘と限りなく良く似ていた。

 三人目は黒髪の、眉の下あたりでパツッと切ったおかっぱの可愛い女の子。髪は肩よりは少し長いか。背は前の二人よりは低めに感じる。

 そして四人目が……

「へ、へへへ、陛下ぁぁああ?」

 誰かの叫びが聞こえてきた。

 王冠かぶったまま入学式に出る父兄がどこにいる! いや、ここにいたわ。

 国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、妃殿下と、二台目までの馬車からはこの国のVIPが次々と降り立つ。三輌目からは公爵夫妻、子爵夫妻も降りてきた。

 ここは貴族の子弟が集まる王立校である。当然教師陣も貴族関係者が多く、国王の顔を知っているものも多いのだ。そんな中に突然国王陛下以下、重要人物がゾロゾロと降りてきたのだから、来場者確認していた教師の驚きようと言ったら可哀想なぐらいである。

 慌てて飛んでいって部屋を用意しようと提案しても

「あー、よいよい」

 しか言ってくれない上に近衛に追い払われるとか、ちょっと同情してあげても良いかもしれない。

 王立幼年学校には、今年はおよそ八十人の新入生が入学する予定である。

 入学式が行われる講堂には、新入学の一年生の椅子八十脚が用意され、父兄はその後ろにずらりと立つ形で執り行われる。在校生との顔合わせは翌日以降だ。貴族家の親など、早く帰らせるに限る。

 講堂で親子は別れ、子供は自由に着席、そして親たちは中心先頭に立つ国王一派と、微妙に距離を取ろうとするその他父兄に別れた。

 数名が挨拶に近寄ろうとしたが、近衛のひと睨みで離れていく。


 式次第が始まった。幼年学校入学だと、さすがに新入生代表挨拶みたいなものはない。普段なら淡々とお偉いさんの挨拶が続くのだが、今日はみな、一言二言話しただけで演題から降りてしまう。そりゃ、半分自慢話入った様な『おことば』なんて、国王の前で話せるわけがない。

「本年度は王家からも新入生があった。皆も王国貴族として恥ずかしくない様研鑽に努めてもらいたい。改めて入学おめでとう」

 学校長の締めくくりの挨拶で、入学式はつつがなく終わる。今日はこのまま父兄と共に退場である。

 国王の元に向かう三人の少女。実は昨年のキャナリィ姫お披露目パーティがグダグダに終わってから、姫君が人目に晒されるのはこれが初めてなのだ。

 一年前に一瞬だけ見かけた子供の姿など、ほとんどの人が覚えているわけがない。今、国王に近づいて話しかけている女の子は三人……一体誰がなんなのか、全くわからない。誰か説明してくれ……

 しかし、わかる人間は全員国王の取り巻きとして行動しているのだ。となると、あとは家に帰ったら子供達に翌日以降の姫君への対応を指示し、同派閥の児童の親と連絡を密にとるぐらいしか出来ることがない。

 国王とその一行は、周囲に混乱を残しただけで帰って行く。子供たち三人にとってはあまり楽しくない入学式であるが、いかんせん三人共に中身が普通ではない。帰ってからの魔法の授業で何をやるか、あ、今日は心が復活した剣術指南の先生による防衛護身術の授業もあるし、多分あとでケイもやってくる。なんだ、ワクワクが止まらないじゃないか。


 翌日、きちんとした初登校である。今日はクラス編成とオリエンテーリングだけであるが、これから六年間、いや、王立学園まで数えれば十二年を共にする同窓生との初交流になるのだ。

 しかも、キャナリィだけではなくカテリーナとシャイリーンの特殊事情も六歳児にわかる様に説明せねばならない。

 三人プラス四年生男子一人、合計四人の王室預かりの件は、次の定例議会で公表される予定である。その時にシャイリーンと国王の婚約も発表される。

「まぁ、案ずるよりも産むが易し。略して安産です」

 しおりん、この一年で随分コトカナに染まった。カナの指導により魔法も上達、勉強だって少なくとも元の世界の高卒レベルは有る筈だし馬鹿にスパイは務まらない。魔法を使わない戦闘能力は、実は剣を使わなければカナより強かったりする。十分チートキャラなのだ。そして、その能力全てを持って『コトを護る』ことに尽力する。するとそれはイコール『ケイを守る』ことに繋がり『三人とも護る』と意気込むことになる。

 今も、三人固まって教室の片隅にいるが、油断なく周囲を警戒していた。

 あ、なんか生意気そうな男子が寄ってくる。さりげなくカナをカバーしつつその男子ににっこりと微笑み…男の子は顔を赤くして離れていった。


「さぁ、お楽しみの学校編、始まるよー」

 カナがなんとなく天井に向けて語りだす。誰に話しかけてんのよと突っ込まれながらも楽しそうにしている。

「じゃ、時間が来る前に席につきましょう。机に名前書いてあるみたいだし」

 机の右上隅に名前の書いてある木札が置かれている。アルファベット順に、右前から並べてある様だ。キャナリィはCだから左端、廊下側。カテリーナはKなので中列、シャイリーンはSで窓際一番前となっている。見事にばらけた。

 とりあえず三人とも前後左右のクラスメイトと挨拶を交わすが、シャイリーンの後ろが伯爵子息、右が侯爵子息に囲まれて面倒なことになっている様だ。子爵の子風情が侯爵の長男たる俺に並ぶとは不敬だのなんだの、グダグダ言い始めている。

 コトがまず立ち上がりカナもすぐに続く。より上位の侯爵子息の前に近寄り

「うちの子に手をかけたら、どうなるか判ってんだろうなぁ? ああん?」

 チンピラかよ、お前ら。

「しおりん。……シャイリーンに何かあったら、おそらくお家取り潰しになります。その覚悟ができているのであれば止めません。ただ、シャイリーンにも反撃させます。強いですわよ、この娘」

 ああ、カナの方がまだ少しマシだった。というかコトどうしちゃったん?しおりんにそんなに執着してた?

「お兄ちゃんの信者は私が護る……」

 いつ信者になったんだ? どちらかというとしおりんはコト信者じゃなかったか? あ、コトを護るついでに兄も守る動きするから、それで信者扱いか……危ない新興宗教だろ、それ。


「あなた方は王家を敵に回したと、たった今宣言したことになります。これからの学校生活、楽しくなるといいですわね……ふふ」

 しおりんの後ろの伯爵家の子はきちんと理解できたらしい。真っ青になりながら顔を左右に振り、そのまま慌てて臣下の礼をとる。

 だが、侯爵子息の方はダメらしい。今まで自分よりも上位の子供に出会ったことがないのだろう。同い年だと、この三人しか存在しないのだから、当たり前だが。

「な、何を?うちは侯爵家だぞ。お前なんかすぐに潰してやるっ」

 そう怒鳴るとカナに向かって掴みかかり、飛び出したしおりんに後頭部を掴まれ、そのまま床に顔を叩きつけられた。更に背中に膝を落とし右腕を固められる。

 しんっと静まった教室。そこに教師が登場した。

「何があった! これはどうしたことだ!」

「この少年がキャナリィ姫に掴みかかろうとしたので制圧いたしました。命には別状はありませんが身体に麻痺が残る可能性があります。助けたいなら早めの治療をお勧めします」

 誰も口を開かない。

 あ、先生が再起動した。

「キャナリィさん、それは事実ですか?」

 学校的には『生徒児童は皆平等』ということになっている。だが、特に低学年で家柄をかさにきた事件が起きやすい。

「半分事実で半分違います」

 カナは正直だ。

「こちらの少年がシャイリーン嬢に高圧的な暴言を吐いていたのを諫めたところ、激昂いたしましてわたくしに掴みかかって参りましたの」

「ところで…この少年の治療はよろしいのですか?」

 冷静なコト。少年は、まだしおりんの下で押さえつけられているが、もうぴくりとも動いていない。

「い、いかん! すぐに校医を……」

 先生が飛び出していった。

「しおりん、離してあげてくださいな。もう抵抗の意思はなさそうです。」

 抵抗の意思がないんじゃなくて意識がないんだが、彼女らにとっては瑣末なことである。

 校医はすぐにやってきた。

「このぐらいなら保健室の施設でも大丈夫です。安心してください」

 心配そうに眺める担任に声をかけながら患部に手を当て、呪文を唱えた。

「風が吹き種子は飛び散る、大地に降りたち目覚めにかかる、雨が降り根を伸ばし、陽の光にて地に満ちよ……整復」


 この世界には回復魔法が二系統あるそうだ。主に教会で取り扱う聖魔法と、医療関係者が扱う回復魔法である。回復魔法は四属性を組み合わせた術式を用い……属性ってなんだよ。この概念を理論に落とし込むのに、コトとカナは二ヶ月かかった。

 結局、しおりんのヒントで決着がついた。

「これ、術者の思い込みじゃね?」

 ちなみに、便利な?『属性適性測定装置』みたいなものは無いらしい。


「ではこの子は保健室に搬送して、可能なら家からのお迎えを呼びましょう。遣いは保健室から手配します。学校長への報告は担任の先生からお願いします。それでは」

 到着したストレッチャーに気絶したままの児童を乗せ、校医が養護教諭と共に去って行く。担任の先生らしき人が慌てて廊下を走って去っていった。おそらく職員室に報告に行ったのだろう。

「そういえば……」

 しおりんが可愛らしく首を傾げながら言った。

「まだ、担任の先生のお名前も知りませんね」

 確かにその通りだわうふふふふと、コトカナが話していると二人の女の子が寄ってきた。

「キャナリィさま、横暴な男子を懲らしめてくださってありがとうございます」

「ありがとうございます、キャナリィさま」

「いや、実際に撃退したのはこっちのしおりんだし」

「しおりん?」

「ああ、わたしら三人のことは『コト』『しおりん』『カナ』って呼んでね。わたしがカナ、キャナリィね。で、金色のわたしが」

「わたし言うな!えっとわたしはコト、カテリーナ・マルデノですわ」

「しおりんです。シャイリーン・リットリーと申しますが、しおりんで!」

 周りの女の子は『お、おう…』みたいな顔をしてるが、そこは名家の子女である。一瞬で切り替えてくる。

「はい、よろしくお願いいたしますわ。カナさま、コトさま、しおりん」

「あー、そうだ。敬称はいらないけど、もしも付けるなら三人とも同じようにつけることをお勧めするわ。しおりんはリットリー子爵家の子だけど、王城での扱いはわたくしたちと同じ、王宮預かりの身分なの。わたしの父よりも上ね」

 六歳児には難しすぎるが、家にきちんと報告できるぐらいの判断力は期待したい。この子達の中から、将来の側近が出てくる可能性が高いのだから。

 実際、この時声をかけてきた二人は、その後も三人娘に付き従い続け、常に信頼され重用され続けたのであった。


「先生、帰ってこないね……」

「来ませんね……」

 あれから四半刻は経ったろうか。本来ならオリエンテーリングもそろそろ終わり、迎えの馬車が到着しても良い頃合いになってきた。

「あ、誰か話しながらやってきたましたよ。あれは校長先生と、あとはどなたかしら。担任もいらっしゃいましたね」

 ガラっと引き戸が開き四人の大人が入ってきた。校長、教頭、担任、警備担当の獣人である。

「ね……」

「ね?」

「ネコミミキターー!」

 カナのテンションが爆上がった。

「話には聞いてたけど、ほんとにいたんだ! ネコミミ! 尻尾は? 尻尾あるの?」

「落ち着け!」

 コトにはたかれた。

「あー、先ほどの事件に関わった三人はこのあと校長室に来るように。その他の児童は担任から説明があるのでそのまま。手早く終わらせるのでお迎えが来たものも少し待ってもらいなさい」

 こうして幼年学校二日目が過ぎて行く。平穏な学校生活は来るのだろうか。甚だ疑問である。

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