第18話  魔法の勉強

 その晩、ケイは王宮の客間に宿泊した。八歳とはいえ、男子を小宮に泊まらせるのはよろしくないとの判断である。ということで、ケイは基本的には自宅で生活し、王宮とは密に連絡を取り合うと決定した。

 猛反発したのはコトである。毎日お兄ちゃんに会えるのかと思ったら、まさかの別居。しかもロマーノの家は郊外なのでそこそこ遠い。馬車で半刻はかかるようなところなのだ。

 結局、試作などが立て込んでないかぎりは、幼年学校の帰りに王宮を経由する様に要望された。弱小男爵家の子息である。本来ならば御者とケイ、同行のリンダだけの通学であったが、王家預かりともなると近衛騎士団から護衛もつくことになった。


 翌日、朝食を終えたら子供達は揃って中庭へ。まだまだ謎の多い魔法についての悪巧わるだく……考察のため、宮廷魔導士に手伝ってもらいさまざまな実演をしてもらうことになったのだ。

 講師はカナの魔法の先生バイオレッタ・アンサンデリカ。二百歳越えの人族、しかも若いままというチートキャラである。

「バイオレッタ先生、その見た目は魔法で何かしてらっしゃるんですか?」

 カナが聞きづらいことをいきなり聞く。そりゃみんな聞きたい。けど遠慮しているのだ。そばに控える侍女たちもお耳がダンボである。

「あー、これ……能動的にはなんもしてないですよ。魔法極めていくと、なんかこんなんなることがあるらしいけど、実はよくわかってないのが実情です。」

 バイオレッタが答える。この見た目だといろんな男から誘われたりもするが、流石にもう惚れた腫れたはどうでも良くなったので気にもしていない。若かりし頃は魔法一筋で男なんて見てなかったし、結局生涯一人きりかな? とか思っている。

「宮廷魔導士には人族で百越えはもう一人かな? ただ、魔導士長が七百歳とかだから、目立たなくて」

 魔導士長はエルフである。この世界でもエルフの寿命はとてつもなく長いらしい。

「他には、ドワーフもそこそこ長いですね。大体どの種族も、男性より女性の方が寿命が長くなる傾向があります。これも魔法の性差ではないかと言われています」

 (となると、兄の寿命をなんとか延ばす手立てを考えないとなりませんね……)

 カナは、コトが仕えるべき神が寿命を迎えるのを、由としない。コトが幸せを感じるためには兄が必要なのだ。


「さて、今日の第一目標は、コト様が魔法を発動できるようになることと聞いております。コト様は今、魔法発動については何かご存知ですか?」

 現在、三人娘の処遇は王宮預かり。身分的には王妃と対等、王太子より上とされるため、実は周りの人間はヒヤヒヤしっぱなしだ。

「はい、まず子宮のあたりにこう、力の流れを感じて行って、それを指先に流す様にしながら意思を魔法に伝える様に…クラップ」

『パンっ!』

「うわっ! びっくりしたっ!」

 鳴らした本人が驚いている。

「あれ? 発動? あれ? 出来ちゃった?」

 とても嬉しそうに自分の両手を眺めているコト。それをすごくすごく優しく見つめるカナとしおりん。

 (もう驚かないわよ! わたしはっ! 生まれて初めての魔法が無詠唱とか、なんか色々おかしいけどっ!)

 バイオレッタは半分スネかかっているが、今日はきちんと最後まで面倒を見ないと、あとでまた魔導士長に折檻されてしまう。魔導士長の折檻は嫌だ。

「はい、上手に出来ましたね。では、なぜ出来たか考えてみましょうか。そうやって身体に魔法の使い方を定着させていくのです」

「今の……丹田……かな?」

「ああっ!」

 コトもカナも剣道有段者である。なんならケイも有段者だ。

 武道経験者ならば『丹田に力を込める』『丹田から動かす』様な指導を受けていることも少なくない。

『丹田ってなんだよ!』とか思いながら竹刀を振るっていた過去の自分に伝えてあげたい。それ、意味あったんだぞって。

「丹田で力を回す?なら俺にも出来たりしないかなぁ」

 ケイがちょっと前向きになっている。魔法が使える様になる男性は五十人に一人、人口のわずか二パーセントだ。しかも、そのほとんどが火種の魔法にすら失敗すると言われていた。

「気を回してからどうするんだ?」

「では、真似してくださいませ。風の壁、風の壁、風の手となりて、風の手となりて、打ち付けよ、クラップ」

 パンっ。

 バイオレッタが練習用魔法のクラップを、呪文で発動させた。先ほど、コトは無詠唱で発動ワードだけで発動させているので、ケイが聞くのは初めてとなる。

「えーと…丹田から力を伸ばし…」

 目をつぶって集中する。

「風の壁、風の壁、風の手となりて、風の手となりて、打ち付けよ、クラップ」

『ぷちっ』

 小さな音だが、発動した。男性が初めて魔法を習った日に発動させたなんて、おそらく王国史を辿っても出てこない様な、そんな偉業である。本当に小さな魔法だが、今、歴史がまた一つ変わった。

 (いいえ、もう驚きません、私はっ! あとで魔導士長と情報共有して、頭痛引き起こさせるまでは私は驚きません!)

「なんか鳴ったぞ?」

「お兄ちゃん、すごいっ! これで訓練続ければ、自分が飛ぶ動力には出来ないかな?」

 魔法を使って何かを為す機械。魔道具の一種としての飛行機。自分が飛ぶだけならそれでもいいが……

「ああ、でも、いつか万人の乗れる航空機は、必ず作るよ。そんでまた超音速で空を飛ぶんだ」

 兄の決意は固いのである。


「ところで、飛行機動かすとなると相当なエネルギーだよね。そのエネルギーはどこから担保するの?」

 カナが疑問を持ち出した。

「それはわたしも疑問でした。魔法のこの力の源って、どこなのかと」

 しおりんも不思議がっている。

「バイオレッタ先生、いくつか魔法を見せていただきたいんですけど、よろしいですか?」

「はいはいどうぞ。ここで安全に使える魔法ならなんでもいいですよ」

「じゃ、リフレクト・マジックを見せていただいて良いですか?」

「行きますよ〜。光と力と、虹と魔と、断絶を超え我の身元に降りかからん、我の魔、我の力は満ち足りて、彼の魔、彼の力は引いて行く、我が身を守れ、リフレクト・マジック」

 音もなく虹色鏡にじいろかがみが出現した。

「おお! これだ! 俺、これにやられたんだよ!」

 ケイが死の直前の記憶を反芻している。

「虹色鏡、懐かしいですねぇ。コトが二時間もこれの前で瞑想してたの、忘れませんよ」

「あはははは、ありましたねぇ。あの時に書いた論文、役に立ってるかなぁ。どのぐらい真実に迫っていたのか気になるなぁ」

 しおりんとコトが昔話をしている。カナは虹色鏡を見るのが初めてなので、興味津々の様だ

「バイオレッタ先生、この鏡で色々実験してみても良いですか?」

「どうぞ、カナさん」

 さてどうするか。話を聞く限り、この魔法は『物理攻撃』『魔法攻撃』それぞれに効果があると聞いている。

 今は手持ちの武器がないから、魔法から試してみよう。先生は、危ないので移動してもらっている。

 鏡のすぐ裏の地面に、近くで取ってきた木の枝を差し込み、そこに正対する。

 すでに何度も訓練して、発動ワードのみで扱える魔法で火をかける。

「バーンナップ」

 ボンッと音を立てて枝が弾け飛んだ。

「あー、これはやっぱり防げませんねぇ」

「いやちょっと待ってください姫さま、その魔法使わないでってお願いしませんでしたか?」

「いえ、あの時の魔法じゃないですよ。お約束ですし。あの魔法とはアルゴリズム……えーと考え方が全然違うんです」

「考え方?」

「前回のは『そこにある物の温度を上げる』だったんですが、今回のは『そこにある物に熱を与える』という感じの作りになってます。前回の方が高い温度になりますけど、安全性を上げるためにこの方式も作りました」

 バイオレッタは、また心が置き去りになりそうなイメージを思い浮かべたが、頑張る。頑張るばあさんかわいい。いや、ばあさんに見えないけど。

「バイオレッタ先生、このリフレクト・マジックに向けてファイヤーボール撃っていただけますか?」

「あ、ああ、良いとも!」

 少し落ち込みかけたバイオレッタのケアも忘れない。カナは本当に良い子なのだ。コトさえ絡まなければ。

 前世でも、本当に誰にでも優しく接し、琴といる時間を削がれたりしない限りは周囲への気遣いを忘れない、八方美人なのに八方から好かれる。そんな娘だった。

 その上で美人で成績もダントツ、剣道で県内一位とか、老若男女にとにかくモテた。モテまくった。

 琴が『特殊な好みの男性』と『おばさま』にしかモテなかったために、奏のモテっぷりが目立った。

 ただ、報われた人は誰一人いない。奏の興味は琴にしかなかったからである。

 今もバイオレッタが

 (何この娘、可愛いところあるわね……)

 とか絆され始めているが、カナは単純に『コトの周りの空気を明るく保ちたい』だけである。

 全ての人が肯定的に『ぽかぽかことば』で話してくれれば、わたしのコトも気分がよかろう……程度の対応だ。

「では……火よ、全てを焼き尽くす火よ、我が前に顕現なりて彼方の敵を焼きつくさん、ファイヤーボール!」

 バイオレッタの前にメラメラと燃える火の玉が生まれ、発動ワードと共に猛スピードで飛んでいき、リフレクト・マジックに当たって霧散した。

「うわっ、凄い…コトはどう見る?」

「まず『火よ』の段階で火が現れてたね。ということは、この時点で『自分の前方に火を出現させる』という意思表示が済んでるってことになるかな? そのあと、炎が大きくなる時には炎が立ち上らなかったのよね。とすると、周りの空気から切り離されてる? 空気と比重が変わらない何か? 実は重力制御も出来ちゃうの?」

「ああ、メラメラしてる時に立ち上らないのはわたしも気になったわ。あと、飛んでる時も尾を引かなかったよね」

「ああ、それ見落としてるかも……先生、またあとで見せてくださいね」

「リフレクト・マジックに当たった時は、まさにレジストされたっ! て感じに消え去ったと」

「あと、あの炎の本体が何なのか…何か燃えてるのか、燃えるように見えている何か別のものなのか」

「じゃ火を当ててみよっか。あ、物理障壁にじいろが邪魔かなぁ」

「まず火を試して、それから物理障壁にじいろ割ってみよう」

バイオレッタ先生に聞くと、物理障壁にじいろは弩の二、三発では割れることはないという。

「じゃ、それは魔法で何とかしよう。サンドラ、弩の矢と松明を一つずつ借りてきてもらえるかな」

 サンドラは、ここしばらく三人娘付きになっている侍女である。歳の頃はハタチぐらいか。ウェービーな黒髪と浅黒い肌の美人さんだ。


 サンドラが退出してる間に、もう一発ファイヤーボールを撃ってもらい、見聞を進める。

「ほんとだ! 尾を引いてないね。とすると炎じゃないのか、空気と切り離されてるのか……かな」

「空気じゃないとしたら何かな、実体があるのか? 質量は? よし、まずは先生方式で試してみようか」

 カナが言い、呪文を唱え始めた。二度も見ていればコピーするぐらいなら容易い。唱え切って発動ワードを放つ。

「……ファイヤーボール!」

 ズドン! リフレクト・マジックに当たったところでレジストされたが、その瞬間空気が震えた。

「効果出る時には空気にも干渉してるのかな?」

 (待って待って待って待って! わたしの二百年の修行の成果が、五歳児に負けてるとかなんなん、なんなんなん?)

 バイオレッタ先生の目が死に始めるが、ケアは後回し。今は少し確認したいことが多すぎる。

 サンドラが戻ったので松明に火をつける。

「あ、それわたしにやらせて。電気魔法、使ってみる」

 それは電気魔法ではなくて点火魔法だ。

「……イグナイト」

 ジジジジジジジ……ボッ。松明に火がつき、炎が上がり始める。

 五歳児に持たせるのは危ないかと思い、ケイが松明を受け取る。そのぐらいしないと影が薄すぎるからでもある。

「兄、それを虹に押し付けてフーフーしてもらえる?」

「こ、こうか?」

 ケイが物理障壁にじいろに松明を押し付け、思い切り息を吹き付けている。

「はい、コト! 『尊い』とかトリップしてないで観察しよっ」

 はっと気がついた琴が、鏡の横に回る。

「んー、虹に遮られて、炎通らないね」

 物理障壁にじいろと鏡の間の隙間、わずか五ミリほどの隙間だが、炎はここを越えて来ないようである。

「じゃ、虹割ろっか。ちょっとみんなそこから離れて。できればわたしの後ろに」

 ゾロゾロと皆が移動する。最後にサンドラが影に入ると、カナが弩の矢を鏡に向けて持ち上げ、そっと手を離した。

「浮いてる……」

 ケイがそれをみてつぶやいた。ただ物を浮かせるだけの魔法でも、その原理を考え始めたら大変なことになりそうだ。

「浮いてる……」

 コトがつぶやいた。めちゃくちゃワクワクした顔をしていた。

「行くよ、フォックスワン!」

 ドンっと言う破裂音と共に矢が消え、同時に物理障壁にじいろがバラバラに弾け飛んだ。

 (え? え? 待って待って、私が張ったリフレクト・マジックよ? 携行の弩程度でどうこうなるような代物じゃないわよ? 何ならSクラスハンターの攻撃だって弾くわよ?何で五歳児が破ってるの?もう意味わかんない)

「あー、バイオレッタ先生、あとで教えますから。この魔法も。ちょっと使い勝手悪いので、まだまだ改良の余地があるんですけどね」

 コトもバイオレッタもケイもしおりんも何か聞きたそうにしているが後回し、今は実験を進めるべきだ。

「細かい検証はあとあと、次の実験いくよ」

 カナがファイヤーボールを浮かべて、無言で発射、命中と同時に、やはりボンッと破裂音がする。

 さて、残された鏡。これ、三人娘にとってはトラウマ物の見た目である。あの時吸い込まれたあの鏡そのものにしか見えない。

「でも、先生がたのお話によると、魔法以外には無害なはず…兄、ゆっくり松明を鏡に押し付けてくれる?」

 ケイが了承し、鏡に近づいて無造作に差し込む。コトが「ひっ」と、声を上げた。

「ああ、向こう側に通るようになったね」

 確かに、鏡の中に出入りしてるように見える。なんなら横から見れば、確かに裏側に抜けていくし、炎も消えていない。

「マウスは通したら死んじゃったけど、何か他の生き物を……」

「何怖がってるのかしら。この鏡状のものは魔法以外には何も干渉しないわよ」

 そう言ってバイオレッタがスタスタと鏡の中を通り抜けた。

「ほら、平気でしょ?」

 それでも、まずはこわごわと指先から通し始める三人娘であった。


「で、カナ。さっきの射撃魔法! あれ何?」

「そうそう、フォックスワンって、あれ誘導弾なの?」

 いや、疑問そこっ?

「ターゲット目視出来てれば誘導出来る様にしてあるよ。だからフォックスワン」

 あ、出来るんだ……

「そうじゃなくて、まず浮かぶ原理!」

 こちらはコトである。

「あれはねぇ、誘導と同じ原理。現在のベクトルを維持させてるから、結果的に重力を無視したみたいに見えてるだけなの。あんまり重たいものは無理よ。あくまで、片手で持てる程度の物までかな。今はまだね」

「その後の発射は?」

「空気で筒を作って、空気で押し出したみたいな感じかなぁ。後でソース見せるね」

 すでにその場で呪文を組み立てて……というのでは間に合わなくなり、事前に作り上げた術式を現場で『思い出す』ことで行使している。

 このやり方の場合、魔法規模が大きくなればなるほど記憶が困難になり汎用性にかけるため、この辺も新しい方式を考えなくてはならないだろう。

「まだまだ、やること多いねぇ。楽しみ!」

 コトがすごく楽しそうに笑う。それを見たカナも笑う。妹が楽しそうに笑ってるのを見てケイも笑う。

 そのシーンを眩しそうに見ているしおりん。

 いや、まだわたしの疑問、何にも解消してもらってないんだけど? という顔をしたバイオレッタが、ちょっと口を尖らせて膨れている。

 こうして、全員揃っての魔法の勉強が始まった。

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