第16話  謁見の間

「王城から晩餐会への招待状が届いた」

 夕食の時、ランベルトが切り出した。

「まぁ、ワイバーンの件とグライダーの件だろうな。呼ばれたのは俺とセレナとケイの三人だ。明後日の晩と急な話だが断るのは無理だ。諦めて行くぞ」

 いわゆる宮廷晩餐会である。国内の晩餐会としては上から二番目ぐらいの、ものすごい権威ある晩餐会である。

 そんなところに……八歳児を?

 母セレナはまぁ良い。あんなのでも元は公爵令嬢なのだ。高度な教育を受けているだ。

 しかし、父ランベルトは男爵と言っても、中身はほぼ刀鍛冶だ。王宮主催の新年会や聖誕祭に参加することはあっても、それらは立食パーティである。

 そして八歳児。中身は大人だが、そもそも二十一世紀の地球とこの世界で、テーブルマナーって同じなのか?

 とにかく、今晩は特訓である。教師役はセレナ……ああ、なんかダメな気がしてきた。


 この国では晩餐会ではやはりコース料理が出てくるらしい。ただ、カトラリーはその度に用意されるのでそれほど心配はない。あとはまぁ、大まかに西洋風? に音を立てずに食べてれば、八歳児としては合格ラインである。


 そしてもう一つの問題点……装いである。両親はともかく、まだ八歳児の正装は用意していなかったのだ。

 貴族用の貸衣装など存在しないし、借りられる伝もない。結局、幼年学校通ってるんだから、それで良いや……と制服で参加することになった。


 そして、呼び出し当日。招待状を持ち、指定された時間の半刻前に門前に着く様に馬車を用意する。今日の御者は家令のバスガスが直接握っている。間違っても遅刻はできない。

「うわぁ、緊張してきた……」

 ケイは心臓のドキドキが止まらなくなってきた。これなら、ゴーアラウンド訓練中にバードストライクを喰らった時の方が楽だったかもとか、ちらっと頭の片隅に浮かび上がった。

 王城まで、もうあとわずかである。


         ♦︎


 まもなく、お兄ちゃんが城にやってくる。まだ確認はしていないが、あれは間違いなくお兄ちゃんである。名前はケイオニクス・ロマーノ。ロマーノ男爵家の長男。年齢は八歳。今のコトカナと三つ違うということは、前世での年の差と同じだ。

 (年の差変わらないの、ちょっと嬉しいかも……)

 単純に、こちらに飛ばされた時間が三年ずれただけなのだが、嬉しい気持ちは仕方ない。

 (逢えたらどうしよう)

 もう、何日も同じことを考え続けていた。しかし答えが出ない。答えが出ないというよりも、自分がどんな行動に出るのか予測がつかない。

 抱きつくのか、泣くのか、狼狽うろたえるのか、全く予測できない。

 もう、それほど時間は残っていない。あとはひたすらお洒落して、お兄ちゃんを迎えるしかない。


 まもなく、兄がこの王城にやってくる。兄は男爵家へと転生しているようだ。まぁ、王室や公爵家に比べたら動きやすかったとは思う。だからこそ、今回の事件を起こすことができて、コトに合わせることができるのだ。神に感謝するしかない。

 この世界、教会の力が今ひとつ弱くて存在感が薄いが、今度手を合わせに行ってこよう。


 まもなく、くだんの少年がやってくる。うちの愛する孫が幸せになるためには、絶対に手に入れなければならない。さて、どう懐柔するか……まずは少年の人となりを見てやろうじゃないか。


 そして、馬車が門前に到着したとの連絡が入った。


          ♦︎


 馬車でそのまま門に通され、はね橋を渡りきったところで降ろされた。案内に侍従と侍女がついて先導してくれる。

 まず、エントランスホールから圧巻であった。一口に王城と言っても、王族が実際に住んでいる王宮部分と、王国の政治経済を動かしている王国会議部分に分かれている。今日訪問するのはその王宮部分。普段は王族と王族の使用人たちしか入れない場所である。使用人は基本的に通用口を使うので、エントランスホールは基本的に王族しか使わない。

 高さ十ヤードはあろうかと言うアーチ天井には壮大な天井画が描かれ、ステンドグラスが優しく光を通している。

 そこから続く廊下には、数歩ごとに燭台が置かれ、魔導の光で廊下を照らし出していた。

 しばらく廊下を進むと、ビジターウェイティングルームがある。室内に入ると席を薦められ、お茶とお菓子が用意された。

「お時間の前に、ホスト側から王太子妃がご挨拶に参ります。しばらくこの場でお待ちくださいませ」

 案内してくれた侍従がそう告げてから部屋を出て行った。侍女はそのまま待機して、お茶の様子を見ていた

 そう時間をおかずに人がやってきた。


「失礼致します。第一王太子妃のパトリシアと申します。ロマーノ男爵、本日は御足労いただきありがとうございます」

 パトリシアが自己紹介しながら室内の人間を見回す。

 一人は見慣れた人間だ。元公爵令嬢のセレナ。彼女のことを王宮では知らない人はいないだろう。現国王の従妹であり、王宮を何度も混乱の渦に叩き込んだ張本人である。ちなみに今でも顔を見ただけで震え上がる使用人も多い。

 一人はがっしりとした成人男性。何度か顔合わせしたことがある程度のロマーノ男爵本人である。

 そしてもう一人。小柄な身体に可愛らしい表情の少年がいる。黒髪黒目で目立たない雰囲気だが、なんか可愛らしい。男の子に言っちゃいけない感想であろう。

 (この子がケイオニクス……あの娘たちが兄と呼ぶ少年か……)

 パッと見た感じは、普通である。あまり異常を感じないが、よく考えたらカナだってコトだってしおりんだって、見た目だけならただの美幼女だ。騙されちゃいけない。

「セレナお姉さま、お久しぶりです。お元気にされてますか?」

「パトリシアも相変わらずの活躍みたいね。」

セレナはパトリシアの二つ上。幼年学校でパトリシアが憧れた人。そして、学園で必死に取り締まろうとしたものの、唯一勝てなかった人。

 まぁ、能力がすごい! とかではなく、自由すぎただけであるが……

「で、そちらの少年がセレナお姉さまの?」

「ええ。長男のケイオニクスよ」

「ケイオニクス・ロマーノでございます、王太子妃殿下。お気軽にケイと呼んでいただければと存じます」

 (あー、間違いないわぁ、この感じ。これはカナとコトの兄ちゃんだわぁ)

 確信と共に、新たな心労を思いげっそりとなる。

「あら? パトリシア疲れてる?」

 (疲れてるわよ! 疲れ切ってるわよ!)

「いえ、そんなことありませんわ、大丈夫です」

 正直、もう戻って休みたい……用を済ませて一度出なおそうと、伝達事項のみ伝えて行く。

「本日の晩餐会場は迎賓棟のホールで行いますが、その前にケイくんの国王謁見を行います。このあと謁見室までこちらのサンドラが案内しますので、今しばらくお待ちくださいませ」

 セレナは国王の従妹なので国王にあまり権威や威厳を感じてはいない。親戚のお兄ちゃんどころか実の兄並みに絡まれていたし。

 しかしケイはこの段階で明らかにビビりまくっていた。国王謁見である。これが日本ならどうよ……天皇陛下の御前に……勲章でも貰わないと無理な気がする。

「それではまた後ほどお会いしましょう。ケイくん、今日は楽しんでね」

 パトリシアは部屋を出ると、その足で国王の居室へと向かった。そこには現在、異世界転移対策委員が集まっている。と言っても、三人娘の両親と国王夫妻とエレクトラの九人だ。

 おそらくここに今日、あと二人が追加される筈なのだが……

「セレナお姉様が読めませんねぇ」

「セレナはなぁ……あれの行動読めるやつは……おらんよなぁ」

 エレクトラは四年違うので流石に絡みは少なかったが、それでも伝説は色々聞いている。子爵令嬢と二人で園長室を半壊させたとか、男子がみんな不登校になったとか……

「それで、肝心の息子はどうじゃった?」

「見た目は普通でしたけど、中身はそうですね。言うなれば……カナの兄?」

 いや、それはまんまじゃ……

「もしくは、コトの兄?」

 同じだ同じ。

「つまり、本物で間違いなさそう……ってことかぁ。会わせないって選択肢はないけど、会わせていいのかしら……すごく危険な香りがします」

 エレクトラが不安になるコトを言い始めた。しかし、ここで会わせないという選択をした場合は彼女たちが暴走するのは間違いない。

「こんな時は案ずるよりも産むが易しだ。謁見を開始する。皆のもの、準備を。カナたちは途中で呼ぶが……まぁ晩餐会は潰れるじゃろ」

 もともと、晩餐会は準備はしてあるものの多分できないだろうなぁ? とは全員が思っていることである。


          ♦︎


「それでは準備があい整いました。これより謁見の間にご案内いたします」

 侍女のサンドラを先頭にぞろぞろと歩き始めた。一度玄関ホールに戻り、やたら広い廊下を進む。しばらく進むと大きな大きな両開きの扉が見えてきた。高さだけでも大人の二倍は優に超えるだろう。左右には、槍を持ち直立不動の近衛の鎧をつけた騎士がニ人と、扉を開けはじめている侍従が二人。

 ゆっくりと扉が開いてゆく。隙間から見え始めた謁見室はかなり広そうに見える。奥に階段があり、一番上には椅子が二つ仕付けられている。

 (あれが玉座かぁ)

 サンドラが再び進み始めたので慌ててついてゆく。階段手前でサンドラが折れ、三人で横並びに立った。真ん中にランベルト、左右にセレナとケイである。


 謁見室の左右の壁沿いには何人か人が立つ。警備もいるがそれ以外の人も何名か。

 (あ、さっきのパトリシア様だ。じゃ、並んでらっしゃるのが王太子殿下?)


「国王陛下、王妃殿下がお見えになります」

 合図で皆が跪き、ケイもそれに会わせて膝をついて頭を下げる。このあたりの訓練は一通り済ませていた。

 階段の上の方に人の気配があり、椅子に座った音がした。

「皆のもの、おもてをあげよ」

 そっと頭を上げていく。階段の上には黒髪美丈夫とプラチナ美女が座っている。お年はそれなりに行ってらっしゃるだろうが、人の目を惹きつけて離さない魅力のあるお二方だ。

 (これが国王陛下……ディーノ・カッシーニ様……すごい威厳だ!)

 ケイ、もう少しよく観察しよう。よく見れば国王はチラチラと王妃の方を横目で見ていたりするぞ。王妃は堂々と、それは堂々とケイを見下ろしている。

「ロマーノ男爵、よくぞ参った。変わりはないか?」

「はっ! 陛下におかれましてもますますのごけ……」

「世辞はよい、今日はそちは添え物だ」

 実はとても緊張している国王、直球ぶん投げます。あ、王妃さまがヤバげな流し目送ってる。

 「セレナや、どうだ。こんなのより王宮の方が良くないか?」

 相変わらずセレナにご執心だが、セレナにはミリも伝わらない。歳も親子ほど離れている上に、ディーノにぃはベタベタウザいのだから当たり前である。

 と言うか王妃さまの顔色が……陛下、そろそろ自重しないと危険です。

「わたくしはロマーノの妻であることを誇りに思っております」

「そ、そうか……」

 ほらフラれた。

 ちなみに、セレナが積極的にランベルトにアプローチした結果の恋愛結婚である。これも学園伝説に残る物語になっている。

「して、そちらのわらべがケイオニクスかな?」

「はっ! ケイオニクス・ロマーノでございます。この度はこのような場にわたくしのような若輩者をお呼びいただき、恐悦至極に存じます」

 八歳である。

 しかし、この場にいる大人たちはだいたい慣れてきていた。

 毎日毎日五歳児三人組に振り回されているのだ。八歳ならもう大人じゃね? とか血迷った考えに染まるものも出始めているぐらいだ。

「あー、よいよい。さて、今日の本題じゃ。まずはワイバーンの討伐、大義であった。その小さな身で魔物を倒すとは将来が楽しみである」

「もったいないお言葉でございます。実際に討伐に関わったのはわたくし供の使用人であり、わたくしはただ現場に居ただけの穀潰しでございました」

「詳細報告は受けておるよ。そう自分を卑下するものじゃない。子供らしく少しは喜ばんか」

「はっ!」

 全然子供らしくない。

「ではワイバーンの件は置いておいてだ……飛行機械について聞かせてもらっても良いだろうか?」

「はいっ!」

 途端に目が輝いた。

「まず、わたくしが今回作りましたのはただ風に乗って空を滑空するだけの航空機であるグライダーと称するもので自由気ままに空を飛び回れるというわけではございませんがこの先航空機を開発していく上でのキーとなるデータを取得するために様々なアプローチを行っており次回飛行時にも……」

 メッチャ早口だ。しかも何言ってるのかわからない。誰だよこれ呼んだの。

 (あー、俺だなぁ、呼んだの……)

「……そのためこの翼にかかる空気の力である揚力を用いて機体重量プラス乗員の重さを支え継続して飛行することができるよう動力を用いる計画を……」

「あー、ケイオニクス、詳しい計画はまた後ほど文書にしてくれたまえ。そのための部署も立ち上げる」

「恐れながら陛下……」

 ランベルトが口を開く。

「この航空機械の開発については工業ギルドとの連携を進めているところでございます。工業ギルドの総力を持って協力していただけることになっております」

「それは構わん。どんどん進めてくれたまえ。王宮からは人手と資金と場所を提供する。計画そのものはそちらで全て進めてもらって構わん。存分にやれ」


 ランベルトは困惑する。そんな好条件があって良いはずがない。王宮は基本的には公平である。国王派も含めて、どこかの派閥に肩入れしたりすることなく、明らかに国益に反する時以外は商業活動に干渉することもない。

 それがなんだこれは……ロマーノ男爵家の派閥はいわゆる『ギルド族』と呼ばれるものだ。明確な旗頭もおらず、派閥としては最弱と言っても過言ではない。

 そんな派閥にこれほどまでの高待遇……何か落とし穴があるんじゃないかと警戒感を一段高める。


 ケイは歓喜していた。この国王はとても良くわかってらっしゃると。航空機の重要性が伝わったのだと。そして、航空機の発展に尽力してくれると。

 ケイはこの国に生まれたことを喜んだ。この国王になら忠誠を誓えると、心の底からそう思った。


 セレナは……

 (うちの子いい子でしょ最高でしょこれからまだまだいい男になるんだよいいでしょ羨ましいでしょ……)

 セレナだった。


 こうして、国王陛下との謁見が進み、次の話題となる。いよいよ……そう、いよいよなのだ。

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