第15話  見つけた!

 ケイの初飛行は、ロマーノ家の面々だけが見ていたわけではなかった。御近所の名家、ロマーノのおうちが一族総出でゾロゾロゾロゾロ出ていったのだ。当然

『なんじゃなんじゃ』

 とついて行く町の人もそれなりにいた。すると、ロマーノのぼっちゃまが何やら面妖なカラクリに乗り、空をかけ、湖にぼっちゃんと落下するまでの一部始終が目撃されている訳だ。

 人の口に戸は立てられない。その噂はあっという間に町内会を出て、王都南部の職人街からも飛び出し、商業施設の集まる中央区へと広まっていった。

 中央区には様々な商店だけではなく、それらを取りまとめるギルドや各種商工会の支所も有る。

「ロマーノ男爵が空を飛んだらしい」

「何やら新型の飛行機械でワイバーンを撃墜した」

「いやいや、飛んだのはロマーノの先代だ」

「何言ってんの。あそこでそーゆーことするのは跳ねっ返り姫のセレナ様に決まってるって」

 真っ先に反応したのはロマーノ男爵家も登録している工業ギルドだった。

 小さいとはいえ男爵家、貴族で有る。そこらの泡沫工房ならギルドに呼び出して事情を聞くところであるが、何も瑕疵のない男爵を呼び出しなんてしたら頭と胴体が泣き別れになっても仕方がない。

 

 ギルド長は服飾部門上がりのサンディ・ベルクマン。秘書のポーリー・ローリーと共に屋敷へと足を運んだのは翌々日の昼下がりであった。

 ギルド長のサンディは七十歳を超え、ますます壮健な人族の女性である。この世界、一芸ある人間はやたらめったらと元気な傾向がある。

 秘書のポーリーは赤毛のドワーフ女性。こちらは人族的な目から見ると、せいぜい幼年学校卒業したかどうか?ぐらいの見た目であるが、実年齢はすでにアラフォー。

 ドワーフ族は不思議な種族である。男性は『ガッシリころころ髭面親父』であり、ドワーフと聞けば誰もが脳裏に浮かべるドワーフ像で間違いがない。

 しかし、ドワーフ女性は髭こそ薄いものの『がっしりコロコロ』なタイプが八割、そしてローリーの様な幼女のまま止まってしまった様なタイプが二割ほど生まれてくるのだ。

 ドワーフ男性に好まれるのは圧倒的に前者のコロコロタイプであり、ローリーの様なタイプは『人族の変態』に付き纏われたりするだけで『ドワーフとしては何一つ嬉しくない』らしい。

 がっしりコロコロなドワーフにモテたいのであって、脂ぎったぷよぷよ貴族に囲われるなど真っ平御免である。


 本来、ロマーノ家は工業ギルドの中の鍛治部門が担当している。しかし、貴族家相手なのを鍛治部門長のモーリー・ローリーが嫌がり、たまたまギルド長の秘書をモーリーの娘であるポーリーが勤めていたということで『おまえ、名代な』と押しつけられた結果がこの状況であった。

 鍛治部門長の娘ではあるが、ポーリーは服飾上がり。鍛治仕事のことなんてほとんどわからない。無駄にニカっと笑ってサムズアップで送り出した父親の髭面を思い出して腹を立てる。

(いや、父さんかっこいいんだけどさ。自慢の父親なんだけどさ)

 腹が立つのは別腹なのだ。

 そうこうしているうちに馬車が止まる。先触れは昨日出してあり、この時間の訪問は伝えてある。門番と家令らしき男性が出迎えてくれた。門番は御者に指示を出して脇の車止めへと馬車を回して行く。

 家令はバスガス・ニノリッチと名乗った。バスガス・ニノリッチ。なんのことはない、リンダの父親だ。元々は伯爵家三男。伯爵家とはいえ三男ともなれば家格がどうこう言える立場でもない。更に、学園時代からリーノに付き纏い、何度もセレナに撃退されたが諦めず、とうとう射落としたという経歴の持ち主である。

 ちなみに、ストーカーとして通報されたこともあった。


「ベルクマン様、お待ちしておりました。ご案内いたします、お荷物はございますか?」

「荷物は結構ですわ。案内お願いしますね」

 門から工房の前を通り庭園という名の資材置き場を過ぎ、屋敷の玄関から応接室へ。

「では主人と噂の本人を呼んでまいりますのでしばらくお待ちください」

 バスガスが席を外すと入れ替わりでリーノが入る。

「失礼いたします。お飲み物は香茶でよろしいでしょうか」

「ああ、おかまいなく……」

「ではご用意いたします」

 ワゴンの上でカップを用意し、ポットにお湯を汲む。茶葉を蒸らしながらお菓子のお皿を並べて行く。綺麗に色づいた香茶を確認するとカップに注ぎ、サンディとポーリーの分をテーブルに並べる。

「お連れの方もぜひ」

「ありがとうございます」


 ロマーノ男爵が小柄な少年と共に部屋に現れたのは、まだお茶が熱いうちであった。貴族相手の場合、待たされるのが当たり前。むしろ待たされないと、何か仕掛けられているんじゃないかと不安になる。

「ロマーノ男爵、ご無沙汰しております」

「こちらこそ普段はローリーの親父のとこしか行きませんからね」

 サンディの亡くなった主人も男爵であった。もう三十年も前の話なのでランベルトも知らないのであるが、国境沿いの小競り合いで戦死したらしい。そのため戦没未亡人として、今でも準男爵と同等の身分が保証されている。

「さて、本日のご訪問についてなんですが……」

「あはははは、町の噂ですよね。ええ。わかります、わかりますとも」

「は、はぁ……」

「ほれ、ケイオニクス。説明しなさい」

「あの、こちらのお子様は男爵の?」

「はい、ケイオニクスと申します。ロマーノ男爵家の長男でございます。本日は私の起こした不祥事についてわざわざ御足労いただきまして大変申し訳なく思っております」

 見た目七、八歳の少年が突然はっきりとした滑舌で話し始めたのだ。当然驚く。そして、その驚いた顔を見てニヤニヤ笑っているランベルト。人が悪い。そんなんじゃモテないぞ。

「ではご説明いたします。まず噂になっていると思われる飛行機械ですが、私が設計製造いたしました。その機械を用い、一昨日の午前に試験飛行を行いました。その時、上空を飛翔しているワイバーンを刺激し、攻撃を受け、湖に不時着した次第でございます。世間をお騒がせして申し訳ございませんでした」

 (え? 何歳? この子もポーリーみたいな見た目と中身が別物なやつなの?)

「少し質問良いかしら? あの、飛行機械って?」

「実際に見ていただいた方が理解が早いと思います。倉庫の方へ寄っていただけますでしょうか?」

 ケイが促しサンディとポーリーを連れて屋敷を出る。いつもの倉庫まではそれほど遠くない。歩きながら会話を続けた。

「飛行と言っても、能動的に空を舞うことが出来るものではありません。今の所、湖からの風を受け数十ヤードの高さまで上がって、とんびみたいにくるくる回っているのが関の山の状態です」

 (数十ヤードの高さって、それは王城並みの高さなのでは? とんびみたいにって、今も見えているけどなんか凄くスムーズに飛んでるわよね。あんなふうに飛ぶの? え? 人が? ………私も……飛んでみたい……)

 サンディは年甲斐もなくワクワクし始めた。


 倉庫にたどり着き、大きな扉を開く。

「こちらが飛行機械。私どもでは『グライダー』と称しております」

 墜落した時のダメージは、できる限り隠せるように修復してある。と言っても、翼の根幹たる骨が折れてしまっているため、根本対策を行わない限り再び飛ぶことはできなくなっていた。


 (おっきい……何これ凄い。これ、この少年が作ったの? こんなの子供が作れるの? この子、やっぱり私と同じ中身と見た目が違う子なの?)

 さすがポーリー、その通りである。しかし、ドワーフにはショタオジはいない。エルフは子供期間が長いが、子供は子供だ。人族もたまに超寿命を持つ個体がいるが、大人になるまでの成長は一般人と変わらない。獣人と呼ばれる部族たちはむしろ成長が早く、子供の期間がとても短い。

 (じゃ、なんなのかしらこの子……ううん、この男の人……)

 ポーリーは生まれて初めて、ドワーフ男性以外の異性に興味を持った。


「この、下についてるトライアングル状の部分に腹ばいになって乗り込みます。翼は十分に大きく見えますが、機体重量が少々重く、まだ私程度の軽い人間しか飛ばせない状態です。将来的には、誰もが空を飛ぶことができる様鋭意開発中でございます」

「でまぁ、試験飛行中にワイバーンに見つかって、どぼーんってわけだ。とりあえずワイバーン対策ができるまでの飛行禁止を言い渡してあるんで、実際に飛ぶとこは今は勘弁してくれ」

 ランベルトが助け舟をだした。サンディの目が、明らかにキラキラし始めたのだ。このままだと、絶対飛ぶとこ見たい、むしろ乗せろ! と言い出すのが目に見えた。

「チッ」

 チッて言ったよ、この人チッて言ったよ。めっちゃ上品な、おばあさまというのが憚られるぐらい若いおばあさんが、チッて言ったよ。

「はい、では飛んでるところはまた今度ぜひ」

 こほん……と上品に咳払いして取り繕うサンディ。かわいい。

「でだ、見ての通りこの機械、この先開発が進めばおそらく世界を変える、そんな機械になると思うわけだ……工業ギルドで一枚噛まんか?」

「ね、願ってもないことですが……よろしいのですか? 権利独占できたら、それこそ物凄い権益になるかと思われますが……」

「構わんよ。開発者のケイオニクスの意向でもあるしな」

「むしろ積極的にご協力をお願いしたく思います。開発する上での問題点の解決などで、お知恵を拝借したくもありますし」


 これは大きなチャンスである。この国のギルドの中で、工業ギルドの立ち位置は高くない。

 一番大きな組織はハンターギルドである。国土人民の安全まで担保しているため、各国の支援を受け世界規模の組織として君臨している。

 続いて大きいのは商業ギルドだ。交易のため、これまた世界レベルのネットワークがあり、資金の融資や担保をとっての貸し出し、預かり送金などの銀行業務に近いことも行なっている。

 この世界の工業とは、未だ家内制手工業であり、封建社会と師弟制度による貴族からの搾取と技術の孤立化で長い停滞期を過ごしていた。


「わかりましたわ。ではこれからはわたくし共はパートナーです。ケイオニクス様もそんな謙らないでくださいませ」

「ありがとうございます、ベルクマン夫人。それと私のことはケイで結構です。そちらの……えーと」

「ポーリー・ローリーです。私の秘書をしてもらってます」

「ローリー夫人も、ぜひケイとお呼びください」

 (ふぉぉおお‼︎夫人言われたっ。この人、人族のくせに私のこと大人扱いしてくれるっ。何これ何この感情。やだ、この人すごい、かっこいい、私この家の娘になる!)

 あ、この人もダメな人だった。ダメな人しか出てこない……なぜだろう。

「あ、ありがとうございます、ケイさん……あの、私のことはポーリーで、ポーリーとお呼びください」

「はい、ポーリーさん」

 (ふぉぉおお‼︎ キタコレ名前呼び! 破壊力高いっ、私この家に住むっ)

「ではわたくしのこともサンディと呼んでくださいな。サンディおばあちゃんでも構いませんよ」

「あはは、わかりました。ありがとうございます、サンディおばさま。これからよろしくお願いしますね」

 (うわっうわっ、この子、女たらし? なにこの可愛い生き物。貰っていい? 貰って帰って良い?)

「あ、ありがとう、ケイ……」

 サンディ、耳まで真っ赤になっている。


「では、改めて問題点を洗い出してからギルドに報告をあげる様に手配する。ケイは学校が有るからギルドへの連絡は……」

「それなら私が承ります。なんでしたら毎日お屋敷に通わせていただきますっ!」

 ポーリーが食い気味に反応する。

 (ちょっと何この娘、抜け駆けですの? 上司で有るこのわたくしを差し置いて抜け駆けですの?)

 男二人の気がつかないところで、女の戦いが始まっていた。

「大きな問題等がある場合は、連絡いただければ時間外でもギルド開けておきますし、呼んでいただければいつでもわたくしも参上いたしますわ。あと、連絡員としてポーリーはこちらに常時詰めさせるようにしますわね」

 ポーリーに恩を売り、ケイの情報を持ち帰らせるための餌である。

「それと……言いづらいのですが少々騒ぎになっています。これは国にも届け出たほうが良いのではないかと思われますが……」

「あー、やっぱ言わないとダメかぁ。ついこの間ケイが問題起こしたばっかりなんだよなぁ」

 ワイバーンを狩っただけである。

「まぁ、数日内には報告入れて、多分国も噛ませろって言ってくるだろうから工業ギルド通せって方向で話していいか?」

「構いませんわ。実際に工業ギルドの領分ですもの。こんな時ぐらい存在感を見せましょう」


 こうして、グライダー開発の進捗に、新たな方向性が生まれた。


 翌日から、ケイは国にあげるための報告書の作成にあけくれた。ランベルトが書類仕事大嫌いな上に、グライダーのことはケイにしか解らないので、こればかりは仕方ない。

 三日かけて資料をまとめ、四日目、学校を休み王都の南番所へとランドルフと共に報告に向かった。

 南番所は王国警備兵の詰め所であり、併設された小さな役場がある。受付窓口はニつ。うち一つはお金のやり取り専門の窓口になるので実質一つしかない。窓口に座っているのは馴染みの助役であり、見かけるなり声をかけてくる。

「ロマーノ男爵、いらっしゃいませ。珍しく坊ちゃんとご一緒なんですね。本日はどのようなご用件でしょうか」

「最近街を騒がせている我が家の噂を聞いたことはあるかい?」

「えーと、男爵がワイバーンに求婚したという噂のあれですか?」

 どんな噂だよっ、尾鰭付き過ぎだろ!

「いや、空を飛んでとかいうやつだ」

「男爵が空を飛んでワイバーンに求婚したんですよね?」

「違うわっ!」

 ケイが苦笑いしながら書類の入ったファイルを窓口に出して話しかける。

「いえ、飛んだのは僕なんです。その件で伺いました。こちらが詳細報告になりますのでご査証ください」

 助役は目を白黒させていたが、ランドルフがとっとと切り上げ家に戻る。

「まぁ、後で絶対呼び出されるけどな。覚悟しとけよ。この間のワイバーンの件も残ってるんだから」

 そうだった、ワイバーンを倒した勇者の謁見が残ってるんだった。


          ♦︎


 国家安全保障局に『人が空を飛んだ』という報告が上がってきたのは二日後である。すぐさま国王執務室行きのファイルが作られ、最優先を示す黒い帯をかけられて届けられる。

 黒帯のファイルが届くと、執務担当官が国王に声をかける。

「なんじゃ? ……人が……飛んだ⁉︎ ノエミとパトリシアを呼べっ!」

 呼ばれないローランドの立場……


 ノエミもパトリシアも執務中であったが、事が事だけにすぐに招集に応じた。

 三人娘も呼び出され、報告書を見せる。

「見つけた……お兄ちゃん……」

「うん、間違いないね、兄だわ、これは」

「まさか、本当に飛んできたとは……さすが沢井二佐、サスニサ」


 緊急でロマーノ家に国王からの使者が送られ、王宮晩餐会への招待状が届けられた。

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