第13話  エレクトラ・レポート

 子供たちが自分の部屋へと案内されると、エレクトラは王宮の応接室に戻る。今の子供たちの様子を報告するためである。

 ドアをノックし、扉を開ける。中にいる人々の顔はかなりやつれ始めている。

 男性陣はともかく、女性陣はちょっとかわいそうだ。全員、かなりの美女揃いなはずなのに、部屋に全く華がない。


「さて……子供たちの会話を少々盗み聞きしてきましたわ」

 黙っていても仕方がないのでエレクトラが切り出す。

 ああ、また面倒ごとがやってきたのかなぁ?と、嫌そうに顔を向けてくる王国の首脳陣と他数名。

「まぁまぁ、あまり嫌がらずに聞いてくださいませ。みなさまの可愛い可愛い愛娘のお話ですから」

 エレクトラは、それはそれは魅力的ににっこりと笑顔を振り撒く。

 エレクトラのこの笑顔の意味を知っているパトリシアは空を仰ぎ、王太子ローランドは顔色を青くした。

 パトリシアとローランドは同級生。エレクトラはニ学年下の下級生であった。

 当時、学園の女王はパトリシアであったが、学園の覇者はエレクトラであったと言われている。

 

「三人とも間違いなく以前からの知り合いですわね。ただ、シャイリーン嬢だけ少し関係性が薄いようです。その前世の記憶の頃の年齢層も違っていたみたいですね。また、シャイリーン嬢の記憶当時の年齢ですが……五十八歳と言ってました」

「なんと……」

「うわぁ……」

「もしかしてこの中で一番年上?」

「わし、娘より年下なのか……」

「あんなに可愛いのに……詐欺?」

 誰だよ酷いこと言ってるのは……パトリシアか。なら仕方ない。

「まぁこの辺りは枝葉末節で問題のない話題なんですが」

 これが問題ないレベルなんだ……全員の顔がますますげっそりとしていく。

「以前、キャナリィ姫に教師をつけた時、次々に辞められちゃいましたよね?」

 エレクトラが王太子殿下妃殿下夫妻の顔を見る。頷く二人。

「三人とも、おそらくそのレベルの会話をしておりましたわ。読み書き算術はもちろん、魔法は更にその先を行ってると思われます。多分、この国の最先端どころじゃない気がしますわね」

「い、いや、彼女らが来たのは魔法のない国からじゃなかったのか?」

 国王陛下が驚きながらも正論を吐く。他の皆もうんうんと頷いている。

「どうも、魔法がない国だからこそ魔法に傾倒した上で、魔法以外のアプローチから深淵に迫ろうとしてるのではないかと……」

 魔法がもともとある国であっても『魔法とはなんぞや』という命題は常に追い求められている。宮廷魔導士なぞ、そのためにいると言っても過言ではない。

 魔法とは何か、様々な説が唱えられているが、決定的なものはなかなか出てこない。

 やれ人が神から授かったギフトだの、やれ生物本来の獲得形質だの、男性に現れにくいことから母性の発現だのと様々な説が生まれ、消えていく。

 ちなみに、魔物の中にも魔法が使えるものがいるので、人間が神に授かった説はとうの昔に否定されている。

 男性魔導士が極端に少ない弊害は他にも出ている。継続して研究し続けることのできる人員が足りていないのだ。封建制度に近いこの世界、女性は結婚してしまうとなかなか研究者へと復帰することが難しいのである。

 宮廷魔導士長のアンガスも、ナンバーツーのバイオレッタも独身である。二人とも魔法に人生を賭けているとても優秀な魔導士である。

 

「まず、キャナリィ姫の魔法がかなりのものだ……とは報告受けてると思いますが、実際どのぐらいのレベルなのかご存知ですか?」

 エレクトラも魔法は得意だ。魔導士として仕事をしたコトはないが城内で必要になる魔法なら、得手不得手はともかくだいたい理解はできるし、発動ぐらいならば可能である。

 誰も答えないので話を続ける。

「わたくしが学院時代、魔法学の授業では常に成績優秀者だったことをご存知の方もいらっしゃるでしょうが……彼女らの構築する魔法理論の半分もわかりませんでしたわ」

 ちょっと待て、相手は魔法覚えてまだ数ヶ月だぞ。しかもまだ五歳……いや、五歳なのはこの国に生まれてからの年齢だが……それが「王立学園の才媛」よりも先にいると?

「すでに、わたくしが全く理解できない呪文構築で新魔法をいくつも作って、行使していました」

「はぁ? 聞いてないぞそれは」

 宮廷魔導士の二人、アンガスとバイオレッタはまだ状況整理ができておらず、王宮に報告を入れていなかった。宮廷魔導士ともなれば『未知の魔法を使い』では済まないのだ。あの時キャナリィが発現した魔法の再現は、最低限でも必要だと考え、必死に追試を行っている最中である。

「更に、呪文省略、発動ワードの省略……彼女たち三人のやっていることは、わたくしたちの何年先を行ってるのかわからないレベルでしたの」

 もう、驚くとかそういったレベルではなくなっていた。今、この場に呪文省略ができる人間はいない。発動ワードの省略など、宮廷魔導士にもいるかどうかわからない。

「あの三人を放置すると、おそらく戦争になります。そして、三人を抑えた国が覇権を握るコトになるでしょう」

「マジかぁ……そこまでのレベルかぁ、うちの孫娘は」

 すっぱーんっ!

 国王が頭をはたかれた。王妃ノエミは配偶者に厳しかった。国王が頭を押さえる。少し涙目になっていた。

 

「更にですねぇ」

 うわぁ……まだなんかあるのかよ……どんよりとした雰囲気が、更に淀み始める。

「キャナリィ姫とカテリーナ嬢の兄がこちらに来ている可能性があるようです」

「ああ、さっきそんなこと言ってたなぁ」

 あんなのがまだいるのだ……

 全員、自分とこの娘を棚に上げておきながら、うんざりとした顔つきになる。

「お二人ともその兄には多大な思い入れがあるようで、見つけることに必死な感じもしました」

 必死なのは主にコトではあるが、兄が見つかればコトが喜ぶ。なら見つけるのみ! となるカナもそれなりに必死だったりする。

「あいわかった。ではその兄の捜索も進めよう。そちらは何か特徴はわかるか?」

 エレクトラは天井の片隅を見上げながら記憶を辿る。

「えーと、空を見てれば見つかるとか、飛んでくるとか」

 なんじゃそりゃ……魔法使いのおばあさんかよ……もう吟遊詩人のライフもゼロになりつつある。

 

 この世界では、人族以外も含めて、人類が空を飛ぶケースは多くはない。

『飛行魔法』は多くの魔法使いを魅了し、しかし実際に飛行まで辿り着いた使い手は、ここ百年でも片手で余るのだ。

 数少ないうちの一人が、先日キャナリィのところに来た宮廷魔導士長のアンガス、エルフの古老である。見た目は若いが齢七百歳越え。まだまだ現役バリバリ。あと七百年ぐらいなら宮廷に仕えていても良いぞ? ぐらいの勢いらしい。

 翼のない人間が空を飛ぶとなると、そのぐらいの研鑽が必要になるのだ。

(なのになに? 飛んでくる? お兄さんは伝書鳩か何かなの? あ、わかった。ワイバーンだろ、そいやワイバーン倒してた子供がいたっけなぁ……あれはどこの家の話だったか……ああ、刀鍛冶のロマーノだ。ということはセレナの子か。なら仕方あるまい)

 セレナは国王ディーンの従妹である。一番下の従妹なので、ディーンも随分可愛がったものである。ちょっと嫁に欲しかったとか思ったこともあるが、それは叶うことなくロマーノ男爵に攫われてしまった。

 

 空飛ぶ兄。なんだよそれ。もう、全員心の中はぐるぐる真っ暗である。このままでは心の臓がもたなくなる。ここらで一つ明るい話題でもぶっ込んでくれないかな。

「あと、わかったことといえば……三人とも気が狂いそうなぐらい可愛いとか……」

「いや、そんなわかりきったことは報告せんでもよろし」

「あ、そうそう。三人で名前考えてましたわね」

「名前? キャナリィ、カテリーナ、シャイリーンじゃないのか?」

「彼女たちの以前の名前『カナ』『コト』『シオリ』で呼び合う様ですわ」

「よ、余がつけた名前が気に入らんかったのだろうか……」

 途端にオロオロとし始める国王陛下。可愛い可愛い孫娘、世界一可愛いうちの自慢の孫娘。

「いえ、ちゃんと理由があるようです。『キャナリィキャナリィカナリィカナリぃ、カナ』『カテリーナカテリーナコテリーナコトリーナ、コト』『シャイリーンシャイリーンシオリーンシオリーン、しおりん』」

「お……おぅ……おぅ」

 微妙に納得できないものの、言いくるめられてしまった。

「まぁ、呼びやすいのは確かですので、以後はわたくしも彼女らに合わせさせていただきますわね」

 さりげなく自分も楽するエレクトラ。この辺り、昔から変わらぬエレクトラの芸風である。

 

 それにしても、話が進めば進むほど『どうすんだよ、これから……』と思う気持ちが暴れ始める。国王として、この国を守るものとして三人の確保と安全は最優先事項になってしまった。今までは、どれだけキャナリィが可愛くても、将来的には政略結婚でどこかの国の王族なり大貴族なりに嫁いで行くはずであった。しかし、今となってはそれは不可能だ。他国の王家なんてもってのほか、自国内であっても監視の届かない場所への嫁入りはあり得ない。良くて婿取り。可能であれば一生王宮から出さずに済ませたい。そんな戦略兵器のような立ち位置になってしまった。

「まだございますがよろしいですか?」

 なんだよ、もうやめてくれよ……俺たちのライフはもうゼロだよ……

「来年から、彼女たちは幼年学校に通います」

 全員のアゴが落ちた。

 そうだ、学校に行くのだ……アレが。アレらが。いや、行かせない手も……

「行かせないのは悪手でしょう。彼女達は行きたがりそうな気がしますし、行こうと思えば無理を通せる実力があります。彼女らの意思確認は必要でしょうが、幼年学校、王立学院には通わせることになるでしょう」

 エレクトラは軽くため息をつき、続ける。

「もっとも、彼女達と同年代になった子達には、えらい迷惑な話ですけどね……」

 貴族の子供なんて、基本的にみんな『俺さま』な子供らばっかりである。鼻っ柱が強い割には打たれ弱い子が多いのだ。

 パトリシアと同期の男子の半数は、パトリシアに泣かされていた。パトリシアの実家は伯爵家である。なので、格上の家を持つ子供達は家に泣きつき、格上貴族家からの抗議はど正論でぶちかまし、それでも実力行使を行おうとする家には、事業レベルでの攻撃をかけて黙らせた。

 ちなみに、当時のローランドはまだ王太子ではなかったが第一王子として男子グループの頂点に君臨していた。当然パトリシアとぶつかり合うこともある。そして完膚なきまでに叩きのめされ、実家で愚痴って女王ノエミに家を叩き出されそうになった。

 六歳になるまで、蝶よ花よと育てられ、いざ大海に臨んだら、そこには腹を空かせたモササウルスが泳いでいた感。それが当時のパトリシア。更に裏ドラが乗るとエレクトラが出張ってくる。あの世代の男子は泣いてもいい。

 

 しかし、今度はそれが三人分……恐怖のジェットストリームアタックである。しかも家格は最上位。最悪のトリオかもしれない。

「なんか、失礼なこと考えられてる気がするわ」

 パトリシアは勘も鋭い。

「どうせまたしょうもないことだと思われますわ。後ほど、吐かせましょうね」

 エレクトラも勘は鋭い。


「とまぁ、彼女達の特殊性、異常性を鑑み、国防を最優先に、その上で彼女達にも満足度の高い人生を歩んでもらいたいと、そのような道をどうか陛下にお示しいただきたいと思う所存でございます」

 エレクトラが締めにかかる。

 無茶ぶりキタコレ。国王に何を求める……って、最終的なケツモチを求められているに決まっている。権力を持つということはそういうことなのだ。何がなんでも国を護る。そのためには彼女らを守り抜き、その上で彼女らの力の一端を借りられればなお良し。

「キャナリィ……カナ達の教師を、また付け直さねばならんな。辞めていった教師を召還して聞き取り調査を。必要な対策をしないとまた同じ結果になるだろう。カナとコトはどちらも国の姫として広報も進める。しおりんは余の婚約者として公表し、姫に準ずる扱いとする」

 とりあえずの方向性を打ち出し、国王らしく表情をとり作った。

「国内外から二人への婚姻申込みがあると思われるが、全て断る。理由は余のわがままで構わん」

「カッシーニ王国の全力を持ってこの三人を守るぞ」

 まぁ、見目麗しい子供達。しかも自分の血を分けた子供達だ。護るのは当然なのだ。子供を守るためなら親は世界も敵に回す。

 本来ならば王家の人間は国を守るためには子を捨てることも厭わないはずだが、今回に限り国を護るイコール子供を護るだ。この決定で間違いは無いはずだ……多分……

 やはり、ちょっと自信が持ちきれないディーンであった。

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