第12話  情報共有(子供編)

 一方その頃、エレクトラに付き添われて小宮へと訪れた三人。

 まずはエレクトラの部屋に招かれ、飲み物を出してもらっていた。オレンジジュースっぽいもの……というかオレンジジュースだな、これ。

 

「さぁ、疲れたでしょ。少しリラックスしてね」

 エレクトラは部屋に風を通すために窓を開け、三人が座るソファーの前の椅子に腰掛ける。

 全く事情は判らないが、子供達が緊張してるのは解る。

 

「わたくしは今日はもう、何も聞かないわよ。あなた方、今日初めて会ったのよね。なら、お互いお話しすることも多いんじゃないかしら。わたくしは少し席を外しますから、ゆっくりお話ししなさいな。用があったら、この鈴を鳴らしてね」

 ごゆっくり〜と声をかけながら扉を開けて隣の部屋へ出る。

 

 と言っても子供達にフリーハンドを渡したわけではない。隣接した壁に通気孔があり、ヒソヒソ話でもされない限りは話の内容も聞き取れるはずなのだ。

 エレクトラは、そっと壁の穴に耳をつけた。


「さぁ、話しを整理するわよ。奏、ちょっと離れて。話しにくいから」

 声だけだと、キャナリィなのかカテリーナなのか全く区別がつかない。完全に同じ声に聞こえる。

 

「やだ」

「やだじゃない。もう、今日は一緒に寝てあげるから今は離れなさい」

 琴は渋々離れる奏の頭を撫でながら、詩琳しおりの方を向いた。

 

「幸田さん、あの日、わたしのこと助けようとして巻き込まれたんですよね……ごめんなさい、ありがとうございます」

「わたしは博士の護衛でしたからね、当然の行動ですよ。というか、助けられなかった時点で護衛失格ですけどね」

「で、奏はなんでこっちに来てるのよ」

「琴が巻き込まれたから、入った」

「おばかっ!」

「ぴゃうー、でも、ことが怒ってくれたぁ、嬉しいぃ、ひぐっえっぐ……」

「泣くなー」


 隣室で聞いているエレクトラは、背筋が寒くなるのを感じていた。この会話、三人の五歳児の会話なのだ。

 

 先程までいた応接室での会談で、おそらく三人とも成人していただろうと予測はつく。

 その中でエレクトラが知ってるのは五歳児のキャナリィだけだ。今まで可愛がってきたキャナリィしか知らな……知ら……キャナリィの段階で、かなりダメな気がしてきた。


「で、今必要なのは情報なの。お兄ちゃんの居場所、どこ?」

「いきなり兄の話し……琴だから仕方ない……わたしはまだ、痕跡も見つけてないよ」

「わたしも二佐がどこなのかは何も……わたし以外の人が転生してきてるとか、思ってませんでしたので。」

「そっかぁ。なら外に探しに行かないと……どこかで空見てれば多分飛んでるよね」

「た、多分ね。兄だしね」

「はぁ、飛ぶのですか……」


「と、言うわけでこの世界のことなんだけど……奏、何かわかった?」

「今のところは、この世界も原子状の粒子が組み合わさって物質を形作ってるとか、重力加速度はほぼ9.8m^2ぐらいである……とかぐらいかなぁ。あ、水はH2Oで間違いなさそう。あと、多分わたしらは酸素吸って二酸化炭素吐いてる」

「長さの単位、どしたん? ここ、度量衡がヤードポンドっぽい奴だよね」

「困ったときは魔法で解決できるよ。真空中の光がセシウム133が91億9263万1770回振動するのにかかる時間で移動する距離を2億9979万2458で割った長さを表示……ほら」

 

 長さ一メートルの光の棒が出てきた。

 

「これと、クリプトン86の放つ光の波長を比べて、ほぼ妥当と判断したの」

 歩く百科事典どころか、歩くWikipediaとまで言われた奏である。一家に一人いるとQOLが上がること間違いない。

 

「魔法使ってる! 後で教えてそれっ!」

「りょ、任せて」

「ありがと。幸田さんは何かあるかしら」

「あ、その、名前なんですが……いつまでも幸田っていうのはどうかと……沢井博士って言われるの、微妙じゃありませんか?」

「あー、そうですねぇ」

「だったらだったら、琴はコト! カテリーナ、省略してカテ、なまってコトで! わたしはカナ! キャナリィ、カナリィ、カナ! で、シャイリーンちゃんはシャイリーン、シオリーン、しおりん!」

「なんとなくまとめたわね。しかもドヤ顔決めやがりましたわね」

 こうして、琴はコト、奏はカナ、詩琳しおりはしおりんで確定した。

「もう、面倒だから対外的にもこれで行くわ。サインとかも楽だし!」


 お互いの愛称も決まり、だんだんのってきた。

「物理法則的には、地球とそんなに変わらない気がするのよね……魔法以外は」

 コトが気にするのはやはりそこである。

 

「と言っても、わたしはまだ点火魔法と鏡魔法しか見せてもらってないんだけどね」

 「わたしは基礎教えてもらってるし、簡単な魔法なら今のメートル魔法以外も使えるよ」

 「わたくしもいくつかは教わりました。アクアとベント」

「あー、なんか言語体系もぐちゃぐちゃな気がしてきた……」

「言葉かー、時々英語っぽい単語も出てくるけど、これはイタリア語?」

「いや、ラテン語に近いと思うわ。多分。文字はほぼアルファベットだし」

「なんなのかなぁ、この世界」

 

 話はあちこちに飛び火していく。

「月はあんなんだしねぇ」

 三つの大きな衛星と、たくさんの細かい衛星。そしてこの星の輪。

「星座は似てるようで全然違うのもありますしね」

 しおりんも話に入る。

「平行宇宙なのか、誰かの創作の中なのか」

「わたしら全員夢の中ってのは?」

「あー、あるかもねぇ。鏡の中でみんなの意識が繋がっちゃったまま寝てたり?」

「それだと、日本語使ってそうだしなぁ」

「って、魔法よ魔法! 話が流れちゃってたけど! わたしだけ使えないとか、寂しすぎるんだけど!」

 コトが駄々っ子する。コトがカナにお願い通すのは簡単なのである。

「はいはい、教えたげるからジャストアモーメンっ」

 

 オレンジジュースを一口飲む。氷なんて入ってないので生温いが、とても甘い

「んー、砂糖あたり、入ってそうだなぁ。オレンジがそんなに甘くなる様な技術は無い気がするしなぁ。王侯貴族、ここに極まれり?」

「あー、そいやこれ、お姫様だったわ……」

「『これ』はひどいー! というか公爵家令嬢だってお姫様扱いでしょうに」

 『三人寄れば文殊の知恵』とはいうが、一人リアル文殊が混ざっていると『女子三人よれば姦しい』にクラスチェンジする。

 

 「しかし、さすがコト。公爵家令嬢に転生してるとは素晴らしい」

「いや、ガチ姫に言われてもねぇ。ねぇ、しおりんさん」

「しおりんで……さんは無しでお願いいたします」

「んー……仕方ないかぁ……っていうか、もしかして『カナ姫』とか言わなきゃなんない?」

「それはやめて……」

「じゃ、この三人の中では敬称なしで。対外的に必要なら適宜利用。ただ、できる限りコトカナしおりん呼びは維持で」

「そう、我ら、三人揃って」

「「「文殊の知恵!」」」

 

 あまり、知恵が出てる様には感じない。


「そういえば、しおりんって事故の時はおいくつだったんです?」

「五十八でしたよ」

「はぁぁぁあああ?」

「ええええええええ?」

 

 コトは

『若づくりしてるけど実は結構いってると見た……実年齢は三十後半かも……』

 とか失礼なことを考えていたのだが……

 

「若づくりだとか美魔女だとか、そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ……」

「いや、コトも大概失礼だなおい」

 考えていたことよりもっと失礼なことを口に出している。

 

「だって、カナだって会ってるでしょ? あの綺麗なお姉さんだよ? 下手すりゃわたしたちより若いかと思ってたよ?」

「それはわかるけど、口に出しちゃダメだ。ほら、しおりんが真っ赤になって俯いちゃってるし……って、かわいいな、おい」

 カナはカナで失礼な気がする。


「そう言えば、しおりんのこと、綺麗だな、若いなってのは思い出せたんだけど、お顔が今ひとつうまく思い出せなくて」

「ああ、あれはそういうメイク技術があるんですよ」

「何その謎技術っ!」

「個性的に、印象的に、っていうメイク、あるじゃないですか。あれの逆です。仕事柄目立ちたく無いシーンが多かったですからね。メイク、立ち居振る舞いから発声方法まで、徹底的に印象をぼかして行動する訓練も積んでるんです」

「こわっ、内閣調査室こわっ!」

「仕事の半分が要人護衛。残りの半分がスパイ狩りだったんです」

「スパイ、いたんだ……」

「コトの周りにも沢山いましたよ。あれだけ目立つ成果上げてれば、世界中からモテモテになりますって」

「いやぁ、モテたく無いです! お兄ちゃん助けて……」

 後半は世間で言うところの「オーマイガー」に相当する慣用句である。

 

「たとえば、研究室に横山さんって女の子いましたよね。可愛らしい子。あの子、中国からのハニトラ要員ですよ」

「……お兄ちゃんの事も認めてくれるかわいい娘だったのに……あれも全部……」

「演技でしょうね。スパイですから」

「もう、何も信じられない! あ、お兄ちゃんとカナとしおりんは信じるっ!」

 

話の流れがフライングダッチマン。彷徨うオランダ人になっている。

「あーもう、魔法よ、魔法! わたしはまだメイドに見せてもらっただけなんだけど、鏡の魔法は見た感じ、完全に四国沖鏡しこくおきかがみそのものだったわ。その鏡の魔法を更に高度にしたのが防御魔法らしいけど、さっき見せてもらうの忘れたわね」

「あ、お母さまがそんなこと言ってたわね」

 後で使える人間を連れてくるって言っていたのをすっかり忘れていた。多分、言った本人も忘れてると思われる。

 

「もう一つ見せてもらった着火魔法でも面白いことわかったわ。可燃物と酸素はそこにあるものを利用して、火種だけ魔法で出してたんだけど、電気火花で火をつけてたの」

「電気火花っ! ライターかっ!」

「どちらかというとコンロ? ジジジジジジって連続してたし。電圧は相当高いと思う。リークさせてみたけど三センチ近くは飛んでたもの。わたしが触ったらノックダウンさせられたし」

「いや、さわるなしっ! 本当に探究のためなら体張るんだから……」

 

「私の使えるアクアの魔法も、周辺の空気から湿度を取り除いてる感じの呪文ですね……」

 しおりんが空になったカップを手に取り目を瞑る。

「我が目の届く大いなる風、我が手にその雨を集め現れたまえ、アクア」

 じゅわぁ……とコップに水が溜まり始め、溢れる前に止まる。

「どこからか落ちてくるとかじゃなくて、湧いてくる感じ? この量だと100ミリリットルぐらい? 室温はそこそこあるけど、急に空気が乾いた感じはしないし、二十立米ぐらいの空気から絞り出したぐらいかなぁ」

 

 頭の中で20m^3を想像する。椅子に座っている事を考えると、半径2.5mの半球状の範囲ぐらいか。

「大気中から搾り出したとして、どうやってカップまで輸送してるのかしら」

「それほど空気の流れは感じなかったねぇ」

 

 起きてしまった事象についてはそれを認め、なぜそうなるのかを探っていく。子供の頃からのコトのスタイルである

「でも、空気全体を動かすよりも水分子だけを持ってきた方がコストは安くつくよね」

「私の使える魔法ぐらいだと、何かが減ったとか感じることはありませんねぇ」

 しおりんが感想をのべる。

「わたしの覚えた魔法も作った魔法も、今の所コストにはノータッチだわ」

 

「ちょっと待て! カナ、今なんか聞き捨てならないセリフが聞こえてきたんだが……作った?」

「作ったよー。割と簡単よ? アレンジも難しくないし多分コトもしおりんも良くわかる説明もできるよ」

 

 沢井家の最終兵器リーサルウエポン、奏。転生しても奏はカナだった。

 

「これ、要するにプログラミングなのよ。オブジェクト、範囲指定、処理するための関数、変数、ループ処理に例外処理。もうなんでもあり」

 コトもしおりんもぽかーんと口を開けて話を聞いている。

 

「言語もなんでもいいよ。と言うかこの世界のみんなが使ってるの、普通に自然言語だしね。AIとお話ししてるのと変わりない感じかな。ただ、きちんとプロンプトを作ってやれば思った通りの結果が得られる……みたいな?」

 

 コトもしおりんも、空いた口が塞がらない。

「きちんとプログラムがイメージできれば呪文として話さなくても大丈夫だしね。もっとも、頭の中でソース組み立てるの大変だから、暗唱だとあんまり複雑なのはできないけどね」

 

 しばらくプログラム談義を続けていると、入室の合図があり、エレクトラと侍女が入ってきた。第一王太子妃の小宮に部屋が用意できたようだ。

 

「はーい、宴もたけなわとなっておりますが、今日のところはお部屋へ戻って休んでね。さすがに疲れたでしょ。お昼抜きになっちゃったから、夕食は早めに食べられるように手配するわね。侍女に案内させるからお部屋へどうぞ。また遊びましょうね」

 綺麗なウインクを残してエレクトラは部屋を出ていく。残された三人は侍女の案内でパトリシアの小宮に向かった。

 

「むぅ、わたしだけ部屋が遠い……」

 カナの部屋は、小宮の最奥にある母の部屋の隣である。コトとしおりんの部屋は、小宮入って二つ目の角を曲がった場所に、並んで設えてあった。カナの部屋までは三十メートルほどであろうか。

「今日はお部屋泊まってあげるから、とりあえずお部屋行くよ!」


 もしかしたらこの後何年も住む事になるかもしれないお部屋である。コトはちょっぴりワクワクしていた。

 

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