第11話 情報共有
奏が落ち着くのにそこから更に四半刻ほどかかった。
応接室に王太子殿下ローランド・カッシーニ、第一妃殿下パトリシア・カッシーニ、第三妃殿下エレクトラ・カッシーニ、マデルノ家嫡男夫妻リカルド・マデルノとキアラ・マデルノ、キャナリィ・カッシーニとカテリーナ・マデルノ、そしてリットリー子爵とその娘シャイリーン・リットリーが集まった。
「さて、皆さん落ち着きましたか?では、キャナリィそしてカテリーナさん、何がどうなったのか話してくれますか?」
「はい、お母さま」
落ち着いたキャナリィ……奏がゆっくりと話し出す。しかし、右手はカテリーナ……琴の左手の袖口をがっしりと握りしめている。
「わたしは……生まれる前のことを覚えています。日本という国で双子の姉妹として生まれ、育ち、そして事故で死ぬまでの記憶をおぼえています。そして、その双子の姉がこの琴……カテリーナなんです」
「カテリーナさんはそれについて何かわかりますか?」
「はい、わたしも覚えています。双子の妹の奏のことも、二人で遭った事故のことも」
「その事故、二人ではなく三人だったんじゃなくて?」
「?」
琴も奏もなんじゃ? という顔をしてパトリシアを見る。
「シャイリーンさん、二人に自己紹介を」
「かしこまりました。わたしはシャイリーン・リットリー。リットリー子爵家の長女で……幸田
「おうぇえええっ⁉︎」
琴は時々、お嬢様としてあるまじきリアクションをする。
「幸田さん? あの、一緒に鏡見てまわっていた幸田さん? 内閣情報調査室の?」
「はい、その幸田ですよ。ふふふ、五年ぶりですね。沢井博士」
さすがの琴も奏もこれには心底驚いた。しかしこれで転生はあの鏡が原因であると断定できるであろう。ならば神は……お兄ちゃんは必ずここにいる。
「あれ? 兄が鏡に向かった時って、あの虹色のがまだあったんだよね?」
「あ……」
「鏡に入る前に爆散してても大丈夫かな……」
「だ、だいじょうぶ……神様は死なないから。お兄ちゃんなら絶対大丈夫」
パンパン、パトリシアが手をたたく。
「はいはい、そこまで。細かい相談は後回しにしてちょうだい。今また色々と疑問点が出てきたんだけど……キャナリィ、兄とは?」
「あ……はい、わたしたち双子には兄がいたんです。その兄もわたしたちと同じ場所で事故にあったものですから、こちらの世界でまた会えるかと思い……」
「会えるかじゃないよ、奏。逢うの。解る? 必ず邂逅するはずなの。なぜなら神様だから」
相変わらずお兄ちゃんが絡むとポンコツになる沢井博士である。
「はいはい、カテリーナさんどうどう」
さすがパトリシア。すでに琴の取り扱い方法を理解しつつあるらしい。
「わたし達がいた世界は、魔法もなく、魔物もいない世界でした。しかし、ある日突然ドラゴンが出現したの。その時兄は軍人で、ドラゴン退治の先鋒として戦って敗れました。虹色に光る鏡にぶつかって……」
「虹色に光る鏡? 防御魔法の一種のリフレクトマジックかしら。あとで使える人間呼びますから確認しましょう。続けて」
「その後、その鏡は虹色じゃない普通の鏡になっていたので、琴が……カテリーナがその鏡の調査をしていて、三人まとめて鏡に飲み込まれて」
「飲み込まれる? リフレクトマジックは物理攻撃も弾くけど、強い衝撃を受けると物理障壁が剥がれ落ちて虹色じゃなくなるの。ここまではあなた達が見たのと一緒ね。ただ、この銀色になった障壁は、魔法は弾くけど矢も槍も普通に通り抜けるわ。なんなら歩いて通過できちゃうし、魔法を受けなくても数分で消滅するし……何か違うわね」
「わたし達が見たのは、どんな物体も飲み込む不思議な鏡でした。それがこんな世界に繋がっていたなんて」
「まぁ、細かい事象は後でまた考えましょう。とりあえず、その事故の後、あなた方はこの世に生まれ、私たちがあなた達を授かった。あなた達がわたし達の子供であることは間違いのない事実ですからね。ただ、見た感じこの二人は……離すの難しそうね……」
パトリシアが腕を組んで渋い顔をする。
「ですなぁ……申し訳ないです、我が娘が王家にご迷惑を……」
カテリーナの父、リカルドがパトリシアに頭を下げた。腰の低い公爵家嫡男だ。
「それはキャナリィも一緒でしょ。と言うか、この件については一蓮托生、とにかく協力し合わないとなりません。そこで問題になるのが……」
パトリシアがリットリー子爵に向き直った。
「リットリー子爵、確かリットリー家は第二王子派でしたよね。申し訳ないけど国王派、もしくは第一王子派へ乗り換えてくださらない?」
「王太子妃殿下、それは横暴ではございませんか? 我が家は第二王子ステファノ様の指揮のもと、明日の王国の繁栄を担っているのですぞ」
第二王子ステファノ・カッシーニは財務副大臣である。財務大臣が引退すれば、そのまま大臣に就くであろう立ち位置だ。更に、王太子に何か瑕疵でもあれば、継承権の入れ替わりも虎視眈々と狙っていると思われた。
「ただで、とは申しません。この先は王太子殿下、または陛下との話し合いとなるでしょう。そして、もしも第二王子派のままいるとおっしゃる場合はシャイリーン嬢は王家預かりとなりますのでご承知おきください。シャイリーン嬢の件はおそらく王権発動されると思います」
王権発動。そうそう滅多なことでは発生しない『王がその権力により無理を通すための仕組み』である。
状況によってはいらぬ恨み嫉みを買い王国に不利益をもたらす可能性すらあるため、発動されると言うことは王国の命運を賭けるレベルの事態となる。
それに関わるとなると最悪お家お取り潰しすらありえるのだ。
そんな重大事を、言っては何だがたかが第一王子の妻が口に出せるのか……普通の王太子妃ではあり得ない。
しかしパトリシアなら可能なのだ。パトリシアの国家への貢献は、国王ですら一目置くレベルである。
この部屋でこの重大事件の対策を行なっていて、同席している王太子が一言も喋っていないのがその証拠である。
この王太子、決して無能ではない。無能であれば王太子に指定されていない。
判断力、統率力、事務処理能力、どれをとっても一流に近い。しかし、どれをとっても妻に叶わなかった。
「で、では、後ほど陛下に直接お目通りさせていただきたく……」
リットリー子爵が冷や汗をかきながら返答する。
「前向きな回答をお待ちしておりますね。ではシャイリーン、あなたは今日からキャナリィ付きの女官として扱わせていただきます。リットリー子爵家の王都邸はどこだったかしら……西部貴族街ですか……いいわ、こちらにあなたのお部屋を用意します。お母さまや側付きを呼んでも構いませんので小宮の方へ移ってください」
「いえ、私だけで大丈夫です。母にもそろそろ子離れしてもらいたいですし」
(ああ、やっぱり異常な子でしたね。なんで周りの可愛い娘たちは揃いも揃って異常者ばかりなのかしら)
自分の娘も含めて、本当にどうしてこうなった? と思っているパトリシアであるが、実は周りから
『パトリシア様のお子ですものね。仕方ないですよね』
とか言われていることを知らなかった。
「さて、続いてカテリーナについてですが……この状況だとキャナリィと離すのは難しい気がします。このままカテリーナも王家預かりにしてかまわなくて?」
カテリーナの父、リカルドは妻のキアラの方を向き口を開く
「俺は正直、寂しいぞ。でも王国貴族としては仕方ないとも思う。キアラはどうだ? 正直に話してくれ」
「わたくしは……カテリーナと離れて暮らすとか……」
「だが、家にはまだ小さなエリノもいる。キアラが家を空けるわけにはいかないだろう」
「せめて、せめて七日に一度は会わせていただけたらと……」
「そのぐらいは問題ないわよ。月に四日は家に泊まりに帰る……あたりでどうかしら?」
「そ、それでしたら……あ、こちらに面会に来てもよろしいでしょうか」
「それも構いませんわ。というかカテリーナも寂しいでしょうしね。女性ならわたくしの小宮にも入れるようにしますし、男性も面会場所を用意しましょう」
そうこうしているうちに、パーティ会場の方も解散したようである。さきぶれが国王夫妻のおなりを伝えにきた。全員ひざまづき、入り口に向けて頭を下げる。
侍女がうやうやしく扉を開けて、国王女王両陛下が入室する。
「面をあげよ」
頭を上げ、両陛下の着席を待った。
「して、何が起きたのかな? 説明できるものはおるか?」
「僭越ながらわたくしが」
パトリシアが声を上げた。
「まぁ、そうなりますよねぇ」
王妃殿下が楽しそうな顔でパトリシアを見つめる。
時折り、証人たるキャナリィ、カテリーナ、シャイリーンの話しを挟みながら両陛下へことの次第を説明した。
「まぁまぁ、キャナリィ、カテリーナ、シャイリーン、大変でしたね。あなた達は安心していいのよ。あなた達は私たちの大切なこどもなの。今はまだ、安心して暮らす義務があるのよ。難しいことはわたくし達大人に任せて、安心して過ごしてちょうだい。わたくしからはそれだけよ」
王妃殿下のお言葉をうけ、子供三人はこの場を退出することになった。
第三王太子妃エレクトラに付き添われて、まずはエレクトラの小宮へ。その間にパトリシアの小宮にふた部屋、カテリーナとシャイリーンの部屋を用意してもらう。
ここからは、応接室に残った大人達の仕事である。
「はぁ……何が何だか……なんだこの吟遊詩人の夢物語みたいな話は」
国王陛下、ディーノは困り果てていた。ディーノは初孫のキャナリィが可愛くて可愛くて仕方がない。目の中に入れても痛くないどころか、国体が崩壊しても痛くないぐらいには可愛い。いや、さすがにダメだろそれは。
なのでキャナリィが悲しむことはしたくない。となると、カテリーナとシャイリーンを囲い込んで育てるしかないのだが、シャイリーンの父親の派閥が問題であった。
第二王子も我が子である。可愛くないわけがない。しかし、第二王子ステファノは少々野心が大きすぎる。
特に財務副大臣についてからは使えるお金の大きさに惑わされたのか、この国を動かしているのは自分であると考え始めている気配がある。
少々諌めなければならないのだが、微妙に子にあまいディーノ、なかなか強く言うことができなかった。
リットリー子爵家の派閥を付け替えるのは確定事項だ。いや、正直リットリー子爵家などどうでも良いのである。シャイリーンだけいればそれで済むのだが、派閥の力関係上なかなかそうもいかない。
なので、リットリー子爵家にはそれなりのメリットを、第二王子派閥にも旨味を提供しないとならない。
そもそも、リットリー子爵を抱えている旨味が何なのかを調べないとならない。
伝わる話を聞いていると、それほど優秀でもなく、伝手があるわけでもなく、治めている土地に大きな価値があるとも思えない場所である。
当面はリットリー子爵にはおとなしくしてもらいたい、調査が終わり次第公表する方向でまとめていく。
続いてカテリーナ。
こちらは派閥問題こそないものの、相手は公爵家である。
しかも現当主であるエルアルド・マデルノ公爵のジジバカっぷりもディーノに負けず劣らずらしい。下手なことをすると公爵家離反からの内乱すら予想される。
ディーノとエルアルドは古くからの馴染みであり、幼年学校からの先輩後輩だ。当時、王位継承権を振り翳して尊大な態度をとっていたディーノを、コテンパンに叩きのめした先輩でもある。
(……ダメじゃん。今でも苦手意識バリバリだよ。どうするよ俺)
「東宮のそばに公爵家用の面会宿泊施設でも作るか…… そういえば、東宮の小宮はひとつ空いていたのではなかったか?」
「はい、空いてございます」
「では、その小宮を面会用の宿泊施設にしよう。東宮との間には番所を置けば間違いも起きなかろう。なんなら公爵夫妻専用室も設えればいい。これなら多分怒られまい」
国王の威厳が行方不明になっている。
「さて、あとは子供達の話ですが……異世界の記憶と言うのは信用して良いかと思います」
パトリシアが切り出した。
「あの子達が初対面なのは確認が取れました。また、ここに到着してから何かを画策していた気配もございません。話の整合性も、何ひとつ矛盾点なく取れています。少なくとも作り話をしていると言うわけではないでしょう」
パトリシアはリットリー子爵に向き直し、話しかける。
「リットリー子爵、御息女のことについてお尋ねします。御息女のシャイリーン嬢ですが、普通じゃない……と感じられたことはありませんか?」
リットリー子爵が顔色を変えた。
シャイリーンの異常さ。それこそが第二王子がリットリー子爵を取り立てていた原因そのものなのである。
ある時、リットリーの妻が第二王子妃主催のお茶会で娘の優秀さを自慢しまくったのだ。
ただの子供自慢ならば誰でもやっている。しかし
「我が家の会計監査は娘が監督している」
「警備隊長から一本取った」
「領地での移動中に魔物に襲われ、ダイアウルフを倒した」
あまりに骨董無形な作り話だと思われた。王子妃から報告を受けた第二王子は激怒し、皆の面前で叱責された上で妻とシャイリーンが呼び出された。
そこで、シャイリーンは戯れに王子妃付きの護衛侍女と戦わされて、勝利してしまったのだ。
この一件でシャイリーンは第二王子に興味を持たれ、十年後の王子の妾候補として派閥に組み入れられた。
そのシャイリーンが国王預かりになる? 第二王子が再び激昂することは間違いないであろう。
下手をすると、有る事無い事押し付けられ、失脚させられる可能性もあるのだ。
リットリー子爵は考えた。どうするのが正解なのか。生き残るためには何をすれば良いのか。考えて考えて、もう一度考えてから、国王にぶん投げた。
「そのことについてご相談があります……実は、第二王子殿下がシャイリーンを側妃にとご所望されておりまして……」
これでまた皆で頭を抱える。
貴族の世界では、五歳どころか生まれた瞬間から結婚が約束されることだってある。それ自体に問題はないのだ。
息子が嫁をとりたい。それも良い。大事な我が家の王子様だ。好きな女性を娶るのは応援したいぐらいだ。
だがしかし、しかしだ、シャイリーンはダメだ。嫁にはやれない。これはもう決定事項なのだ。
「仕方ない、余がシャイリーンと婚約しよう」
全員の目が点になった。
「いや、違うぞ。とりあえず余が婚約して、ステファノが諦めたところで婚約解消すれば良いであろう」
王妃陛下がぽんっと手を打った
「なるほど……それならばヘイトは全部陛下に行きますね」
嫁がひどい。
続いてパトリシアがまとめに入る
「では方向性はそれで。シャイリーンが婚約すれば派閥を移るのも自然に見えますね。リットリー子爵家への補償はまた追って連絡します。ステファノ様のご機嫌取りは陛下に頑張っていただきましょう」
息子の嫁もひどい。
「なあ、みなもう少し余に優しくなっても良いとは思わんか?」
国王陛下のつぶやきが物悲しく流れていった。
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