第10話  二人と一人

 キャナリィ姫の五歳の誕生日が近づいてきた。


 五歳の誕生日は、将来の側近となる友人を作り将来の閣僚との友誼を結んだりするために、同年代の貴族の子供を集めて盛大なパーティーを開催するのが王族の慣わしとなっている。

 翌年には幼年学校に入学するために、同学年になる子供たちが集められる。

 この日は王都在住だけではなく領地を治めている貴族の子弟も集まるので、子供だけでも百人近くが集まることになる。


 キャナリィは、まだ兄弟以外の子供と出会ったことがない。王の初孫ともなると、過保護もここに極まれりという感じで外出することもままならなかった。

 今すぐ琴を探しにいきたい。しかし籠の中の鳥はそうそう飛び立てるものではなかったのだ。

 

 キャナリィは今度のパーティにとても期待していた。

 写真の無いこの世界。東宮小宮に出入りする人以外にはキャナリィの顔は知られていない。また、他の貴族たちの子弟もみな他家には顔を知られていないのである。

 

「絶対琴はこの顔のはず」

 

 パーティ当日にホール担当をする使用人たち全員に「この顔見たら110番」と通達してある。ちなみに110番ネタが通じる人間は一人もいなかったので、この中には転生者はいないと思われる。


 誕生パーティーは、各貴族家からの挨拶だけで終わってしまうであろう。

 教育熱心な貴族たちの子とはいえ、所詮は五歳かそこらである。集中力なんて一時間も持たない。

 美味しい食べ物や飲み物、ちょっと間を持たせる出し物ぐらいはあるらしいが、どうせキャナリィはひたすら挨拶するだけだ。その中に、どうか琴を知っている子や付き添いがいてくれることを祈っている。


 パーティの準備のため、貴族家ごとの優先順位や特徴。子供の名前。派閥。覚えることはいくらでもある。

 パーティの準備のため、ドレス合わせ、身体磨き、髪の手入れ。やることはいくらでもある。


          ♦︎


 もうすぐ、この国の王太子の第一王女の誕生パーティが有る。

 なんとカテリーナの誕生日と同日だ。当然王太子王女の誕生日が優先されるため、カテリーナの誕生パーティは後日また開催ということになってしまった。

 

 この王女のパーティは将来の側近を選ぶためでもあり、公爵家の直系であるカテリーナは限りなく当選確実の第一候補となるらしい。

 相手は正真正銘のお姫さま。エセ姫の物理学者な自分と話が合う気が今ひとつしない。

 

 (あまりワガママなお姫さまじゃなければ良いんだけど……)

 ただ、姫の権力を使えばお兄ちゃんを探す一助になるかも知れないと思うと、やる気も出てきた。

 

 今のところ家族に頼んで探してもらうわけにもいかず、お兄ちゃん探しは暗礁に乗り上げているのだ。


 王女の誕生パーティでは、姫さまとの友誼を結ぶための挨拶から始まるらしい。そして国の最有力貴族であるマデルノ家が一番最初になるようだ。

 式次第を見る限り、姫さまとの挨拶が終わったらそのまま後ろに控え、他の貴族の子弟をよく観察せよ……とのことらしい。

 

 挨拶文や自己紹介文を作法の先生に添削してもらい、もう一度頭に詰め込む。

 (こんなの、奏なら一瞬で覚えちゃうのにねぇ……)

 身近の超天才を思い浮かべながらも一つ一つこなしていく。

 

 当日のドレスが仕上がってきたので仕上げの合わせをする。

 主役の王女より目立ってはいけない。しかし公爵家のメンツを立てるだけは頑張らなければならない。しかも王女の容姿も当日のドレスもわからないという、何その無理ゲーである。

 

「まぁいいわ。何かあっても責任取るのはお父さまですもの」

 割と酷いことを考えていたりする。もっとも、責任感は人並み以上にあるので実際にぶん投げることはない……と思う。お兄ちゃんの事さえ絡まなければだが。


          ♦︎


 いよいよ、キャナリィの誕生日がやってきた。

 

 パーティの開催は四の鐘がなる頃からである。おおよそ前世でいうところの午前十時ぐらいであろうか。

 

 それより一刻ほど前から、王城にはひっきりなしに馬車が到着し、子供と保護者が降りてきていた。

 マデルノ家の馬車は、さらに半刻は前に到着し、控え室では完璧に整えた公爵家令嬢がその時を待ち構えていた。

 

 本日、キャナリィ姫への贈り物等は一切禁じられている。大昔には贈り物を持ってくる習慣があったようだが、さまざまな贈収賄問題が噴出し、だったら一律禁止にしてしまえ! となった経緯がある。

 それでも贈り物を持ち込んで処罰される貴族が、数回に一度は出ているらしい。

 贈り物などに頼るな。自らを磨け。それが王家からのメッセージだ。

 

 ならば完璧な自分を演じよう。わたしは奏ほど上手くできないかも知れないが、それでも猫を被ることには自信がある!

 

 気合いを入れるカテリーナ。誰か、兄と物理が絡まなければって突っ込んであげてください。


 控え室に人が増えてきた。子供たちはみな、ほとんど周りの人たちの顔を知らない。

 これから知り合うにしても家格や派閥によっては会話さえはばかられることもあるのだ。なので、基本的には親についてまわって各家で紹介される形となる。

 

 この控え室でもっとも家格が高いのがカテリーナのマデルノ家である。

 

 次々と人が寄ってきては子供を紹介していく。

 マデルノ家は国王派に属する。四代前の当主が退位前は王であった。能力は評価が高かったものの、身体を壊し退位。そのまま上王とはならずに公爵家を興した。

 

 身体を壊して退位したのに、その後七十年に渡り公爵家の采配をふるい、推しも押されぬ筆頭公爵家として君臨する土台を作ったのである。すごかったのだ、ひぃひぃひぃひぃひぃひぃ爺さんは。

 

 いい加減疲れてきた頃、会場へ案内するためのウェイターがやってきた。

 ひと組に一人ずつついて会場までの案内をする。

 

 待合室に入った時と反対側の扉から出ると、そこはシックなえんじ色のふかふか絨毯が敷き詰められた大ホールであった。

 立食パーティ用らしきテーブルが並ぶ入り口側と、何も置かれておらず演台風に二段ほど高くなった奥側がある。まずは奥側に案内され、カテリーナは先頭のほぼ中央へと並ばされた。

 

 全員が入場し、入り口の扉が閉められると向かって左に立つおじいさんが声を張り上げた。

「国王陛下、王太子殿下、王太子王女殿下のおなりでございます」

 演台奥の扉が恭しく開く。カテリーナは慌てて片膝をつき、頭を下げた。

 

 カテリーナのすぐ前の演題の上に、人が並ぶ気配がする。「皆、余の孫娘の誕生日に、よくきてくれた。良い、おもてをあげよ」

 

 周囲の人の衣擦れの音に合わせながら頭を上げる。

 と、ひっと短く息を吸い込むような音がして……

「見つけた……琴ーーーーあー、琴だー、琴がいたよ、琴がいてくれたよ、琴だー琴ーー」

 

 カテリーナに何かが飛びついてきた。いやまぁ、カテリーナには何が降ってきたのか、理解はできている。

「奏?」

「琴ー、琴ー、琴ー」

「奏っ」

 力一杯抱きしめられ、力一杯抱きしめ返す。

 

 わんわん泣き叫ぶキャナリィと、やはり泣きながらキャナリィに抱きついているカテリーナ。


 会場の他の人は全員、目が点になる。国王すらも反応できていない。

 (なんだ? 何が起きた? うちの孫娘どうしちゃったの? え? え? そもそも、孫はなんて言ってるんだ?)


 この時、キャナリィもカテリーナも、日本語を話していた。


 そして、この日本語に反応した人間がもう一人いた。

「え? 日本語? 琴? 奏? え? 沢井博士?」

 黒髪おかっぱあたまのかわいらしい少女。シャイリーン・リットリー子爵令嬢。内閣情報調査室所属、幸田詩琳しおりであった。


 さぁ、この混乱をどう収拾つけるのか。誰もが誰かに助けを求めようとしたその時『パンパン』と手を叩く音が響いた。

「はい、みなさまちょっと待ってくださいね」

 カッシーニ王妃のノエミ・カッシーニである。

 

「サンドラ、キャナリィとこちらのお嬢さんを応接間へ。あ、こちらの黒髪のお嬢さんもご一緒に案内して。マデルノ公爵、ちょっと別室へよろしいかしら。ローランドもよろしくて?」

 テキパキと状況を読み、混乱を紐解いていく。

 

「会場のみなさま、申し訳ありません。これから王とわたくしがホスト役を務めさせていただきますので、ご容赦を……」


 琴と奏はこの場を国王陛下夫妻に任せ、応接室に向かうことになった。

 侍女のサンドラに連れられ応接室へ案内される。

 

「ひぐ、えっく、琴ぉ」

 

 琴は奏がここまで取り乱したところを見たことが無かった。そして、それは王宮側の人間も同じだ。

 

 奏はキャナリィとして生まれた時から奏としての意識が有る。それこそ、泣く以外の意思伝達方法がなかった乳児の時代を除いて、泣いている姿を見たことがある人間が一人もいなかったのだ。

 

 連絡を受け、大急ぎで応接室に呼ばれたキャナリィの母である第一王太子妃であっても、最初の教師代わりの第三王太子妃であっても同じことだった。キャナリィが取り乱す事態があることなんて、想像すらできなかったのだ。

 

 そして、今まで目を瞑ってきた『キャナリィの異常性』について、今更ながらに気がついてしまった。

『王族だからできて当たり前』『王族だし、このぐらいできるのかも』『王族だと可能なのか』『王族にしても、いくらなんでも子供で……』『キャナリィだから……』

 

 徐々に慣らされた結果、キャナリィがどれほど異常な能力を発揮しても、キャナリィだからまぁ仕方ないで済まされてきた。

 しかし、改めて考えると化け物どころではない、この世のものとは思えないレベルの能力なのだ。

 読み書き算術の先生は誰だった? 王立学院の教師だったはずだ。

 防衛護身術の先生は誰だった? 王城騎士団の指南役だぞ。

 魔法の先生は誰だ。宮廷魔導士のナンバーワンとナンバーツーだ。

 

 そう、全員がこの国の最高峰と言っても良いレベルの人材なのだ。その全ての人材をたった一人の人間が上回ることなど、できるわけがない。

 しかも、それを成したのが世間知らずな四歳の姫であるなど、吟遊詩人が唄ったならば石を投げられるレベルの作り話にすらならない。


 キャナリィの母、第一王太子妃パトリシアは応接室に入り娘に声をかけようとしたところで気がついた。キャナリィと抱き合って泣いている相手の顔が見えたのだ。

 

『金のキャナリィ』

 

 他に表現のしようがない。同じ顔が嗚咽していた。そして、周囲の人間は皆置き去りにされている。

 

 パトリシアもかける言葉を失って、誰か事情説明できそうな人間がいないか、室内を見まわした。そして、この混乱の中で取り乱すこともなく、泣きじゃくる少女を眺めている女の子を見つけた。

 

 パトリシアは女の子に近づき、正面にしゃがみ込んで目を合わせる。

 

「あなた、お名前は?」

「はい! シャイリーン・リットリー。リットリー子爵家の孫娘でございます!」

 (あー、この娘も普通じゃない系かぁ)

 

 むしろ普通ってなんだろう? そんな疑問も覚えながらも会話を続けていく。

「わたくしのことはご存知かしら? キャナリィの母なのですが」

「パトリシア第一王太子妃殿下でらっしゃいますね。以後わたくしのことはシャイリーンとお呼びください」

 小宮付きの近衛騎士と会話している気分になってくる。

 

「パトリシアで良いわ。それであなた、この状況、一体何がどうなってるのかわかります?」

「信じていただけるかどうかはわかりかねますが、おそらくご説明はできるかと。」

「では隣に部屋を用意しますのでそちらでお願い。サンドラ、隣の部屋の用意を。パメラ、リットリー子爵をこちらに案内して。マデルノ公爵家に使いは出したのかしら、イングリッド、確認してくれる? それと、エレクトラ第三王太子妃もこちらに呼んでもらえる? 二人のケアをしてもらって」

 テキパキと指示を出しながらシャイリーンを促し、隣室へと移動した。

 

 ゆったりとしたソファに腰を下ろし、前に座ったシャイリーンに話を促す。

「さて、何が起きたのか話してくれるかしら」

 パトリシアはパーティ会場には入ってなかったため、判っているのはここに来て目にしたことだけである。

 

『キャナリィが、金のキャナリィと抱き合って号泣している』『何となく何か知っていそうなシャイリーンという子爵家の娘がいて、その娘も異常そうである』ぐらいか。

 

「それはパーティ会場であった出来事についてでしょうか。それともキャナリィ姫さまと、それから公爵家の方? の関係性でしょうか?」

「どちらも……と言いたいところだけど、まずは会場で何があったの?」

 

 ここで侍女がワゴンにお茶とお菓子を用意して入室してきたため、一度姿勢を正して深呼吸をする。

 

「ではパーティ会場の出来事から。とは申しましても、わたくしの場所は後ろの方でしたので最初はよく見えませんでしたが……」

 

 キャナリィ姫が入場し、国王陛下の合図で顔を上げたら、キャナリィ姫が先頭にいた少女に飛びついて、意味のわからない言葉を叫びながら号泣を始めた。周囲から見ていたらそれしかわからない。

 

「ここからが本題なのですが……妃殿下は前世という言葉はご存知ですか?」

「前世? 前の世の中?」

「今生きている人生の、前にあった人生のことです。わたくしには、前回の人生の記憶があります」

 

 前世の概念。輪廻転生の概念は宗教と結びつき色々な生命を経験するイメージだが、ただ前世と言った時は何となく『前回人間だった時の一生』的なイメージがある。

 

 詩琳しおりの人生は、思えば波瀾万丈な人生だった気がする。

 

 婦人警官に憧れて高校卒業後に地元警察に入ったはずなのに、警察庁預かりになった上に入れられたのが陸上自衛隊の初等訓練。


 いや、おかしいだろ。省庁レベルで関係ないやろ!

 

 前期後期と受けさせられて、続いて行ったのが富士学校。


 だから何で自衛隊の施設なの? 私は警察官になったの!

 

 半分ムキムキにされながらもやっと警察に戻れたと思ったら、ミニパトでパトロールじゃなくてサブマシンガン持たされての人質奪還訓練、要人護衛訓練。

 ふたたび富士の麓に送り込まれて情報学校で諜報まで叩き込まれて、気がついたら公安上がりの女スパイの出来上がり。

 新卒で社会に出てから三十数年、まさか脇目も振らずに国家のために働くことになるとは思ってなかった。


「そこはこの世界ではない世界で、この世界とは違う言葉で会話していました」

「違う世界? この国と違う国とかじゃなくて?」

「違う世界です。その世界には魔法はありませんでした。その代わりに、進んだ科学技術によりとても便利な道具が沢山生み出されていて、それほど不便は感じないような世界でした」

「魔法が無い……代わりに道具が発達……今ひとつよく理解できてないけど続けて」

「先ほどキャナリィ姫が理解できない言葉を話してらっしゃいましたよね? あの言葉を、私は理解できるのです。あれこそ、私が前世で使っていた言語『日本語』です」

 

「‼︎」

「先ほどキャナリィ姫は『コト』と叫んでました。もう片方の令嬢は『カナ』と話してました。前の人生で私が死んだ時、共にいたのが『コト』と『カナ』という名の双子の姉妹でした」

 パトリシアが息を呑む。

 

「おそらく、キャナリィ姫には前世のお記憶があるかと思います。もう片方のご令嬢も」

 

 信じがたい話しであった、しかし、ある意味

「ああ、なるほど、だから……」

 と思ってしまう自分もいる。

 

 パトリシアはグルグル回る思考の中、次に何をすべきかを考え、立ち上がって応接室への扉を開く。

「今回の件はひとまず機密案件といたします。後ほど陛下に上奏しますが本日ここであった出来事は他言無用としてください。キャナリィ、あとマデルノのお嬢さんかしら。そろそろ落ち着いてもらえると助かるわね」

「も、申し訳ございません……ほら奏。わたしはここにいるからもう泣かない」

「ひぐぅ、琴ぉ」

「はいはい、ポンポンポンポン」

 

 背中ポンポンされて、少しずつ落ち着き始めた奏であった。

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