第7話  公爵家令嬢 カテリーナ・マデルノ

「知らない天井だ……」

 目を覚ました琴がつぶやく。

「あれ?わたし、声が……あーあー、あえいおうえいおあー」

 何かがおかしい……そう思い起き上がり……

「何これ……転生?」

 屋根付きベッド、高そうな家具、そして

「あー、記憶あるわー。この体の記憶も、ちゃんとあるわー」

 頭を抱え込んだ……………いや、まてよ……

「わたしが転生してるってことは……お兄ちゃんもっ!」

 とたんにやる気が噴き出してきた。

「そうすると、どうやって探すのが良いかな……いや、まずはこの世界のことを知らないと何もわからないよね」

 まず、今現在わかっていることを整理する。

「名前はカテリーナ、多分四歳、マデルノ公爵家の長男の長女かな?」

 さすが転生、公爵家とは大きく出たものだ。長男の長女となると、直系中の直系であろう。

「で、この世界には魔物がいて、魔法がある……魔法って、何よ……」

 さぁ、物理ヲタの血が騒ぎ始めました。

「この辺はあとで確認しましょう。」

「家にはお父さまお母さまと、公爵のおじいさま、おばあさま、お父さまの末の妹、あと、わたしと……あとは妹?」

 まだ赤ん坊の妹がいた気がする。

「あとは、メイドのリサとメイド長のマーサ、執事のセバスとエリン先生ぐらいかな」

 使用人はまだまだたくさんいるようだが、琴が把握してるのはこの程度であった。

「っていうか、セバスって何よセバスって。あれは日本の創作物のネタネームじゃないの? その辺に花ゆめコミックスとか売ってんの?」

 奏経由で色々な知識を詰め込まれている琴……カテリーナである。

 コンコン、ノックの音がした。

「カテリーナお嬢様、お目覚めでしょうか」

 琴付きのメイド、リサが入ってきた。

「ちょっとお熱を見せてくださいませ……」

 リサが自分の手首をカテリーナの首に当てる。

「ほぼ下がってますね。今、何か食べるものをお持ちしますのでしばらくお待ちくださいませ」

 リサが一礼して退出していく。

「あー、熱出したついでに思い出したのかぁ」

 呟きながら最期の瞬間を思い出す。目を開けると、変形しながら向かってくる鏡と、そこに飲み込まれる幸田の姿が思い出される。そして鏡が眼前にまで迫り……

「これは奏も巻き込まれてるかしら……」

 それならば奏も探さないとならない。もっとも、奏が来てるならあちらから問答無用で発見される気もする。

「コンコン」

 千客万来である。

「カテリーナ! 起きましたの? もう大丈夫?」

 母、キアラとメイド長のマーサが入ってくる。

「ああ、良かった……どう? 辛いところはない?」

「はい、お母さま。もう大丈夫です」

 無難な答えを選んだ。

「はぁ、本当に心配したのよ……もうすぐリサがお食事持ってきますから、食べたら起きますか? まだ寝る?」

「お母さま、今は何時ごろですか?」

「えーと……今は四の鐘のあとぐらいよ」

 何時だよそれ。

 (あちゃー、まだ時計は普及してない感じかぁ。どのぐらいの時代背景なのかなぁ)

「では、食べたら起きますね。お母さま、マーサ、ありがとうございます」

 意識してにっこりと笑顔を向けた。

「どどどどど、どうしましょうマーサ。うちの娘が天使すぎますわぁ!」

「ぶふぅっ!」

 (なになに、なんなの! お母さまのキャラクターがカテリーナの記憶と違いすぎるんですけどっ!)

「ま、ままま、マーサ、お母さまって、いつもこんな感じだったかしら……」

「猫を被ってらっしゃらない時はこんな感じでございます」

 「知らなかったわ……」

 つまり、今まではいつも猫を被っていたと?

 娘の前で取り繕い続けるのは大変な苦労だったのではないかと思われる。

「でもカテリーナ、あなたも今日はやけに大人っぽく感じるのですけど……お熱出して壊れちゃいました?」

「って、お母さまが辛辣っ!」

 内心(ヤッバぁ……)と思いつつも、母のあまりの言いように突っ込んでしまい、(あぅ、またヤバいのぶっ込んでしまいました……)と反省するカテリーナであった。


 まもなく、リサがブイヨンで炊いた麦粥を持ってきてくれた。

 こんな時は味気ないミルク粥だと思っていたので嬉しい誤算である。

 (お出汁の概念はあるのね。お食事は割と美味しいのかしら)

 スプーンで掬って、軽くふーふーして食べる。

「あ、美味しい……ありがとうリサ」

「作ったのは料理長でございますので」

「じゃ、料理長に美味しかったです、ありがとうって伝えてね」

「かしこまりました」

 かなりの量の粥があったのだが、四分の三ほど平らげてご馳走様をした。つい手を合わせてしまったが特に何も言われなかった。


 食休みのあと、リサに着替えを手伝ってもらいながら聞いてみる。

「ねぇリサ。この屋敷で鏡のある場所ってどこかしら」

「鏡……ですか? 必要でしたら鏡の魔法で出しましょうか?」

「鏡の魔法⁉︎」

 心の準備もしていないのに、いきなり魔法が来た。今日、このあと屋敷を巡りながら魔法について調べようかと思っていたら、まさかまさかの出発前である。

「お、お願いして良いかしら?」

「かしこまりました、お待ちくださいませ」

 リサは目をつぶって一度深呼吸をしたあと、呪文らしき言葉を紡ぎ出した。

「風の山、闇の谷、浴びた光を彼方に帰し静穏を我に与えよ……リフレクト」

 リサの前に綺麗に景色を反射する鏡が浮かび上がった。

 (これ……見たことある……四国沖鏡しこくおきかがみと一緒だ……)

 まさかまさかの邂逅であった。


「リサ、この魔法って、他にも使われるの?」

「鏡の魔法を発展させたものが、魔法防壁になったそうでございます。わたくしでは魔力が足りなくて張ることはできませんが」

「ううん、良いのよ。ありがとう」

そしてもう一度鏡を覗き込んだ。そこには四歳のカテリーナが映っている。

 金糸そのもののように豪奢に輝くブロンドが、癖もなく真っ直ぐ肩下まで流れている。そして、その下にあるのは、幼少期の頃の琴の顔、そのものであった。


「衝撃的なことが多すぎて、一向に調査が進まないわ!」

 再び一人になった部屋で、軽く地団駄を踏んでみる。

「ああんもう、せっかく魔法見せてもらったのに、鏡に映った自分に驚きすぎて何も聞けないまま終わっちゃうとかありえないし!」

 金髪は覚悟していたが、まさかまさかの琴顔とか、そりゃ驚いて当たり前だろう。

 お母さまもマーサもリサも、みんな美人だけどどう見てもアングロサクソンやらラテンやらの血だ。なのにカテリーナときたら、金髪で色白にこそなっているが、明らかなオリエンタルな顔つきである。

「転生したのは記憶だけじゃない? 他にも何かある?」

仮説を立てようにも、まだまだ材料が少なすぎて何もわからないに等しい。更なる調査のために部屋を出る。

 まず探したのは厨房であった。先ほどの食事の礼を、できれば直接したかった。そして、厨房ならば着火魔法や洗浄魔法等を利用しているのではないかと考えた。

 まず、記憶にある食堂を探す。廊下をトコトコと歩いていると、マーサが歩いてきた。

「マーサ、マーサ、今いいかしら。厨房へ行ってみたいのです」

「厨房でございますか? どんなご用でしょう」

「先ほどの粥がとても美味しかったので、料理長にお礼をしたいのです」

「なるほど、かしこまりました。ご案内しましょう」

 マーサがUターンして歩き出す。

 (それにしてもお屋敷大きいわね)

 角を二つ曲がり、大きな階段を降りた場所に厨房があった。

 大きめの扉を開けて中に入ると、夕食に向けて三人の料理人が腕を振るっていた。

「アダーモ料理長、カテリーナお嬢様よりお言葉がございます」

「は? ……はは、はい!」

 四十代後半ぐらいかと思われる男性が、緊張した面持ちで寄ってくる。

「か、カテリーナお嬢様、ご機嫌麗しゅうございます」

 表情が固い。まるで石膏のようである。

「料理長、先ほどいただいた粥がとても美味しゅうございました。ありがとう、ご馳走様でした」

「……へ?」

 料理長の動きが固まり、ギギギギギ……と音を立てるようなぎこちない動きでマーサに視線を向ける。

「お嬢様に他意はないようですよ」

 再び、ギギギギギと料理長の顔が戻ってくる。

「ま、マーサ……わたし、なにかまずかったですか?」

「いえ。とても良いことですよ。ただ、お嬢様にこんなに可愛らしくお礼を言われて戸惑ってるだけです」

「そう? なら良いんだけど」

 言ってから料理長に視線を向けて『ニパッ』と笑う。

「ももも、もったいなくございます」

 アダーモ料理長が膝をつき頭を下げた。

 「ちょっ、料理長、頭あげて、膝、エプロン汚れちゃう!」

 声をかけるも料理長は微動だにせず……

「夕食も期待しておりますね。それでは参ります」

 (なんなのなんなのあの反応! え? 声かけちゃダメだった? っていうか、こんな状況で魔法の事なんて聞けないし!)

 このままではまた何も聞けないまま終わってしまう。マーサがいるうちにアドバイスを求めることにした。

「ねぇマーサ。わたし魔法が見たいのです、どこかで見られるところはありますか?」

「魔法……でございますか? わたくしはこのあと用がございますので、リサを部屋に向かわせますね」

 結局リサに話が戻ってきてしまった。そのまま部屋に戻り、ベッドに腰掛けて待つと、数分ほどでパタパタと足音が聞こえてくる。

「コンコン、お嬢様、リサが参りました」

「入って」

「かしこまりました。メイド長より、魔法をご覧になりたいと伺いましたが」

「ええ。あのね、リサは鏡の魔法以外の魔法も使えるの?」

「わたくしは魔力は少ないものの適性は広かったようで、一般的な生活魔法でしたらそれなりには」

 (魔力きたー‼︎)

 元の世界では力と言う言葉は『物理現象の相互作用を司る、四つの力』と『エネルギーそのものや、エネルギーを利用する効率等』を表すものがごっちゃに使われている。

『魔力は少ないものの』

 と言うことは、エネルギーの単位として使われる言葉なのか?

「ふんふん!」

 カテリーナは鼻息も荒くにじり寄っていく。

「普段使っているのは、先ほどお見せした鏡の魔法以外ですと、点火の魔法、洗浄の魔法、水の魔法、風の魔法ぐらいでございます」

 (点火魔法キタ!)

「点火魔法、見せてもらえるかな?」

「点火魔法ですか? 少々お待ちくださいませ。木切れと灰皿を用意してまいりますので」

 リサは早足で部屋を出ると、またパタパタと走って行く。

 ほんの二分ほどで、重そうな金属皿と薪っぽい木をいくつか、ワゴンに積んで持ってきた。

 (ワゴン……車輪の概念はある世界なのね)

 リサはポケットから小刀を取り出し、薪の上を滑らせるように毛羽立たせて行く。そっと皿の上に置いた。

「では、点火しますね。お嬢様、危ないですからもう少し離れてくださいませ」

 カテリーナの顔が皿の脇、ほんの数センチほどの場所にあった。

「そ、そう……」

 残念そうな顔で少し離れた。

 リサは軽くうなずくと、右手の人差し指と親指をくっつけ、薪のそばに持って行く。

「では参ります。乾いた風、触れ合うは断絶、絶って繋がり炎となる……イグナイト」

 呪文と共に親指と人差し指を離して行く。

 ジジジジジジジ……ボッっと、小さな火がついた。

 (ふぉぉおお! 電気着火キタコレ。なになに、指にコイルでも入ってるの? って言うか痛くないの⁉︎)

 音を聞く限り、ジジジジと、何度も火花が飛んでいるのは間違いがなさそうである。ただ、電気火花に見えるだけであって、未知の魔法エネルギーである可能性もまだまだ高い。

 (あの火花が何か……金属皿……そうだ)

「リサ、今のジジジジ、もっとお皿の近くでやるとどうなるの?」

「こうですか? 乾いた風、触れ合うは断絶、絶って繋がり炎となる……イグナイト」

 先ほどと変わらず、親指と人差し指の間で火花が散っている。

「じゃ、今度は左手をお皿に触ってからお皿の近くで」

「はぁ……では……乾いた風、触れ合うは断絶、絶って繋がり炎となる……イグナイト」

 ジジっバチバチバチバチバチ。人差し指からお皿側にスパークして行く。

「あら、こんな現象は初めて見ました。お嬢様はご存知だったのですか?」

 (あー、電気だよこれ。電気火花だよ。じゃ、最終確認、行きますか)

「んーん、魔法だって初めて見たんだし。じゃ、最後にわたしと手を繋いでもらって良い? これでやってみて」

 カテリーナは右手でリサの左手を握り、左手を皿に触れさせた。

「はい、よろしいですか? 乾いた風、触れ合うは断絶、絶って繋がり炎となる……イグナイト」

「ブボばベボヴァぽヴェ……」

 お嬢様にあるまじき悲鳴をあげてぶっ倒れた。

「お嬢様! お嬢様ぁぁぁああああ!」

 リサの悲鳴が上がった。目を回したカテリーナは必死に大丈夫だとの意思表示をする。

「ら、らいようふらお、わらひ、らいりょうふらから……」

「誰か! 誰か! お嬢様が!」

 バタバタと人が集まり始め、屋敷の保健医が呼ばれた。ベッドに押し込まれたカテリーナにリサがすがりついて泣いている。

 (どうしてこうなった……)

 こうして、沢井琴の新生活は始まった。

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