第3話 未確認生物襲来
景の乗るF-15Jが爆散し、海上に破片が飛び散ってゆく。
「コントロール、こちらワンダー、ツインケイダウン、繰り返す、ツインケイダウン。ツインケイが落とされた。指示を請うオーバー」
「ワンダー、こちらコントロール、何があった! なぜ落とされた?」
地上側では何が起きたのか、全くわかっていない。ただ、E-2Dから送られてくるデータから、一機のF-15Jが消えたことは確認できた。
「委細不明、何か盾の様なものがドラゴンの周りに展開されている! なんだあれは…鏡? 鏡なのか?」
「ワンダー、こちらコントロール。間も無くホークアイがそばに着く。海自のP-1も近くまで来てる。距離を取って耐えてくれ」
「くそっ、くそっ、なんだこいつは!」
ワンダー機が軽く横転し距離をを取り始める。それをチラリと一瞥したドラゴンが口を開き、炎を吹き出した。
「うわっ! なんだこのヤロゥ! コントロール、コントロール、攻撃を受けている。ドラゴンが火を吐いた!」
「ワンダー、距離を取れ! 何が起きてる!」
「コントロール、こちらワンダー。炎の射程は3,000ftかそこらかと思われる。なんとか避けられた様だ。距離を取る」
「ワンダー、こちらコントロール。了解した無理するな」
航空自衛隊西部航空方面隊では、現状把握ができずにイラついた様相の幹部が顔を突き合わせている。
「ホークアイはまだか? 映像は?」
「お待ちを、あと五分ほどでビデオも来るかと」
場所はただの会議室、コの字型に並べられた机と持ち込まれたノートパソコン、ホワイトボードにプロジェクターが置かれているだけで、国家の一大事を取り扱ってる様には見えない。
最新の早期警戒機がごく近くまで接近しているため、当該空域の状況はレーダー的には詳細にわかる様になってきた。
E-2D型早期警戒機のAN/APY-9レーダーはとても優秀である。ドラゴンを最初に発見したのもこのレーダーだ。
その後、レーダードームの回転を止め、ひたすら対象だけを追尾するトラッキングモードでドラゴンを追いかけてきた。今ではドラゴンの大きさや何となくのプロポーションまで判明している。
「E-2Dが会敵します」
まだ雲と空と海面しか映ってないが、E-2Dからの映像は届いている。
雲の隙間から、何かがチラッと見えた気がした。
♦︎
その日、航空自衛隊飛行警戒監視群第603飛行隊に所属するE-2Dアドバンスドホークアイが四国沖に向かい西進していた。
本来、早期警戒機は中露からの航空機飛来を警戒するため、太平洋方面を監視することは多くない。今回は米国から受領したばかりの新型機の、完熟訓練を兼ねた日本近海のデータ取得のための飛行であった。
那覇基地を離陸、奄美諸島に沿って南九州方面に向かう途中で突然、妙な反応を拾ったのだ。
最初に気がついたのは小川理沙二等空曹であった。
「三時方向に何か映りました。確認願います」
すぐに他のオペレーターも反応する。
「確かになんかあるなぁ。機長、モード変更の許可お願いします」
「許可する。確認次第
機長を務める川端康彦二等空佐が右席のモニタを覗き込みながら応えた。春日とはこの地域の防空管制を行っている基地で有る。
右側の副操縦席には、後席で得られた情報を表示することができる。
E-2Dのレーダーは、一分間に六回の全周走査を行っている。これを、レーダードーム内部のフェイズドアレイレーダーの位相をずらしながら、一箇所を集中して探査する拡張スキャンモードへと変更した。
そこには何かが間違いなく有る。モニタに浮かび上がる輝点を確認しながら川端二佐が春日基地にある西部防空管制に連絡を入れた。
そこからの展開は早かった。防空管制から
レーダーのモードを変更し、更に精細にターゲットを観測できる様になる。
「なんか点滅するみたいにボワーンボワーンてしてますね……三秒間隔ぐらい?」
小川二曹が生データから解析し直した結果を、パラメータを変えながら表示する。
「2.7秒間隔ってとこかな? 点滅というか、反応が薄く広がったり濃く小さくなったり……なんでしょう」
このまま進出していくと、F-15の接敵から十分ほどで合流できるであろう。E-2Dは見た目に反して速い航空機であった。
このあと、海上自衛隊のP-1哨戒機も合流してくることになっている。P-1には対空能力は無いが、カメラ類は豊富に積まれているため、映像データを詳細に残すことが可能だ。E-2Dにもカメラとリアルタイム伝送システムは積んでは有るが、せいぜいアクションカメラに毛が生えた程度の性能しかない。
二機のF-15とアンノウンの反応が近接する。そして、一機の反応が消えた。
「F-15J 二番機ロスト‼︎」
オペレータの悲鳴が上がる。騒然とする機内の中でも、機長は冷静に指示を出す。
「管制に連絡、当機はこのまま進出する。急ぐぞ」
そして、E-2Dもドラゴンに接敵した。
♦︎
「ドラゴンだな」
「ああ、ドラゴンだ」
「ドラゴンですねぇ」
「ドラゴン……いや、キングギドラって線も……ないな。ドラゴンだわ」
E-2Dからの映像が各地へと伝送されてきた。
西部航空方面隊。航空幕僚本部。そして内閣府危機管理室。この時点で首相官邸への連絡も済まされている。
「現在の速度と進路ですと、この飛行物体はあと一時間半ほどで紀伊半島付近に上陸します」
それぞれの対策室同士がオンラインで繋がれていく。
「現状、この飛行物体が何なのか、この後どう動くのか、一切が不明です」
「すでに戦闘機が一機撃墜されています。また、もう一機も攻撃を受けたものの、回避できたもようです」
報告は上がってくるが、対策は上がってこない。現代日本では、上陸してくる怪獣対策などあるわけがなかった。
「と、とにかく情報だ。もっと詳細な情報を取ってきてくれ」
内閣危機管理室の発言である。
「まもなく海上自衛隊のP-1哨戒機が接敵します。新田原基地からも三十分待機のアラート機を上げました。アラート機が現場につき次第、今残っているF-15Jは戻しますので、ファーストコンタクトの映像も送られてくると思われます」
現在の方針としては続報を待つという、消極的な方向性が決まった。
現場には、徐々に航空機が集まり始めている。狭い空域に多くの航空機が集まるのは、あまりよろしくない事態である。しかも低い雲のせいで視界が限られ、対象の高度が低いために機動も限られてしまう。
それでも海自のP-1が到着し、新田原のF-15J二機も接敵した。
ここまで踏ん張ったワンダーは
ドラゴンは周囲に群がり始めた航空機を気にしながらも北上を続けた。ときおり、近づきすぎた機体に向けて炎を吐き散らす。とは言ってもそれに当たるほど近づくものもいない。
紀伊半島南端の串本町まであと三十浬というところで、ドラゴンが商戦航路を走る大型船に向かって降下し始めた。
この段階では、周囲を巡る航空機四機からの映像データがリアルタイムで送られていた。
さすがにこの事態にまで陥ると、腰の重い政府もついに迎撃命令を下した。
「西武航空方面隊司令部より各機、迎撃命令。F-15J二機により空対空攻撃を行う。F-15Jは陸側より進入し、04式空対空誘導弾にて攻撃を行え。その他の航空機は陸側へ退避。そのまま観測も続ける」
04式空対空誘導弾、通称AAM5。日本で開発された、いわゆる「撃ちっぱなし」の出来る空対空ミサイルである。
とは言っても相手はドラゴン、赤外線はほとんど出ておらずレーダーへの映りも良くない。三菱重工とNECを信じて撃つしかないだろう。
全ての航空機がドラゴンを追い越す形で陸側にぬける。
応援のF-15Jの一番機は景と同期の迫水一尉であった。別に大親友というわけでは無いが、それでもただの同僚よりは親しかった。そんな友人が目の前の怪物に落とされた。悔しかった。怪物への攻撃命令が出た。仇をとってやると思った。
ドラゴンの高度はもう3,000ftを切っている。ミサイルは赤外線や電波で敵を追尾する都合上、地面の影響を受けやすい撃ち下ろしが苦手である。
ドラゴンの下方へと遷移しつつドラゴンと正対するため、180度ロールさせてスティックを引き寄せる。いわゆるスプリットSマニューバで理想位置へと舞いおりた。
「ターゲットロック……フォックススリー」
これだけ近くにいても今ひとつレーダーへの反応はよろしくないが、ヘッドアップディスプレイ上ではエネミーマークがついている。迫水一尉は即座にトリガーを引き絞った。
『ゴンっ』とミサイルマウントの火薬がミサイルを押し出す衝撃がくる。一瞬置いて自分の下方から白煙を噴きながらターゲットに向かうミサイルが見えた。
「F-15J一番機、二番機ミサイル発射。弾着まで三、二、一……」
ドラゴンの前にニ枚の鏡が出現し、二発のミサイルは爆発四散していった。
「目標健在。加速し始めました」
「はぁ? 当たってない?」
迫水は混乱した。しかし訓練を積んだパイロットは的確に機体を動かしていく。スロットルフルパワー、ロール、ピッチアップ。元々の速度もそれなりにあったので、難なくドラゴンの前から離れられた。
「何だ今のは」
「和田三佐から報告があった、沢井一尉を撃墜したという鏡か?」
映像を見ているビデオ会議参加者たちは状況をなんとか理解しようと、スローやコマ送りしながら今の事象を検証していく。
そうこうしているうちに、もう紀伊半島上陸直前である。ドラゴンは速度を上げ、120ノット近い速度で侵攻を始めた。上陸されてしまえば、攻撃手段が限られてしまう。何としても水際で阻止したい。そう考えた日本政府は再度の航空攻撃を指示した。
先程と同じ攻撃をしたならば、同じ結果になってもおかしくない。しかし使える武装は限られている。幕僚本部の参謀が超音速で頭をひねり、対抗作戦を上送する。
「まっすぐ正面からボール投げられたら、そりゃとられるだろwww後ろからコッソリ当てりゃいけるいける。なんなら大リーグのピッチャーに豪速球投げて貰えば完璧だろwwww」
「目標の後方五浬に回り、後方より攻撃せよ。五浬あれば誘導弾も最高速度で到達するため、より効果が望める」
F-15J二機はそのまま左右に分かれ、大きく円を描くようにしながらドラゴンの視界から外れていく。この時、ドラゴンの意識を前方に向けさせるため、海上自衛隊のP-1が正面へと回りドラゴン手前一浬まで接近した。
ドラゴンが口を大きく開け、口腔内に灯りがともる。P-1は旋回しながら回避行動にうつる。ドラゴンの炎のブレスが噴き出してくるが、さすがに距離が遠すぎるために影響もなく逃げ切ることができた。
迫水一尉はコンバットスピードまで加速したF-15Jの中で、次弾の準備をする。間も無く予定の射点、ドラゴン後方五浬である。ここから見えるドラゴンよりも、暖かい陸地や電波を反射するビルなどに誤射しないよう、E-2Dからのデータリンクも利用しながら慎重に狙いを定める。
二番機も左手側につき準備ができたようだ。
「ターゲットロックオン、スリー、トゥー、ワン、フォックススリー」
トリガースイッチを引き絞りミサイルを発射する。命中までおよそ八秒。じっとミサイルの行き先を見つめる。
二発のミサイルはほぼ同時に飛来した。
音速を三倍近く超えるミサイルは、目視していなければ接近してくることに気がつくことはできない。一発は左の翅に直撃、もう一発は腹の真下付近で近接爆発を起こした。
「やった!」
「いや、まだ飛んでる……」
左の翅を切り裂かれたドラゴンは、高度を落としつつもまだ飛んでいた。
腹部にも大きく傷が入り、おそらく出血していると思われる何かが滴っていく。
しばらく、高度を落としつつも飛んでいたが、陸地にたどり着き気が抜けたのか、一気に地面に近づいた。
付近の地表には輝く何かが敷き詰められているが、平坦で降りやすそうにも見える。力尽きつつあったドラゴンは、そっとそこに身体を横たえ……
激しいスパークと煙が上がる。ドラゴンの身体が反り返りながら横倒しになる。
「何が起きた!」
「メガソーラーです! 太陽電池パネルの中で感電しているものと思われます!」
この事態は誰も想像していなかったであろう。作戦従事者全員の動きが止まっていた。
こうして、地球で初めての竜退治は終わった。死者は一名。その他、戦闘機一機を喪失、メガソーラー施設一つが壊滅。一時想定した最悪の被害と比べると、最上とも思える結果になった。
ただ、あまりにも多大な謎を残されたために、まだまだ人々は翻弄されていく。
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