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夜。バンシー達の聴取を終えたアラン達は、カリーナと合流し、巡回がてら情報を共有していた。
「レルフ家まで疑われてるの!?」
「まだ世間的には広まっていなし、可能性の話だ。が、ゆくゆくは支配者間で共有され、王家に共有され、魔界全土に知れ渡るだろうな。だがさっきも言った通り、バンシー達はおそらく白だ。人狼だけを狙う理由のメリットが欠ける」
「国家転覆を狙うなら、直接王都に侵入して支配者を全滅させた方が早いしな」
水月の発言に、シャロンも頷く。
「人狼だけを狙う理由は、おそらく人狼という種族に怨みでもあるか……」
「レルフ家や王家に恨みがあるかだな」
カリーナは魔界の事情については詳しく知らない。というか未だに訪れたこともない。
普段は学校に家の手伝い、夜にはこうしてシュヴァルツ狩り。結構忙しい毎日を送っている。いつかは行ってやろうと考えているのだが、如何せん時間がない。
故に、歴史も現状も知らないわけである。
「ねえ、アラン。レルフ家って恨まれたりするの?」
カリーナの問いに、アランは何故か明後日の方角を見た。
「俺は恨まれるようなことをした覚えはない。だが、歴代の支配者たちのことになると知らん。100年も恨むような奴は少ないと考えると……4,50年支配者の座にいる父さんの分が降りかかってきているとしか思えない」
「え。アランのお父さんって、何かしたの……?ていうか、現役よね?」
アランは渋面を作った。
「俺も詳しいことは知らないが、噂によれば、あの人を良く思っていない輩がごまんといるとかなんとか」
カリーナは絶句する。水月とシャロンは苦笑いを浮かべていた。
「支配者の命が狙われる事例も結構見かけるし」
「実際、私の親戚もそれ関係で亡くなってますし」
うんうんと頷く水月とシャロンの言葉に、カリーナはさあ、と青ざめる。
「そっ、そんなに重いもの背負ってるの?3人とも……」
「気にするな。魔物は人間と違って、一人一人がそこそこの戦闘力がある故に、殺すか殺されるかの世なだけだ」
人間界の常識と魔物の常識が異なることに思わず息を呑む。
「だから、魔物同士の殺し合いに人間のような同情、憐憫は挟まないほうがいい。命取りとなるぞ」
「わ、わかった」
アランの警告に素直に従っておこうと決めるカリーナである。
ふと、風が変わった。涼しい夜風から、生温い嫌悪感を抱くものに変わる。
「来るぞ」
3人はアランの言葉にはっとし、近くに禍々しい気が滞っていることに気が付いた。その時、四つ足の霧に包まれた魔物が飛び出した。とがった耳、鋭い牙と爪。
「また人狼か」
アランは拳銃の安全装置を外した。カリーナも弾丸の用意をする。狼は二人めがけて襲い掛かってきた。躱してアランが放った弾丸は人狼の足を掠めた。すると。
『……シロ……カメン…』
「?自我がある?」
アランは撃つのをやめた。狼の体が傾いだ。血を吐きながら呻く。
『……シロイ、カメン……ノ、オトコ……ニ』
言葉が途切れ、人狼は塵となる。風に舞上げられ、夜空に虚しく消えていく。カリーナはアランを心配そうに見上げた。
「これは……どういうこと?」
「分からん。白い仮面の男……?」
アランは黒い靄を凝視した。また違和感が残る残滓だ。発しているのではなく、纏っている。一体何が起こっているというのだ。
「…………⁉誰だ!」
アランが振り返る。今確かに視線を感じた。カリーナも感じたらしく、辺りを探っている。
「気のせいか?」
刹那、背後から迫る気配に気づくのが遅れたアランは、そのまま何者かに押し倒された。
「アラン!」
「くっそ……!」
目の前には白い面があった。首を片手で圧迫されて息ができない。なんという力だ。アランが全力で振りほどこうとするが、びくともしない。
『貴様がレルフ家の後継か。アラン・レルフ』
「っ……!名を……!」
抑揚のない機械声が淡々と告げる。
『ここで死んでもらう』
「断る」
アランは紅い瞳を烈しく煌めかせた。アランの魔力が炸裂する。それに思わず白い面も手を離したようだった。しかし、急に酸素が入ってきたため、アランは暫く咳き込んだ。
『なるほど。……これはもっと早く片付けておくべきだったか』
カリーナが拳銃を放った。が、造作もなく躱される。
『……まさかな』
ゆっくりと白い面が振り返る。カリーナははっと息をのんだ。まずい。硬直して動けないカリーナに向かって面は近づいてくる。カリーナにあと少しで手が届きそうになった瞬間。
アランがカリーナを庇い、さらに面の動きが止まった。
「動くな、動けばその首刎ねてやる」
面の眼前に水月の白銀の刃が突き付けられる。水月がアランとカリーナの前に出、シャロンも束縛の咒を唱えたようだった。面は手を上げる。
『……中々厄介だな。だが、面白い事を提案してやろう』
「…………」
『これはゲームだ』
暫く沈黙が流れる。
「は?」
胡乱げに呟く水月をよそに、面は続ける。
『君たちと私達のだ。君たちは私達から逃げ、私達は君たちを追う。逆もまた然りだ。それで最後の1人になるまで命を奪い合おうではないか』
「黙れ」
アランが白い面に弾丸を撃ち込む。命中したと思われたが、どろりと空に溶けた。
『せいぜい頑張ってくれたまえ。私はそうだな……霊媒師とでも名乗っておこうか』
そう言って、白い面は掻き消えた。取り逃がしたどころか、完全に抑え込まれた悔しさに、アランは歯噛みする。何がゲームだ。人の命を弄ぶようなこと、絶対にさせるものか。
「おいアラン、喉大丈夫か?」
「っ……取り敢えず声は出る」
まだ若干嗄れ声だが、何とか気管はやられていないらしい。しかしかなりの力で圧迫され、僅かに内出血している。
「何だったの?あいつ……」
「霊媒師とか名乗ってましたね」
霊媒師。水月はその言葉を呟く。
「まるで人狼ゲームだな」
「人狼ゲーム?」
アランは胡乱げに眉を寄せた。
「人狼ゲーム?」
アランと同じトーンで言ってる……。
隣にいる水月は同じことを思った。どれほどアランに嫌そうな顔をされようとも、これだけは断言できる。二人は似ている。
そんな埒もないことを考えている二人だったが、一方アランはというと、二人がわかるくらい不機嫌な顔をして父親と向き合っていた。
「もう一度言ってみろ。誰が、いつ、何を、どんな風に」
クライヴの機嫌も相当悪い。瞳が苛立ちを孕んでいる。普段は冷静沈着な人なのだが。
水月とシャロンとしても早く家に帰って眠りたいのだが、如何せん、二人もその言葉を聞いた証人である。
クライヴやアランの機嫌が悪い理由は分かっている。クライヴは膨大な仕事をこなした後に予想だにしない怪しいものの出現情報が舞い込んだ。アランは父親と話すのが好きでない。それ以上に、二人とも人狼達の命を弄ぶようなことを「ゲーム」にしようとしていることが許せないのである。
「誰がゲームだ。くだらない」
時の支配者が、吐き捨てるように言ったその言葉は、今まで聞いたことがないような冷たさと怒りを孕んでいた。水月とシャロンが震え上がる。
「あのー……これってどう考えても、こちら側が不利な内容ですよね?」
「シャロン?」
シャロンが控えめに口をはさむ。どういう意味かよく分かっていないのか、クライヴ、アランも怪訝そうな顔をしている。
「私、よくカードとか、ゲームとかをしてるんですけど……」
紙を広げてシャロンは何かを書き込んでいく。それを三人は覗き込んだ。
「まず、人狼ゲームの基本的な説明をします。ゲームに参加している人が十人だったとします。参加者にはGMから各役職が配られます」
「GMってなんだ?」
「そのゲームの終始の合図や、参加者のサポートをするゲームマスターと呼ばれる人。所謂運営って呼ばれる人の事です。ここでは気にしないでください」
紙に十個の丸を書き、その中に文字を書く。
「役職は村人あるいは人間、霊媒師、預言者。これが人間側の役職です。そして人狼、狂人の人狼陣営。ゲームによっては第三陣営として、吸血鬼や妖狐が入る場合もあります。人間側は人狼陣営の全滅、人狼側は人間陣営の全滅が勝利条件です。吸血鬼や妖狐はどちらかの陣営が全滅した時、自分が生存していると勝利となります」
「はあ」
「預言者は誰が人狼かを見極める事が出来ます。霊媒師は、死んだ人の役職を調べる事が出来ます。ただし、人狼に協力する狂人は、両者に調べられても人間としか出ません。ゲームによって狂人が人狼を判別できる、人狼が狂人を把握している場合に分かれます。他にも様々なルールや様式がありますが、大体こんな感じです」
へえ。と三人が声をそろえる。次に口を開いたのはクライヴだ。
「つまり、シャロンが言いたいのは、本来は互いに敵の全滅を目指して戦うものが、『掟』というものによって、人狼は人間に危害を加えられない。一方通行のものになっていると。人間側は増えもしなければ、減りもせず。人狼は減る一方。なるほど。これは不利だな」
しかも掟は人狼だけではなく、他の魔物達にも有効なものだ。助けは求められない。
「ゲームでいうところの狂人を作ることが必要だな」
アランはふと、カリーナの事を思い出した。彼女は人間に育てられたのだ。
「そういえば、カリーナの両親に協力を求めるのはどうだ?」
「は?アラン、お前何言って……」
水月はアランの唐突な発言に驚きを隠せないでいた。シャロンも絶句している。
「別に戦わせるとか言ってない。こちらに必要なのは情報だ。あいつの家はパン屋だ。人界の様々な情報が入ってくるだろう」
なるほど。と水月とシャロンが思案する。
「アラン。お前達は情報収集を優先しろ。向こうが本当に『ゲーム』を始めるのかどうか、霊媒師の狙い、正体など。戦力はこちらで確保する。だがもし遭遇した場合、問答無用で叩き潰せ」
「分かりました」
話はそこで終わった。取り敢えず、明日に備えるつもりだ。シャロンと水月はどこかぐったりした様子で帰っていった。アランは自分の部屋に戻ると、取り敢えずベッドに倒れ込んだ。何故か圧迫された首がまだ痛む。そっと首元を抑えた。
『……まさかな』
あの白い面が、カリーナを見て言ったのだ。アランはそのことがずっと引っかかっていた。
『カリーナを知っている……?』
執務室に1人残ったクライヴは、シャロンの書き残した図を眺める。
「敵は人間か、それとも魔物か」
どちらにせよ、厄介なことが一つだけ。
卓上に広げられた、ここ数十年の死亡・失踪者リストを睨む。死亡者は大抵欠損が激しく、失踪者は未だ見つからない。
「シュヴァルツは奴らの手中か」
魔界幻想−Lycanthrope tales− 胡蝶飛鳥 @kotyou_asuka1231
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