3

フェウルーア領。魔界において、最も人間界に近く、獣人が多く住む街である。獣人の頂点に君臨する支配者の一族、レルフ家は街の一角に大きい邸を構えていた。

 後継者、次期支配者として謳われるアランはこの邸で育った。


「人狼のシュヴァルツか……」


 黒い髪、紅い瞳。アランと全く同じそれを持つ30代ほどの見た目の男は思案するそぶりを見せた。彼は時の支配者、則ちアランの父であるクライヴ・レルフである。

 60年ほどの時を生き、支配者になってもうすぐ50年。その厳格な態度で魔界の秩序を立て直し、冷酷無慈悲で恐れられる人物であった。

 クライヴは紅い瞳を煌めかせた。


「ちゃんと処分しただろうな」


「無論」


 アランは父の冷たい眼差しに物怖じもせず、問いに即座に答える。クライヴの隣、人1人が通れるほどの感覚を開けた位置にある机には、ノートパソコンを打つ叔父の姿があった。

 叔父は何かもの言いたげな視線を時々送っていたが、諦めたようだった。


「今回の事についてはこちらでも調べておく。下がれ」


 クライヴの一言でアランは部屋を出て行った。


「……大事になりそうだな」


 クライヴは一枚の報告書を取り上げると、剣呑な表情を浮かべた。






 カリーナは鍵を閉めると、慌てて階段を降りた。

 小走りで学校へ向かう。このくらいのスピードなら余裕を持って学校に着けるはずだ。

 ふと、大きな道路を挟んだ向こう側の路地に見慣れた三人を見かけた。


「?何かあったのかな」


 本当ならば話を聞きたいところだが、今は遅刻をするかしないかの瀬戸際なのだ。夜に聞いてみようと思いながら、カリーナは道を駆けて行った。





 カリーナが通り過ぎ去ったのも気付かずに、三人は路地の中を進む。人間界で情報屋をしている魔物から聴取を終えたところだった。


「……人狼のシュヴァルツが増加している、か……」


 アランが顎に指を添え、思案する。


「水月。どう思う」


 水月は肩をすくめて続けた。


「異常だな。そも、シュヴァルツ自体見る回数が増えたことも気になる。掟を破るやつなんてそうそういないし、ましてや魔界で人間に手を出すこと自体困難だ。それに加えて人狼の発現頻度が増えているときたら……まあ、最初に怪しまれるのは魔界の門番、バンシーとクー・シーか、人間界に最も近く、人狼たちが住むフェウルーアの管理人、レルフ家だろ」


「同感だ」


 アランが首肯する。

 人間界へ自由に行き来出来るのは、支配者たちと人間界側の門番、バンシーとクー・シーの許可を得た者だけだ。

 何らかの形で、レルフ家と門番が関わっていると思われても仕方がない状況である。


「門番のお2人はどうします?話、聞いてみますか?」


「一応な。あの2人ははっきりさせておきたい」


 もし黒であれば、即刻処断するしかないだろう。もしくは拘束して、父の前に引き摺り出すか。


「行くぞ」


 3人は門番の元へと歩みを進める。

 その道中、アランは昨夜の出来事を思い出していた。シュヴァルツを倒した時、感じた違和感の正体。何故あの時、逡巡する謎の間があったのだろうか。自我が残っていたとでも言うのか。そもそもどこで人間を傷つけたのだろうか。

 答えを得ることの出来ない疑問と予測が次々と浮かんでくる。

 ふと冷たく鋭い眼差しを向ける父の顔が思い浮かんだ。

 先ほどよりも眉間にしわが寄っている様子を見て、シャロンと水月は一つ嘆息する。


「アラン様、全部顔に出てますよ。自覚ないんでしょうけど」


「お前ほんとにあの人嫌いだよな」


 また一段と不機嫌になるのを避けるため、敢えてあの人、と言葉を濁らす水月である。アランは渋い顔をして答えた。


「別に、嫌いなわけじゃない」


 そう言って、ふい、とそっぽを向いた。


「嫌いっていうか、苦手か」


「……」


 図星か。水月とシャロンが胸中で突っ込む。


「……褒められたこともなければ遊んでもらった記憶もない。そんな父親に苦手とか、無い」


 歯切れの悪いアランに、水月は嘘つきめ、と一つため息をついた。

 しばらく歩くと昨日のシュヴァルツが消滅した場所に来ていた。残滓などは全て消えている。

 ふと、アランは視線を感じた。思わずうなじ辺りを抑える。


「……?」


 ざっと周囲を見渡すが、通行人ばかりで見ているような人影はない。


「アラン、どうした?」


「アラン様?」


 側近二人が胡乱げに眉を寄せる。アランは暫く気配を探る。


「いや……ちょっとな……」


 誰かに見られている。だが、姿は見えない。

 アランは視線の主を警戒しながら、再び歩き始めた。

 そうこうしている間に、魔界の出入り口へ辿り着いた。来客を予測していたかのように、外灯が灯される。暗緑色の番犬、クー・シーは不機嫌そうに目を据わらせている。

 窓がひとりでに開いた。


「これはこれは、次期支配者様におかれましてはご機嫌麗しくはないようで。……シュヴァルツのことで何かあったのかい」


 バンシーが不敵な笑みを浮かべながら、長い前髪を指で弄ぶ。


「可能性を先に潰しに来た」


「おや、もしかして儂等、疑われているのかい?」


「今はまだ可能性だ。1番に疑われるのはレルフ家とお前達だ」


 くっくっく、と女は喉の奥で笑った。


「被疑者同士、仲良くしようって魂胆だね。儂はそう言うの好きだよ、面白そうじゃないか」


「人狼のシュヴァルツが増えている。何か知っていることはないか。もし嘘をつくなら、命はないと思え」


 アランが銃口をバンシーへ向ける。バンシーはひらひらと手を振った。


「特に無いね。シュヴァルツになった者とお前達以外ここの門からは出てないよ。信じるか信じないかはお前達次第だが、一つ言わせてもらおう」


 バンシーはクー・シーを窓から一撫でする。


「妖精は嘘をつかない生き物さ」



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