二章 三ノ回

夢の中でまさかの菩薩様では無く、猫神様だった。


彼女も綺麗に正座して、少し咳払いをしてから続けた。

「菩薩殿では御座らん…では、改めて名を名乗ろう。我は猫神である」

「猫神様?もしかして…義理大権現※ぎりだいごんげん様ですろうか?」

※現在の徳島県阿南市に伝わる日本三大怪猫伝の一つ、『お松大権現』の改称前の名称

しかし、彼女は明らかに怪訝そうな顔付きになり嫌そうな声で言った。

彼奴きゃつの様な化け猫と一緒にするな…確かに彼奴の方が神格も古さも上じゃが、とての、一応神格化した獣故に大口は叩けないがあの化け猫とは違うのじゃ。我らは方に長きに仕え、そのお方が亡くなったあの日…ある神は我らの忠義を称え下さり、そして我らは神格化したのじゃ。名を…伍本猫神ごっぽんねこがみ、そのまとめ役をたまわった我は…クロと呼ぶが良い」

話しをまとめると…ある者に仕えてた五匹の猫は、主人が亡くなる日まで仕え続けた結果、ある神様に神格化を認められたという事。もし、それが可能ならば付喪神つくもがみに近い存在ではないだろうか?よくよく考えて猫の寿命は長くても数年程度…主人が亡くなる日まで仕えていたという言い方に疑問が残る。しかし、その猫達が猫又ねこまたのような存在として仕えていたならば…それは大いにあり得るのではないだろうか??それこそ、義理大権現様の様にっしき者へ罰を与えるような御猫様も居るという…しかし、それは主人の無念を晴らす為の行動だったとも言われている。ならば、伍本猫神様は一体どのようにして神格化したというのだろうか…。

「クロ様、お尋ねしても宜しいろうか?」

「うむ、良いぞ」

特に何も表情を変える事無い伍本猫神のクロは、はよ言えという感じの目をされていたので彼はド直球に質問してみる事にした。

「クロ様、伍本猫神様はどのような経緯でご主人と何年仕えちょったのですろうか?」

「うむ、とあるお方にお仕えしていたのは約百年程じゃの」

彼はある程度は予想していたが、やはり驚いた…そのとあるお方に仕えて百年もの間仕えていた…それはやはり付喪神様になったと考えるのが一般的なのかも知れない。しかし、人が百年もの間を生きれない訳じゃないが武市先生の教えてくれた国の平均寿命は五十数歳と聞いていた。長生きしても七十歳いくかいかないかの程度…それ故にどう考えても猫又…妖怪のたぐいで寿命が無かったのでは無いかと思った。次の思考をする前にその思考をさえぎられてしまった。

「お主、我らを化け猫と一緒にするでない…お主の考えは既に人知には非ず。即ち、世のことわりを覆す事と思うってるようだが、歴としたあのお方は人で有り、我らもただの駄猫だびょうと変わらぬ。更に言うなら付喪神という考え方でおおむね合っておる。まぁ、我らは少々特殊だったという事だ」

付喪神という考えで合っていて、尚且なおかつ普通の猫と変わらないというのはあまりにも常識が覆される…どのように一体寿命を覆したというのか?それはそれでまた、違う問題が発生する…そう言えば、京には陰陽師という物の怪もののけを操るたぐいの霊媒師的な存在があった。さすれば、それで合点がいくがそれも違うとも言える。

「お主は人魚の肉を食うた事があるかの?」

「え?人魚って伝説らあ架空の読み物に出てくる存在では…それに拙者のおった時代は伝説の生き物のむくろを製作する職人もおったんぜよ?」

クロ様は目を閉じて右手に持っていた扇を開き口元を隠し小言を囁く様に話し始めた。

「我らは人魚の肉を食うてしもうたのだ。即ち、我らには寿命という概念すら亡くなったのじゃ…これで其方の疑問には答えたぞい」

確かにこれで寿命はないというのは分かったが一体、どんな方に仕えていたのだろうか?

「クロ様は一体どのようなお方に仕えちょったのですろうか?」

クロ様は表情を変える事無く、ただ目を閉じて扇で口元を隠したまま話しをした。

「お主は丹後国たんごのくにに行った事はあるかの?」

「ああ、行った事あるんじゃけど」

「その丹後国の宮津藩領にある五色地蔵※ごしきじぞうがあってな…そこの管理をしてた丹本にっぽんという住職がおった。ある日、五色地蔵のところに一人の赤子あかごと五匹の仔猫が捨てられておった。まぁ大方、商人か農民辺りの者が赤子と猫を捨ておったのだろう…それを見た丹本はすぐさまに赤子は乳が出る女子おなごの処へ、仔猫は豆の乳を近くの者から譲り受けて生き長らえさせたのだ。赤子には『丹単にったん』と名付けた。猫にもそれぞれの名を授けて下さった」

※五色地蔵は現在の京都府京丹後市に実在するお地蔵様。詳細は後記にて。

「丹本いう住職に仕えたという事やか?」

「いや、その一緒に居た丹単というお方に仕えたのじゃ。丹単様と我らは幼き頃に丹本住職の帰りを待っておったがその日は待てど暮らせど帰ってこず、致し方無く丹単様は海側の農村へ行き食べ物を探して来て下さった。丹単様はどこから持ってきたのか人魚の肉を村の者から貰ったと言っておったな…ただ、これが村の人間共が我らを殺す為の物とは知らずに食したのだ。粗方食べた後に丹本住職が戻られた。その時に分かったのは住職と丹単様と我ら猫を殺そうとしていた事がの。が、食べた処で何にも変わらずに特段腹を壊したとか無かったのう」

恐らく海側の農村の一部では口減くちべらしをしたんだろうと考える。村の者でもない人達を対して働かないからとかいう理由でお布施おきもちをしたく無かったのだろうととも取れる。

だとすれば、丹単と猫神様は騙されたという事なんだろうか?

「それで丹本住職はその後に何かしたんですろうか?」

「いや、先ずは食料を恵んで頂いたとしてお礼にお経を読んで差し上げたとか言ってたはずじゃが」

「まぁ確かに仏に仕える身としては例え悪意があるとしても食事を恵んで下さった訳やきお返しはお経を読むというが普通ですろうか」

「例え、おのが息子代わりの者を殺そうとしたとしても、それは仏の試練として受け取りそうじゃがな…まぁとにかくだ、丹単様が元服した後はその近くにあった小さなほこらの管理をし始めたんじゃ」

小さいこんまい祠の管理を始めたがか?」

「そうじゃ、その祠は龍神様の祠だったんじゃ。元々誰が建てて、そこに龍神様を祭ったのかも分からないが漁師の連中共は『この龍神様だけは無下に扱っちゃあきまへん』とか言うておったからの、それならば丹単様が宮司の真似事を始めた訳じゃ」

※龍神=水神・海神の意。龍宮に住む龍とされている。

何となく経緯が読めてきた。でも、人魚伝説では八百比丘尼やおびくにのとしても有名な迷信だ…だとすれば、八百比丘尼のように八百年生き続けたとされていたが個人差があったという事なのだろうか?

※この場合は日本における伝承・伝説とされる八百比丘尼という人魚伝説

「では、丹単殿は寿命で亡くなったという事ですろうか?」

単純に興味で聞いてみた。丹単殿が一体どのように亡くなったのかが気になる。そして、人魚の肉喰らった者が長寿になるという真意を確かめたかった。

「お主、人が百年も同じ姿で老いもせず、死なぬという事はどういう事か分かっておろうが…」

そういうとクロ様は悲しい目になり…ポツリと話した。

「丹単様は異端者として扱われ…連日拷問にかけられて、そして…斬首された」

彼はハッとした。人間の愚かで人と違うだけで差別する…それは攘夷志士じょういししだった彼には分からないといけない事柄だった。

「クロ様、大変失礼な事をお聞きした」

「別に良い…」

そういうとクロ様はスッと正座から立ち上がり踵を返し後ろを向いた。が、直ぐにこちらに向き直った。

「そうそう、本題を忘れてた…お主にこれを渡しておこうと思うてな…ほれ、手を出せ」

は、はぁという感じで両手で掬うように前へ出した。

クロ様は扇子で彼の手にポンポンという感じで二回手を叩くと五つの木彫りの猫が出てきた。頭側には紐が通っており何かに括ることも出来そうだ。

「お主にそれを渡しておく。何か自身で解決出来ない事があれば我らを呼ぶが良い。後な七日に一度は酒を奉納するようにな。分かったかの?」

それはいつでも神々を呼び出す神器そのもの。それを一介の男に渡すというのは現代で例えれば子供に核兵器のボタンを押していいよと言っているような物。神々というのは一言で世界を変えてしまう力があると言わているからして、もし気軽に使えばどうなるかは想像に容易いはずなのだ。

「小生のような者にそがな神器を与えて下さるがは大変有難いけんど、拙者はそがな物を受け取れるだけの資格はない」

笑みを浮かべクロ様は諭すようにさえずる。

「良いか?これは我らの意向では無い。我らを神格化したの意向である。それに、お主は酒を奉納しなければならない故に必ず二つ以上は奉納するよう心掛けるようにの」

「クロ様、畏まった。拙者、七日にいっぺん…御神酒おみきを奉納し、毎日の朝晩は必ずお参りさせて頂く」

「参れとは言うてないが…まぁ良い。酒は必ずその土地の酒を奉納するようにじゃ…さすれば、お主に―――の加護が―――じゃ…」


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現在地/アルアの街/外周区・西/宿屋『木漏れ日の黒猫』内・201号室


窓から入る朝日で目が覚めた。

彼は上半身だけ寝床から起こすと手には木彫りの招き猫でそれぞれに色が塗ってあるようだ。

黒、白、白黒の二毛、白黒茶の三毛、茶虎だ。それを無くさぬようにサイドポーチに入れた。


現在地/アルアの街/外周区・西/宿屋『木漏れ日の黒猫』内・食堂兼酒場


食堂に行くと既に女将さんと女の子しか居らずガランとしていた。

「おや、おはよう!お兄ちゃんはノンビリだねぇ」

「おはようございます!朝食直ぐにご用意しますね!」

二人は挨拶していくと女将さんは少々呆れた顔で、ミレアは笑顔でハキハキとした挨拶をしてくれた。

「おはようで御座る」

適当な机に座ると水の入った容器を持ってきてくれた。

「お客さんは冒険者じゃないんですか?冒険者の方はみんな朝早くに出てギルドに行きましたよ?」

「拙者は流浪るろうの根無し草故に風が吹くままに旅をしていたで御座る」

咄嗟とっさに嘘を吐いたである。

「なぁんだい、アンタ東国でいう風来坊ふうらいぼうさんかい?あっはっははは…それならしょうがないねぇ!朝飯はしっかりと食べなねぇ」

そういうと笑いながら女将さんは厨房へ入っていった。

「あの、風来坊って何ですか?」

「風来坊というのは拙者の国では風に吹くままに流れてきた者、または気まぐれ屋とか気分屋とかの意味で使われる言葉で御座る」

「じゃあ結構色々旅をしてきたんですか?」

これはこれで言葉に困る…どう返答しようか思案していたがアッサリと決着がついた。

「ミレア!料理出来るから運んでおくれ!」

「はーい」

返事をしたミレアはそそくさと料理を取りに戻っていた。


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~歴史ポイント~『八百万の神と神道について』


日本古来の神というと八百万の神となっております。それは無機質な物も天気や自然の中にも神が宿っていると考えられているからです。

この物語でも出てきた神『伍本猫神』とはあくまでも筆者が想像して描いたフィクションの登場する神ですが、元になったのは付喪神だったり義理大権現だったりをモチーフに描かれております。

八百万の神の筆頭として出てくるのは天照大御神ですね!また、天満宮の様に故人を神格化し祀られている所や、今回の義理大権現の様に猫を祀られている所もあります。

また、神道として有名なのは吉田神道です。吉田 兼倶(よしだ かねとも)という室町時代中期から戦国時代まで居たとされる人物で著書『神道大意』には、『冒頭部分で「夫れ神と者天地に先て而も天地を定め、陰陽に超て而も陰陽を成す、天地に在ては之を神と云ひ、萬物に在ては之を霊と云ひ、人に在ては之を心と云ふ、心と者神なり、故に神は天地の根元也、萬物の霊性也、人倫の運命也、無形して而も能く有形物を養ふ者は神なり…」』(Wikipediaより抜粋)と神道の定義という物を示した方とも言えるでしょう。

ただ、筆者は仏教信者故に神道は調べて「ああ、そういうものなんだぁ」という意識しか御座いません。誤解が無いように言っておきますが、間違った事を皆様にお伝えするつもりは御座いませんので、ちゃんと調べた上で物語を構成、執筆していますので出来るだけリアルな定義には沿っているつもりです。ただ、フィクション故に混ぜこぜにしちゃっていますので多方面から怒られそうで怖いです。

さて、皆様の信仰する神様はどうのような神様がいるか?色々想像してみるのも面白いですし、実際に居たとされる日本神話に出てこられるような神様というのも調べてみると結構面白かったです。

日本における神様というのは信仰の対象でもあるんですが、お願いを聞き届けて下さいという意味で信仰されている事もあるでしょう。しかし、どんな場合でも神様だって完全無敵なアイドルでは居られません。お願いをする側も常に謙虚で自身の研鑽を怠らない人に味方をしたいと思います。なので何もせずにお願いをするというのは神様への冒涜とも言えるでしょう!

筆者は現実主義者なのでお願いはするので無く、己が自身で掴み取る物と考えてるタイプです。そのような人間が神様を語ってはいけませんね!ですが、運に身を任せる時(賭け事)はある意味では願っているのかも知れません。人とは常に勝手に良い方向へ考えてしまう事がありますので自分を律せる人になりたいものです。

現在でも神道は日本人に大きく関わっており初詣がその一つだったりしますね。受験には合格祈願に参拝したりお守りを買ったりと、妊婦さんには安産祈願のお守り等と人は何かに頼ったりしないと心が折れてしまって気力を無くしたりと無宗教という方が増えてきた昨今は無宗教という立場を超えて神仏に対して垣根が無くなってきたのではないかと思っております。

また、墓参りは仏教で葬式も大体は仏式にて行われることが多いです。葬式や墓参りという仏教が使われ、何かを守ってほしい事柄、成就してほしい事等は神道に頼る事が見受けられます。

日本人は古くから神様という存在を信仰していたからこそ現在においても願いを叶えて下さる、頼る存在として脈々と受け継がれてるのかも知れません。

また神社に関しても数多く神がいらっしゃる事から数多くのやしろもあるです。

暇な時にご自宅近くの神社の歴史を調べてみると面白いかも知れませんよ!

では、また次回の四ノ回にてお会いしましょう!

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