始まり
俺は、台所に立ち、食材を刻んで炒め始める。
フライパンの上で鳴る野菜の音や肉が焼ける音が心地よいBGMのように耳に飛び込んでくる。食欲をそそる匂いが部屋に立ち込めてきた頃、デイモンは鼻をひくつかせていた。
「おいしいそう……」
彼女の口からぽつりと漏れた感想を聞いて、思わず笑ってしまう。やはり悪魔だと言っても人外の存在というわけでもなく、人並みの感性はあるらしい。
そんなことを考えているうちに料理が完成したので皿に盛り付けていく。
「
俺が言うと、彼女は目をパチパチさせた。
「ホイ……なんです?」
そう問うデイモンに俺は説明を続ける。
「
俺の話を黙って聞いていた彼女だったが、料理を見るうちに我慢できなくなったのか勢いよく食べ始めた。一口食べる度に目を見開いて驚愕している様子がおかしくて、俺は思わず噴き出してしまった。
「美味しい……」
彼女はそう言って夢中で食べている。そしてあっという間に平らげてしまったのだった。そうやって食べてる彼女を見ていると思い出す。――料理で人を笑顔にする。そんな昔の夢を。
デイモンはお茶を飲みながら一息ついている様子だったが、やがて口を開いた。
「先程も申し上げたように私は大悪魔でした」
「今は違うのか?」
「はい、魔界の神々と相容れなくなり追放されました──それも『偽りの大悪魔』という不名誉な称号まで一緒に得て……」
「それは、大変だったんだな」
嫌なら名乗らなければいいのでは、と思ったが、どうやら訳ありのようだと思った俺は深く追及するのはやめることにした。
それよりも今は、彼女の体調の方が心配だ。さっきから体が小さく揺れているし、目の下に隈も浮かんでいる。空腹ではなくなったかもしれないが、体調はまだ優れていなさそうだ。そう判断した俺は彼女に提案した。
「今日は、ここに泊まっていくか?」
「よろしいのですか?」
デイモンは不安げに俺を見る。俺は彼女の目を見つめながら大きくうなずいた。
「大丈夫だ。体調が治るまでは、家に居て良い」
そう言うと、彼女は安心したようにほっと息を吐いた。そして唐突に立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
俺は微笑んでから立ち上がり、デイモンを寝室へ案内するとなにかあったら教えてくれ、と言ってソファへ向かった。
*
「朝ですよ」
デイモンの声で目が覚める。目を開けると、隣に彼女が立っていて俺を見下ろしていた。窓から差し込む朝日が眩しい。どうやらカーテンを開けてくれたようだった。
「おはよう、昨日はよく眠れたか?」
「はい、おかげさまで」
そう答えるデイモンの顔は血色が良くなっていて安心した。
「それはよかった、今日は俺も休みだからゆっくりしていきな。朝食は何か食べたいものはあるか?」
そう聞くと、彼女は少し考え込んでから答えた。
「そうですね……昨日の回鍋肉をまた食べたいです」
「わかった、少し待っていてくれ」
そう言って台所へ向かう。冷蔵庫から材料を取り出して調理を始める。
デイモンが料理を待っている気配を感じながら、出来上がった朝食を食卓に並べた。すると彼女は瞳を輝かせて俺を見る。
「お待たせ」
俺は微笑ましく思いながら彼女に席に着くよう促し、自分も向かいの席に着いた。そしていただきますと言って箸を手に取ると早速一口食べることにする。
「白米と合う味付けにしたから、両方とも味わってくれ」
「はい」
「いただきます」
彼女は恐る恐ると言った様子で箸をすすめる。そして一口食べると目を大きく見開いた後、昨日のように夢中で食べ始める。
「美味しいです、昨日食べたものも美味しかったですが、今日のこれはご飯に合うというか少し辛味があって良い刺激になってます」
「そうだろ?俺も好きな味なんだ」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。そしてまたあっという間に無くなってしまう。
「ごちそうさまでした」
俺が言うとデイモンも満足げな顔で手を合わせる。それからふと思い出したように顔を上げた彼女が訊いてきた。
「あの……ところで私が居ても生活に支障はないのでしょうか?」
「ああ、テレワークもできるからとりあえずは」
「でしたら、しばらくの間お世話になってもよろしいでしょうか?」
「ああ、別に構わないよ」
それに――
「世界を滅ぼされても困るからな」
「そ、それは忘れてください」
「ともかく、これからよろしくな。デイモン」
こうして、俺とデイモンの奇妙な共同生活が始まったのだった。
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