廃ヘリポートの愛玩用アンディー

 テレビ画面ではアンディーズエブリのお天気アナウンサーが今日のおススメ充電スポットを伝えていた。背景に映し出されるのはここから三キロほど東にある台地だ。もともとヘリポートだったその場所には消えかかった『H』の文字があり、その文字を囲うように四本の鉄塔が建っている。二十八メートル四方のその場所に、ライブ映像で二十三人のアンドロイドが映っていた。

 

「飼われてたアンディーは人恋しいんだろうな」


 言葉の響きとは裏腹に、フタオミは台地の上の人影を他人事みたいな目でながめている。ヨルミナはそんなフタオミの淡白さに時おり不満を覚えるけれど、それがフタオミなのだから仕方ない。


 フタオミの言う〝飼われてたアンディー〟というのは、愛玩用に製造された特殊なアンドロイドだ。そのほとんどが十歳以下の子どもの姿で、労働者として作られた大多数のアンドロイドとは違い感情表現が豊かだった。所有者が管理局ではなく、個人だということも違いのひとつだ。


 個人所有のアンドロイドは、出荷時から所有者への依頼心が強くなるよう設定されている。今ヘリポートに集まって上空に手を振っているのは、置き去りにされた哀れな愛玩用アンディーだった。四本の鉄塔に囲まれたあの場所の様子はスペースコロニーで常時ライブ放送され、捨てられたアンディーたちもそれを知っているから愛くるしい姿で「パパ」「ママ」と泣きじゃくる。


 アンディーズエブリは彼らの姿を報道し、メインキャスターである久那自らこう訴えた。久那がまだコスプレではなく、スーツ姿でテレビに映っていた頃のことだ。


『労働用アンディーには大気が浄化された後に植林を行うという大切な使命があります。しかし、人間のために存在する愛玩用アンディーを地球に残留させるのは果たして正しい選択でしょうか。我々アンドロイドと違って心ある人間が、泣き叫ぶ子どもを見て何も思わないはずがありません。人間は所有者としての義務を果たすべきです。彼らを置き去りにするならばせめて所有権は放棄すべきでした。今からでも遅くはありません。スペースコロニーへの最終便に彼らを搭乗させるべきです。でなければ管理局を通じて所有権放棄の手続きを行ってください』


 人類の地球脱出計画は久那がキャスターになる前から進められていたが、アンドロイドをどうするかはちょうどアンディーズエブリが始まった頃に盛んに議論されたことだ。久那はアンドロイドの有用性を管理局に訴え、一部アンドロイドはスペースコロニーの保守管理や人間の世話係として移住することに決まった。が、それは七億五千万を超える総アンドロイド人口の0.001%。アンドロイドは原則残留という決定が下された。


 久那がコスプレを始めたのは、アンドロイド残留決定の会見を管理局が開いた翌日から。当時は久那が故障したのではと一部で騒がれたが、人間ウケする優等生キャラを捨てたことがアンドロイドたちに好評だった。


 以来、久那は下ネタも口にする芸人キャスターに変貌してやりたい放題。過去の冷静で聡明な久那を知っているヨルミナはたまに久那が本当に壊れてるのではと思うけど、フタオミがコスプレと下ネタで笑っているのを見ると、聡明な彼女の策略なのかとも考える。それに、久那は今も変わらず愛玩用アンディーの処遇見直しを訴えている。


 実のところ、所有者に同行してスペースコロニーに移住した愛玩用アンディーは少なくない。その結果、管理局は国家予算相当の賄賂を受け取ったという話だ。つまり、ヘリポートで泣いているアンドロイドたちは、所有者に恵まれなかったということ。


「ヨルミナ、また久那ちゃんのために行く予定か?」


 フタオミは自分の行動予測があたっていると確信してニヤニヤ笑っている。


「行くよ。でも久那キャスターのためじゃない。あのヘリポートが今日の充電スポットだから」

 

 フタオミはフンと鼻を鳴らした。二人は同じ日本工場で作られたけれど、二百番台のフタオミ(203)と四千番台のヨルミナ(4637)では組み込まれたプログラムが違う。ヨルミナからするとフタオミは単純でわかりやすい。一方、二桁アンドロイドの久那(97)はオーダーメイドで、優秀なのは間違いないが、その行動は時に奇人変人の類いに映った。

 

「よっしゃ、行くか」


 フタオミはヨルミナの手をつかんで外に出た。太陽は高度43.78°、方位は93.41°。ヨルミナが見上げた青空をゆっくりと過っていくのは、コロニー建設終盤から激増したスペースデブリ。アンドロイドにとっては真昼の星みたいなものだ。


「人間は見たくないものは見ないよね」


「ヨルミナは見たくないものがあるのか?」


「人間が死ぬとことか、苦しんでるとことか」


「そりゃあ、そういうふうに作られてるからだろ」


 フタオミはおかしそうに口をゆがめ、着ていたシャツを脱いで腰に巻き付けた。ヨルミナも同じようにして日光を浴びながら、二人で埃舞う街路を歩く。通り沿いの家の庭や崩れた塀の上にも日光浴する仲間の姿があった。


「僕、フタオミが死ぬところは見たくないよ。それも最初からそういうふうに作られてるのかな?」


「俺もヨルミナが死ぬのは見たくないな。それはアンドロイドが人間に似せて作られてるからだろ」


「僕は、僕の知らないところでフタオミが死ぬのも嫌だ」

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