世界の終わり(その断片)
31040
世界の終わりまであと
『ヨルミナは寝起きがいいんだね。僕もそんなふうにスッキリ起きてみたいよ』
ツキシマホタルのことを思い出したのは、久那キャスターのコスプレのせいだった。起床時間は毎日六時五十九分三十秒。ヘッドボードに置いたリモコンのスイッチをいれると、ピッタリのタイミングで『アンディーズエブリ』が始まる。
「おはようございます。世界の終わりまであと◯日になりました」
口調と笑顔はいかにもニュースキャスターらしいが、ピンクアフロのカツラにピエロみたいなド派手な服は朝の報道番組とは思えない。そのせいで『世界の終わり』という言葉までどこか嘘くさく感じられる。
久那キャスターが六十年以上司会を務める『アンディーズエブリ』は、アンドロイド人口が地球の三割を超えた頃に始まったアンドロイド向け番組だった。久那は長い黒髪に切れ長の目をした日本人風の姿だが、それは久那の所有者でもあり『アンディーズエブリ』のスポンサーであるM氏の嗜好に合わせて作られたからという噂だった。そのM氏はすでに亡くなり、今はM氏の息子が久那の所有者に変更されたとも聞く。
「久那ちゃんのコスプレもそろそろネタ切れだな。キワモノばかりやってないでアニメの美少女ヒロインでもやればいいのに。せっかく美人につくってもらってるんだからさ」
七時きっかりに起床設定している同居人のフタオミの一日は、久那キャスターのコスプレ評から始まる。いつもと違ったのは、そのあとに「あと◯日か」と、カウントダウンに言及したこと。
「久那ちゃんがカウントダウン始めてから今日で◯日目ってことか。人間たちはどんな気分でこの番組観てるんだろうな」
「映画でも観てる気分じゃない? 最近スペースコロニーでアンディーズエブリの視聴率が上がってるんだって。人間にとって他人の不幸はエンターテイメントだから」
「他人の不幸ねえ。俺にとっては不幸でもなんでもないが、ヨルミナはやっぱり自分が不幸だって思うのか?」
ヨルミナがフタオミへの返事をまとめるまで数秒の時間がかかった。
「自分が不幸っていうより、コロニーへの移住不適合で地球に取り残される人間が不幸だって思う」
「ああ、それはそうだ。でも、不適合者はもうほとんど死んでるだろ」
フタオミの言葉で、ヨルミナはまたツキシマホタルのことを思い出す。ホタルは病気のため移住不適合とされ、ヨルミナが世話をしていたが◯年前の誕生日に病状が悪化して死んだ。誕生日ケーキは食べずじまいで、頭にはヨルミナが用意したピンクアフロのカツラをかぶっていた。
ホタルのことを考えるといつも思考処理が停滞気味になるから、ヨルミナは意識的に別のことを考える。
「フタオミ、朝ごはん食べる?」
「朝メシ?」
「太陽の恵み。日差しがビシバシ降り注いでるし、充電効率良さそうだよ」
なんだ充電のことか、とフタオミがぼやくとヨルミナは冷蔵庫を開けて先日古民家で見つけたミネストローネの缶詰を取り出した。
「いるなら温めるけど」
「いらない。人間相手の接待でもないのに、そんなもん食ったら後処理が面倒だろ」
「賞味期限三年前に切れてるから人間でも後処理が大変そうだよ」
ヨルミナが窓を明けると視界が一瞬白飛びするが、すぐに採光調整される。手に持っていた缶を開けて置くと、フタオミが「無駄だと思うけど」と笑った。
「生きた動物なんてもういないと思うぞ。せいぜい蝿がたかるだけだ」
「別に蝿でもいいよ。本当はリスや鳥が見たいんだけど」
「ああ、鳥はたしかに生きたのが飛んでるって噂がたってたな。どうせ管理局の監視用ロボットだと思うけど」
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