第4話
「どういうご事情がおありなのか簡単でいいのでご説明いただいても?こちらとしても犯罪者を匿うのは御免なので。」
面倒ごとには巻き込まれたくないという最低限の冷静さは保っていたようで、興奮を抑えようと努めながら発したその言葉に、女は声を潜めながら言った。
「では、あなたが犯罪の被害者を匿うのは御免ですか?」
「まあ、犯罪に加担するよりかは。」
苦し紛れに私が言うと、彼女はしれっと部屋に入って鍵をかけながら言った。
「私、殺人鬼に追われているんです。京都で連続殺人事件が起きているの、ご存知ですよね。実は、たった今、このホテルの近辺で4件目の殺人事件が起きたんです。」
その言葉には現実味があった。先ほど街で赤い光が明滅していたのが見えたからである。あれがパトカーのサイレンだったのかと私は一人で納得したのだった。
「それで、私は偶然その場にいたんです。そしたら…目があったんです。あの殺人鬼と。もう怖くて仕方がなくって、その場から逃げたんです。あいつが後ろから追いかけているのを感じました。なんとかホテルに逃げ込んで、こうしてあなたに匿ってもらおうとしているんです。」
なぜ近くの交番にいかなかったのか、警察にいかなかったとしてもなぜホテルのロビーにいかなかったのか、指摘すべき点は山ほどあったはずである。酒によっている上に目の前の美女に興奮していた私の頭では何も考えられなくなっていた。
「わかりました。一晩、この私があなたをお守りいたしましょう。」
あとから聞いたら自分でも思わず引いてしまうようなことを口走って、彼女を部屋に入れたのである。
「どうせさっきまで酒を飲んで酔ってたんでしょう。それじゃあ寝ちゃうでしょうから、これでも飲んで酔いを冷ましてください。」
彼女は部屋に入ると、そう言って私に部屋にある給湯器とティーパックを使って作ったお茶を手渡してきた。私は礼を言ってその茶に手をつけた。お茶にはカフェインが多く含まれており、酔い冷ましになるという。すると、安心したのかソファーで眠ってしまった。しかし、自分は寝るわけにもいかないので、椅子に座って誰が来てもいいように待ち構えていた。念の為モップを近くにおいて。
彼女を部屋に入れて1時間ほど。誰かが来そうな気配はない。殺人鬼とやらも諦めてどこかへ言ってしまったのか。もう大丈夫ではないかとも思ったが、熟睡している彼女を無理矢理起こすわけにもいかないし、もし殺人鬼がどこかで待ち構えていたりしたら大変だから、一晩はこうしていることにした。
さっき酒を飲みすぎたのか、しばらくすると異常なまでの睡魔が襲ってきた。なぜだ、お茶である程度酔いは冷めたはずなのに。その答えが出せぬまま、私の上瞼は下瞼にくっついた。
翌朝、私を起こしたのは彼女の甘美な声でも、ホテルのモーニングコールでもなかった。私を起こしたのは人々の足音や車の音、新幹線の発車ベルなどの雑音だった。目を開けてまず目に入ったのは青空だった。とっさに体を起こしてあたりを見回して、私は驚いた。ホテルで寝たはずの私は、京都駅で目を覚ましたのである。あまりに衝撃的な事実に、私の脳は現実を受けいれるのを拒んだようである。これは夢だ。そうに違いない。そう思った私は自分の頬をつねった。なんとも古典的な方法だったが、その痛みは私の脳を起こすのには十分だった。そうだ、私は、ホテルで寝たはずの私は、京都駅で目を覚ましたのである。それを認識した私の頭に、2つの疑問が湧き上がってきた。誰が私を運んだのか。そして、彼女は無事なのか。2つ目の疑問に答えを与えたのは一件の電話だった。
「京都府下京警察署です。あなたの予約していた〇〇ホテルのXXX号室で
なんでだよ、最初の馬鹿げた予想が現実になっちまったじゃないか。私の運の悪さを思い、私は苦笑した。
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