億万長者になってやるともさ!!

小鳥頼人

億万長者になってやるともさ!!

「――――億万長者になってやるともさー!!」



 決意を固めてから行動に移すまでに時間はかからなかった。


 ――――が。


(クソッ、解錠かいじょうできねえ……!)


 侵入まで時間がかかっておりますです、ハイ。


 おかしいな。動画で事前に勉強していたのに……。



 俺は郷東ごうとうしょう。今年で三十四歳。


 上司の横領の罪を被せられて会社を懲戒解雇ちょうかいかいこされた哀れな壮年そうねん独身弱男だ。


 ただただ真面目に働き、地味ながらも平穏な生活を送っていた平社員の俺はなんにも悪くなかったのに突如とつじょ職を失い、社会的制裁も受けた。


 制裁を受けることなど何一つしていないというのに、だ!


 地位もない、金もない、職もない、恋人もいたことがない。持っているのは童貞だけ。



 ――だから、もう童貞以外に失うものなどなにもない。


 今度は俺が、罪なき人間から強奪ごうだつしてやるよ!


 億万長者になってやるともさー!!



 ……と息巻いて即日実行に移したまではよかったものの――



(まずいまずいまずいまずい……!)


 まずいっつってもメシが不味まずいわけじゃないぞ。今朝食べた牛丼ミニ盛は美味しかった。金がないから並盛すら頼めないのが切なかったけど。


 まずいというのは、ピッキングが成功しないことだ!


 タイムリミットまで俺の感覚ではあと一分ちょい。


 空き巣を含めた侵入のタイムリミットは五分と言われている。


 手が震えて作業が進まねえ……武者震むしゃぶるいしやがって……!


(焦るな俺……! 仕事と同じだ……! 億万長者になるんだろ!?)


 計画を立てて、道筋を定めて、自身を奮い立たせる!


 今から計画を立てるのは遅い気しかしないけど、火事場の馬鹿力でカバーだ!


 窓を割っての侵入は音がでかくて近隣住民に感づかれるリスクが非常に高い。ゆえに玄関扉からの正面突破以外に手段はない。


 俺が狙ってるこの一軒家はここ数日のリサーチの結果、長期不在で留守にしていることが分かっている。


 今も中からは人の気配はない。絶好の環境だ。


 しかし――運悪く、ヒールがコンクリートを叩く音が聞こえてくるようになった。



(やばい――人が来たっ……!)



 隠れることも考えたが、ここは人通りが少ないため、わずかな音でも気づかれてしまう危険性が高い。


 ならば――解錠かいじょうを祈ってピッキングを続ける他ない!


 半ばギャンブルのような賭けだったが、



(開いた……!)



 カチャリと鍵が開く音を確認して即座に玄関の中へとエスケープ。


 玄関先で息をひそめる。先ほどの通行人の足音が遠ざかってゆく。


「ふはは……侵入成功だ……」


 初の不法侵入に心臓が鳴る。喜びではない、ビビって震えが止まらねーや。


「あとはのんびり物色――あれ?」


 屋内を歩くも、物が何一つない。


 金目の物はおろか、日用品すら存在しなかった。


 唯一あったのは、窓を覆うカーテンのみだった。


「完全な……空き家……?」


 ここ、空き家だったの!? なんでカーテンだけかかったままなんだよ!?



 ピンポーン



 と、ここでインターホンの音が響き、戦慄せんりつする。


 この家には玄関扉のドアスコープもインターホンのモニターもないので、インターホンを鳴らした人物の顔が分からない。


 背中に冷や汗を流しつつ、息をひそめて玄関前で居留守を決め込む。


 しかし、


「失礼します」


 無情にも玄関扉が開かれた……あ、鍵かけるの忘れてたわ……。


「警察ですが」


 警察手帳を持った屈強な男が俺を見据えてきた。


「な、なんですか……!? 警察だかなんだか知らないですけど、勝手に人の家に入ってこないでくださいよ」


 あくまでも家主を装って警察官を睨むも、


「ここは空き家なんだけど、そっちこそ、勝手に人の家に侵入してますよね?」


「………………」


 ド正論のカウンターを正面から食らった。


「嘘つこうとしても無駄だからな。お前がピッキングして玄関から侵入する様子はスマホで録画した」


 警察官はスマホを取り出して動画を再生する。俺がこの家に侵入する瞬間もバッチリ収められていた。


「窃盗を図ろうとしたようだが残念だったな。せっかく頑張って入ったのに空き家じゃ全てが水の泡、だな」


 俺の手首を掴んで手錠をかける警察官。


「バカな……っ」


 なぜ、俺の犯行がバレた? ピッキング中、こまめに周囲を確認していたはずなのに。


「お前、『億万長者になってやる』とか叫んでたよな。パトロール中にあの大声で気がついたんだよ。だから近くの電柱からお前を監視していた」


「マジか……」


 俺の熱い決意が、即座に夢をブレイクしていたとでもいうのか……?


「何か言いたいことはあるか?」


「悔しいです。ドリームブレイク」


 ただただ無念である。


(俺って、何をやってもドロっちゃうんだなー……)


 己の無力さを思い知るのであった。



 なお、その後の取り調べの中で俺は前職の上司の横領を暴露した。その結果、会社に調査が入り、上司も懲戒解雇ちょうかいかいこで道連れとなったのであった。


クソ上司め、ざまぁみやがれ。



「…………はぁ」


 牢獄ろうごくの中で、俺はふと思うのである。




 ――――億万長者に、俺はなりたかった。

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億万長者になってやるともさ!! 小鳥頼人 @ponkotu255

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