卒業で泣ける人間でありたかった
宵町いつか
第1話
卒業ソングで泣ける人間でありたかった。
ピアノの伴奏。軽やかな音色のそれは体育館の中を隅々まで駆けていく。低音、高音。折り重なったそれらはきっと美しい。可視化されたらミルフィーユみたいに見えるだろう。和音はいい味がしそう。不協和音は味がぐちゃぐちゃで色んな味が主張してくるだろう。B♭durは万人受けで、Cdurはちょっぴり大人な味。
そんな事を考えていると周囲から声が聞こえ始めた。私も遅れないように声を出す。か細いアルト。体育館の天井にぶつかって掻き消えるくらい、自信の無い、か細い声。
視線を巡らせると、クラスメイトが泣いている。私と仲の良かったクラスメイト。卒業という節目で泣けているクラスメイト。泣いているのは彼女だけではなくって、彼女以外にも数人は居た。感情的になって、鼻までトナカイみたいに赤くしている。季節外れのクリスマスがやってきたみたいだ。
私の口からありえない言葉たちが溢れてくる。かけがえのない人が出来ましたとか、友達はスバラシイ、一人じゃない君が居た、三月の風、四月の風、桜の蕾エトセトラ、えとせとら。
どれもこれも、私は知らない。感じたことがない。この日々をかけがえのないものだとか思ったことがない。思えないだけなのかもしれない。
恋人は居ない。好きな人も居ない。出来たら、少しは私も泣けたのかな。あなたが居ないと寂しいとか、かけがえのない人が出来ました、とか泣けちゃうのかな。三年間の思い出がぐわって起こってきて、泣けちゃうのかな。
まぶたを閉じる。誰も思い浮かばない。思い出が浮き上がることもない。卒業に感慨深さはない。今までもそうだった。小学校のときも中学校のときも、毎回泣けなかった。さよならを言い合って、二度と会わなくなって、それでも構わなかった。薄情と言われればそれまでだけれど、旅立ちの日、を特別な日に思えない。私にとって、それはただの日常と同じだった。
伴奏が終わる。皆の口が閉じられる。すすり泣く声が聞こえる。保護者のほうから、生徒のほうから。
卒業式で泣ける人間でありたかった。
だって、きっとそれはスバラシイ人だから。過去を大切にできる、素晴らしいひと。
私に青春は、なかった。大切な刹那的過去もなかった。
これからやってくる春はいつもと同じ、少し肌寒いサクラの似合う時間。隣にクラスメイトは居ない。それに感傷を抱けない。だって居なくて当然だから。
それを、受け入れられない人がきっと高校生に、中学生に、小学生に、人間に相応しい。
じゃあ、私はなんなのか。
……私はないないの人。無い無いで、泣い泣い。私にはそういうものがなにも泣い無い。
多分、とてもしょうもない人間。
マイク越しに声が聞こえた。ノイズがかった声。その声の指示に従って。私達は座る。隣からすすり泣く声が聞こえた。学校がこんなにも悲しい声で包まれるのも今日くらいなんだろう。あと少ししたら、この雰囲気もまっさらになる。私たちが居たかどうかすらわからなくなってしまう。存在が消える。
名前の知らないPTAの役員様。
関わりのない教頭先生。
在校生のありがたいお言葉。
それらを受け取って、私達は卒業した。結局、泣けなかった。
私の隣から卒業式の声がした。
卒業で泣ける人間でありたかった 宵町いつか @itsuka6012
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