第十八話 佐那の過去 ~黄金色の狐~

 今日も今日とて、佐那は蔵に閉じ込められていた。少しだけ成長して十歳ほどの姿になっている。

 相変わらずあやかしを討伐することは出来ず、陰陽師としての才能を両親に示せていない。どんなに折檻されても、蔵に閉じ込められたとしても、何も悪さをしていないあやかしを討伐するなんて無理だ。

 それに、この年になった佐那には、現状を悲観せずともよい術が身についていた。

「そろそろ頃合いかな?」

 虫籠窓から入る光が、十分に暗くなったのを確かめてから行動を開始。佐那は蔵の扉の前に立つと、袖から一枚のお札を取り出した。

「今日もお願い!」

 力を籠めるとお札は鼠へと変化し、扉の間をするりとすり抜けて蔵の外へ。しばらくガチャガチャという音が聞こえていたが、少しすると重い蔵の扉が微かに開いた。その隙間から鼠が戻って来て、佐那の胸元へと収まる。

「ふふ、ありがとね」

 鼠の頭を指で撫でてから、佐那は音を立てないように扉を開けて外へ出た。

(今日は来ないのかな)

 佐那の脳裏に浮かぶは、この術を教えてくれた黄金色の狐。

 去年の冬、蔵の中で飢えと寒さで死ぬ寸前だった彼女を助けてくれた。それだけではなく、錠前を中から開ける術も教えてくれたのだ。この術のおかげで、蔵に閉じ込められてもこっそり抜け出してから、屋敷で食事の残りを頂くことができていた。

 黄金色の狐がどうして助けてくれたのかはわからない。もしかすると、日ごろの訓練を何処かから見ていて、佐那があやかしに好意を抱いているのを知っていたのかもしれない。その狐は、捕らえられて屋敷に運ばれてくるあやかしを逃がそうとしていたのだから。佐那は助けられたお礼にと、狐が来るたびにあやかしが捕まっている場所を教えた。

 両親はいつも首を傾げていた。厳重に管理していたはずなのに、いつもあやかしに逃げられていたのだから。

 佐那は己のやっていることを理解している。これが見つかれば、折檻どころではない。我が子であろうと容赦なく斬り捨てられるだろう。それでも、罪のないあやかしを討伐するのは反対だったし、何より佐那を大切にしてくれる唯一の存在――黄金色の狐に対して恩を返したかった。

(今日も捕まってたあやかしがいたよね)

 中庭へと移動して、屋敷の気配を確かめる。今日はまだ時間が早かったのか、障子越しに蝋燭の灯りが見えた。これでは台所へ残り物を失敬しに行くわけにはいかない。

 ――ピィィィ!

 少し待とうと庭の植木の影にしゃがみ込んだ瞬間、聞こえてきたけたたましい笛の音に、佐那はぎょっと飛び上がった。

(な、なに!?)

 蔵を抜け出しているのがバレてしまったのだろうか。

 心臓がバクバクと鳴り、胸元をきゅっと掴む。あちこちの障子が開き、方々から「見つけたぞ、井戸の方だ!」などと声が聞こえた。

(どうしよう……)

 屋敷の者に見つからないように、中庭から蔵へ下がりながら考える。

 この様子では、台所に忍び込むのは諦めた方がよいかもしれない。何があったかは気になるが、下手に動くと墓穴を掘ってしまいそうだ。

 素直に蔵へ戻ってしまうべき。そう考えて退却しようとしていると、蔵へ戻る小道に何かが飛び出してきた。

「わっ! ……って、どうしたの!?」

 ばったりと倒れるように出てきたのは、待ち焦がれていた黄金色の狐だった。何とか立ち上がろうとするも、足元が定まらない様子。

「ひ、酷い傷……」

 血だらけの姿に慄くも、佐那の決断は早かった。己が血にまみれるのも厭わず、狐を下から支えるようにして歩く手助けをする。地面へと落ちる血は、佐那の胸元から降りた鼠が消していく。

「蔵へ!」

 十歳の童女には重たい狐の身体。よたよたしながらも、何とか蔵に到着すると、がらくたが転がっている奥の方に狐を寝かせた。その後すぐに、蔵の扉を渾身の力で引いて閉めた。外に置いた鼠に呼び掛ける。

「お願い、閉めて!」

 チュウ、という返事を聞く間も惜しくて、佐那は狐の元へと戻った。力なくぐったりと倒れた狐は、口から荒い息を吐いている。捕まったあやかしを助けようとして、今日は屋敷の者に見つかってしまったのだろうか。

 今こそもらった恩を返すべき時だ。佐那の唇がきゅっと引き結ばれた。

「待っててね。あたし、本当はこれが一番得意なの」

 ぼう、と佐那の手の平に現れたのは癒しの光。春の陽光のように暖かく、吹き出す生命の力強い息吹。それを息も絶え絶えの狐へと流し込んでいく。

「お願いだから、死なないで!」

 佐那の額に汗の玉が浮き、すぐに息が上がった。

 得意といっても、陰陽師としてはまだ半人前ですらない。一歩間違えれば術が暴走して己の生命力を使い果たし、妖狐も救えなくなってしまう。

 佐那は額を流れる汗を袖で拭ってから、もう一度精神を集中する。

 ――助ける。絶対に!

 何度も何度も、そう自分に言い聞かせながら。

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