第十七話 鈴姫

「う~ん……ないなあ」

 蔵の中で埃だらけになりながら、佐那は探し物をしていた。もちろん、どこかへ消えてしまった徳利だ。

 幸庵にはいい顔をされなかったものの、疑われているのは自分である。そのまま何もしないのは性に合わない。

 屋敷のあやかしが、知らずにどこかの蔵へ収納してしまったのではないか。佐那はそのように考えた。屋敷の敷地には大きな蔵が幾つもある。一度紛れてしまえば、紛失したと思われても仕方がないだろう。

「ふふん。あるわけがありませんわ!」

 背後でその行動を見張っているのは鈴姫だ。

 疑っている佐那を一人で蔵に入れるわけにはいかないと、ずっとついて回っている。鬱陶しいことこの上ない。幸庵からきつく言われているのか、佐那へ危害を与えるような素振りがないのが救いだ。

 佐那は蔵から出ると、うんしょ、と梯子を肩に担いだ。腕を組んでいる鈴姫の横を無言で通り過ぎ、次の蔵へと向かう。

「あ、待つのですわ! 何か言い返しなさい。ああ、もう、張り合いのない!」

 背後からギャーギャー声が追いかけてくるが、佐那はきっぱりと無視をした。頭から疑ってくる者を相手にするだけ時間の無駄だし疲れてしまう。次の蔵の前に到着して、一言だけ発する。

「開けて」

「キーッ! 何ですの、その偉そうな物言いは! そこに這いつくばって頼み込むのが筋ではなくって!?」

(あー、あー、もー、めんどくさーい)

 心の中でぼやきながら、佐那はその場に膝を落とした。地面に両手を突いて躊躇いもなく土下座した。微妙に棒読み口調でお願いする。

「鈴姫様。どうかそのとても立派な錠前を開けて、蔵へ入らせてください。お願いいたしますー」

「り、立派な錠前……そ、そう? そこまで仰るのなら仕方がないですわ」

 騒いでいた鈴姫が、立派な錠前、という単語に反応する。なぜか心持ち頬を赤らめて、そそくさと袂から鍵を取り出した。

(ほえ……実は扱いやすい性格だったり?)

 予想外の展開。口元が緩んでしまいそうなのを必死に耐えた。

 頭を踏まれて地面に顔を押し付けられるくらいは覚悟していた。それなのに、佐那のお世辞を真に受けて、簡単に舞い上がってしまった。

 鈴姫は錠前だと閂を外してくれただけでなく、重い扉を開くのまで協力してくれる。

「……あれ?」

 開けてもらった蔵に入るなり、呆然と立ち尽くす。その隣で鈴姫も同じような表情をしていた。

「そんな……昨日は間違いなく確認しましたわ」

 鈴姫の視線の先には、探している徳利が蔵のど真ん中に鎮座していた。灰色で素朴な見た目は間違いない。

(鈴姫のこの反応は嘘じゃない。だったら、どうして?)

 こんなにわかりやすい場所を見落とすわけがない。鈴姫の確認が終わった後に運び込まれた、と思うのが自然だろう。誰が、何の目的で。

「お前……」

 ぞうっとするような声が隣から聞こえて、佐那はギクリと振り返った。そこには暗い光を瞳に宿した鈴姫の姿。

「わたくしを貶めるために、このようなことをしましたのね?」

「ち、違う……!」

 まるで殺さんばかりの形相に、本能的に危険を察知して後ずさる。これは完全に誤解をされてしまった。

「鈴姫も見てたよね? あたしじゃないから!」

「嘘ですわ。陰陽師の術でわたくしを嵌めたのでしょう。幸庵様のさらなる恩寵を得るために。いいえ、言い訳など聞きません。絶対に許しませんわよ」

「待って待って! 鈴姫、あなたもずっと隣にいたでしょ!」

 鈴姫の耳飾りが外れて宙に浮かぶと、あっという間に和錠のついた縄へと変化。佐那は逃げる暇もなく、鈴姫の妖力でがんじがらめにされていた。

「く、苦しいっ……! やめて、鈴姫っ……ぐぅっ!」

 ぎりぎりと強烈な力で全身を締め付けられ、佐那はたまらず倒れ込んだ。

 鈴姫は怒りで我を忘れてしまったようで、残虐な笑みを浮かべて佐那を見下ろしている。身代わり人形がどこまで傷を引き受けてくれるかは分からないが、このままバラバラにされてしまったら、さすがに死んでしまうのではないだろうか。

「い、いやっ……幸庵、助けて……むぐっ!」

 口が鍵でも掛けられたかのように勝手に閉じられた。助けを呼べない。息すらできない。このままでは死んでしまう。それでも、何とか鈴姫の妖力から抜けようともがいていると、不意に何かが動いた気配がした。

(え……)

 痛みも一瞬忘れて、佐那は驚きで目を見張る。倒れた視線の先は蔵の天上。そこに徳利が大きな口を開いて浮いているではないか。

「こ、これは……?」

 鈴姫もその気配に気付いたようで、頭上を仰ぎ見てポカンと口を開ける。

 いつしか徳利は人のサイズよりも巨大化していた。こちらへ向けられる口は真っ暗で、全てを吸い込んでしまいそう。

(付喪神になっていたんだ!)

 佐那がその事実に気付くも既に遅かった。ひょおおおお、という音ともに周囲の土埃が吸い込まれていく。吸引する徳利の意識が佐那と鈴姫に向いたと思うと、二人の身体は宙に浮いていた。

「ひああああっ!?」

 予想外の展開に鈴姫は手足をバタバタさせるが、宙に浮いてしまった身体はどうにもならない。情けない悲鳴が蔵に響いた。

「あ~れ~、そんな馬鹿なぁ~~~!」

(それはこっちの台詞~っ!)

 鈴姫の術で自由を奪われている佐那も無力だ。二人は仲良く、付喪神となった徳利へ吸い込まれていったのだった。

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