四章 泥棒を探せ
第十四話 慣れてきた? ……いやいやいや
四章 泥棒を探せ
幸庵の屋敷に来てから、朝の目覚めはいつも小鳥の囀りだ。
大きな庭のおかげで小鳥が集まるのかと考えていたが、ある日観察していると、小鳥にも妖力が宿っていた。さすがあやかし屋敷。自我が芽生えていなくても、本能的に場所を選んでいるのだろう。
ぽかぽかと身体が暖かいのは、背後から幸庵の腕が伸びて佐那の身体を抱いているからだ。彼を起こさないように、もぞもぞと身体を動かして、その腕から抜け出す。
今日は浅野屋の質屋としての営業はお休み。ゆっくり眠っていていいよとは幸庵の言葉だったのだが、いつも通りの時間に目覚めてしまった。
(というか、この体勢でゆっくりできるわけが!)
ふあ~あ、と佐那は布団の上で大きく伸びをしてから、幸庵の寝顔を見詰める。
何もされないと理解していても、隣に男性がいると思えば緊張してしまうというものだ。幸庵が眠ってから佐那は眠るようにしているのだが、毎朝起きるとなぜか彼の腕の中だ。幸庵曰く「私は寝相が悪いからね。許しておくれ」だそうだが、そんな理屈が通るわけがない。
(最近は慣れてきた……いやいやいや)
ぶんぶんと首を左右に振る。それはそれで大問題だ。常に緊張感は抱いていないと、幸庵の理性が崩れた時に、貞操の危機が勃発してしまう。
こそこそと屏風の影に行き、佐那は寝間着から朝顔の花柄の小袖へと着替えた。足音を忍ばせて歩くと、押板床に置かれた自分の身代わり人形を調べる。
「まだまだだなあ……」
首の矢傷に、胸に開いた大穴。少しずつ良くなってきているが、完治には程遠い。
「あたしの代わりに、ありがとね」
髪の部分を撫でてやると、人形の佐那が笑った気がした。こうして毎日語り掛けていると、本当に自分の分身のように思えて、愛しさが芽生えてしまう。
「佐那の様子を見ていると、人形に嫉妬をしてしまいそうだね」
「ひぁっ!?」
背後からの声に、佐那は文字通り飛び上がってしまった。人形に夢中になっている間に幸庵は目を覚ましていたようだ。
「今日は思う存分、君を愛でてから起きる予定だったのだが薄情なものだねえ」
「残念! 早起きは三文の徳なんだから!」
ささっと一歩分の距離を取ってから佐那は胸を反らす。時が経過するにつれて、どんどん物理的な距離が近くなっている気がする。それに比例するように、なぜか心が騒めきを大きくする。きっちり線引きをしておかないと、流されてしまいそうだという危うさを、最近は特に感じている。
「それは本当に残念だ。次からは佐那よりも早く目覚めねば」
幸庵は冗談めかして片目を瞑ると、佐那人形を調べる。彼の手がぼうっと光ったかと思うと、胸元の穴が少しだけ小さくなった気がした。
「これは今朝の分。佐那の生命力を私のものと合わせて増幅しているのだよ。そのためには、なるべく君と触れあっていた方が、力のやり取りが円滑にいくからね」
「ちゃ、ちゃんと理由があったんだ……。あ、ありがと……」
佐那は己の勘違いに、所在なさげに視線を彷徨わせた。幸庵は飄々として本心が掴めないが、その優しさは佐那にしか向いていない。
「まあ、佐那の抱き心地がいいから、というのもあるがね」
「こ、この助平あやかしめ~っ!」
少しでも殊勝な気持ちになってしまって損をした。佐那は両手を振り上げると、幸庵をポカポカと叩いた。
ははは、と笑いながら幸庵は立ち上がる。
「さて、今日はお客相手の質屋は休みだが、質屋としては他の仕事もあってね。佐那も手伝ってみるかい?」
「うん! やる!」
これ以上、怒っていても幸庵には堪えないし、こちらが疲れるだけ。佐那は機嫌を直して頷いた。帳簿を付ける仕事は、そろそろ飽きがきていたところだ。新しい仕事を教えて貰えるのなら、その機会を逃したくはない。
「いい返事だね。私の準備が終わったら文福を寄越すから、しらばくここで待っていてくれないか」
幸庵が部屋の外へ出た後で、何やら他のあやかし達に指示をしている声が聞こえる。佐那はそれを聞きながら、はやる心を抑えて小袖の帯を締め直した。
(って、あれ? あたしって一体……)
外の声が遠ざかり、ふと我に返る。
幸庵の仕事を『勉強』しに来たはずなのに、いつの間にか己もその一員になりたいと思ってはいないだろうか。
(……あたしは義賊、あたしは義賊、あたしは義賊。ここのあやかしたちは高利貸し!)
部屋をぐるぐると歩きながら、念仏のように心の中で唱える。
まだ高利貸しの現場は見つけられていない。それさえ押さえることができれば、自分の気持ちも吹っ切れるはず。佐那は両手で頬を叩いて気合を入れたのだった。
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