二章 高利貸しで働く

第六話 物では釣られません

    二章 高利貸しで働く


 白を基調とした着物を彩るは、濃淡様々な何輪もの朝顔。蔓が大小の花を緻密に結び、それが作る模様は芸術的でもある。藍色の帯には明るい赤紫の朝顔が一輪。

 初めて見た時から、佐那は心を奪われてしまった。

(まあ、とっても癪ではあるんだけど)

 店へ出る時に着なさい、と幸庵から渡された着物。朝顔の花は、佐那の義賊の象徴でもある花。まるで彼女の好みを読んだかのような意匠で、少しばかり複雑な気分になる。

「はい、佐那様! できました!」

 帯を結んでくれていた文福が、佐那の前へ移動すると、感激したように両手を胸の前で合わせた。

「うわぁ……佐那様、なんとお美しい……」

 もともとくりっとした文福の瞳は、まるで天女でも崇めるかのようで更に大きく見開かれている。うるうる、と涙すら浮かべているようだ。

「ちょっと、それ、褒めすぎ」

 文福から渡された手鏡で、佐那は己の姿を確認する。

 きりっとした眉で、見るからに快活そうな自分の顔。それが着物の明るい雰囲気にとてもよく似合っている。夜を舞う蝶のような妖艶な魅力はどこにもないが、はきはきと働く町娘として考えれば、悪くはないだろう。

「このような佐那様のお手伝いをできるとは、この文福、あやかしとしての名をかけて一生懸命にお仕えしますね! だから、あの……昨日みたいに、黙って出て行くことだけはしないでください」

「文福、心配しないで」

 不安に揺れる瞳で文福が佐那を見上げている。佐那は少し腰をかがめて同じ目線になると、努めて明るく微笑んだ。

「二度とあんな真似はしないから! この怪我が治るまでは幸庵のお手伝い。それで彼の仕事に納得がいかなければ、あたしは仲間の元に戻る。これは幸庵と約束したのだから、それまでは逃げたりなんか絶対にしない」

 文福が大いに心を痛めていたと幸庵から聞いた。

 一瞬の油断から眠らされ、佐那に逃げられてしまった。そして、その本人が今度は血まみれで屋敷へ戻された。佐那の方から彼女の好意を裏切ったのに、こうして変わらず声を掛けてくれるのは有難かった。

「ああ……佐那様。本当ですよね!?」

「うん、ほんとほんと! 昨日はほんっとにごめんね!」

 文福が相変わらずの、うるうる瞳で迫る。あまりの可愛さに抱きしめてしまいそうだ。ここを去る時は、文福もお持ち帰りしてはいけないだろうか。そんな邪な思いが頭の中を横切る。

「ありがとうございます! では、この文福。幸庵様がどれほど素晴らしい主様であるか、ご理解いただけるよう、佐那様を頑張って説得いたします!」

「え? あ、そ、そうなっちゃうの……?」

 力説する文福に戸惑っていると、部屋の引き戸が開いて幸庵が入って来た。

「おはよう。とてもよく似合っているね。やっぱり私の睨んだ通り、活発な印象の君にはとてもよく映える柄だ」

「どういたしまして! だけど、あたしを褒め落とそうたって、そうはいかないんだから!」

 回ってごらんと言われ、佐那はその場でくるりと一回転。満足したように幸庵は頷くと、佐那の頭へと手を伸ばした。その手には大きな朝顔の花弁をあしらった簪。

「こうすればもっと可愛く見えるよ」

 まとめたばかりの髪へ、すっと簪が刺される。すかさず文福が手鏡を差し出してきて、佐那は苦笑した。主従共々手際のよいことだ。

「物で釣ろうたって、そっちも無駄だし?」

 佐那の小さめの頭には少々大きいかと感じたが、意外にも鏡の中では収まって見えた。悪徳商売をしている屋敷で見つけたら、そのままお持ち帰りしているかもしれない。

「ふふふ、この程度で私も落とせるとは考えていないよ。これはお守りだと思っておくといい。悪い虫がつかないためのね」

「これに虫除けの効果があるの?」

 佐那の真面目な問いかけに、幸庵が我慢できないといった様子で吹き出した。何のことやら意味が分からない。憮然と立ち尽くしていると、幸庵が真顔に戻る。

「さて、さっそく君に仕事を……と言いたいところだが」

 佐那を部屋の外へと誘いながら幸庵は続ける。いつの間にか、幸庵の耳と尻尾が消えていた。

「ついて来なさい。まずは筋を通しておかないといけない相手が来たようだからね」

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