第23話 開戦の狼煙

 俺はハンナ、ファウストを連れて最後の目的地、ペルシーアへとやって来た。


 ああ、久しぶりだ。


 この恰好かっこうで来たのは一体、いつぶりだろうか?


 答えてくれるか……愛しき景色よ。


 キューを外に待機させ、俺たちはペルシーアへと入国。


 ペルシーアの王城はファウストとハンナにより、入城することができた。


 さすがは各国のトップの2人だ。

 

 だが城に入る前、俺たちは剣を含めたすべての武器を取り上げられ、丸腰状態となった。


 まあ、知ってたけど。武器を持たせた状態で入れたら、暗殺の危険があるからな……。


「おかしいな」

 

 城に入ってからすぐ、俺は既に違和感を感じていた。


 空気がよどんでいる。


 吸うだけで不快感が湧いてくる。


 ――3週間前にルルーリエから感じたものと同類の気配!


 忘れたくても忘れられない邪悪な空気だ。


「……急ぐぞ」


「シン、落ち着け。城に入った途端、血相を変えおって」


「分かりませんが、シン様だからこそ感じ取れるものがあるのでしょう。どちらにしろ、私たちは付き従うまでです」


 ファウストに指摘されるまで気づかなかった。


 俺はいつの間にか、殺気を放っていたようだ。


 俺は怒っている。


 思い出を汚されているみたいで。人の記憶に土足で踏み入っているようで。


「ファウスト。いつからこの城は斯様かような姿へと変貌へんぼうした? 少しでもいい。覚えはあるか?」


「詳しいところは分からぬ。だが、魔王が宣戦布告をした日の次の日じゃったか。儂らが集まって緊急会議を開いた時、ペルシーア現国王のロペスの様子が別人のように変貌へんぼうしとった」


「確か今から4カ月半のことでしたね。あの時は、ロペスの婚約者のアリア殿が亡くなってまだ数日。お心を病んでいたかと考えていたのですが、今やあんな愚王に……」


 2人の言うことが正しければ、今から4カ月半の出来事に鍵があるようだ。


 そして、俺たちは謁見の間へと続く扉に到着した。


 この先に、ペルシーア王国の現国王がいる。


 俺は警戒を強めた。


「それでは、扉を開きます。くれぐれも粗相のないように」


 王が殺される危険性を排除しきったのか、宰相とおぼしき男性が扉を開けた。


 中に入ると、玉座にふんぞり返った青年がいた。


 俺はその姿を見て、即座に……駆け走った。


「ファウスト!」


「分かった!」


 俺の合図でファウストはある3つの魔導具を発動した。


 見た目は指輪、機能は……指定した物の出し入れ!


 ファウストの指輪から魔法陣が展開され、そこから俺の愛刀『純陽尸解じゅんようしかい』が出現した。


 俺はファウストからそれを取り、奴へと刃を振るった。


鬼剣きけん、抜刀! 天果流てんかりゅう秋霜しゅうそう三尺さんじゃく秋水しゅうすい!」


 3つの斬撃を同時かつ放射状に放つ、はたちかぜの終点。


 それが奴へと襲いかかる。けれど、それらは魔法障壁で防がれた。


「……ペルシーア国王、ロペス様の御前だぞ。無礼者」


「何の冗談だ? は国王どころか人でもないだろ? 貴様からは、500を感じる。創造神の神使でしか感じ取れない力とやつがな!」


「この私を邪悪と断じるとは、なんと不敬な! お前たち、その無礼者を殺せ!」


 奴の指示で、玉座の間に大量の王国軍が雪崩なだれれ込んでくる。


 彼らの目はうつろげで、自我を保っているか怪しい状態だった。


 やはり、ダミーの武器を用意しておいてよかったな。それを城の前で取り上げさせ、本命の武器を指輪に入れておく。


 もしかしたら……と考えて正解だった。こうなっては欲しかったが。


「ファウスト、ハンナ。アイツらを足止めしてくれ。気を失わせればそれでいい」


「仰せのままに。『慈光姫じこうき』ハンナ、参ります。ホーリーチェイン!」


「懐かしいな。儂らSS級パーティー『天下不尽てんかふじん』解散以来の晴れ舞台。未だ衰えぬ『雷帝』の力、見せてやろうぞ。サンダードラゴン!」


 2つの閃光が飛び交い、王国軍が数を減らしていく。後ろは2人に任せて、俺は現国王の皮を被った邪悪と対峙たいじする。


「本当の面見せろ! 天果流てんかりゅう御雷光ごらいこう!」


 俺は光狩ひかりにより一瞬で間合いを詰め、突進突きを放つ。


 力を一点に集中しても、魔法障壁で防がれる。


 魔法障壁ごしに見える奴の顔は、こちらをあざ笑っていた。


「無駄だ。その剣で私を傷つけることなど出来ない」


「そうか。ならば……」


「何!?」


 俺は奴の視界から外れ、攻撃を仕掛けた。


 魔法障壁の弱点は、相手の攻撃を視認しなければどこに展開すればいいのか分からない点だ。


 そこを突く。


天果流てんかりゅう痺京上しびれきょうじょう!」


 この技は敵を斬ることに在らず……。


 足をけずるように斬ることで足を封じ、敵の剣術を制することに、この技の真価がある。


「き、貴様!」


天果流てんかりゅう十六夜いざよい薊清心あざみせいしん!」


 足を痺れさせた敵に、俺は全力の唐竹を叩き込んだ。


 その斬撃は奴を叩き斬るだけでなく、その背後にある玉座、城の壁までも縦一文字に斬った。


「シン。こっちは鎮圧したぞ!」


「ロペスの方はどうなったのですか?」


「……残念だが、まだ終わっていない。それに、コイツには聞きたいことがある。そろそろ演技は止めて正体を現せ、ロペス・ペルシーア。いいや、』!」


 俺がその名を口にした時、玉座の間が暗黒の炎に包まれていく。


 忘れもしない。


 この炎はアシリアを焼いた炎であり、俺の大切な弟子2人を焼き焦がした憎き炎だからだ。


「何だ、この炎は!?」


「ただ黒いだけではありませんね。この魔力、尋常ではありませんね」


「触れるなよ。魔法とは異なる次元の産物だ。……それよりも」


 俺の目の前には、かすみつつも存在を保っている魔神の姿があった。


「久しいな、魔神。あの時に比べて格段に力が落ちているじゃないか」


「フン。ワタクシが弱かったのは、この国の軍どもを操るために、力を回していたにすぎない」


「答えろ。この国の現国王、ロペス・ペルシーアはどこにやった?」


「殺したさ。魔族をワタクシが操ってな。ああ、確かアリアという女もいた気がするが……どうでもよかったかなぁ」


「……それで。死んだロペス・ペルシーアに化けて成り変わり、魔族領に攻撃し、この戦いを起こしたというわけか」


 魔神は俺の言葉に返事はせず、ただニタニタとわらっていた。そして、魔神はそのまま残滓ざんしに分散し、逃亡しようとした。


「待て! 逃さんぞ!」


「無駄だ。貴様はこの国を滅ぼせない限り、本気で戦うことは出来ない。それが何を意味するか……分からないわけじゃないだろ?」


 魔神め。この国を盾にしやがって。


「次は年の初めだ。そこで貴様に、地獄を見せてやる。それまで精々、生き延びるんだな」


 魔神はその隙をつき、この場から消え失せた。そもそも俺は不老不死だ。私という概念は存在しない。


「消えおった。それよりも……」


「ロペス・ペルシーアがすでに死んでいたなんて……。これは王国の一大事ですね」


 そんなことは戦いの後で決めればいい。


 そう考えた俺は、2人に3週間前の魔王襲来や魔神のこと、また『年初めに魔王と四天王が襲来する』ことを伝えた。


 その後、俺は2人に3国の守護を頼み、1日の3国訪問の幕を閉じた。


 そして、年は越して真の戦いが始まった。


ーーー


[補足説明]


1.天下不尽てんかふじん


30年ほど前に実在したパーティー。


SSS級冒険者のシン、SS級冒険者の『雷帝』ファウスト・ティツール、同じくSS級冒険者の『慈光姫じこうき』ハンナの3人で構成されていた。


2.ロペス・ペルシーア


王にふさわしい素質はなく、人格者でもない、まさに愚王。心に秘めている野望も、王国の未来を良い方向に導けるものではない……。


しかしその姿は、魔神『ナイラトホテップ』が変身して化けたものであった。


本来のロペス・ペルシーアは先王キュロス・ペルシーアの意志を見事に継ぎ、婚約者のアリアと手を取り合ってペルシーアを明るい未来へと繋げようとした立派な王だった。しかし、魔神『ナイラトホテップ』の操った魔族により、アリアとともに殺されてしまった……。


3.魔神『ナイラトホテップ』


500年前のアシリアにて、突如出現したとされる邪悪な存在。


暗黒の炎を用いた攻撃が主だが、一番厄介なのは変身能力(魔力すら完全に模倣するため、気配を感じ取れるシンやクピト以外にはまず見破れない)と洗脳能力(気づかせることなく他人を操れる)である。これらを併合すれば、魔力を常に9割消費するために弱体化するが、国まるごと乗っ取ることも可能である。


500年前にシンの手で討伐されたはずだが……。

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