第15話 魔王もやって来た

 勇者パーティーの3人と軽く手合わせをして3時間後、俺は彼女たちに海鮮鍋を振る舞っていた。


 道場の周りに積もっていた雪はマリンの魔法で、あっという間に除雪された。


 勇者パーティーはキューと同様、コタツにKOされていた。


「はふっ、はふっ、はふっ……」


 マリンは腰から下をコタツに入れ、取り皿に具材を入れては口に運んでいる。


 アンもそうだが、魔法を専門とする者たちは大食いなのだろうか……。


「先生。ほら、口開けて。テレジアお姉ちゃんが食べさせてあげる」


 テレジアは俺の隣に座り、口をこじ開けてでも食べさせてくる。


 今更止めても無駄なことは分かっているが、出来ることならば……俺に食べさせた後の箸を流れるようにペロリと舐めるのをやめて欲しい。


「ふふっ。もう食えないよ」


 クレアは頭だけ出して、顔から下はコタツの中に収納している。


 完全にカタツムリ、なんて言ったら叩かれそうなので口に出さないが……。


「コタツでくつろいでいるところ悪いが、そろそろ話してくれ。手紙ではなく、直接聞いて欲しいという話を」


 コタツでぬくぬくしながら話す内容ではないが、クレアたちは魔王軍との戦いの現状について語った。


「そうか。後は四天王と魔王のみか……。?」


「はい。私たちが戦った魔族は全員、魔力封じの腕輪で魔力を封じ、魔法国の魔力封じの檻に捕らえています」


「おじいちゃんに頼んだ。先生の名前出したら、一発OK……」


「先生の『殴れ』って言うのは『殺すな』という意味だと、お姉ちゃんはすぐにわかっちゃうんだから」

 

「そうだよね。先生は誰よりも優しい。だから、余計に可哀想なんだよ……」

 

 君たちがきちんと俺の意図を汲んでくれたようでなによりだ……。


 それにファウストや、リーゼロッテら冒険者たちもクレアたちに協力したみたいだな。


 俺は心でホッとする……には早いか。


「馬鹿弟子。今日は鍋でも食いにきたのか?」


 俺の向かい側。そこに、2本の角を生やし、白磁のような白い肌の少女が座っている。


 魔王、ルルーリエ。


 海のような青い髪と瞳が特徴の少女だ。


 その見た目は俺とタメを張れるほどに、若い。

 

 少女を捉えたクレアたちはコタツから出て、即座に戦闘モードへと移行した。


 キューも爪を光らせている。


 彼女たちから敵意を向けても、その少女はコタツに入ってぬくぬくしている。


「流石です、先生。人類の敵であるが近くにいても、全く動じないなんて」


「心にもないことを。お世辞にすらならん。それで……の要件はなんだ? 俺の拳骨を食らいにきたわけではなかろう」


「ふふっ。今日はね。勇者たちに、降伏を勧めにきたんだ。真実とともにね」


「……どういう意味かな?」


 少なくとも魔王には戦いの意志はない。それは確かだ。


 クレアたちは依然として、警戒している。クレアに至っては聖剣のつかに手をかけ、聖剣を抜こうとしている。


「まず、先に手を出したのはそちら側。確か王国『ペルーシア』だったかな。あそこの愚王がまあ、やってくれたんだ。500と同じ愚行を」


 俺はその時、脳裏に500年前の光景を思い浮かべた。


 戦火に包まれる町。


 あちこちから木霊する悲鳴。


 ……俺の弟子が奴に殺される瞬間を。


「その様子だと、心当たりでもあるみたいだね? 勇者クレア。君は剣聖と同様、あの愚王に重用されているからね」


「……それが本当だとしても、ボクは素直に信じることなんてできない。あなたは人類すべてに宣戦布告をしたのだから」


「クレア……今回のことで分かったでしょう。人は忘れる。忘れて教えをなかったことにしようとする。愚かしいでしょう。嘆かわしいでしょう。そしてその教えが……先生のものだったら、なおさらでしょう」


「それが……。それが……あの宣戦布告の理由なのですか! ルルーリエ先輩!」


「私は許せないんだ。先生の教えを、威光を空想に追いやる愚者を。先生を否定する無知者むちしゃを。だから考えたんだ。1,000価値がそんな奴らにあるのかなって」


 クレアたちに語りかけるルルーリエ。


 彼女の瞳に光はなく、深海に沈んでいるかのように濁っていた。


「1,000年も導き続けて……先生が……」


 ルルーリエの独白に、クレアたちは絶句していた。


 本来なら、俺はここで拳骨を食らわせている。


 けれど、彼女からは……奴らの気配が漂っていた。


 ここで刺激したら、弟子であるクレアたちが無事ではすまない。


「だから、そんな価値がないなら人類なんか消しちゃって先生を解放するべきなんだ。そして、私が先生を永遠に慰めてあげるんだ。毎日抱きしめて、肌を重ねて、先生を受け止め続けるんだ」


「ふざけるな。先生が何者であろうがどうでもいい。先生と肌を重ねるのはボクだ!」


「降伏なんて、絶対しない。それに、先生のとぎの相手はマリンがする」


「そんな身勝手は振る舞い、創造神様が許すとは思えないよ。後、先生を大人にするのはお姉ちゃんの役目だから、ルルーリエちゃんは黙ってようね」


「キュー、ルルーリエ嫌いだからいらな~い」


 クレアたちはルルーリエの降伏勧告を退ける。


 それでこそ俺の弟子だと褒めたいが、その動機が不純だらけでなんとも言えない。


 というより、リーゼロッテもそうだが、どうして俺の弟子たちは口を揃えて『先生の嫁』とか名乗るのだろうか。


 もう子供という年齢ではないはずだが……。


「そう……。だったら予定通り、人類を滅ぼしにかかるよ。1カ月後にね。じゃあ、またね」


 ルルーリエはコタツから立ち上がると、そのまま転移魔法で消えていった。


 クレアたちが緊張を解いて床に座り込んでいく中、俺は心の中である覚悟を決めていた。


 ――俺の正体を彼女たちに明かす覚悟を。

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