第16話 シンの道と教え ――シンの正体および魔素の起源

 俺は4人の弟子たちと道場で向き合っていた。


 14代目勇者クレア。


 10代目大賢者マリン・ティツール。


 10代目聖女テレジア。


 15代目剣聖リーゼロッテ。


 リーゼロッテは昨日、キューに命じてここに連れて来てもらった。


「あの髪と眼が金色に染まっている生意気なやつ~? キューすっごく嫌だけど~」


 キューはすごく嫌そうにしていたが、キングミノタウロスの肉鍋をつくることを約束すると喜んで道場を飛び出していった。


 さて、今こうして彼女たちを道場に集まらせたのは他でもない。


 彼女たちに俺のことを、そして500年前のことを教える必要が出てきたからだ。


「先生。つ、ついに、私たちと愛の契りを交わしに……」


「リーゼロッテ。さすがにそれはないんじゃないかな。後、懐に隠しているものについて、先輩であるボクに教えてほしいかな?」


「……もしかしたら1人ずつ奥に呼び出したり。いやん。お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくなっちゃう」


「ついに、先生と。おじいちゃんに報告すべきか……」


 緊張感の欠片もないな。


 けれどその分、気は楽になる。


 再び覚悟を決め、俺は話を始めた。


「……まずは君たちに謝らなければならないことがある。俺は嘘をついていた。他ならぬ、弟子たちに」


 俺はクレアたちに謝罪した。


「謝らないで下さい。先生が何者であろうと、私たちは受け入れます」


 弟子を代表し、クレアは俺に気をかけた。クレアの言葉に賛同するよう、他の3人もこくりとうなづいた。


 彼女たちはさっきまでのおふざけから、一気に真剣な状態へと変わり、俺の言葉に耳を傾けている。


「シン。それは、俺の正体を隠すための偽名なんだ。本当の名前はシンスケ・シライ。にして、500なんだ」


 それから俺は、自身の歩んできた道を彼女たちに話した。


 ◇ ◇ ◇


 もう1,000年よりはるか前のことだろうか。


 俺ことシンスケ・シライはジパングで生まれ、初代勇者のカグラ・アシリアとともに、世界侵略を目論む初代魔王ハワードを討伐した。


 その後、カグラ・アシリアは帝国『アシリア』の女帝となり、一方の俺は魔族領におもむき、ハワードの娘が魔王になるまで魔族たちの面倒を見ていた。


 その傍ら、俺は剣の修行に時間を費やした。


 その結果、俺はジパングで古くから伝わる『鐘捲流かねまきりゅう』を『天果流てんかりゅう』へと昇華させることができた。


 その過程で五感は研ぎ澄まされ、空気の流れを感じ取る力も体得した。


 さらに修行をし、気づけば齢80。


 俺の体で、ある変化が起こっていた。


 体の衰えが全く感じなかった。


 それどころか、呼吸をするたびに体中の酸素の巡りを完全に把握できたのだ。


 魔族たち曰く、魔族の食べるものは人間に有毒なものであり、俺は奇跡的に適応できたからとのこと。


 それから俺は呼吸法を極める道へと進んだ。


 酸素を運ぶ血液の流れを把握することからはじめ、器官、組織、細胞を。


 齢100には核や細胞質までも把握することで、俺は生命力を自由自在に制御し、コントロールするまでに至った。


 生命力のコントロールは自然治癒力を人外の領域へと跳ね上げ、その体は老衰を知らない不老なものへと変えていった。


 しかし、人の理を外れた人間となった俺を、創造神は許さなかった。


 創造神の手で俺の肉体と魂は切り離され、魂だけが天界へと連れて行かれ、裁きを受けた。


 ――輪廻に背き、生命の巡りを乱した大罪人として。


 存在を創り変えられ、『死』を取り上げられた。


 新たな肉体は不老不死になり、『人という種族』を取り上げられた。


 初代剣聖のシンスケ・シライは死に、そして、創造神の神使しんしにして真人しんじんのシンが生まれた瞬間だった。


 時が経過して1,000年前、俺は創造神からとある使命を受けた。


 ――天界で喧嘩し、互いに認め合った神竜クピトとともに。


「厄神『ハスタリスク』が星の外から干渉し、瘴気しょうきを振りまいて世界を破壊しようとしている。その星にクピトとともに降り、厄神を退治し、以降は星の害が現われぬよう管理せよ」


 使命を受け、俺はクピトとともに星へと降り立った。


 俺たちは先に瘴気しょうきの浄化にかかった。


 死してなお生命力に満ちていた生命体――勇者・剣聖・大賢者・聖女・魔王。


 後に高生命力体ステラ・アニマと言われる彼女たちの遺体を、俺たちはとある一箇所に埋葬し直し、その生命力の残滓ざんしを世界中に循環させた。


 400年もかかったが、これにより瘴気しょうきも浄化され、星全体の生命力は回復した。


 それだけでなく、俺たちの手で循環させた残滓ざんしにさらされた生物は進化をとげた。


 進化をとげた生物は、その残滓ざんしを取り込んで、現象を生み出す力を身につけた。


 この力のことを当時の人類や魔族はみな、口を揃えてこう呼んだ。


 ――魔法と。


 それに伴い、魔法を発動する素となる高生命力体ステラ・アニマの生命力の残滓ざんしを、みなはこう呼んだ。

 

 ――魔素と。


 魔素が循環し、星が良き方向に向かおうとする時、厄神は唐突に現れた。


「なぜだ! なぜ蟻どもは死に絶えてない! なぜだ。なぜだぁぁぁ!」


「……今さら現れおって。もう主の出る幕はないぞ、ハスタリスクよ」


「貴様、クピトか!? なぜ創造神の飼い竜がこんなところに!?」


「それを答えたところでもう遅いがな……。シンよ、すぐに終わらせよう」


「……ああ」


 轟音とともに、緋色の閃光が走った。


 豪風が荒れ吹き、雲は割れた。


天果流てんかりゅう十六夜いざよい薊清心あざみせいしん……」


 それはシンにとってはじめて使用する力であり、不老不死だからこそリスクなく使える諸刃の剣だった。


「ば、馬鹿なぁぁぁ! 貴様、正気なのか! その力を放出するというのは死に直結することなんだぞぉぉぉ!」


 厄神『ハスタリスク』。


 その瞳が最後に映した光景は、天まで立ち昇る緋色の剣を振り抜いた1人の少年だった。


ーーー


[要約]


①1000年前のさらに古い時代


・ジパング出身で初代剣聖のシンスケ・シライが、初代勇者のカグラ・アシリアとともに初代魔王ハワードを討伐する。


・ハワード討伐後、シンスケ・シライは魔王のいない魔族領で魔族たちを率いる傍ら、剣の修行に打ち明ける。

→この過程で空気を感じ取る力、そして『天果流』を生み出す。


・呼吸法を極め、最終的に生命力のコントロールを身につける。

→衰えがなくなり、不老となる。


・人の理を外れ、輪廻に背き、生命を乱した大罪人として、創造神に魂を天界に引き抜かれる。

→肉体から魂を引き抜かれたため、シンスケ・シライは死亡したこととなる。


・創造神の手により、創造神の神使かつ真人しんじんのシンとして生まれ変わる。


②1000年前


・厄神『ハスタリスク』が顕現し、瘴気しょうきをばらまいた。

→星全体で生命力が弱くなり、世界が滅びる危険性がある。


・シンとクピトが創造神の使命を受け、星に降り立つ。

→厄神の退治、星の正常化、星の管理。


高生命力体ステラ・アニマ――勇者・剣聖・大賢者・聖女・魔王――の遺体をとある一箇所に埋葬し直す。


③600年前


高生命力体ステラ・アニマの遺体に残っている生命力の残滓ざんしを世界中に循環、400年かけて瘴気しょうきを浄化した。

高生命力体ステラ・アニマの遺体に残っている生命力の残滓ざんしにさらされた結果、生物は進化し、魔法を身につける。


高生命力体ステラ・アニマの遺体に残っている生命力の残滓ざんし

=魔素


取り込んだ魔素を使って現象を生み出す力=魔法


・厄神『ハスタリスク』が再び顕現するも、シンの一太刀で退治される。


[補足説明]


1.カグラ・アシリア


初代勇者であり、当時は小さな帝国だった『アシリア』の第2皇女でもある。


しかし実際はクレアたちをはるかに上回る肉食系ヤンデレ。シンスケが少しでも他の女性に鼻の下をのばすようなら即捕食。彼をロープで縛って寝室まで連行し、満足するまで搾り尽くす。初代魔王を討伐した時には、シンスケとの子を儲けていた。完全なる既成事実である。


帝国で親から愛情を注がれず、勇者になってしまい、普通の女の子ではいられなくなった。心に貯まった苦悩をシンスケは1日で察し、愚痴を聞いて献身的に支えた。そんなシンスケに次第に惹かれた結果、上記のモンスターが誕生してしまった。


肉食度合い、ヤンデレ度合いともに作中ぶっちぎりのナンバーワンである。


2.真人しんじん


シンの種族名。シンの名刀の名前、シンが『真』とも読める点など、伏線はあちこちにバラまかれていた。


3.瘴気しょうき


生命力を失わせる負のエネルギー。厄神『ハスタリスク』はこれをバラまき、世界中の生物を死に絶えさせ、星を滅ぼそうとしていた。

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