指南後半戦 天の剣を示し、伝えよ

第13話 冬に備えて海の幸を確保せよ

 俺ことシンが星霊峰の山頂へと行き、歴代の勇者たちの墓参りをして5日後。


 俺はキューとともにとある海へと赴いていた。


 ターゲットは3つ。


 朝食で必ず食べる焼き魚用の魚。


 出汁用に使う褐色海藻。


 豆腐のにがりをつくるための海水。


 肉は明日に調達するとして、今日は漁業をしに来たのだ。


「今日は魚を釣るぞ。特に魔鯖まさば母鮭ははざけなどの朝食用だ。暁鮪あかつきまぐろは残念ながら、釣り竿では釣れないか」


「キュー、どこかで遊んでる〜。終わったら呼んで〜」


 キューは肉好きで、逆に魚をあまり好まない。


 未だにはじめて魚を口にした時、口に骨が刺さったトラウマを残しているのだろう。


 浜辺で砂遊びをしているキューを眺めながら、釣り糸を垂らす。


 潮風にあたり、波の音を聞きながら、タイミングを伺う。

 

 まずは魔鯖まさばだ。


 最低でも10匹は釣りたい。


 朝は焼き鯖、夜は味噌煮。


 素朴ながらも必ず白米にあうおかずで、どこか安心するんだよなぁ……。


 お、早速ヒットした。


 そらよみは地上の空気だけでなく、水中の空気も読める。


 水中には風はない。


 あるとすれば、それは水生生物の呼吸。


 水中においてそらよみに反応した場所を狙えば、釣れるわけだ。


 後は、焦らずゆっくりと釣り竿を立てて糸を巻いていけば……よし。


 銀色に輝く1匹の魚、魔鯖まさばをゲットだ。


 この調子でそらよみを駆使した釣りを行っていき、午前の部は終了。


 成果は魔鯖まさばが10匹、魔力鰹マナガツオが2匹、紫河豚むらさきふぐが4匹。


 目標は達成し、さらに6匹も多く魚を釣れた。

 

 魔力鰹マナガツオはたたき一択で、清酒に合うからクピトの好きな魚の1つだ。

 

 紫河豚むらさきふぐは文字通り紫色の毒々しい魚で、捌くにはジパングでの許可が必要となる。


 俺は手打ちの修行後、寿司屋で修行をつけてもらい、紆余曲折あって許可を勝ち取った。


 弟子に言われるまで、いつもの感じで捌いて食べていたからなぁ……。


 ちょっと口がピリピリして、腹が下しやすくなる程度だったから、気にならなかったし……。


 ※シンは特殊な訓練を受けています。良い子のみんなは決して真似しないでね。


「終わった~?」


 魚をアイテムバッグに放り込んでいる時、キューがこちらへ飛んできた。


 キューは裾を噛み、俺を砂浜の方に引っ張ろうとする。


 多分、作品を俺に見せたいのだろう。


「分かった。分かった。キューの作品を見てから、お弁当にしよう」


 キューに連れられ、砂浜を歩くと変なオブジェが見えてきた。


 何これ? 未確認の生物? 新手のクリーチャー?


「これって、何だ?」


「え? シンのつもりでつくってみたんだけど~似てない?」


 俺の原型が0 %な件について……。


 俺の手が人ではなく、軟体動物みたいに長かった。もはや触手だ。


 顔はまだ人間らしさが残っているが、髪はどこかから拾ってきた褐色海藻でつくっている。


 さらに言えば、目の瞳孔が縦長で、猫みたいだ。


 足元になにか書かれている。


『完璧に近い生物』。


 じゃあ、俺じゃないよな……。


 一体どの経緯を辿れば、俺がこんな人外の生物になるのだろうか……。


「お弁当にするか」


「うん、食べる~」


 弁当は様々な肉を詰め込んだ焼肉弁当だ。


 最初は塩分を重視して塩むすびを予定していたが、肉がないことにキューは不満を持った。


 ついには、『肉を入れないと、海まで運んであげない』というキューの言葉で俺は折れ、弁当の中身を焼肉に変えることとなった。


 まあ、明日調達する肉のノルマを増やせばいいだけだしな。


 弁当を食べ終わり、俺は5日前に仕掛けた罠の場所へと足を運んだ。


 1つ目は海。


 母鮭ははざけは海と川の両方で泳ぐため、ここと川にそれぞれ1つずつ仕掛けておいた。


 本当ならもう少し置いたほうがいいけれど、今は段々と寒くなる時期だ。


 なるべく早めに引き揚げたい。


「なにがでるかな〜。なにがでるかな〜」


 キューも楽しんでいるな。


 罠を引き揚げると、甲殻類や貝類が多くかかっていた。


 残念ながら、母鮭ははざけは0匹と。


「残念〜」


「いや、そうでもない。海老えび牡蠣かきがあるだけでもいい成果だぞ」


海老えびはいいけど、牡蠣かきは嫌~。苦いもん」


「好き嫌いせずに食べないと、早く大きくならんぞ」


「嫌なものは嫌なんだもん~」


 クピトよ。君のジパング清酒巡りへの道はまだ先のようだぞ。


 罠にかかったものを選別をし、アイテムバッグに入れていく。


 その際、キューの作品から褐色海藻を回収し、また海水を入れられるだけ持っていった。


 一応、ノルマだしな。


 川に仕掛けた2つ目の罠には、しっかりとかかっていた。


 ただ残念ながら、父鮭ちちざけ5匹、母鮭ははざけ0匹という望んでいた成果ではなかった。


 母鮭ははざけなら卵があって、醤油漬けに出来たんだがなぁ。


 特に白米との相性は抜群だから、母鮭ははざけは確保しておきたかったのだが、残念だ。


 ここは父鮭ちちざけが手に入っただけでもよしとしよう……。


 後は稚魚か。それらはちゃんと逃がして、海で育つようにしよう。


 可能性のある者の命は無差別に奪ってはならない。


「……俺はこんなことをしていてよいのだろうか」


 稚魚を見ていると、魔族と戦っているクレアたちの姿がよぎってしまう。


 もし俺がただの師範だったら、もうクレアたちのところに向かっていただろう。


 けれど時代は進み、俺の立場も変わった。


 自由に動くことは出来なくなった。


「シン~、考えすぎ~」


 顔に出ていたのか、キューが心配そうに言葉をかけてきた。

 

 そうだな。


 弟子を信じることも、師範の責務。


 魔王のことは、クレアたち勇者パーティーに託そう。


 クレアたちのいる王国の方向を一瞥し、俺は冬を越すため、食材確保に奔走ほんそうした。


ーーー


[補足説明]


1.褐色海藻


昆布。


食べることも出来るが、ダシとしても使える。


2.魔鯖まさば


D級魔物。文字通り、鯖である。


焼き魚でも美味しいが、一番のオススメは味噌煮。


シンの好物である。


3.家鮭いえざけ


C級魔物。文字通り、鮭である。


母鮭ははざけ


家鮭いえざけのメス。


その卵は鮭宝石さけほうせきと言われ、高級食材となる。ジパングでは、白米とともに食べられている。


産卵期になると、栄養が卵の方にいくため味の質が落ちる。


父鮭ちちざけ


家鮭いえざけのオス。


産卵期で味の質が落ちる母鮭ははさけと違い、味は安定している。


4.暁鮪あかつきまぐろ


B級魔物。文字通り、鮪。


部位によって様々な味があり、特にトロ系は絶品。


5.魔力鰹マナガツオ


C級魔物。文字通り、鰹。


たたきが特に美味で、清酒(特に辛口)の肴となるため、クピトの好物になっている。


6.紫河豚むらさきふぐ


C級魔物。文字通り、河豚。


紫色の毒々しい外見にそぐわないレベルの猛毒を持っている。


常人ならかじっただけで死だが、シンにとっては腹を下す程度らしい。


かつて弟子に振る舞った際、珍しく弟子から説教を食らったことがあり、そのためシンはジパングへと行き、許可を勝ち取った。


その道中で手打ち蕎麦を食べ、本来の目的を忘れて蕎麦屋へ修行したという経歴を持つ。


これには創造神も、溜息をついていたとかなんとか……


7.『完璧に近い生物』


キューの作品。しかし、モデルであるシンからかけ離れてしまい、どこぞの○○辻みたいになってしまった。


創造神からの評価は、『神使の姿か? これが……』とのこと。

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