第6話 増やすだけでなく、減らしにくくすることも重要だ

 戦乙女を鍛え始めてから10日後。


 俺、シンの道場で4人の弟子が竹刀を振るっていた。


「ハァ……ハァ……。な、なんでこんな場所でリーゼロッテは平気で2,000回も休まずに素振り出来るんだよ」


「ゼェ……ゼェ……。石段の時よりキツイかも……」


「こんな場所で……激しい運動なんて……自殺行為です」


 戦乙女の3人、メイリン、アン、ロロ。


 俺の道場での指南がはじめての彼女たちは、素振りを1,000回終えた所でバテていた。


 早速、俺の道場の洗礼が始まったな。


「懐かしい。私がはじめて来た時もそんな感じだったな。余計な動きをする分、酸素も余分に消費されることになるからそうなるとか散々言われたものだ」


 そんなリーゼロッテは微笑ましげに3人を見つめながら素振りを続けていた。


「どうだ、リーゼロッテ。後どれくらい続けられそうだ?」


「そうですね。後2,000回ほど、素振りは続けられます。もしよければ、夕食の時間まで続けてもよろしいでしょうか」


 俺の質問に笑顔で答えたリーゼロッテ。そんな彼女を新人3人は化け物を見るような目で見ていた。


 なお、リーゼロッテの姉弟子である勇者クレアはここでの素振りを9,000回こなしている。

 

 何故、剣聖のリーゼロッテだけに限らず、アンたちにも素振りさせているかと言えば、今朝までさかのぼる。

 

 ◇ ◇ ◇


 戦乙女がここに来てから今日で10日が経った。


 初日と比べると、アンやロロはバテにくくなった。


 最初は2往復目で休憩を挟み始めていたが、昨日では5往復目まで休むことなく上り下りしていた。


 メイリンは拳闘士とあって、昨日なんて休むことなく10往復していた。


 リーゼロッテは10往復では生ぬるいとか言って、さらに30往復追加していたが……。


 それはともかく、予定通り進められそうと踏んだ俺は今日から第2段階へと移行した。


 そう。リーゼロッテが毎日欠かさずやっているアレだ。


「君たち、よくここまで頑張った。そして、今日から次のステップに移行する!」


 俺たちは今、道場に立っていた。アンとロロははじめての竹刀をじっくり見ている。対してメイリンは、不満そうに俺のことを見ていた。


「先生。オレたちがここで竹刀を振ることに意味はあるのか?」


 まあ、予想していた質問だな。剣を全く使わない拳闘士には当然の疑問点だ。


 勿論、ただ素振りをさせるつもりではない。


「意味はある。だがそれを教える前に、いくつか君たちにクイズを出そう」


 俺はアンたちにある問題を与えた。


「1問目。俺たちは普段、何を吸っている?」


 俺のこの問いに、真っ先に反応したのはアンだ。


「酸素でしょうか。なんか先生の足元に、明らかに異常な量の『酸素ボンベ』があるので……」


 まあ、ヒントとしてわざと置いていたからな。


 酸素ボンベは魔法国『ティツール』で生産されているものだ。


 保管庫やコンロなどの家電系も、この国でつくられている。


「正解だ。では2問目。体力や持久力を『酸素』という言葉で言い表せ。ヒントは、体力を消耗すると何が起こるか、だ」


 この質問には3人とも頭を悩ませていたが、石段で最も休憩を挟んでいたロロが答えた。


「酸素をどのくらい体に入れられるか、ですか。確か、それらを消耗すると息切れを必ず起こしていましたから」


「正解だ。そして最終問題。ここはその酸素がいつもより少ない場所だ。そんな場所で体力や持久力を長時間維持するためにはどうすればいい?」


 これは少し難しいか。そもそも3人は、体力や持久力を漠然としか意識していなかったしな。


 少し時間が経ち、俺がそろそろタイムアップと言いそうになった時、メイリンが口を開いた。


 それも、全てが腑に落ちたような様子で。


「まさか! 無駄な動きをしないことか。そう言えばリーゼロッテもスマートに戦っていたしな」


「正解だ。そう、この訓練の目的は無駄な動きを削ぐ癖をつけさせることだ。増やすだけでなく、減らしにくくして活動を長引かせる。これらを意識させることではじめて身体能力を高められる!」


 それに……素振りは石段の時と違って、全身の筋肉を使うから効率的に鍛えられる。


 後、3人は素振り初心者なので、そこは好きなようにやらせておこう。


 ノルマは2,000固定で、2秒/1回でいこうか。やり過ぎてもいたずらに消耗するだけだからな。


 そうして、素振りの訓練が始まった。


 始まったのだが……。


「ハァ……ハァ……。な、なんでこんな場所でリーゼロッテは平気で2000回も休まずに素振り出来るんだよ」


「ゼェ……ゼェ……。石段の時よりキツイかも……」


「こんな場所で……激しい運動なんて……自殺行為です」


 開始から約15分ほどで、3人は息切れを起こして大の字に倒れていた。


 ここは、標高2,500メートル地点。空気が地上より希薄だから、酸素を取り入れづらい環境となっている。


 つまり、俺の道場は身体活動を細かく気配りできる絶好の場所へと化ける。


「懐かしい。私がはじめて来た時もそんな感じだったな。余計な動きをする分、酸素も余分に消費されることになるからそうなるとか散々言われたものだ」


 休憩をしている間、リーゼロッテは未だに素振りを続けていた。


 一筋のブレもない見事な所作だ。


「どうだ、リーゼロッテ。後どれくらい続けられそうだ?」


「そうですね。後2,000回ほど、素振りは続けられます。もしよければ、夕食の時間まで続けてもよろしいでしょうか」


 リーゼロッテには2,000回なんて軽いノルマだったようだ。それに、朝ごはん直後も素振りを2,000回していたから、なおのこと余裕ということだろう。


 アンたちよ。そんな信じられないような目で見ないでくれ。無事に乗り越えたら、を振る舞うからさ。


 本格的な剣術を身につけさせる時なんて少しでも無駄な部分を見つけ次第、0の状態からやり直させるし、それに比べれば優しいだろう。


ーーー


[補足説明]


説明回になってしまいましたが、一言でまとめれば呼吸法です。

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