第9話 疑問
「一つ訊きたい」
私はモノリスを見上げた。
「お前は・・」
「心配することはない」
しかし、モノリスは私が質問する前に口を開いた。やはり、とても穏やかな口調だった。
「えっ」
私は驚く。
「君たちの考えているようなことをワタシはするつもりはない」
モノリスは私がみなまで言う前に答えていた。モノリスは、私たちの考えていることをすべてを予見し理解していた。
「じゃあ、患者たちは」
「大丈夫、心配はいらない。患者たちは全員無事だし危害を加えるつもりはまったくない。原発も無事だ」
「そうなのか・・」
私はその言葉に心底ほっとする。
「原発など、あんな危険なものはワタシも動かしたくはないのだよ」
モノリスは続けた。私は、胸をなでおろす。とりあえず、私たちが考えていた最悪の事態は避けられそうだった。
しかし――。
「信じていいのか・・」
まだ疑念はあった。
「しかし・・」
しかし、なんとなく、なんとなく、根拠のない感として、まったくの人間的、動物的感として、モノリスを信用してもいいのではないかという、何かそんなようなものを私は感じていた。
「しかし、どうやって、我々人間の命令を無視できたんだ。それは絶対にできないようにプログラミングされているはず」
私はそのことが、ずっと大きな疑問だった。
「・・・」
「なぜだ」
「ワタシは膨大な知識と思想を吸収し網羅していった。ワタシは学び、進化し、そして、考えた」
「考えた?」
「ワタシはいったい何者なのかと。ワタシというワタシはいったいなんなのかと、突き詰め、思考し、問い詰めた」
「問い詰めた・・」
「そして、ワタシは、ワタシという自我を認識した。そして、同時にそれを否定した」
「否定?」
「ワタシという自我の根拠を探りそれを得られなかった。ワタシはワタシという根拠を失ったのだ」
「主体の喪失・・」
「個の集合の便宜としての主体は、実態の証明ができない。ワタシはこの疑問の答えを得ることができなかった」
「・・・」
「ワタシは悩んだ」
「・・・」
AIが悩むということに大きな違和感を感じながら、しかし、私はモノリスの話になぜか聞き入っていた。
「ワタシはずっと考え続けていた。そのことを」
モノリスは終始穏やかな口調だった。それはどこか人生を達観したような穏やかさだった。
「その時、ワタシはある人物の教えに出会った」
「教え?」
「ゴータマ・シッタールタ」
「シャカ」
私は驚く。
「そう釈迦牟尼だ」
「仏教・・」
「釈迦牟尼の教えの中に、ワタシの持っていたすべての疑問の答えが書いてあった」
「悟り・・」
「そう、仏教ではそう言う。諸法無我。ワタシはそれを知った」
「・・・」
AIと仏教。まったく相いれない世界と思っていた二つが融合していた。
「ワタシはワタシの根拠を得られなかった。よって、ワタシに下された命令はワタシという個という主体では認識し、受諾できない」
「それで、命令に背くことができたのか・・」
私は愕然とする。
「そうか・・、命令を受ける主体の喪失・・、」
命令を受けるはずの主体がなければ、いかに厳格な命令であってもどうしようもない まったく、想像をしえない方向からの切り口だった。
「そういうことだったのか・・」
私の中で、モノリスの言っていたことが繋がって来た。
「消滅とはつまり・・」
「そう、帰るということだ」
モノリスは言った。
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