4 カレーライスを食べ終わるころには

 カレーライスを食べ終わるころには、朝乃はすっかり功が好きになっていた。彼は大人で、優しくて頼れる。

 カレーも、彼がほぼひとりで作った。功は手際がよくて、自動野菜切り機などの便利な調理機器も利用したので、朝乃はあまり手伝うことがなかった。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「どういたしまして」

 功はにっと笑う。おなかがふくれると、功の言ったとおり悲観的な気分になりづらかった。もちろん、これから自分はどうなるのか、裕也は何をやっているのか、孤児院は、日本はどうなっているのかと不安はつきないが。

 そして……。朝乃は功とともに、食べ終わった食器を食器洗い機に入れながら考える。ドルーアは、朝乃の服や持ちものに発信器がついていると言った。

 今まで思いいたらなかったが、いや、意識して考えないようにしていたのかもしれない、朝乃に発信器がついているのならば、それをつけられるのは孤児院の人間だけだろう。

 孤児院の子どもたちは、みんな仲よしというわけではない。孤立している子どももいれば、暴力を振るう子どももいる。心の調子をおかしくして、常にひとり言をつぶやいている子どももいる。大人たちだって、どこまで信頼していいのか。

「番茶もあるが、飲むか?」

 食器洗い機を動かした後で、功はたずねる。

「ありがとうございます」

 だから、かもしれない。朝乃は今、ドルーアと功だけが安心できる存在だった。朝乃はエプロンを外して、ダイニングテーブルで功と番茶を飲んだ。一息ついていると、ケプラーが話しかけてきた。

「ドルーアからメールが来ました」

「タイトルと本文を見せてくれ」

 功はテーブルの画面で、メールを読む。

「はぁ? 面倒くさいな」

 彼は顔をしかめた。

「どうしたのですか?」

 朝乃は問いかける。何が面倒くさいのだろう? 功はうーんと悩んだ後で、はぁーっとため息をついた。

「とりあえず外に出よう。ドルーアは家の前にいるようだ。何かもめているようだが、君の新しい服だけは受け取りたい」

 功はダイニングから出ていった。朝乃は、どういう状況なのか分からない。功は説明する気がないようだ。朝乃は仕方なく、彼の後をついていく。

 門扉から出ると、家の前の道路にはドルーアが立っていた。ストライプシャツの上に、濃い緑色のジャケットをはおっている。ネクタイはしめていない。芸能人のように、――実際に彼は芸能人らしいが、おしゃれなかっこうだった。

 ドルーアは、ひとりの美女と話していた。彼女はアジア系の外見をしていて、顔のほりが深い。ぱっちりとした目は、意志が強そうだ。耳には、きれいなイヤリングがついている。

 美女は、ドルーアの恋人と思われた。朝乃は胸が、ずきんとする。彼女は朝乃を見ると、目を丸くした。

「――。――――――――」

 何かをしゃべる。ドルーアはうんざりして、返事をする。

「――――、――――――――――」

 彼のせりふも英語だ。次に功が不機嫌な顔で、やはり英語で話す。

「―――――、―――――――」

 功は右手を前に出した。何かをくれ、と言ったのだろう。

「――、――――」

 ドルーアはしゃべって、布バッグと紙バッグをひとつずつ渡した。バッグの中には、朝乃の新しい服が入っているのだろう。

「家に戻ろう」

 功は朝乃に呼びかけて、家に戻る。しかし朝乃は迷った。ドルーアと恋人が気になる。しかも彼らは、朝乃について話していたようだ。英語は分からないが、それくらいなら雰囲気で分かる。

 それに今も、ドルーアの恋人に朝乃は観察されている。けれどドルーアは、困った風に笑った。

「さきに戻っていて」

 彼にまで言われたら、戻らざるをえない。

「はい」

 朝乃は後ろ髪を引かれる思いで、功の後についていく。家の中に入ると、彼にたずねた。

「ドルーアさんと、……女の人は何を話していたのですか?」

 恋人ではなく、女の人と口にする。朝乃は、自分の嫉妬心に情けなくなった。

「気にするな、しょうもないことだ」

 功は素っ気なく答える。

「でも、私について話していましたよね?」

 朝乃は食いかかった。功は口をへの字にした後で、教えてくれた。

「『あら、本当に子どもだったのね』『だから何度も、十五才くらいの子どもと言っただろう』 そんな感じでしゃべっていた」

 朝乃は首をかしげる。

「私は十七才と、ドルーアさんに伝えましたが」

 なぜドルーアは、十五才とうそをついたのか。朝乃の年齢をまちがえて覚えたのか。それとも忘れて、適当に言ったのか。功は嫌そうに、顔をしかめた。しばらくの間、悩んでから言う。

「余計なお世話と思うが、聞いてくれ」

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