3 宇宙港が火事
「これは日本の宇宙港ですか?」
信じられない気持ちの方が大きいが、朝乃はたずねた。功は険しい顔で、うなずく。
「日本には、ふたつの宇宙港があるのは知っているな?」
「はい」
宇宙港とは、宇宙航空機(スペースプレーン)の離着陸を行う施設だ。宇宙航空機とはいわゆる宇宙船で、飛行機のように滑走路から飛び立って宇宙まで行く。鹿児島県の種子島にある鹿児島宇宙港と、東京都の八丈島にある東京宇宙港が、日本では利用されている。
「日本時間の午後五時半ごろ、つまり今から一時間ほど前から、そのふたつの宇宙港が火事だ」
朝乃は、まゆをひそめた。一時間ほど前に、裕也は朝乃を月に送った。たまたま同じタイミングで、宇宙港が火事になったとは考えづらい。おそらく火事は、裕也と関係する。
「ふたつの宇宙港は、どちらも最初は小火(ぼや)だった。だが消火活動がうまくいかず、どんどんと大きくなった。特に東京の方が、激しく燃えている。港の利用客などの避難は完了して、死者は出ていない。しかし港の機能は、完全に停止している」
「火事の原因は何ですか?」
朝乃は不安になって問うた。
「鹿児島と東京で、ほぼ同時に火がついている。偶然とは考えづらいから、同一グループによる放火だろうと記事に書かれている。今のところ犯行声明などは出ていない、そして犯人らしき人物も捕まっていない」
裕也は軍から逃げて、朝乃を国外に逃亡させて、さらに宇宙港に火をつけて……。弟にかぎって、そんなことをするわけがない。誰か、うそだと言ってほしい。
けれど裕也は瞬間移動できる。彼ならば大阪で朝乃を月に送り、東京の離島で港に火をつけ、鹿児島のこれまた離島で港に火をつけることができるのだ。
裕也は、どこかのテロ組織に仲間入りしたのか? 港や駅の破壊は、テロリストの常套(じょうとう)手段だ。朝乃は気が遠くなりそうだった。
「ケプラー。日本の宇宙港の火事に関する記事を、すべて見せてほしい」
功がコンピュータに命令を出す。ローテーブルの画面に、日本語、月面英語、ほかにも朝乃には分からない言語がずらずらと並んだ。功は画面をタップして、次から次へとニュースをチェックする。
だがしばらくすると画面から離れて、ソファーの背もたれに体を預ける。目をつぶって、頭の後ろで手を組んだ。
「今の段階では、『ふたつの宇宙港が火事』としか分からない。ネット上ではいろいろな憶測が飛び交っているが、……月面都市の工作員の仕業とか、国内テロリストの犯行とか、……しかし実際、日本国内はさほど混乱していないらしい」
功は両目を開いて、朝乃を見た。
「孤児院に連絡するのはやめよう」
唐突なせりふに、朝乃は驚く。
「今は下手に動くより、様子を見た方がいい。俺も、日本にいる知り合いに連絡を取るのは控える」
「……はい」
多少の葛藤の後で、朝乃は了承する。このニュースで、孤児院に、そして裕也に連絡を取りたい気持ちは高まった。けれど功の言うとおり、用心した方がいい。
「功。来客です」
ケプラーが発言した。
「ふたりいます。ふたりとも名乗りませんが、朝乃に会いたいと言っています」
朝乃は体をこわばらせた。日本人と思わしき不審な中年男女が、また来たのか? ところが功は平然としている。
「複数の不審者が家の周囲にいると、警備会社に連絡してくれ。警備員たちはまだドルーアの家にいるだろう、すぐに来てくれるはずだ」
「承知しました」
「不審者たちの映像は保存して、警備会社に送ってくれ」
「承知しました」
それから一、二分もしないうちに、ケプラーは話しだす。
「警備会社から連絡です。門扉の前にいた不審なふたり組は、逃げ去ったようです。姿形から、ドルーアの家の前に来た不審者たちと同一人物だろうとのことです」
不審者たちがいなくなって、朝乃はほっとする。功は頼もしいかぎりだ。
「君に発信器がついているのは、本当らしいな。念のために聞くが、体に手術跡はあるか?」
功は問いかける。
「ありません」
「そうか、よかった」
彼は安心したようだ。朝乃は少し考えてから、ぞっとする。功は、朝乃の体内に発信器があるかどうか確かめたのだ。体に手術跡がなくて、よかった。朝乃は心から安堵する。
「ところで夕食を作っているときに、裕也君に月に送られたと言っていたよな?」
功は話題を変えた。
「はい」
「何を作る予定だったんだ?」
「カレーライスです」
「そうか」
功はうなずいてから、にこっと笑う。
「じゃあ、今からふたりでカレーを作ろう。俺も小腹がすいたし、君こそ腹ぺこだろう?」
「なぜですか? 確かに、おなかはすいていますが」
朝乃は意表をつかれた。功は、ついておいでとジェスチャーして、キッチンの方へ歩き出す。
「孤児院に連絡するのは、後にした方がいい。港の火事も気になるが、続報を待つしかない」
ダイニングを通過して、キッチンに入る。ダイニングは段ボールだらけだったが、キッチンは片付いていた。
「つまり今、俺たちにはやることがない。君の服が来るまでぼんやり待つよりも、手を動かした方がいい」
功はキッチンの棚から、深鍋を取り出す。
「手を動かしたら、頭がよく働く。おいしいご飯を作って食べたら、悲観的な気分になりづらい。今から作れば、俺にとっては早めの昼ご飯、君にとっては遅めの晩ご飯になる」
深鍋をコンロの上に置くと、次に冷蔵庫を開けた。
「たまねぎ、にんじん、なす、……あとは豆が戸棚にあったはず。ご飯は昨日のものが、炊飯器に残っている」
冷蔵庫の中は野菜ばかりで、肉や卵がない。だからなのか、庫内はあまり冷えていなかった。功は振り返って、朝乃に向かって笑う。
「帰ってきたドルーアが驚くくらい、うんとおいしいカレーを作ろう」
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